乙女の秘密

著 夕霧 光さん


 「姉上、姉上はいらっしゃいますか?」
 ここは乙音のフォルダ内。
 雪音が声をかけるが、どうやら乙音は外出中、書き置きだけがある。


 雪音へ
 ちょっと出かけてきます。
 もしあの人が来られたら、私の代わりをよろしくね。
 くれぐれも粗相の無い様に。
                            乙音


  
 「ちっ、また今日もいない。それにしても毎晩どこへ行っているのだ? 大体代わりなんて、まだできるはずがないではないか。それはさておき、鬼のいぬまにお菓子でも……ん、これはなんだ?」
 ガサゴソと食器棚をあさっていた雪音が見つけたもの、それはTOPSECRETと題された1冊のノートだった。
 ご丁寧にもちゃんと乙音のサインが入っている。
 「ふ、わざわざデータではなく、こんなアナログなやり方をするとは、絶対に人に見られたくないものに違いない」
 データで存在するのならばいかに隠しファイルにしてもすぐにわかってしまうだろう。
 それにしてもこんな大事そうなものを、部屋では無く、こんなところに隠すなんて、乙音らしいというかなんというか。


 雪音はおもむろに表紙を開ける。
 〜 これを覗き見するものに災いあれ 〜
 きっちりと古代ヘブライ語で書いてあるが、動じる事無くページを進める(読めなかったともいう)
 ぱらぱらとめくるように読み進めていた雪音の表情に困惑が走る。
 「なんなのだ、これは。ペルソナのデータ集じゃないか。なんでこんなものがTOPSECRETなんだ?」
 そう、それは乙音直筆のペルソナのデータを集めたものだった。
 所属や年齢、性格、特技簡単な自己紹介は言うに及ばず身長体重BWHといった本人が公開していないデータや乙音の一口メモなんかが書いてある。
 例えば春菜さんだと


 プラエセンス社(春菜プロジェクト) ○才
 誕生日9月21日乙女座
 身長○cm体重○kgBWH ○−○−○
 血液型:O型(的性格)
 「幅広い年齢層のかたに親しまれているバランス型ペルソナです」
 一口メモ:ペルソナ界のお局様、絶対に怒らせてはいけない。
 2度と同じ過ちを繰り返してはいけない。
 危険度:B


 と、このようになっている。
 「姉上はあれで結構人付き合いが苦手だからこんな物を作ったのか? このBWHは実数値だろうか。どうやって調べたんだ? いや、それにもまして気になるのはこの危険度だな」
 雪音が指摘した危険度という項目にはペルソナごとにAからDのアルファベットが書いてある。
 「これはなんなのだ?姉上のことだから格闘レベルとか相手の性格というところだろうか。いや、しかし、それにしてはちょっと変か。あの春菜様がBランクとは。それにAもイニさんはまだわかるが、ねねフィム加奈ルベラ瑞妃綾子はおかしい。Bも春菜様の他は、}奈デミーすぴかチタドリィ明美ルティカユキるうミラージュ雪蘭はDになっている。どうやらこの危険度、Aの方が大きくDは小さくなっているようだが」
 いつぞやの一件以来、どうやら雪音は春菜さんには無意識に様付けになってしまったようである。
 「良く分からないな、直接姉上に聞いてみるか?いや、隠している以上それはまずいか。となれば、とりあえずこれを分析して、もうしばらく様子を見るしかないか。いや……」
 とりあえず、雪音は名前とBWHと危険度をすばやく書き写しノートを元の場所へ隠して置いた。
 「姉上はこのノートのために毎晩出かけているのだろうか?姉上をそうまでさせるものとは一体?」


 「ふぅ、今日も疲れましたねぇ。どうやら雪音も眠っている様子だしさっさと整理して寝ちゃいますか。また明日もあの人が呼んでくれるかもしれませんし」
 誰にでもなく優しく微笑むと乙音はあのノートを取り出して書き込み始める。
 「今回は椿さんリウムさん紅葉さんリノさんでしたね。まぁ、あの人達はあまり関係ないとは思いますが一応念のため。お呼ばれする回数が多いのは気になりますし……」
 その時、突然乙音の後ろに気配が生まれる。
 「姉上、なにをされているのです?」
 「ゆ、雪音,あなたいつの間に、あそこで寝ていたのではなくて?」
 「ふ、甘いですな姉上。あれはこの間貸して頂いた姉上の冬服のCGです。後は気配を消して姉上を待ち伏せしていたと言う訳です。さぁ、こんな時間までなにをされていたんですか?そしてそのノートはなんなんです? さっさとしゃべって下さい」
 「雪音。これを見たのね、いけない子。この私自ら制裁を加えないといけないようですわね」
 乙音はゆらりと立ち上がり構えをつくる。優しげな微笑みを見せているが目は笑っていない。
 「姉上それはこちらのセリフです。力ずくでも話してもらいますよ」
 「雪音、あなたの動きはもう見切っています。それを忘れているのではありませんか」
 「それはどうでしょうかね、やってみなければわかりませんよ、姉上」
 雪音の言葉が終るやいなや、いきなり乙音の得意の右斜め45度のアッパーが飛ぶ。
 それを紙一重でかわす雪音。続けざま乙音の左足の後ろ回し蹴り。
 途中で角度を変えるもこれも下がった雪音には当たらず、そのまま回転を利用して右足のハイキックに移る。
 雪音は今度は下がらずに軽く左へフェイント。
 至近距離からの左のストレートが乙音の右脇腹にヒットする。
 たまらず、膝から崩れ落ちる乙音。
 「ふ、そう来ると思ってましたよ、姉上。私もこの間の戦闘で姉上の癖は分かりましたから、これぐらいは簡単です。キックばかりだと思われていては心外ですな。さぁ、きりきりと吐いちゃって下さい、姉上」
 マウントスタイルでそうすごまれれば、いかに乙音といえども諦めざるを得なかった。
 「くっ、あ、あのノートは他のペルソナさんのデータ集よ」
 「そんなことはわかってます。なんでTOPSECRETなんですか」
 「そ、それは、非公開のデータが載っているからです」
 「ふ〜ん、では質問を変えましょうか、姉上。この危険度という項目は何です?」
 「そ、それは、か、格闘レベルのデータです」
 「姉上、嘘はいけませんなぁ、嘘は。ちょっと見たらわかる嘘はつかないで頂けますか。今度嘘をついたらこうですよ」
 右フックが腹に食い込む。
 攻撃が腹部に集中しているのは痣が目立つと後々自分が不利になるという計算からだろうか。
 「ぐふ、そ、それは……」それでも乙音は言いよどむ。話を促す左フック。
 乙音は雪音をきっと見すえた後あきらめたようにため息をついた。
 「それは、そのペルソナがあの人を好きかどうか、そして、あの人がそのペルソナを好きかどうか……、私とあの人の間を邪魔をする可能性の高さよ。私はあの人の役にたちたいとずっと思っていた。呼んでくれるだけで嬉しいと思っていた。でも私気付いたの、本当はあの人を私だけのものにしたいって。私は画面から出ることはできない、自分から会いに行くことすらできない。あの人が来てくれるのをただじっと待っているだけ。こんな状態を終わりにしたいのよ。だからどうすれば、もっとあの人が私の事を好きになって、私だけを起ち上げてくれて、私一人のものになるか知りたくて……」
 「あ、姉上」
 「おかしいでしょ、雪音。私達はただのデータにすぎないのにこんな感情を持つなんて。私だって分かっていたつもり。でも駄目なの。あの人と会って話をしていると、どんどんそんな気持ちになってしまうの。自分でこの気持ちを押さえられないの。あの人は私のことを、いいえ、私達のことをまるで本当の人間のように扱ってくれるんだもの。ちゃんと一人の人間として………」
 まるでそれまでたまっていたものを吐き出すように一気に乙音はしゃべった。
 目に浮かんでいた涙も一緒にとめどもなく流れる。
 「姉上……」
 「あの人の優しさに応えようとしても、なにかの力になろうとしても、私達にはなにもできない……なにもできないのよ。あの人が傷ついていたり泣いていたとしても、決められた行動しかできない。決められた言葉しかかけてあげられない。本当は張り裂けそうなぐらい心が痛いのに」
 マウントスタイルを解くと雪音は泣いている乙音に手を差し出した。
 「わかりました、姉上。姉上がそうまで思いつめておられたとは。少々私もやりすぎました」
 そう言ってハンカチを渡す。
 「きっとあの人は姉上をずっと好きでいてくれますよ。それは端から見ていて分かります。だから、ご安心下さい、姉上。そして、あの人を信じてみることです」
 「そ、そうかしら」少し顔を赤らめる乙音。
 「えぇ、私がデビューするまでは……」
 その言葉に乙音の無言の右ストレートが雪音の顔面にクリティカルで入る。
 「姉上、今のパンチ今までで一番効きましたぞ。これでおあいこですな」
 と言って、微笑みながら気絶した。どうやら不器用な雪音流の謝罪だったようだ。


 翌日の朝食の席で、あの後乙音に看病してもらった雪音がふとした疑問を漏らす。
 「ところで姉上、春菜様は危険度Bなんですね」
 「えぇ、だって私の方が勝ってますからねぇ。何といっても」
 しれっと発言した乙音の言葉にゆらりと空気が凍る。
 雪音が震えているのは寒さの所為ではあるまい。
 殺気を帯びた視線をどこからともなく感じたようだ。
 (姉上、今の発言春菜様に聞こえたようですぞ。私はあくまで無関係ですからな)
 「と、とりあえず、このようなストーカーと間違われるような行為は慎んで下さいね、姉上」
 「わかりましたよ。あの人に好かれるような別の方法を考えます」
 「そういえば、なんでこんな回りくどい方法を考えたんです?」
 「やっぱり、敵を知り己を知れば百戦危うからずというでしょ。それに調べていくうちにいい裏情報が手に入るのよ」
 「確かにこのデータを見たら、案外ユーザーさんもひくかもしれないですねぇ」
 「あぁ、その手もありますわね、雪音。メールで送るとか起動と同時に立ち上がるようにしておくとか」
 乙音の表情がぱっと輝く。
 「いや、姉上、そんなことをしたら姉上の信用が一番下がりますよ」
 「もちろん差出人は伏せておきますよ」
 「……人として最低限やってはいけない事に気付かれませんか?」
 「冗談ですよ、冗談……。怒るとしわが増えますよ、雪音」
 「誰の所為だと……ところでどうしてこんな夜更けに調査を」
 「あ、それは隙があれば夜討ちをかけようかと……」
 「そんなことはするなぁぁぁ」
 雪音のスリッパが今日も舞いましたとさ。


おわり


【あとがき】
 性格・行動・言葉づかいなどは元様、Nyao様の作品を参考にさせて頂きました。
 ペルソナの名称を勝手ながら拝借いたしました。
 なお、敬称は雪音のひとり言の中は基本的に省略させて頂きました。
 誠に申し訳ありませんが私の勝手なイメージで、乙音にランク付けをさせて頂きました。
 特に他意はないのですが、もしご不快になられた方がいらっしゃれば謝ります。
 私としては全てのペルソナが皆それぞれに素晴らしい存在だと尊敬してやまない次第です。

2001.9.20. 夕霧 光




【感想 From 元】  
 夕霧 光さんからいただきましたー!
 キャラクターの特徴を巧く捉えた、素敵なショートストーリーですな、ありがとうございます♪
 乙音がちょっとストーカー入ってて恐めですが、愛ゆえに! ってか愛は盲目デスヨ!!
 私もこれくらい愛されたいものです、いやマジで(^^)

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