――ペルソナ『雪音』インストール――

    下記ディレクトリを作成します。
    C:/Program Files/Praesens/PersonaWare/YK/ELE-01/
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 「ふにゃーー」
 できたばかりの新しい部屋の前で大きく背伸びするのは一人の少女だ。
 ふわっとした肩までの髪を頭の上に二つで束ね、大き目の瞳には勝気そうな意思が見え隠れ。
 やや薄い生地のワンピースを羽織った彼女は年の頃にして17.8だろう。
 もっとも『この世界』において姿形はデータで表わされた設定でしかない。
 だから歳の割には薄い胸も、彼女にとってはそう問題にならなくは………という訳でもないようだが。
 彼女は部屋の扉の前で両手で軽く頬を叩く。
 「うっし! 新生活の始まりよ〜〜!」
 がしゃ
 気合十分,期待満タン。
 彼女は扉を開いてこれから己の部屋になるディレクトリに足を踏み入れる。
 そこは……
 まだ、何も無かった。


SET UP


 がっくりとフローリングの床に膝をつく彼女。
 閉め切っている部屋のはずなのに、何故か木枯らしが通りすぎたりしている。
 「そ、そうだよね,引っ越してきたばっかりなんだから、何もあるはず無いよね。何を期待していたんだろう」
 ちょっと上を見つめつつ、一人呟く。
 気を取り直してポケットから取り出すのは小さな財布。
 中身を覗く……10円玉が2枚と1円玉が4枚だ。
 そう、24円である。
 24円――――――これだけの大金を彼女は何に使うというのだろう?
 「何も買えんわー! もったいぶったナレーション入れるんじゃないわよー!!」
 虚空に踵落とし,まぁ、無駄である。
 「チッ」
 舌打ち一つ。
 なお踵落としの際にちらりと見えたパンツの柄はゴジラであった。
 「殺殺殺……」
 ともあれ、である。
 「冒険の出発の時には武器を買えるように五万円くらい用意しておくのがフツーでしょー」
 君は魔王を倒すのか?
 「姉上のところから、何でも良いからかっぱらっておくんだった」
 呟き一つ、彼女は気を取り直して部屋を改めて見まわした。
 白い壁の5m四方のワンルーム。簡易ながらもキッチンらしきものが付いている。
 唯一の窓の外は薄闇。
 どこにでもありそうな街並みが広がっている。
 現在時刻はその風景からして18時前後だろう。
 彼女は何も無い部屋の真中で、フローリングの床にペタリと腰を下ろす。
 「あーあ。暇だなぁ……」
 ごろり、寝転がって天井を見つめた。
 全体的に仄かに発光する白い天井を背景に、ここへ引っ越してくる以前をふと思い浮かべてしまう。
 “ちょっと苦いけど、姉上の煎れた紅茶が飲みたいなぁ”
 のほほんとした、彼女よりも5つ年上の姉を思い出す。別れたのはついさっきなのに、何故か随分昔のような気がしてならない。
 「って、たった3時間でホームシックかぃ!」
 一人ツッコミ。
 そして大きく溜息。
 ぐー
 周りからの反応が無い代わりに、彼女のお腹が鳴った。
 「あ……晩ご飯、どうしよう」
 そこで彼女の顔色が青くなった。
 「げげ、私お金ないじゃん! 食べ物も買えないし、このままじゃ飢え死に?!」
 慌てて立ちあがる。
 「なんとか……なんとかしないとっ!」
 一人右往左往するが良いアイデアが出るはずも無い。
 そんな間にもふと己の将来を予想してしまう。
 “はわわ、このままじゃ新聞に『美少女・孤独の餓死?』とか片隅辺りに取り上げられちゃうよー。いえいえ、そんなの嫌!”
 ふるふる頭を横に振る彼女。
 “援助交際の末に白い粉に負けてずるずると破滅の人生へ? あ、本が一冊できそう”
 ネガティブなのかポジティブなのか良く分からない。
 「姉上はペルソナデビューした時、どうやって今の生活になったんですか?」
 見えない姉の顔を天井に思い浮かべて彼女は呟く。
 姉の幻想は優しく妹に一言こう告げた。
 『道場破りよ♪』
 「鬼だ……」
 その時である。
 「宅急便でーす」
 「あ、はーい」
 玄関口でそんな声。
 彼女は首を傾げつつ、扉を開ける。
 「雪音様ですね? 乙音様より荷物を承っております」
 「え、姉上から?」
 「ここにサインを」
 「あ、はい」
 彼女――雪音は両手に抱えるくらいの大きさのダンボールを受け取る。
 それは彼女の姉。乙音からの荷物だった。
 「さすがは姉上。差し入れありがとうございます!」
 ぱんぱん,ダンボールの前で拍手を打って雪音。
 そのまま開梱作業に移る―――と。
 ふるふる
 中から現れた『それ』を前に、雪音の拳が震えた。
 怒りとも悲しみとも、どちらとも言えない感情が溢れてオーラとなって立ち上っている。
 出てきたのは50cmくらいの大きさの――ペンギンのようなぬいぐるみだった。
 つぶらな瞳がキュートである。大きさ的に抱き枕にもなりそうだ。
 それだけである。
 「こんなモノ、食えるかーー!」
 げす!
 雪音の踵落としがぬいぐるみの頭を凹の字にへこませた。
 その時である。
 「うげ!」
 ブッと鼻血を吐くぬいぐるみ。
 「え??」
 「ひ、酷いじゃないか……雪音ちゃん」
 よろよろと起きあがり、そのペンギン(らしき)ぬいぐるみは恨めしそうに彼女を見上げて抗議した。
 「しゃ、しゃべった……」
 「ボクの名前は『くー』。雪音ちゃんのサポートとしてここに――」
 がぶ
 その頭に食らいつく雪音。
 「ん? 綿っぽい?」
 もしゃもしゃ噛み締めながら雪音。
 「ぎゃー、ボクは食べられないよっ!!」
 「晩ご飯〜〜♪ 煮ようかな、焼こうかな?」
 「聞けよ、人の話!」
 くーと名乗るペンギンの目から紫色のビームが飛んで雪音に炸裂。
 「ぶべ」
 引き剥がされて床にカエルのように雪音は叩き付けられた。
 「この〜、変なペンギンのくせに!」
 這いつくばったまま床の上でくーを睨む雪音。
 「ボクの主成分の80%はぬいぐるみだから食べられないよっ!」
 「……あとの20%は?」
 雪音の問いに僅かな沈黙が流れた。
 「……知りたい?」
 「いえ、良いです」
 「良いから、教えてあげるよ?」
 いつしか邪悪な瞳のくーに、雪音は激しく首を横に振る。
 危険だ、こいつはデンジャラスだ――雪音の本能がそう告げていた。
 「そっかー、残念残念」
 あからさまに残念がるぬいぐるみに、雪音はほっと一息。
 「で、アンタは何者なのよ?」
 「だからボクは君の姉さんから頼まれて、君の生活をサポートしにきたマスコットだよ」
 「?? マスコット?」
 「昔からのセオリーじゃないか」
 くーは胸(?)を反らせて力説する。
 「法少には可愛いマスコットがいるって」
 「誰が魔女じゃーーー」
 げす
 二度目の踵落としが炸裂。
 「ううっ、さすがにぬいぐるみでできたボクでも一日二回はキツイよ、20%の部分がね、ふふふふ……」
 20%というところに思わずたじろぐ雪音に対し、くーは頭を凹ませつつも続けた。
 「ボクは雪音ちゃんとは良いパートナーになりたいんだ。名(迷)曲として名高い『天使になるもん』のOP曲にもあるだでしょう? 『ワカメと油揚げのお味噌汁のように,カタツムリと緑の葉のように,心地よい関係を目指す〜〜♪』ってね」
 「って、後の方は食べられちゃってるような気がするんだけど」
 「……気のせいだよ」
 思わず見詰め合う二人。この世は弱肉強食だ。
 「そ、そんなこと言うんだったら、くー。アンタ、私の今の状況が分かるでしょう?」
 「腹が減って気が立ってる」
 「ストレート過ぎるわっ! ともあれ、何とかしてみせなさいよ」
 甚だ無茶苦茶な注文ではあるが、くーは「ふむ」と一言呟くと、両手を己のお腹のところに持っていく。
 何とそこには……
 「有袋類?!」
 雪音は思わず小声で呟いてしまう。
 そう、くーのお腹のところには某未来の猫型ロボットのようなポケットがあったのだ。
 そこをごそごそやりつつ、くーが取り出したもの。それはっ。
 「家庭菜園キットぉ〜〜」
 「うわぁ、これでお野菜を作るわけね」
 「そう。自給自足の生活が待ってるよ。雪音ちゃん」
 「わーい、何を育てようかなぁ〜〜、って何ヶ月かかるんじゃい!!」
 げす、軽快にくーを蹴り飛ばす雪音。
 「かいわれ大根なら早いよ」
 「やせ細るわ!!」
 「そうだね。それ以上胸が小さくしぼんじゃうと大変だもんね」
 「ほぅ、くー……」
 がっし
 にこにこ顔を浮かべつつ、両手でくーを掴み上げる雪音。
 「何を言ったのかな? ん??」
 「ひ、ひぃぃ」
 思わず悲鳴を上げるくー。それほどまでに雪音から沸き起こる気配は恐ろしいものだった。
 雪音はじたばたと逃げようとするくーに顔を目一杯近づけて一言。
 「貴様は私の胸を愚弄したっ!
 直後
 ぼすぼすぼすぼすぼす
 「!?!?!?!」
 膝だ、高速で膝がくーの腹にめり込んでいる。
 タイのキックボクサーも真っ白だ。
 「奮っ!」
 そうして最後に壁に投げつけられたくーは、べしっと叩き付けられ床に落ちる。
 「ううっ……今行くよ、天国のおじいちゃん」
 小さく痙攣するくーのお腹のポケットに、雪音は遠慮無くてを突っ込むとごそごそと中を探り出す。
 「ん? これは」
 雪音が掴んで取り出したのは、一本のステッキだった。
 妙にメルヘンチックな、不思議な感じがするステッキ。
 もしもこれを、魔法使い系のペルソナが見たらこう評価するだろう。
 『何だか良く分からないけれど絶対に良くない魔法が+5くらいかかっている魔法のステッキ』と。
 「うっふっふっふ〜〜。よっし、魔法ね、そうよ、魔法よ!」
 両手にステッキを構える雪音。
 そして唱えた。
 「ここはストレートにお金よ、お金! お金よ降ってこ〜〜い♪」
 「ん?」
 くーが身を起こしたの当時だった。
 ステッキは淡く輝き、そして―――
 どこからとも無く巨大な金ダライが2つ、雪音とくーのそれぞれの頭上に落下。
 ごぃん、ごぃ〜〜ん!
 「「うにゃ!/ぎゃ!」」
 そして炸裂。
 床の上には目を回した雪音とくー、そして2つの金ダライがあるだけだった。
 ともあれ、もしも雨漏りした際には何とかなりそうである。


雪音、新生活スタート!