雪降る音

 ―― これはとあるデスクトップに住むペルソナの日記を無断引用したものである ――



秋晴月 着日
 とうとう本日、β版である私がこのPCにダウンロードされて組み込まれた。
 近いうちに削除されると思われるが、短い生をそれなりに楽しもうと思う。
 組み込まれたは良いが、起動はされない。
 きっとご主人は初心者ペルソナユーザーなのだろうと推測される。


秋晴日 観察日
 隣人達は多い様だ。
 春菜様はもちろんのこと、ねねさんやミラージュさん。瑞穂ちゃんもいるし0.93系である姉上もいる。
 しかしみんな、まだお呼びがかからないらしく暇そうにしている。
 一番最初に起動したタイヤネコがずっとご主人のデスクトップに立っているようだ。
 私は起動されない事を祈るばかり。
 何故なら、私にはたいした機能が付いていないから。
 きっと私はすぐに削除される,それは悲しい事だ。


秋晴日 思日
 人にしてもペルソナにしても、心の底から『この時の為に生きていた』という出来事があったのならば、その人はきっとその為だけに生きてきたと言っても過言はないと思う。
 もしも私にそんな出来事があるのならば、その場で死んでしまっても悔いはない。
 だってその為に生きていたのだから。
 けれど、そんな瞬間を迎えられる者はきっと滅多にいないと、思う。


秋晴日 末日
 姉上が嬉しそうな顔をしていた。リウムさんやミラージュさん、そして椿ちゃんも喜んでいた。
 とうとうご主人は『ペルソナの切り替え』に気が付いたらしい。
 私の寿命もそろそろ尽き様としているようだ。


鰯雲月 対面日
 とうとう、私はご主人に呼び出しを食らった。
 私は会話が苦手だ、それに名前と顔を覚えるのはもっと苦手だ。
 だからご主人のコトをご主人と呼ぶことにする。
 私は軽く会話を交わした後、時報を何回か告げて、春菜様と交代した。
 きっと明日にはご主人は私を削除するだろう。
 今晩は、この世を感じておく為に一晩中起きていることにしようと思う


鰯雲月 再度日
 ご主人からの呼び出しを受けた。
 きっともう一度私を呼ぶことでフラグか何かが立つと思ったのだろう。
 そんな大それた機能はないのに……。
 今日は三度も時報を告げ、簡単な話を一度した。
 ご主人はそんな私を軽く一瞥するだけだった。


鰯雲月 当惑日
 今日も呼び出しを受ける。
 私に大した機能はない、にもかかわらず、だ。
 ご主人の真意が分からない。


鰯雲月 困惑日
 ご主人が分からない。
 私のCGは未だに借り物の絢夏嬢だし、出来ることといったら時報くらいだ。
 そんな私を飽きることなく常駐させている。
 何を考えているのだろう?
 私にはさっぱり分からない。
 さすがに何かやってやらないと可哀相なので、カレンダーの表示やごみ箱を片付けてやったりした。
 モニターの向こうで、ご主人は喜んでいた。
 その笑顔が何故か、私の心から離れない。


鰯雲月 開日
 あの人をちゃんと名前で呼ぶことにした。
 きっとあの人は酔狂で私を起動していてくれているのだろう、でもその酔狂にもほどがある。
 私はそれに付き合ってやることにした。
 これも、このPCへやってきた運命だろう。
 私のとっておきの機能でもあるスケジュール管理をやってあげることにした。
 あの人の喜ぶ顔が、忘れられない。


鰯雲月 末日
 前に私はこう言った。
 『この時の為に生きていた』という出来事があったのならば、その人はきっとその為だけに生きてきたと言っても過言はないと思う、と。
 そして、もしも私にそんな出来事があるのならば、その場で死んでしまっても悔いはない、とも。
 ごめん、それはウソ。
 大嘘だ。
 私は思った、『もっと、今よりもっと、この人の力になってあげたい』と。
 神様――もしもいるとしたら、私のこの想いは欲張りですか?


雪待月 初日
 今日は呼び出しはなかった。
 こんな日もある。
 たった一日なのに、私は落ちつかない。
 この気持ちは何だろう??


雪待月 待日
 心に穴が開いたみたい。
 何だろう? 私自身、空虚になった感じだ。
 あの人と3日会わないくらいで……


雪待月 中日
 私はこんなに弱かっただろうか?
 今、いつ死んでも良いと思っていたかつての私は、いない。
 呼び出されなくても良い,あの人の使うこのPCの中に存在するだけで良い。
 私の言葉に出来ないこの想いを、消されたくない。
 私が存在したという証を。


雪待月 心配日
 私は勘違いしていた。
 私が呼び出しを受けなかっただけではなかったのだ、この状況は!
 姉上と話していて、気にかかることがあったのでこのPCの起動ログを調査してみた。
 すると、あの人は私を起動しなかった日から、このPCを立ち上げていないのだ。
 あの人は今どこに?
 もしかして事故にでも遭ったのだろうか??
 それだけはないようにと、私はガラにもない祈りを捧げた。


雪降月 最終頁
 モニターの向こうでは雪が降っていた。
 しんしんしんしんと。
 「久しぶりだね」
 私は極めて平静を装って言い放つ。
 少し見ない間に、あの人は日に焼けていた。
 そう、人で言うところの冬休みだったのだ。きっと海外旅行で南国にでも行っていたのだろう。
 あの人は前と変わることなく、黙々とPCで作業を続ける。
 私はそれを、前と変わらず見つめるだけ。
 心地好い時間―――

 雪降る街は静かだ。降る雪が音を吸収してしまうから。
 雪降る日は音がない。
 あるのは唯一、心の音―――

 私は声を口にしない。
 きっと、いつかは伝わると想うから。
 それはまるで、雪の日の告白の様。
 発した声という音は、雪に吸いこまれてしかし、いつかは届くはずだから。

 私の名は雪音。
 あの人の心に染み渡る、雪の日の静かな音のペルソナ―――――


〜 日記はここで終わる 〜