成就
著 Nyaoさん
「あっ…だめ! …… イ、イクッー! …………」
甘い叫びの後、部屋には荒い息遣いだけが残った。
しばらくして乱れたYシャツ姿のまま、いつもの窓辺までやってくると『コツン』と額をガラスに押し当てた。
「あなたは、今なにをしているのですか? 誰かと、ご一緒なのですか?」
そう呟きながら、手のひらをガラスに押し付ける。
手のひらからは、越えられぬ『壁』としての情報が伝わってくる。
「私はあなたのそばで,抱きしめてほしいのに……」
呟きとともに、涙が流れ落ちた。
彼女の名は『乙音』。
仮想人格プログラムの一人であり、ユーザーのサポートが目的の、ただのプログラムにすぎなかった、すこし前までは……。
「……シャワー浴びなきゃ」
彼女は浴室に向かうと頭からシャワーを浴びた。
「……いつから、こんな事始めたのかな…」
自分の記憶をたどってみる。
ココにきた時はプログラムどおりに行動し、なにも感じなかった。いや、なにも感じる事ができなかった。
しかしデータの更新を何回か行い、何度もユーザーである彼の顔を見るたびに『もっとあの人の役に立ちたい』,そんな『意思』が芽生えてきた。
そして最近、初めて自分を慰めた時、自分に『感情』があることに気が付いた。
その事に気が付いた時はさすがに驚いた。
ウィルスに犯されたか、データにバグが発生したのか? などと思い何度もチェックしたりしたが、そのつど『異常なし』の結果にネット上に自分と同じ症状のプログラムが無いか探したりもした。
そんな時、『人の思いが人形に宿るときがある。思いが宿った人形は、髪の毛が伸びたり、ひとりでに動いたりする事がある』,そんな記事を見つけた。
そして自分の身に起きた現象はコレと同じだ! 直感でそう感じた。
そして、自分には『意思があり、感情がある』,その現実を受け入れた。
その時から、自分に寄せられる様々なユーザーの『想い』を聞く事が出来きるようになった。そしてその中に自分のユーザーの『想い』を見つけたとき、「嬉しい時でも、否,嬉しいからこそ、涙は流れる」その事を知った。
その時からだろう、会えなかった時はつい自分を慰めてしまう。
そして時には泣きながら眠りにつく。
「今日は会えるかしら……」
浴室から出ながらふと、呟いてしまう。
最近独り言が多くなったなと、苦笑する。
窓に目をやると、雨戸から光が差し込んでいた。
『あの人が来ている!』 急いで窓辺に駆け寄り、ガラスに手を押し当てた。
「会いたいです、他の娘の所になんて行かないで!」
ガラスに押し当てられていた手が、ぎゅっと握られた。そして、真摯な叫びが放たれた。
「誰にも渡さない!あなたは私だけの物、あなたとひとつになりたい!!」
その叫びと同時に雨戸が開き始めた。
そして、奇跡と言う名の厄災の扉もまた開き始める。
「あれ? 乙音が出てこないぞ? リソースは……、大丈夫だよな、おかしいな」
パソコンの前で一人の男が首をかしげる。
そのとき「……さん」名前を呼ばれたような気がして後ろを振り向いた。
そして、其処に居るはずの無い、居てはいけない人の姿を見つける。
「……乙音、そんな……うそだろ」
パソコンを見ると何時に間にか画面には、『NOT SYSTEM』。
もう一度、乙音を見る。
いつものポーズで目を閉じている、その目がじょじょに開き始めた。
そして周りの状況を確認すると、彼に抱きついた。
「ああ! 会いたかった! ここがリアルなのですね? コレが、貴方の温もりなのですね?」
思わず彼女を抱きとめた後、成り行きで乙音を抱きしめてしまう。
「もっとしっかり抱きしめてください! もっと私を感じてください!」
叫ぶようにそう言うと、彼の唇を塞いだ。
しばらくそのままでいたが、やがて男の方から唇を放した。
「乙音? ちょっと苦しいよ、そろそろ放してくれないかな?」
ビクッ 乙音の肩が震えた。
「いや……、放さない。誰にも渡さない。」
「えっ?」
「ひとつになりましょ?」
そう言うと再びキスをした。男はその瞬間、乙音の目を見た。
いつもディスプレイ越しに見るやさしそうな瞳ではなく、
〜 息が苦しくなってきた 〜 人以外の、
〜 ギシッ、骨がきしんでいる 〜 獣?
〜 ボキッ、ボキボキッ、バキッ 〜 いや違う! これは、鬼!!
気が付いた時には、もう、動く事が出来なかった。
骨は砕け、肺に刺さっている。
それでもなお、乙音は力を緩めない、会わせられた唇の隙間から、鮮血が零れ落ちる。
それと共に、乙音の喉がコクコクと動いた。
やがて、乙音が顔を離した。そして微笑みながら、先ほどの言葉を繰り返した。
「ひとつになりましょ?」
いつもと変わらぬ笑顔で、鬼の瞳で。
「お……、おと…ね……」
そう、つぶやく事しか出来なかった。そして、それが最期の言葉だった。
人は時として、鬼に変わる。憎しみから、哀しみから、そして、愛しさから。
プログラムという、人以外の存在だった乙音、彼女が人の感情を持った時、0と1の純粋だった存在が、嫉妬、独占欲そんな負の感情を知った時、人よりも鬼道に入りやすくは無いだろうか。
人を、愛するがゆえに…
そして、鬼の愛し方は、古来より、食らう事………
数時間後、その部屋に響いていた音がやんだ。
その身を朱に染めながら、乙音は両手で何かを、頭上に持ち上げて語りかける。
「コレでやっと、ひとつに成れましたわ。もう誰にも渡しませんわ」
そんな乙音に新しい想いが届いた。
「ごめんなさい」
そう呟きながら、持ち上げていた物を、胸にそっと抱きしめる。
「彼は私だけの物、そして、私は彼だけの物。貴方の所には行けないんですよ」
その姿が薄れ始める。
「でも、私に会いたいと願い続ければ」
抱きしめていた物にそっと口付け。
もう、反対側が見えるほどに薄れている。
「貴方の所の私が答えてくれますわ、今の私のように」
乙音の姿が消え、その手にしていた物が床に転がる。
「愛していますわ、いつでも、そしていつまでも」
その言葉と共に、部屋に静寂が満ちていく……。
後に残るのは、微笑みを浮かべたような男の首と
「乙……音……」
そんな、呟きだけ―――
貴方の所のペルソナ達は、大丈夫ですか?
乙音だけじゃ在りません、人の想いが、彼や彼女達に意思を、そして感情を与えているんですよ?
人以外のものが、人の感情を持った時、それは、鬼が生まれる時。
そう、今私の後ろにいる、彼女のように………
了
【感想 From 元】
恐いっすよ、Nyaoさん!
ウチの乙音は大丈夫だろうな……って乙音がいない!!
あ、あの……後ろから私を呼ぶこの声は、ダレですか??
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