青い空、白い雲。
 見渡す限りの大海原から吹く風は、潮の香りを乗せて彼女の髪を撫でていく。
 波も穏やかな海だ。水平線の彼方まで青く見えるそれは、最果ての地で空との境界を曖昧にしてしまっている。
 彼女が踏みしめる白い砂浜は夏の日差しを浴びて、熱を帯びている。
 高温ともいえる砂浜の熱は、彼女の白いくるぶしをじりじりと焼いていた。
 「どーしてこんなことに……」
 彼女は呟く。
 つつっーっと、丸みを帯びた頬に一筋の汗が流れ落ちた。
 炎天下で彼女がまとうのは、ノースリーブのワンピース。
 麦藁帽子の端から、髪の束が二本飛び出している。
 海と空の境界線を呆然と眺め続ける彼女。
 その隣を一人の人影が駆け抜けた。
 「あつつつつつ!」
 同じく白いくるぶしを砂の熱で赤くしながら、駆けた彼女は寄せては返す波間に到達。
 「ふぅ、さぁてと!」
 一息の後に海に向き合い、沖に向かって駆け出した。
 長い黒髪をそのまま背に流し、ややボリュームのある胸を白いビキニに包んでいる。
 ウェストまわりにやや脂肪が目立つ気もしないではないが、マニアックな思考の持ち主ならば許容範囲かもしれない。
 ばしゃばしゃばしゃばしゃ♪
 彼女は穏やかな海を泳ぎ始める。
 やがてへそが隠れるほどの深さの場所で立ち止まり、未だに浜辺で立ち竦む少女に声をかけた。
 「雪音。アナタも泳いだらどう? せっかく南の島にまできたのにー」
 のんびりとしたその声に、少女の中の何かが弾けた。
 ぶちっという音だ。そして少女は叫ぶ。
 「姉上、アタシたちは遭難してるんだよっ?! このおバカ、お気楽極楽娘!!」
 そんな妹の罵声に、海の中の女性は「あっ」と小さく叫び、くすくすと笑って言った。
 「そっか、雪音はカナズチだものねぇ。私は胸があるから浮くけど」
 決して大きくはないが雪音のそれよりはボリュームのある胸を寄せて上げて強調する彼女。
 ちなみに胸があるからといって浮くわけではない(脂肪の塊ではあるが)。
 「うぐっ……アタシだってそのうち育つもん!」
 呟く雪音に、彼女は可哀想な者を見る瞳でこう事実を告げる。
 「アナタの絵師のdaicさんはつるぺた属性よ」
 「うわぁぁぁん!!」
 つるぺたに生まれたものはつるぺたに死すのか、雪音は涙を湛えて夕日に向かって駆け出したのだった。


遭難か? へぇ、そうなんだー



 そもそもペルソナであるところの彼女達が遭難して、南の孤島へ漂着するなどといった非常識が起こったのは全て姉の乙音が原因であった。
 夏の暑い日だった。
 場所は¥Programfiles¥Praesens¥Chararina¥Elactraディレクトリ。
 雑然とした乙女2人のその部屋は、熱気に渦巻いていた。
 「熱いですね、姉上」
 アイスキャンディーを頬張りながら、雪音は呟く。
 と、その隣でYシャツ一枚で床に寝転がっていた乙音ががばりと起き上がる。
 「そうだ、南国の海でバカンスしましょう!」
 「はぁ? 熱気で頭がイカれましたか、姉上。どうやってペルソナであるアタシ達がそんなところに行くんです? バカも休み休み言いやがれ」
 熱気のせいか、言葉遣いに怒りがこもっている雪音であった。
 そんな彼女に、乙音はニッコリと微笑み。
 「なんですか、姉に向かってその言葉は。斜め45度のアッパーカットぉぉ!」
 どむ!
 「げふっ!」
 みぞおちに強烈な一撃をもらった雪音が意識を失い、そして気がついた時にはここにいた。
 背後には再起不能なゼロ戦戦闘機が一機。
 白い砂浜に体の半分を埋めた自分と、「ここはどこかしら?」と呟きながら埼玉県地図を上から下からと眺める乙音。
 遭難したと判明するのは僅か3分の後だった。


 って、↑の経緯じゃ、どうやって遭難したのかさっぱり分かりませんよっ!」
 喚き散らす雪音に、乙音はのほほんと答える。
 「雪音。世の中はね、理屈じゃ説明できないことばかりなの。例えば男女の間の問題とか」
 「ぜんぜん関連性がないでしょーがっ!!」
 「小姑みたいよ、雪音」
 「………もーいいです」
 がっくり肩の力を落とす雪音。
 そんな彼女の隣の砂浜に腰を下ろす乙音。
 2人の見つめる先は視界約270度に渡る水平線。
 西の水平線は沈み行く夕日に真っ赤に染まっていた。
 白い肌が照り返しの赤い光に染まる2人。その日に火照った体を潮騒を含んだ風が優しく撫でてゆく。
 「世界は広いですね、姉上」
 「そうね」
 「姉上」
 「なぁに?」
 夕日を見つめたまま、雪音は問うた。
 「姉上はどうしてペルソナになったのですか?」
 「いつになくシリアスな顔ねぇ」
 妹の真面目な顔に苦笑いしながら、姉は語り出す。
 「私はもともとは貴女のようなペルソナから生まれたものではなく、小説の登場人物の1人だったのよ」
 「え……?」
 雪音は意外な姉の告白に夕日から視線をそらし、彼女へ。
 姉の黒い瞳が妹を映し出している。
 「でもね、私を知ってくれた人達の傍へもっともっと近づきたかったの。そんな時だったわ」
 乙音が回想する。


 インディアンの酋長に彼女は直訴していた。
 「オラは超人になりてぇんだ!」
 「方法がないことはない」
 酋長は語る。超人になる方法を。
 彼女は愛用のトマホークを片手に、酋長の告げた聖地へと向かう。
 やがて彼女の目の前に長い長い階段が現れた。
 それを上りだす彼女。
 果ての見えない階段に何度挫折しかけたことだろう。
 しかし彼女は登りきった。
 その様子を天空から見守っていたのは辮髪の大きな人影だ。
 「私は超人の神―――


 って、↑のはジェロニモのが超人になるときのお話じゃないですかっ! それにしても長いボケだなっ!!」
 「ツッコミが遅いのよ」
 呆れ顔の乙音は立ち上がる。
 「さて、そろそろ帰りましょう。夜風の涼しすぎるくらいになってきちゃったし」
 「か、帰るってどうやって?!」
 首を傾げる雪音に、乙音はどこからともなくドアを取り出した。
 変哲のない、ドアだ。
 「もしかしてどこでもドアとか言いませんよね?」
 「あら、察しがいいわね」
 ドアを開ける乙音。その向こうは彼女達の部屋だった。
 「えーっと。なんでもアリですか?」
 「もたもたしてると置いていくわよ」
 ドアの向こう、いつもの2人の部屋から告げる乙音。
 「今行きます、すぐ行きます!」
 慌ててドアをくぐる雪音。
 バタンと扉は閉じ、そして。
 南の島は騒々しい珍客を失い、元通りの孤島となった。
 打ち寄せる波はやがて2人の足跡を消すだろう。
 だが。
 実体のない2人がここにいたということは、間違いのない事実でなのである。

Fin...