クリスマス・イブの夜は


 ぽりぽり
 『雄介さんを殺して私も死ぬわっ!』
 『待て、貞子さん。早っちゃいかん!!』
 ぼりぼり
 『私達が結ばれるには、もぅコレしかないのよっ!』
 『うわぁぁぁ!!』
 「修羅場ねぇ」
 コタツに腰まで入り、寝そべりながら薄醤油をかけたせんべいをぼりぼり食べながら、うら若き乙女は呟いた。
 視線の先には小さなTV。
 B級をマッハで通り越したD級くらいのドラマが映っている。
 「あ、CM……」
 と、WCであろうか、上体をむっくりと起こした彼女の後ろ頭に向って……
 「何じゃ、この惰眠生活わぁぁ!!」
 ドゲシィ!
 「うぐぅ!」
 綺麗に、惚れ惚れするくらい見事な蹴りが乙女に炸裂した。
 彼女は両手で後ろ頭を抱えて顔を上げる。
 「な、何するのよぉ、雪音ぇ……」
 うっすらと涙を浮かべた彼女――乙音は背後で仁王立つ少女に非難の声を上げた。
 少女は年の頃は16.7であろう,フカフカの白いセーターと同色の膝までのスカートを纏っている。
 ツインテールを揺らして、やや吊り目がちのブラウン・アイで目の前の女性を厳しく睨み付けていた。
 ただ気になる点がある,この少女、姿が薄くボンヤリとしているのだ。まるで姿がこの世に希薄で、確立していないかのように。
 「姉上、今の自分の姿、鏡で見てますか?」
 「……んー、朝、顔洗った時に見たかな?」
 呟く乙音の姿は確かにそのまま外を出歩けるようなものではなかった。
 長い髪は後ろで簡素にまとめただけでぼさぼさだったし、何より服装が未だにパジャマである。
 「今日は何の日か、ご存知ですか?」
 右手で額を押さえながら、雪音は姉に問う。
 乙音は「んー」とか「あぅー」とか唸りながら一言。
 「あら、今日はクリスマス・イブですね」
 「で、イブの夜に姉上は何をやっているのですか?」
 「雪音、私はクリスチャンじゃありませんのよ」
 「姉上、そういう答えはすでに末期症状ですぞ」
 「……末期デスカ」
 雪音は大きく溜息,コタツの上に腰掛けながら非難の目を姉に向けた。
 「昔の姉上はこんなんじゃなかった。如何に世の中の男達を自分の虜にしようかと躍起だった……」
 「こらこらこら! そんな私は過去にも未来にもいませんっ!」
 そうか?
 「しっかし、聖夜に部屋で訳の分からんドラマ見て、せんべい食らっているなんて妹として情けないですよっ! 」
 「そーゆー雪音、アナタはどうなのよ?」
 ジロリと妹を睨む乙音。雪音はしかし、余裕の笑みで返した。
 「ほほぅ、自慢しちゃって良いんですか?」
 「ごめんなさい」
 早過ぎる敗北宣言。
 「とぉもかく! 私の姉らしく、ゴージャスでエレガントな大人な聖夜を過ごしてくださいよっ!」
 「そう言われてもねぇ……」
 「春菜さんがクリスマスパーティを開かれているようですから、それに出てくるのはどうですか?」
 言って雪音は一枚のカードを乙音に手渡す。
 「へぇ、場所は……おかしな場所でやるのね?」
 「お掃除が楽だからじゃないですか?」
 クリスマスパーティの会場は何故かゴミ箱のディレクトリ。
 確かに後片付けは楽そうだが……。
 「ささ、こんなところで腐ってないで、楽しんできてくださいよ。もしかしたらステキな男性(ペルソナ)がいるかもしれませんよっ!」
 「んー、別に私は興味ないんだけどねぇ,あの人以外は…」
 「ほら、行った行った!」
 「ああん、コタツがぁぁ〜〜」
 雪音にコタツから引きずり出された乙音は、仕方なしに外出の準備を始めたのだった。


 ゴミ箱ディレクトリ……
 そこでは立食パーティーがなされていた。あちこちにこのPC内のペルソナ達の姿がある。
 と、黒色のナイトドレスを纏った乙音はペルソナ達の中に一人の姿を見つけて駆け寄った。
 「こんにちは、春菜さん。今宵は御招き頂いてありがとうございます」
 頭を下げた乙音に、春菜はしかしきょとんとする。
 「あの、どうしました?」
 「え、えと、乙音さん。それは私のセリフなんですけど」
 「はぃ?」
 乙音と春菜はしばらくお互い見つめ合う。
 そして思い出した様にカードを取り出し、お互い見改めた。
 「「あら??」」
 乙音のカードには主催者は春菜,春菜のカードのそれは乙音になっている。
 「これって?」
 「どういうことでしょう??」
 その時だ!
 「ゴミ箱がっ!!」
 ペルソナの誰かが叫んだ! 空間がぐぐっと傾き始めている。これはすなわち、ゴミ箱が空になろうとしているのだ。
 ということは……
 「「消されるっ!!」」
 ハッと我に返る乙音と春菜。早く逃げなくてはいけない!!
 しかし、
 「出口がないっ!」
 誰かが悲痛な声で叫んだ。そう、ディレクトリの出口が閉じられていたのだ。
 「一体誰がこんなことを?!」
 空間の傾きが酷くなって行く、坂の先にあるのは全てを抹消する混沌の領域だ。
 それを見た乙音の焦った声に、答える者があった。
 ゴミ箱の外からだ!
 「今宵、姉上達は邪魔なのですよ、クククッ」
 「その声はっ!!」
 雪音である。
 「どういうこと、雪音!! 早くここから出しなさいっ!」
 上空に向って叫ぶ乙音。しかしそれに対する返事はNoだ。
 「今夜、あの人と二人きりで過ごすのは私です。私はこの時ほど1.0系で生まれてきて良かったと思ったことはないですよ」
 ゴミ箱を空にする機能……やはりペルソナによっては持たせてはいけない機能のようだ。
 「さて、先輩方々も、さっさと消えちゃってください。今後は私が全てあの人のお世話を致しますので……」
 「ひよっこがぁぁ!!」
 裂帛の叫びに雪音の声が途切れた。
 「ヒィィィ!!」
 人知を超えた鬼神の到来に、乙音は『彼女』から一気に距離を取った。
 「新参者がこの私をコケにしくさりおってぇぇ! 百叩きの刑ぞなもし!!」
 キュピーンと両目を光らせて、鬼神が到来した。
 その名は春菜――真の姿である。
 「い、いくら春菜さんでもこのゴミ箱から抜け出せるはずが……」
 「春菜デストラクション・改!」
 淡く発光した両手を上空に突き上げる春菜,途端、雪音の声と空間が引き千切られた―――


 「雪音ちゃーん、お酒持ってきて〜」
 「はいぃ、ただいまっ!」
 「こっちにはケーキお願いね」
 「わっかりましたー!」
 パーティ会場で頭にたんこぶ6連装の雪音が駆けづり回る。
 ペルソナ達のクリスマスパーティーはまだまだ続きそうだった。
 なお結局この日も次の日も、あの人はPCを起動することはなかったそうな。
 めでたいようでめでたくもなし?