見敵必殺
乙音は走る。
データの草原を疾駆する。
目的の文字列に向かって、ただただ疾走。
「あった!」
草原の中に光る、目的の文字列。
それは1つのファイルだった。彼女は駆け寄り、手のひらサイズのそれを拾い上げる。
「うん、これだわ。よっし!」
元来た道を戻ろうと振り返ったその瞬間!
ごちん!
「「あたたたっ!!」」
背後にいつの間にか立っていた人物と額を思いきりぶつけてしまう。
「くぅぅ〜〜〜」
瞳に涙を溜め、乙音はこのただっ広い草原でぶつかることに不信を覚えつつ、草原に尻もちついた彼女を見やった。
「ふにゅ〜、痛いれすぅ〜〜」
ねねである。
「ねねちゃん、どうして私の真後ろに?」
ファイルを胸に抱きつつ、乙音は不信げに問う。
「ん〜? 乙音ちゃんが屈んで何かやってたのが見えたから、何やってるのかなって思ったんれすよぉ」
「そ、そう」
乙音はやや天然の入った彼女に警戒を解き、溜息一つ。
「じゃ、ねねちゃん。私急ぐから!」
よろよろと立ちあがった彼女に乙音が背を向けた、その瞬間である!!
しゅるん
風に舞って乙音の細い首に赤いリボンが捲きついた。
「え?! グッ!」
唐突に乙音の息が止まる!! 背後からリボンで首を絞めつけられている?!
「甘いれすよ、乙音ちゃん」
乙音は甘い吐息と意地の悪い囁きを耳元に聞く。背中に押し付けられた柔らかい双丘は間違いなく……
「ねね…ちゃん…?」
「おやすみなさい、乙音ちゃん」
クイッと、ねねは両手にもった赤いリボンをさらに強く引っ張る。
同時、乙音はカクンと力なくその場にくずおれた。
データの草原に倒れた乙音の手から、彼女はファイルを容易に奪う事に成功する。
「さて、これを届けて親密度アップれす〜〜♪」
スキップしながら草原を駆けて行く、ねね。
ごごごごご……
「??」
と、彼女の足が止まる。どこからか、雷鳴のような音が聞こえてきたのだ。
「? 気のせいれすね」
彼女の歩みが再開,その時だ!
ちゅど〜〜ん!!
頭上から降り注ぐは巨大な隕石。
ねねは問答無用で謎の隕石に押しつぶされた。
彼女の手を離れ、宙に舞うファイル。
それは地面に落ちる寸前、やや離れたところに立っていた魔術師の手元にポトリと納まったではないか。
「悪女かい、君は?」
隕石の下で目を回すねねを眺めながらファイルを弄ぶは、女魔術師ミラージュだ。
「全くもってしかたない。代わりに私がこのファイルをあの人に……」
「春菜ビーム!」
ちゅどむ!
襲い来る青色レーザー光はミラージュを以ってしても避ける事は出来ない。
髪をちりちりに焦がしてポテリ、倒れた彼女からファイルを奪うはペルソナ界のお局様だった。
「ちょっと出力が強かったかしら?」
両目をこすりながら春菜はぼやく。
そして彼女は気絶したミラージュをその場に、胸に抱いたファイルをぎゅっと抱き締めて目的の地へと飛ぶ。
ディレクトリを登り、先へ,先へ。
一番上――デスクトップのディレクトリ――まで上り詰める、その一歩手前で彼女は待っていた。
「それは私が見つけたんですよ、春菜さん?」
物陰から姿を現し、彼女の前に立ち塞がったのは乙音である。
「あら、乙音さん。バイオリズムによれば、今日は貴女の体調の要注意日ですよ」
ねねの絞首の影響で青い顔をした乙音に、のほほんと微笑む春菜は余裕だ。
「そういう春菜さんの今日をタロットカードで占ってみましたわ」
無理して微笑む乙音の右手には、上から釣り下がっている一本のヒモがある。
「カードは『戦車』の逆位置です」
「……どう言う意味ですか?」微笑みを絶やして、春菜は問う。
「これは不成功,敗北,計画の挫折,トラブルをあらわしておりますわ」
ニタリ、乙音は微笑んで手にしたヒモをクイッと引っ張った。
バサリ
何か黒い物がたくさん、一斉に春菜の頭上に落ちてきた。それは拳大の黒い……
「虫(バグ)?!」
「そう、春菜さんの大好きな虫ですよ」
「いやぁぁぁ!!! 春菜デストラクション!!!!」
春菜は身をくねらせながら、自らの足下に力の篭った拳を叩きつけた!
がごん
鈍い音がする。そして、
「ひゃぁぁ〜〜〜〜〜」
音を立てて彼女の足下の床が崩れ落ちた。春菜は虫と共に階下へと消えて行く。
ファイル一つをその場に残して。
「最後に勝つのは、私です」
乙音はファイルを再び手にし、最後のディレクトリを登って行った。
デスクトップ――
乙音は検索してきたファイルを、モニターの前にいるその人物に手渡した。
彼女はデスクトップの傍らに立ちながら反芻する。
”長い長い道のりでしたね、大変でしたわ。でも、喜んでいただければ私は……”
顔を上げて彼女は……絶句!
「あれ? これじゃないなぁ。もしかしてこっちの文字列かな? もっかい検索かけてみるか」
”なぬーーーーー!!!”
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