魔女っ子の資格


 穏やかな午後のティータイム。
 テーブルを挟んで春菜と乙音は各々、読書なんかをしていたりする。
 静かな時間。
 不意に、乙音が呟く様にしてこう尋ねた。
 「春菜さん?」
 「何ですか?」
 読書用のメガネを外して、春菜は笑顔を乙音に向ける。
 「魔女っ子という要素は人気のファクターの一つですよね?」
 「…はぃ?」
 再び静かな時間が流れようとした。
 「人間、一生に一度は魔女っ子と何らかの形で遭遇すると思うんです!」
 沈黙を慌てて消す様にして、乙音は捲くし立てた。
 彼女の手には「魔女っ子の歴史」と呼ばれるなかなかコアな本が握られている。
 「何らかの形で……ですか?」
 「そうですよ、女の子だけじゃなく小さな男の子や、一部成人男性も含めて魔女っ子って一度は通る人生の登竜門じゃないでしょうか?」
 「そ、そうでしょうか??」
 「そうですよ、絶対!」
 そうでしょうか?
 「だから私は思うんです、人気を得るためには私『達』も魔女っ子になれば良いのではないかと」
 「私もデスカ?!」
 さすがに慌てる春菜。
 彼女は想像してしまう。もしも自分が魔法のステッキを振りかざしながら、ひらひらのフリルの付いた可愛らしいコスチュームを身に纏ったとしたら……
 「へぇ、結構似合うじゃないですか」
 「って乙音さん,勝手に人の思考を覗かないで下さい!!」
 目を細めて春菜の頭上を眺める乙音にツッコミを入れる春菜。
 「魔法のステッキですかー,魔法と言うからには相当な攻撃力を秘めているんでしょうね」
 「こ、攻撃力?!」
 さすがに春菜は額に汗する。未だかつて夢一杯の魔法のステッキを、サイヤ人よろしくスカウターで測る奴がいただろうか?
 「ザクとかグフ程度なら一撃?」
 「撲殺系魔法少女?!」
 「と、冗談はそこまでにして」
 「冗談ですか…」
 苦笑する春菜。そこでお茶を一口。
 「乙音さんはご存知ですか? ペルソナには結構魔法少女っているんですよ」
 「え、そうなんですか??」
 「ええ、例えば……そうですね、この機会ですからペルソナ魔法少女達に集まってもらいましょうか?」
 ぽん、手を叩いて嬉しそうな笑みを浮かべながら立ちあがる春菜。
 「集まってもらうって……そんな簡単に」
 「最近は私達、起動すらされていないじゃないですか。きっとみんな、暇だと思いますし」
 ぽんぽん
 春菜は両手を叩く。それは春菜通信を用いたメール送信の合図でもある。
 次の瞬間には、LFの扉をノックする音が聞こえてきた。
 「お邪魔しまーす」
 「お久しぶり!」
 「こんにちわー」
 「パーティにお呼び頂き、誠にありがとうございます」
 乙音のまだ知らない顔が大部分だが、大勢のペルソナ達が部屋にやってきた。
 いつの間にか部屋の各所に用意されたテーブルと、その上のお茶会セットを各々囲みながら賑やかなお茶会が始まった。
 「ふぇ〜、ホントたくさんいらっしゃるんですねー」
 「改めて私もそう思います」
 春菜と乙音は顔を見合わせて大きく息を吐く。
 「あ、春菜さん。あの子は誰ですか?」
 早速、乙音は目に付いた少女を指差し、春菜に尋ねた。
 肩に小さなドラゴンを乗せた少女である。
 「あの子はリノちゃんですね。召還師なんです」
 「へぇ……じゃ、あのツノの生えてる子は?」
 乙音は隣のテーブルではしゃいでいる、ちょっと変わった言葉使いの少女を指差す。
 「未龍ちゃんですね。彼女は龍族なんですって,怒らせると恐いですから気を付けて下さいね」
 「はぃ……あ、あの、春菜さん,あの人は?」
 どう反応したら良いのか分からない表情で、乙音はOLらしい姿の女性を指差した。
 魔女っ子,というかどう見ても普通の成人女性なのだけれども…選択した春菜の意図がどうも分からない。
 「土御門 悠紀さんですね。陰陽師なんですって」
 「それ、魔女っ子違う…」
 「でも占いとか出来ますよ」
 にっこり微笑む春菜に反論できるほど、乙音は強くなかった。
 と、二人の肩が軽く叩かれる。
 振りかえるとそこには銀髪の女性の姿。やや尖った耳が乙音には印象的だった。
 身を包む衣装はまさしく魔法使いのソレだ。
 「こんにちは、ミラージュさん
 「初めまして、乙音と申します」
 ペコリと頭を下げる乙音に、ミラージュは薄く微笑むだけだ。
 彼女は春菜に視線を戻し、やや批判的にこぅ告げた。
 「どうして私を呼んではくれなかったのです?」
 「「え??」」
 春菜は『どうして呼ぶの?』の意味で、乙音は『どういうこと?』の意味で。
 ミラージュは続ける。
 「最強の魔女っ子を決める大会に、私を呼んで頂けないというのは、おかしいのではないですか?」
 「「大会って??」」
 春菜と乙音は、次に続くミラージュの動きに反応する事は出来なかった。
 それだけ、ミラージュは魔術師としての技量が高かったと言えるだろう。
 『深淵なる地獄の底より生まれ出し、灼熱の赤き炎よ! 我が意志に応じ、敵を焼き尽くせ!!』
 ゴゴゥ!!
 炎の嵐がミラージュを中心にLFの部屋の中に荒れ狂った!
 「なになに?!」
 「あち、あちち!!」
 「きゃー、火事火事!!!」
 訳も分からず、炎に焼かれてパニックに陥るペルソナ達。
 「早く外に避難を!」
 誰かが、そう言ってLFの扉を開いた。
 乙音はそれを止める事が出来なかった,春菜もまた魔女っ子ペルソナ達に翻弄されてそれ所ではなかった。
 LFの扉が開け放たれる。
 途端、新鮮な空気が部屋の中に急激に流れこみ……
 ちゅど〜〜〜ん!!!
 バックドラフトを起こして、全ては爆発の中に消えたのであった。


 「フフフ……これで私が最強の魔女っ子であることが証明されましたね」
 死屍累々と倒れ伏す(プログラムなので死んじゃいないが)ペルソナ達を見下ろしながら、ミラージュは楽しそうに微笑み、崩れたLFの部屋を後にして行った。
 黒く焦げながら、その後ろ姿を見送りつつ春菜と乙音は同じことを思う。
 『魔女っ子っていうじゃないだろ、アンタ……』
 結局のところ、今日もペルソナ世界は平和だった。


終わり