乙音クルマスパイラル
著 御調さん
とある黄昏時。
此処は倒産した中堅スーパーを改装した新しいお店。
扱っているのは国産と主要輸入の各種乗用車。
『カーコンコース葛東(かとう)』
此処に乙音と雪音姉妹が訪れた。
愛車のモーリス・クーパーを駐車場に入れ、運転席から降りると乙音は背伸び。
「う〜ん、夕方なのに人多いわねぇ〜」
助手席から降りる雪音が口を曲げてこういった。
「そりゃあ東京一円にチラシを入れるほどの気合いだもの」
此処は『新車中古車チューニング! みんなあります。お気に入りが無ければ自分で造ってください!』という触れ込みで京葉のど真ん中に産まれた車のメガストアショップ。
さすがに開店しだては人出も凄いだろうと言うことで、乙音は仕事が一段落してから学校帰りの雪音を強引に迎えに行き、やってきた。
とはいうものの、中古車売り場の広さを差し引いても結構な威容の店構え。
中古車を見ると夜が更けそうなので、とりあえず彼女らは新車を扱う店内の方に入った。
それでも結構なモノ。
ひとメーカーにつき3〜5台を展示していて、国内8社と米独仏韓外車4カ国のカタログを展示しているラックだけで圧倒モノである。
半ば、さまようようにその棚を見続ける乙音。
それに付いてきた雪音はノリ気無し満々でこう呟く。
「ナニをどうしてイイか、解らないんでしょ?」
それを聞いて乙音はクワッと向き直り、
「ナニ言ってンの! 姉妹水入らずの甘美な時間溢れるドライブを満喫できる、そんな車を探してね!」
というや、棚からおもむろに一冊取り出して、大声でこういった。
「トヨタアルガード・アホンタラバージョンなんかどうよ?!」
「……………………」
絶句の雪音は力なくツッこむ。
「あるふぁあど、あるかんたら……ッて書いてるけど。花粉症の薬じゃないんだけど」
それを受けて乙音は噴火するように赤面して読み直し、しかし言い直そうとする言葉を雪音がこう制する。
「すっげぇ高そうな車だよ。35年ホームローンでも組むつもり?」
話の接ぎ穂を折られて暫時沈黙の乙音。
メゲズに離れた棚から一冊とりだし、
「これはまだ小さいわよ!」
といってあるページを開くとこういった。
「コレなんか前の席が繋がってていい雰囲気よ! この赤い内装も運転する気を出すわよ!」
此処までは良かったが、
「なんてこったインテリア」
「………………………」
恥ずかしくて、応答しようかどうかさえ迷った雪音。
それを助けるような、面識のある声が聞こえた。
「テラコッタは煉瓦色ッちゅう意味じゃ」
雪音が振り向くと、そう背の変わらない恰幅のイイ男性がたっていた。
「あら?岩下さん。……てぇかなんで此処に?」
呆然と固まった乙音の言に、岩下は憎まれ口を枕詞。
「ど〜りで素っ頓狂な馬鹿話をしとると思おたら。聞いとる方が恥ずかしいわい」
そして雪音の頭をポンポン叩くと事情を話す。
「ちょっと私鉄総連の会合に引っ張られてのう」
「してつそ〜れん? 北海道の踊りですか?」
乙音の大ボケに肩をこかしながら続ける岩下。
「そりゃソーラン! ……労働組合よ。那上河の馬鹿(ばぁ)たれが今時風邪こじらせやがって、ま、書類読むだけでエェって井之上さんがゆうけぇ、ま、渋々」
「組合で東京まで来るんですか」
あきれというより半ば羨む乙音の反応。
苦虫をかみつぶして、
「夜行バスを取ったけ、20時に丸の内に戻りゃあえぇけぇ、ちょっと小一時間の」
それを聞いた雪音、
「このバカ姉貴にクルマをちょっと教えてもらえないですか?」
と苦り切って言う。
それを受けて『うわ』とのけぞる岩下。それを見てムッとくる乙音。
「二人してナニよ」
それを抑え手で制する岩下。
「まま。……クルマは初めて買うンかいの?」
乙音に訊ねると、得意げに返す。
「こう見えてもクーパー乗りです!」
それに感心するより早く、岩下は不吉なモノを感じた。
「ちょっと……見せてもらえるかいの」
駐車場に戻った三人、岩下はピカピカに洗車の行き届いたクーパーに相対する。
「ま、さすがに女の子と言うところか」
安堵する岩下に雪音がぼそり。
「3日毎にガソリンスタンドに通った甲斐あってね」
それを聞いてか聞かずか岩下はボンネットを指さす。
『開けろ』との催促に乙音がオープナーを引く。
ボン!
それを受けてボンネットを開いて一瞥する岩下。
所々のキャップを開いたり指を突っ込んだりしている。
何かいや〜な予感を言わんばかりに岩下はキーを催促。
「ちょっと運転してみてイイか?」
それにキーを差し出す乙音。
「ちょっとじゃじゃ馬よ」
『ちがうっちゅう〜の』という顔をして岩下が運転席、乙音は雪音を後席に押し込んで助手席に乗り込んだ。
キュキュキュキュキュ〜
ブロオン!
キュ?
カッコン!
ブロロ……
カリカリカリカリ
そのまま、出口に及ぶことなく別の駐車ブースにクーパーは収まった。
エンジンを切った岩下の表情は重かった。
「なにか……」
怪訝に訊ねる乙音。
それを岩下は腹の底を浚ったような溜息の後にこう言った。
「要オイル・ベルト交換、エンジンブローバイ、ブレーキ泣き、クラッチ滑り、オマケにドライブシャフトのジョイントブーツが破れてグリス切れ! 整備工場に直行!」
「どういうコト?」
後席から首を出す雪音に岩下が言う。
「中味は全然手入れしとらン。要するにいつ事故をしても文句の言えン状態じゃっちゅうこと。故障の巣窟になっとる」
ジト目の雪音に視線が泳ぐ乙音。
「修理は6,70万円ぐらいかのう。クルマ買い換えた方がエェわい」
潤む目で岩下を見つめる乙音。その視線は無言でこう語っている。
「『何とかなりません?』じゃなぁわ! 俺が警官だったら整備不良で没収じゃ!」
こうして、もう一度新車店舗。
「ま、カタログを頂いて目星を付けるこっちゃな」
岩下が本題のお勧めクルマをカタログ物色。
そして差し出したクルマは以上の3台。
『スバルR1』
『三菱コルトラリーアート』
『プジョー206STYLE』
「こんなところかの? どうしてもとは言わんが、小さくてよく走りそうな車がエェじゃろ」
二人でザラザラ見るうち、やはり雪音がツッコミ。
「いや立派過ぎって、これでも」
一方の乙音はそれを聞き流し、妙なことを考えてた。
その目の輝きに不安を感じた岩下、それは的中した。
「ね、コレ、使ってイイ?」
『SRSエアバッグ』
「今頃のはクッションも付いてるのね? ガンダムでもしゃあがラストにポヨンポヨンやってたけど、コレがあったら事故があっても楽しそ〜」
「「…………………………」」
バチン!
「あ、テンパール」
雪音がなぜコレを知ってるのかは謎だが、
「だぁったら体験して貰おうじゃないのよ!」
ブチ切れの岩下は乙音を引っ張った。
「何でこんな所があるんだろ?」
ついて行った雪音は呆然と整備工場の脇のこのコーナーの看板を読んだ。
『事故の怖さは是非あらかじめ。スタント着き衝突体験』
このコーナーに速攻で申し込み、スタントドライバーを押しのけ、衝突用の廃車に岩下と雪音が乗り込む。
瞬く間にフルハーネスのシートベルトの二人はうんもすんも言わさず衝突用の壁にまっしぐら!
ガッシャア〜ン!
「おいおいおい、豪快な…」
呆然と見届けた雪音。
運転席は乙音の望んだようにフルカバーのエアバッグに包まれた。
ぷっしゅ〜
しぼんだ白幕の中には「ふう!」と吹っ切った溜息の岩下と、茫然自失の乙音が居た。
「痛い……ひっぱたかれたみたい」
そう震えた声で言う乙音に岩下がぐさり。
「コンマ何秒で爆薬で膨れて、激突しようかっちゅう人を停めるワケじゃけぇ、ポヨンポヨンッちゅうワケにはいかんのよ。文字通り麻袋でブン殴られる思いよ」
こうして岩下も帰広頃になり、京葉線で東京駅に。
乙音もショックから落ち着いたのを見計らって帰路についた。
後日、雪音からこんなメールが岩下に届いた。
『あの日帰り道にエンストしました。なんでも『たいみんぐべると』が切れたとかで、真夜中に帰りました』
お・わ・り
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