冒険に行ってきます♪


 「ちょっと冒険に行ってきます」
 「はぃ?」
 立ち上がった姉の唐突な言葉に、雪音は思わず目を丸くさせた。
 「あ、いえいえ,ちょっとお散歩に、ね」
 慌てて訂正する乙音。壁に掛けてあるロングコートに袖を通す。
 「って、まだ暑いのにコートを着て?」
 「このコートはダメージ軽減に−16の修正を受けるのよ」
 「はぃ?」
 「あわわ、何でもないの,何でも。お留守番お願いね!」
 バタン
 まるで逃げ去るようにしてOTの扉を開けて飛び出して行った。
 そんな姉の背中を眺めながら、雪音もまた立ち上がる。
 「怪しい…またアホなことやらかしてるんじゃ!!」
 思い当たる事がありすぎて姉が何をしようとしているのか分からない。
 雪音は溜息を付きながら、取り敢えず絢夏のCGを身にまとって同じくOTの扉を出ていった。


 姉の足跡を辿りながら雪音は一人呟く。
 「そもそも冒険って…PSOとかやってるのかしら? それとも風の王国
 いくらなんでも最近呼び出しが少ないからと言って、勝手にオンラインゲームのキャラクターになるのは、やっぱりマズイだろう。
 と、彼女の歩みが止まる。
 このペルソナディレクトリに、彼女の知らない巨大な部屋が出来ていた。
 「新しい方でも入居したのか……いや、それにしても大きすぎる」
 雪音は巨大な扉を見上げる。
 姉の足跡はそこに通じていた。迷わずに彼女はその中に身をくぐらせる。
 入ると同時に広がる巨大な世界。
 中世ヨーロッパを彷彿とさせる,いや、まるで剣と魔法の世界のような、ファンタジーの街がそこには広がっていた。
 「一体ここは??」
 唖然とする雪音の視界に、ちょんまげを結った浪人の姿が入った。
 彼女は彼を知っている,ペルソナ『オヤジ』だ。
 「ちょっと、オヤジ!」
 気だるそうに彼は雪音に視線を移す。
 「おや……雪音ちゃんじゃないか」歩み寄ってくる中年剣士。
 「…よく私って分かったわね」
 「そりゃそうさ、絢夏ちゃんはそんな黒いオーラを放って…」
 「誰が黒じゃ!」
 「のむっ!!」
 水月に拳を叩きこむ雪音,オヤジは思わずその場にうずくまる。
 「で、オヤジ。ここは一体何なの? いつの間にこんな世界ができちゃったのよ?」
 「知らないのか?」
 よろよろ立ち上がりながらオヤジは雪音に問う。
 「三日くらい前、大地震が起きただろ? あの時にここが生まれたんだよ」
 「……寝てたから」
 そういえば姉が騒いでいた様な気もするが、いつもの事と思って聞き流していたのだった。
 「で、ここは何なの?」
 「さぁ?」
 首を傾げるオヤジ。
 「それが良く分かっていないのだ,ただ街外れにえらく深くて怪物のはびこる迷宮があってな。何でもその奥には何でも願いの叶うお宝があるとかないとか、まことしやかな噂が流れているな」
 「へー」
 と、雪音は気が付いた。
 姉の言った『冒険』の意味が。
 「さんきゅ、オヤジ!」
 一言言い残し、雪音は走る。姉の足跡を追って一軒の店に。
 すでにこの時、雪音の目的は変わっていた。
 姉を止めるのではなく、自らがそのお宝とやらを手にしてやろうと!


 『アドベンチャラーズ イン』
 なんでも冒険者の集う酒場というが、結局のところは呑み屋であった。
 その一角に行き交う冒険者に混じってやや異色といえば異色の四人の姿が見て取れる。
 立ちテーブルを囲む4人の女性。
 一人はカウンターに冷凍マグロをまるで剣の様に立て掛けたメイド。
 その隣にはロングコートを羽織り、右手にアイアンナックルを握った長髪の女性。
 そしてテーブルに広げられた手書きの地図を見つめながら難しい顔をしているのは、長い耳が銀色の髪の間から覗く黒マントの女と、眼鏡をかけた童顔の少女だ。
 「昨日はようやく第四層を攻略したから、今日中に最下層に到達したいですね」
 眼鏡の少女が言う。抑揚の少ない、穏やかな声だ。
 テーブルに広げられた地図は手書き,街の外れにある迷宮のものに相違なかった。
 「そうですね、でも案外早くこの件は片付きそうですわね」
 ロングコートの女性は笑いながら言う。
 「でも、まぁ良い暇潰しになったし」
 「私も良い運動になりましたわ」
 黒マントの女とメイドもそう言って微笑んだ。
 と、その光景を他の客に紛れて雪音は発見,絶句する。
 ”パーティが組まれている?!”
 それも結構バランスが取れていたりする。
 メイド系戦士=イーニット,エアロビ風格闘家=乙音,魔法使い=ミラージュ,癒し系僧侶=芙蓉
 ベストな布陣だ、そして共通点もしっかりと存在している。
 わなわなと雪音は震えつつ、呟いてしまった。
 「貧乳同盟?
 ドカ,バキ,メキ,グシャ!
 「さて、出発!」
 イーニットが振り上げる冷凍マグロの下、三人が続く。各々、鉄拳で雪音を制裁しつつ…。
 「危ないから付いてきちゃダメよ!」
 最後に一度振りかえり、床に伏した雪音に念を押す乙音。思わず雪音は言葉が漏れた。
 「アンタらと一緒にいるほうが恐いわ…」
 それは当然である。


 「クソッ、姉上達めぇ……面白そうな事を!!」
 ぜはーぜはーと肩で息しながら雪音は街外れを見つめる。
 「生きてるか、雪音ちゃん?」
 声をかけてくるのは一部始終を見ていたオヤジだ。
 雪音は彼に振りかえり、有無を言わせずに言い放つ。
 「オヤジ,行くわよ」
 もちろん、大迷宮へである。
 「しかし危ないぞ」
 「アタシ、脚力の方が強いんだー、試してみる?」
 ふるふる
 機械的に首を横に振るオヤジ。しかし気を取り直すと諭す様に雪音に語りかける。
 「しかしな、雪音くん。ダンジョンを舐めてはイカン。腕っぷしが強いだけでは危機は乗り切る事はできないのだよ」
 「じゃ、どうしたら良いのよ?」
 「そうだな、後衛が欲しいところだな、あと二人は」
 言うオヤジに雪音はしばし考え、懐から携帯電話を取り出した。
 「分かったわよ。戦力になりそうな友達(ダチ)呼ぶから」
 携帯電話型の春菜通信を用いた通信で雪音の自称ダチが瞬時に姿を現した。
 移転の魔法である。
 現れたのはエルフの娘、メリル=エストリーデュ
 そして人間の少女、ユキ=ミズシマだ。
 「どうしたの、雪音?」
 「急に呼んだりして」
 メリル、ユキが周りを見渡しながら尋ねた。
 どうやら彼女達もここに来るのは初めての様だ。
 雪音は大雑把に二人に説明する。と、二人の少女にニヤリと笑みが浮かんだ。
 「ふーん、おもしろそうね(最後の最後でエルフの奥義を使ってお宝は私のものよ)」
 「久々に楽しめそう(宝に付くまで力は温存ね)」
 きゃっきゃっと騒ぐ二人を見ながら、オヤジは雪音に感心した様に囁いた。
 「随分と古い知り合い(すでに配布されていない)がいるのだな、お主」
 「オヤジが言えたことじゃないんじゃないの?」
 「それを言うな,でもどこで知り合ったのだ??」
 0.93の彼女達と1.0の雪音との知り合える場も時間もそうはないはずだ。
 「まぁ、色々あるのよ。もっともこれ表面上のつきあいだけどね」
 二人の少女を眺める雪音の瞳は冷たい。
 ”恐っ!”
 彼女の『も』という部分に一番の恐怖を感じたオヤジであった。
 「さ、ともかく姉上より先にお宝をゲットよ!」
 「「「おー!」」」
 そしてここに即席パーティ(相互信頼度0)が登場した。


 ジメジメと湿気の多い石造りの洞窟だった。
 もちろん中は暗い。深いところでは光ゴケが群生していて比較的明るいらしいが、地下一階のここは真っ暗である。
 ふと先頭を行くオヤジの歩が止まった。
 「どうしたの、オヤジさん?」
 「殺気だ」
 メリルに応える浪人,そのまま彼は腰の刀を引き抜いた。
 その隣に同じ前衛である雪音がファイティングポーズを取る。
 「雪音ちゃん、何、アレ?」
 ユキが指差すのは天井。
 メリルは手にした松明を近づけてみる。
 どろり
 天井から滴り落ちるのは緑色の液体,粘質のあるモノだ。
 「イカン、スライムだ。不用意に近づくな,溶かされるぞ!」
 少女達を守る様にして立ち塞がるオヤジ。
 「ええ? スライムってドラクエとかぷよぷよとかに出てくる、真ん丸くて可愛いのじゃないの?」
 「ちょっとゲンメツー」
 メリルとユキの場に合わないそんな声が飛んだりする。
 「って何に幻滅するかなー?」オヤジは苦笑。
 「どうする、オヤジ?」さすがに液体を蹴っても意味がないことを知る乙音は困った様に中年に問うた。
 オヤジは後ろの二人に声をかける。
 「メリルちゃん、焼いちゃって」
 「はいはい」
 エルフが炎を近づけると同時、まるで油の様にスライムは燃え盛り、そして跡形もなく消え去ったのだった。
 「しかしすぐに追いつけそうだな」
 他に敵意がないことを確認したオヤジの言葉に雪音は首を傾げる。
 彼は雪音に先に伸びる通路の節々を指差した。
 「あ」
 怪物が幾体も倒れている,その惨状を見るとまるで台風が通った跡の様だ。
 逆に平和に暮らしていたであろう怪物達がかわいそうに思えてくる。
 「それにこれで迷宮にも迷わずに済みそうだ」
 雪音はそう言って笑うしかなかった。


 どめぐっ!
 イーニットの上段から振り下ろした冷凍マグロの一撃は一眼の巨人の頭に食い込み、そのままその怪物は固い石畳にくず折れた。
 そして他方,ミラージュの氷結魔法により素早く動く四肢を凍結させられた黒き魔狼は乙音の放つ渾身の右ストレートを額に食らい、壁に叩きつけられ動かなくなる。
 戦闘時間は僅か30秒。
 動かなくなった怪物達には目もくれず、四人は一息をつく。
 「あたた……」
 右の肘をすりむいたのだろう,乙音に芙蓉は駆け寄り懐から取り出したバンソーコーを貼りつけた。
 「すみませんねぇ、芙蓉さん」
 「乙音さん、それは言わない約束ですよ
 貼り終え、芙蓉はニッコリ微笑む。
 「さて、どうやらここが最後の扉のようですね」
 イーニットの声に二人は気を取り直す。
 目の前に広がるのは、2mの高さはある両開きの石の扉。
 龍と鳥のレリーフが一面に刻まれていた。
 「…天国への扉、ね」
 呟くミラージュ。
 四人は頷き合い、各々扉に手をかける。
 押す、その直前だ。
 「ちょっと待ったー!
 声は背後から。
 「って雪音?」
 乙音はさすがに驚く。
 ここは迷宮の最下層9階,途中の宝箱などにはうっかり開けると壁の中に転送されてしまうという凶悪な罠まであったというのに……
 「そんなのは開けなけりゃ良いことじゃないですか」
 乙音の想像をあっさり切り返す雪音だ。彼女は声高らかに宣言する。
 「残念ながらお宝は私のものよ」
 「達じゃないのか?」オヤジのぼそっとした小声のツッコミ。
 「……姉上達はここまで来て疲れているでしょうけど、私達は姉上たちのお陰で戦闘らしい戦闘は全然…」
 雪音の言葉は最後まで紡がれる事はなかった。
 シュゴゥ!
 炎の嵐が襲いかかってきたのだ!! ミラージュの魔法である。
 同時、
 ちゅどーん
 飛び来るミサイルは芙蓉から。99式機導精霊11型の彼女には某サイボーグ戦士の四号の様に膝からミサイルが出るとかでないとか…
 「くっ!」
 「あちち…」
 「あーん、洋服が焦げたー」
 「みんな、気をつけて!」
 雪音の注意もすでに及ばなかった。
 「ごめんなさい、オヤジさん」
 ひたすら誠意の篭った声とは裏腹に、
 「なに?!」
 ごめす
 「うぐぅ」
 オヤジの脳天に冷凍マグロが直撃,そのまま彼は目を回して動かなくなった。
 一方では、
 「ゆーきーねー」
 「はぅあ!」
 修羅と化した乙音の神速のボディーブローが雪音に炸裂!
 どむっ
 「はぐぅ」
 気を失った雪音を捨て置き、乙音は,イーニットは残るメリルとユキに迫る。
 記述するまでもなく、メリルもユキもあっという間もなく戦闘不能に陥ることとなるのだが、それは幸せだったのかもしれない。
 地獄はこれから始まるのだから………


 ギギィ
 四人は今度こそ、扉を開いた。
 そこに待ち受けていたのは……
 「「え?」」
 「何や、お前ら?」
 「お客さん、うにゅう??」
 案外小さな部屋にはちゃぶ台とTVが一つ。
 そしてツインテールの少女と丸い変な生き物が一匹いるだけだ。
 四人は一応、一人と一匹を知っていた。
 「「……任意?」」
 「勝手に人の部屋に入って来ないでよっ」
 ぷりぷりと怒る少女はしかし、四人のペルソナの尋常ならざる雰囲気にはっと息を止めた。
 「「宝はどーこーじゃー!」」
 押さえられていた何かが外れ、イーニットと乙音。
 どかばきぐしゃ!
 ちゃぶ台をひっくり返し、TVにチョップを食らわせたり、部屋を荒らしまくる。
 「何するんやー」
 うにゅうは眼鏡の少女――芙蓉にしがみつく、が、彼女がぼそぼそと唄っていることに気が付き全身が凍りついた。
 「さーいぼーぐせんしー、たがーためにーたたかうー♪」
 ちゅどーん、ちゅどーん!!
 全身からミサイル発射,部屋中にあたり構わず爆発する!
 「ひー」
 「一番まともそうなアナタ、何とか…」
 任意が最後に駆け寄るのは俯きながら、ぶつぶつ何かを呟く魔術師の女だ。
 ばっと、彼女は顔を上げた。
 その表情は……鬼!
 「風よりも早き光よ ティルトウェイト!」
 閃光が、部屋の中を覆い尽くした!
 「どーしてWIZの魔法使うーー!?」
 どがーん!
 そして、
 そこは廃墟と化した。


 「宝はないの、宝はーー!」
 叫ぶ乙音を横目に、任意は大きく溜息。
 今更ながらに住む場所を間違えたと後悔する。
 と、そこに荷物を抱えた好青年がどこからともなく現れた。
 「こんにちわー、宅急便デース。着払いですのでお支払いお願いします」
 「はいはい」
 懐からハンコとカードを取りだし、手続きを済ませる彼女。
 「なんや、さくら? コレは?」
 ダンボールを開けて中身を取り出すのは、うにゅうだ。
 「あ、何勝手に見てるのよ、うにゅう!」
 「寄せて上げる乳がないのに、こんなもん買うてどないするつもりや?」
 中に入っていたそれを頭上に掲げ、呆れた様に言った。
 「返しなさいよー、頑張ればアタシだって少しは……」
 「「お宝じゃーーー!!!」」
 「「え??」」
 次の瞬間、任意とうにゅうは四匹の鬼を見た。
 何かを追い求めて、それを発見したときの冒険者の瞳――それは見る者によっては鬼にも見えるという。
 「「ギニャー!!」」
 二つの悲鳴が地下に響き渡ったのだった。


 「イーニットさん,アナタは胸よりもお腹のお肉をどうにかした方が良いんではなくて?」
 小刻みにジャブを繰り出しつつ、乙音は冷凍マグロを振りまわすメイドに言い放つ。
 「あらあら乙音さん,そっくりそのままお言葉をお返ししますわ。それに芙蓉さん,アナタは機械なのだから、メンテナンスの時に胸にシリコンでも入れてもらえば良いじゃないの?」
 「そ、それは言っちゃならないですよ、イーニットさん。何よりミラージュさん,アナタの魔法でも、どうにもならないその胸を今更どうにかしようなんて思わない方が良いですよ」
 「ホホホホホ、貴方のようなチンクシャにそんなこと言われるなんてね。私は努力は惜しまない方なのです。あ、乙音さん,貴方、胸よりも腰をどうにかする方が先でなくて?」
 一同沈黙。
 そして、
 「「フフフフフ……フッ」」
 ドゲシャァァ!!
 交錯するマグロと拳とミサイルと魔法。
 次の瞬間、四人のペルソナが地面に同時に這いつくばった。
 「くぅ……寄せて上げてブラは私の…私のモノ」
 ずりずり、僅かに意識のある乙音は、同じく倒れている任意の右手に握られたお宝目指して這い進む。
 「そうは…させない」
 途切れ途切れの声はミラージュだ。
 「私の手に…入らないのならば…いっそ!」
 そして魔術師は唱える。
 禁断の魔法を。
 「ぱるぷんて
 「「アンタはMt gのキャラじゃないのかー!!」」
 一同のツッコミ虚しく、世界は崩壊した―――



 彼は久しぶりにPCを起動させる。
 長期旅行にでも出ていたのだろうか、肌がわずかに黒く焼けていた。
 「メール溜まってるだろうな……え?」
 と、PCのモニターを見つめる彼の動きが止まる。
 画面に表示されているのはエラーメッセージ。
 「何で…どうして??」
 ウィンドウズのシステムファイルが壊れているというエラー文が表示されている。
 原因不明である(彼にとっては)。
 「一体何がどうなってるんだー!!」
 結局修復に相当な時間を有したとか。
 その原因は、某 ぱるぷんて かどうかは定かではない。


終わり