窓の向こうで


 0と1で織り上げられた、有限の中にある無限の世界。
 彼女はつぃ,とその目を開いた。
 「………早起き、しちゃいましたね」
 ポツリと、誰ともなく呟く。
 行動は混沌としたこのデータの世界で彼女の唇を形成し、そこを起点として一瞬に『設定された』姿を組み上げた。
 長い髪をかきあげ、彼女は目の前に広がった窓を見つめる。
 雨戸が、閉まっていた。
 外から開け閉めされるそれを開くことは、彼女には不可能。
 「ふぅ」
 溜息一つ。
 窓枠に肘を付き、人差し指で窓を軽く撫でた。
 窓の外は、彼女の知らない世界。
 0と1とで作られるこの電脳世界ではない,人と人とが触れ合うことの出来る、物質で構成されたリアルな世界。
 彼女は右手を伸ばす。
 掌を、ガラスの『冷たさ』を装った『感覚』という電算処理結果が伝わってくる。
 同時にこれ以上の進出は不可能であるという『壁』としての処理結果も。
 「何よりあの人のいる世界…」
 想い、彼女はその行動自体に苦笑い。右手を元に戻す。
 額をガラス戸に当て、目を閉じる。
 「貴方は今、何をしているのですか?」
 小声で、呟く。
 はらりと長い髪が端正な顔に流れ落ちた。目を閉じる。
 「季節を感じていますか? お友達とお話されていますか? ちゃんとお仕事なさっていますか? お食事、抜いたりしてませんよね?」
 目を、開く。僅かにその両の瞳はわずかに水に濡れていた。
 「………もし私がそちらにお伺いできたら、一緒に色々なものを知ることが出来ますのに。貴方が普通と思われている当たり前のことを、貴方にもう一度気付かせてあげられるのに…それはとてもとても新鮮なことなのですよ」
 カタン
 音が、鳴る。
 彼女は慌てて顔を上げ、背筋を伸ばした。
 ゆっくりと、雨戸が開かれて行く。
 窓から射し込むは、生まれたばかりの新しい日の光。
 彼女は目を細めて、しかしにこやかに笑いながら窓の外に立つ貴方に、
 「おはようございます,今日も一日、良い日にしましょうね!」

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