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続・乙音クルマスパイラル

著 御調さん


 目が覚めた。
 乙音は横たわった体を起こして、
 ごんっ!
 ……したたか頭を打ち付けた。
 「った~!」
 頭を押さえてぼんやりした視界を醒まさせると、自覚のない世界に包まれてた。
 クルマの中である。
 「!?」
 なぜに?
 乙音は急いで周りを見回した。
 周りを見ると、どうもここはパーキングエリア。
 正面には、
 「佐方パーキングエリア」
 というドライブインの看板文字が飛び込む。
 「ここ……どこよ!」
 もう一度周りを見回すと、助手席の足下にあるポリ製のトロ箱の上にCD-Rが一枚おいてあった。
 ホワイトラベルのCDにはラベルライターのゴシック文字でこう書いてあるだけ。
 『若桜 乙音様、目が覚めましたらこのCDをカーステレオに挿入してください』
 「……………」
 処方無く、その指示に従う乙音。
 『ジャーンジャーン馬鈴薯サツマイモ!』
 景気よく鳴り響く口三味線の軍艦マーチ替え歌。そのあまりのノリの悪さにずっこける乙音。
 「な、何なのよ!」
 すると軍艦マーチのBGMにこんな言葉が聞こえてきた。
 『目が覚めたかな? 乙音さん! 早速ですが君に指令を与えよう!』
 私はレッドバロンかいと狼狽する乙音を知ってか知らずか、話は続く。
 『あなたにはこのクルマで、とにかく大阪は曾根崎交差点までの国道2号線ドライブを堪能して頂く。無傷で到着できた暁に、その報酬としてこの車を改造前の状態で進呈しましょう』
 ンナ勝手な! ガムボールレースじゃあるまいし。
 『シートベルトを固定する鍵は阪急梅田駅にたどり着かないと解除できないからそのつもりで』
 あ! なんちゅうことを! カチカチグングン!
 …抜けない。
 トイレはどうするのよ!
 『助手席には一日分の宇宙食があり、運転席は我が工学部の粋を集めて作成したウォシュレットを内蔵しているので必要に応じて停車して使うように』
 織り込み済み?!
 …って工学部の粋って、あなたたちはいったい何なの!
 『それでは乙音さん、プロジェクトM・松田恒次を体験する一大実験にご理解ご協力を』
 いつの間にかBGMが「地上の星」になっている。
 それにしても、まつだつねじって誰なの?
 『説明しよう! 松田恒次は草創期の東洋工業社長で、ロータリーエンジンの開発に於いて業界の生き残りを賭け、完成したロータリーエンジン車であるマツダコスモスポーツで東京モーターショーまで自分で運転して展示に馳せ参じた武勇伝があるのだ!(CV 富山敬)』
 ご丁寧に……ってまじ?
 『大阪留めでマケたんじゃけぇ、勘弁してぇや』
 イヤ、そういう問題以前によ!
 『ではこのCDは再生が終わると……』
 ば、爆発するの?
『………オーディオが一部壊れてナビとハードディスクしか動かなくなるのでそのつもりで』
 ……おいおい。
 そうすると、ダッシュパネル上のナビモニターが点灯して現在地を映し出す。
 中心には佐方PAとあり、その道路には小さく数字が2と付いている。
 ………国道2号線?
 乙音は縮尺を広げてみる。
 「……………………………………」
 映っていくのは宮島、そして広島市、広島県……!
 大阪って、途方もなく東じゃない!
 運転席に縛られて、クルマで西遊記?!(いや方角違うし)
 「何でこうなるのよ!」
 思わず乙音は叫んだ。
 とりあえずはエンジンをかけ、家へ帰らなければならない。
 とりあえずはシートベルトを解除しに大阪のど真ん中まで。
 ………でもその後、東京までどう帰れと?!


 こうして広島県廿日市市、宮島対岸にある佐方パーキングエリアからダークグレーの中古のスバルインプレッサSWSRXが駆け出した。
 WRXからターボを抜いたショートワゴンというマニア狙いなクルマである。
 EJ20水平対向フォーカムエンジンが軽快に吹け上がる。
 4速ATは物足りない気もしたが、これからのロングドライブを考えると助かったと考えるべきか。
 しかし、この中古のインプレッサSWがある意味とてつもない化け物であることを、乙音はまだ知らない。


 一方、大阪府阪急沿線某所。
 「標的、移動を開始しました。順調に西広島バイパスを東上中。これより実験3を平行して開始します」
 「本部了解。各記録開始。ナビトラ稼働」
 「電波受信しました。GPS受信順調」
 ここだけ聞くと何事かと思われそうだが、その後ろでは呆然とあきれる桜咲府子が居た。
 彼女はつぶやく。
 「ど~なっても知らヘンよ。勝手にここまでやってもぉて」
 それを脇の男が諫める。
 「だってしゃ~無いやんケ。実験ドライバーをタタキ延ばしたンは彼女やろ? 代役は務めてもらわンと。廃車予定のインプを叩き直したお代じゃ高いって」
 それに口ごもる府子だが、
 「『死体』が増えるだけだって」
 と、冷や汗応答。
 「そんなに危ないン? 彼女」
 男の質問にしばらくの間をおいて、
 「多分に」
 平手で顔を覆う府子。


 さて、順調に発進したはずの乙音インプ号だが、早速渋滞にはまってしまった。
 カーステレオは曲が変わって……
 パラリリラパーパパーパリラーリラリラリラー!
 と、コルネット鋭く『大都会PART3テーマ』が流れてる。
 しかし渋滞してるのにハイテンションな曲では気が滅入る。頭に手をやり、うめく乙音。
 「なにが嬉しくてこんな景気のいい曲が?」
 しかも曲の頭出しができなくなってて、気分はハイテン、速度はノロテンと来た。
 フラストレーションは順調にかさむ一方。
 『太陽にほえろ』や『仮面ライダー讃歌』などを聞かされ続けた乙音はその鬱積を沸かしていく。
 案の定、1時間ほどかかって渋滞も解け、広島市内に入ったときにはぶっ壊れていた。
 『西部警察ワンダフルガイズ』に乗せて車線変更のしまくりである。

”データ1、渋滞時に激しい曲を聴かせると著しい情緒不安を招く”

 瀬野川を左手に広島県央部に向かう頃には陽も高くなっていた。
 クルマが少なくなると気分も楽になる。
 曲も来生姉妹やさだまさしの、のどかな曲が熱くなった乙音を醒ましていく。
 ところが今度はカーナビが困ったことに。
 時々表示がおおざっぱになり、急に交差点だけになったかと思うと日本全図になったりと、一見してどこを走ってるのかが解らなくなってきた。
 それだけならまだいいが、
 『次の交差点は右に曲がります』
 と指示に従うと、これが国道かと思わせる細い小路に突っ込まされる。
 少し走るともとの国道に戻るわけだが、時折クルマのすれ違いさえできない道にあって往生。
 「暢気な曲かけてないでフォローしてよ!」
 思わず乙音はオーディオにクレーム。

”データ2 いい加減なナビはドライバーの精神状況を覿面にかき乱す”

 溝迫交差点。
 東広島バイパスの入り口で、乙音は右折すればよかったのだが、ここでまたナビが、
 『まさか曲がるんじゃ無かろうな? え? よそに行ってしまうで』
 みたいなことで大嘘ぶっこく。
 何回も『まあっすぐ』を言い張るナビに根負けして溝迫交差点を直進した乙音に、
 『ば~かばぁ~か、引っかかってやンの! ザマぁ味噌汁!』
 とあざ笑うナビ。
 このクソ機械ブチ殴ってやろうかと拳が震える乙音だが、『無傷ならタダ進呈』がまだ響いてか、何とか自制した。
 そして執った手段が、
 「ナビなんぞ当てにしないわよ!」
 というや、間違えて入った国道486号線をさらに北に向かった。

”データ3 不確実なナビはドライバーの冷静な判断を狂わせる”

 白竜湖で一服。完全に2号線から外れてしまって山中の人である。
 『ワシが悪かった。ちゃんとナビするから2号線に、三原に戻りましょう』
 と、カーナビがなぜこんな言葉を言い出すのかさえ、不審に思わなくなった乙音。
 「ここも三原市ですよ~。三原市大和町白竜湖」
 携行食を適度に平らげ、あんまりにも詫びを入れ続けるナビに乙音はしばらく言うとおりに運転した。
 しかし、何とか北には向かわないが、なかなか2号線に復帰しない。
 気がついたら、広島空港の滑走路を頭上に見上げる行き止まり。
「あらら」
 というのも、ナビの図面が古いままだった。
 何でも後で聞いたら1997年とか。

”データ4 ドライバーの経年情報補完力は必需。ミーティングは綿密に”

 県道から何とか国道2号線に戻った乙音。
 しかし今度はオーディオが悪さ。
 『椰子の実』『さとうきび畑』『冬の星座』と、まぁスイングの効いたのどかなラジオ歌謡ばかり聴かされて瞼が重くなってきた。
 あくびもしなくなった。
 ……………いつの間にか乙音の車はパーキングエリアに停車していた。
 「え? ……駐めたっけ??」
 全く記憶がない。運転したまま寝たような気がする。
 周りは夜闇。いつの間にか日が墜ちていた。
 「うそ?」
 しかもナビの画面を見てもう一つびっくりした。
 日付が2つほど先に進んでいる。
 「まさか二日もここで寝てたの?」
 確認しようにも、乙音の体からは財布や腕時計、ケータイさえない。
 愕然としたが、運転席に座ったままでは公衆電話でコレクトコールもできない。
 一つはっきりした。助手席から食料パックを取り出しこう言う。
 「そんな訳ないわよね。おなか減っていないもの。ナビのデタラメにまた引っかかるところだったわ」

”データ5 食欲は時間経過の把握に有効”

 しかし三原バイパスで乙音がマジで躓いた。
 途中開通で道路がとぎれてるのだ。
 左右に伸びる県道があったが、乙音はこねくり回した道に入ってよけいに迷子。
 よりによってBGMが渡辺真知子の『迷い道』。
 見かねた(?)ナビが交差点モードの左右のみ案内で乙音をサルベージ。
 無事、尾道市に入った。

”データ6 地図モードでナビが読めない人がいる。駒図は有効なり”

 三原市を過ぎると国道2号線はほとんどがパイパスになる。
 夜になったことも助けてすこぶる速度が上がるインプ。
 そんな乙音をサポートするのは……
 『今朝も早よからヘアぁの乱れをセッセとセッセと整える! ぽまぁどベッチョリクールでバッチリ永ちゃんになりすますゥ!』
 こんな腰砕けなコミックソング。
 「こんな音楽を選ぶセンスを疑うわ」
 イマイチやる気のでない乙音。
 『糸巻きの歌』『帰ってきた酔っぱらい』『酔っぱらってくだまいて母ぁちゃんに怒られた』
 とまぁ、どこから録ってきたのか聞きたくなるような間抜けな歌のオンパレードで広島県を抜ける。
 ずびずばぁ~!(CV チーター、老人と子供のポルカ)
 「まったく……『やめてケ~へレ』」

”データ7 音楽によって速度抑制は可能である”

 どうもこのHDDオーディオナビは何処かから遠隔操作されてるらしい。
 乙音にもそんな感じが解ってきた。
 「どこのドイツだかふらんすだか知らんけど、このあたしを実験台にしようなどとはいい度胸してるじゃない。覚悟なさいよ!」
 と言ってみる乙音だが、BGMがワーグナーの交響詩になっていると、
 「わははははははははははははは!(CV 小林清志)」
 という黄金バット張りの笑い声になってるところをみると、ノリに流されやすい性分丸出しだ。
 モーツァルトの『歌劇魔王』なんか流してみると、独り言にエコーがかかってるらしいし。
 結局、無理矢理ハイテンションにさせられて、笠岡市を過ぎた辺りで眠気にノックアウトされる乙音であった。


 そのまましばらく時間がたったろう。
 沈黙を守っていた乙音インプ号が目を覚ました。
 『あた~らしい朝が来た!』
 恐ろしいほどの大音量で目を醒ます羽目になる乙音。
 「何?」
 またしてもいつ駐めたのか解らないだけにまた起き方も激しく手足をバタバタ!
 まだ周りは泥暗い。
 デジタル時計は2:30。ラジオ体操をするにはまだ早い時間のはず。
 しかしクルマはしっかりと広い路肩に寄せられていた。
 「いやだ、とうとう一日フイにしちゃった」
 ナビ画面はまだ岡山県に入ったばかりと示す。
 「はいはい、夜明け前に岡山を抜けなさいってことよね」
 半ば渋々、乙音はインプを駆け出させた。
 未明があいまち、大型トラックは多いが信号も掛からず実に快速していくインプレッサ。
 おまけに倉敷市に入ると高架橋を完備したバイパスを走る。
 広島県とは打って変わって速度は上がる。
 オーディオも深夜だからかよけいなちょっかいを出さずに……
 『ラジオ深夜便、担当は加賀美でお送りしています。3時台は懐かしの昭和歌謡』
 …………
 「とことん気が利かないのね、このラジオ。オールナイトニッポンか歌うヘッドライトにしてくれないかしら」
 オーディオ操作者の悪趣味にぼやく乙音。
 それでもしっかりと『東京ラプソティー』『青い山脈』なんかを催眠状態でノリノリに歌う乙音。

”データ8 腐っても名曲”

 高架と地上交差点を繰り返しアップダウンが激しい岡山のバイパスはすこぶる順調にパスし、赤磐市の山間部を東にひたすら向かう乙音インプ。
 しかし、さすがに眠い。
 周りは明かり少ない寒村や集落が続き、目の前は25トントレーラーのパネルバン。
 反復的に車間距離が詰まる乙音。
 ウツラウツラする乙音にナビが血迷った。
 いきなりBGMがハイビート、『二億四千万の瞳(郷ひろみ)』が掛かったと思いきや、
 『前方障害物、退去の模様なし、強制排除モードに入る!』
 と言うや否や、ナビ画面が前方のトラック画像に切り替わり、目盛り付きの十字線の中央に小丸が据えられた。
 ターゲットスコープである。
 「な!」
 寝ぼけていた乙音があわてる。
 赤と青の小丸が左右に揺れながら前方のトレーラーを捉える。
 「何?ミサイルで撃退するつもり?」
 うろたえる乙音の目前でバクン! とボンネットが盛り上がった。
 まるで西部警察のスーパーZである。
 そしてそこから赤いレーザービームが照射!
 「イヤァァ!」
 何が何だか解らない乙音は顔面蒼白。
 『ビビった? ビックリした?! 車間距離は10メートルは維持しましょうね』
 この言葉にぐったりの乙音。
 「レーザー測距計かぃ!」
 目が覚めた。
 ナビ画面を見ると、JR相生駅前の路側帯だった。
「また寝てたの?」
 時刻は4:30。空は宵闇が明けつつあった。
 しかし上手くいけば、朝のうちには大阪に戻れるかもしれない。
 頬をパンパンと打って、早いとここの悪夢から脱しないと……その想いだけでクルマを駆け出す乙音。
 フイと少し走ると、またバイパスが見受けられた。
 「寝ぼけ眼でこういう所を走るのは体に毒ねぇ」
 と言いつつハンドルを見ると、小さなレバーが目に付いた。
 そこには『SET』『RESIME』『COAST』と書いてある『CRUISE』なるスイッチ。
 「…これが噂に聞く『オートクルーズ』なのかしら?」
 スイッチは入れるためにある。そういう思考回路になってしまった乙音は迷うことなくそのスイッチをセットした。
 するとカーオーディオからこんな言葉が出てくる。
『You Have Control』
 するととんでもないことになった。
 ハンドルはがっしりロックされ、アクセルはスカスカになった。
 驚いたのは乙音。
 「これって『オートクルーズ』じゃなくって『オートパイロット』ぉ?」
 普通、こういう状況だとまずいと思うはずなんだが、
 「ラッキー♪ 疲れてたからちょうど良かったわ」
 と、乙音は背伸び。完全にリラックスに入った。


 一方で大阪府下阪急沿線某所。
 ランダムプログラムを組んでいた男は寝ぼけ眼でこの言葉を聞いた。
 『I Have Control』
 暫時その言葉を聞き流した男は一瞬眉をひそめて急に我に返った。
 「そなアホな!」
 そうして慌てて取り出したのが……
 ”ゲームコントローラー”
 そうしてディスプレイの一つが点灯して画面にはこの文字。
 ”ぐらんつりすも”
 画面には太子竜野バイパスが映り、周囲のクルマはアイコン化され、完全にドライビングゲームである。
 しかし男は必死になってトリガーに力を込め、ジョイスティックでハンドルを操る。
 「クソ信じられヘン! リモートのサブスイッチを押しやがったわ」
 そこにもう一人女の子が近寄った。
 「こんな朝っぱらからゲームとは気合いだね~」
 その人ごとの言葉にかちんと来た男が、
 「アホ抜かせ! 例の実験でフルリモートのスイッチを入れやがった! ブレーキを踏んで貰わんとこっちで操縦せなアカン!」
 必死の形相でゲームコントローラーを握る男。
 それを女の子、
 「にしても下手クゥやなぁ。ちょい、うちにやらせて」
 と言うやコントローラーを強奪して、慣れた手つきでゲーム? じゃなく、乙音インプの操縦を始めた。
 「アホ! 警察に捕まったらわしらも逮捕やで? だいたいあんたは原付けしかもっとらんやろ?」
 「ゲームは何度かクリアしてる」
 女の子は耳を貸さず乙音インプを加速させる。
 「ダァほ! ワテはしらヘンで!」


 この悪夢を知ってか知らずか乙音さん、ラクチンと太子竜野バイパスを東に向かい、姫路市内に入った。
 たっぷり50分ほど、半寝で兵庫県の半分を突っ切った計算だ。


 「くぬっ!」
 必死の思いでハンドルを切ったとき、乙音インプは姫路バイパスまで走り抜き、とうとうリモートでバイパスを外した。
 あれから即座にゲームコントローラーを回収した男が乙音インプを操縦したが、結局彼女は太子竜野姫路バイパスと3つの一通りの道路をノーブレーキで走らせてしまった。
 「あんた寝てるんだろう?」
 そうナビ画面に向かって男は絶叫。
 それが聞こえた訳じゃなく、


 「うわっと?」
 乙音は前方からクルマが迫ってくる錯覚で我に返ってブレーキを踏んだ。
 ほとんど目を開けたまま寝ていたようだ。
 カーナビを見ると、車は明石市に入っていた。
 「……どこをどう走ったっけ?」
 目をシバ付かせ、とりあえずは国道二号線を探した。
 朝日が眩しい車内で乙音は半ば虚ろで車を走らせる。
 あれからオートドライブは効かないようで何度ボタンを押しても自分で運転しないといけないようになっている。
 半分は根性で運転している。
 まだ明石市内は早暁に助けられたが、神戸市内にはいると通勤時間帯にバッティングした。
 通勤渋滞である。
 しかし、兵庫県下を大幅に手抜きしただけに、フォローは一切入らなかった。


 再び……イヤもういい加減に暴露しようか。
 大阪府吹田市にある淀川産業学院大学。
 この一角の空き教室。3台のパソコンと2台のノートパソコンが煌々と光を放っている。
 ここの『自動車航行研究室』では、カーナビや長距離運転に対する運転に与えうる影響の実験を行っていた。
 試験車からはトランシーバー無線を使ったデータ通信であらゆるデーターが送られてここで処理されている。
 ここの部長の立石徹はそのデータを取りまとめるために部員と交代で徹夜していた。
 その原付免許しか持っていない部員である白木洋子が、その集計を手伝っていたのだが、
 「そろそろボケません?」
 とちょっかいを出す。
 それを立石、
 「シートの心拍数あたり見たら解らんか? 殺されるぞ?」
 取り合わないが、ちゃっかりこんなことに。


 『…………………国道2号線は神戸市春日野で流れが悪くなっています。芦屋市では若桜乙音の大腸が30センチの渋滞、膀胱では流れが悪くなっています』
 「…………………!! 大きなお世話よっ!」


 それはちゃんとデータとして反映するわけで、
 「おまえまたやっても~たな? データとして使えやせンやんけ」
 すぐに筒抜けと言うことに。
 小舌を出しておどける白木。
 「どぉせ、たいした所に出しやせんのやろ? だいたい実験個体が特異過ぎやねン」
 「こういう実験が並の人間に務まるかイ?」
 「そんなワケでアそぉれそぉれ!」
 「またオノレはぁ?………誰がそんな悪趣味な曲持ってくるねンな?」
 「丹下教授」
 「…………さよか」
 しかし渋滞にはまっていることを勘案したら、割と順調に大阪に向かっている。
 到着予定時刻が近づいてきたので、データ収集は送信されるままとし、二人は2台のノートパソコンを持ち出して部屋に鍵をかけた。
 教室の近くの駐車場には白いハイエースバンが停まっている。
 屋根に八木アンテナを積んだ放送業界のモノのようだ。
 二人は後ろの席に飛び込み、スライドドアを閉めた。
 するとハイエースは駆け出す。
 前席には二人の男が居た。うち、助手席の男が二人にこう訊ねる。
 「どや? なんかオモロイネタでも出来たか?」
 それに立石が不貞腐れてノートパソコンを見る。
 「だめよ矢葺。白木がデタラメやったせいで相手はずいぶん困ってた」
 すると運転している男が言う。
 「やっぱ楳田さんの番組には使えヘンか?」
 それに白木が答える。
 「なかなかリアクションかましてくれたんでそれなりに。あとは楳ヤンの腕次第やねん」


 この楳田という男を覚えているだろうか?
 大阪民放では名は売れていなくてもその存在を知らないモノはないマルチADとして暗躍する。
 その彼が大阪で偶然乙音のキャラクターに着眼してひと企画打ったのが一昨年の秋。
 彼女の姉妹を宮島に連れ出し、片方を置き去りにしてその道中を試すモノ。
 企画は上手くいったかに見えたが、最後の阿鼻叫喚ですべてがおじゃんに。
 再び切符を与えて企画を立てたが、最初っから乙音が行方を間違えるというハプニングで最初から取材不能という失態を演じてしまった。
 今回そのルートで淀産大の企画にたどり着き、まずはメンツをあわせようとした楳田だが、


 「腕…ちゅうても今回段取りすっ飛ばしてあんな事仕出かされたからなぁ。俺が言うのもナンだがかなり強引だった」
 「ナンだっけ? あの『斜め45度のアッパーカットぉ』。あれでモンゴルラリー経験の西先輩がKOだもんな」
 「楳ヤンが『しゃ~ないけぇ代役こいつ!』って言わなかったらどうなってたか」
 「東雲商大のメンツも用意万端だったし、後退けやせんかったからなァ」
 「なんかあそこの学生は若桜さんのことご存じだったみたいやけど」
 「広島には行ったたんびに知り合いが増えとるとか言いよったで」
 そんな話をしているとハイエースは長柄橋を渡りきって天神橋筋に入った。
 乙音インプは淀川大橋を、互いに渋滞に阻まれながら曾根崎交差点に向かっていた。


 阪急百貨店前。ここが乙音インプのゴールである。
 無論先に辿り着いたのは楳田と淀産大一同。
 白木がホワイトボードを担ぎ出して『若桜様お疲れ!』とサインペンで殴り書き、矢葺がインプのキーを取り出して到着を待った。
 立石のにらむノートパソコンは曾根崎新地を左折して大阪駅に刻一刻と接近する乙音インプを捉える。
 見えた!
 信号待ちに引っかかりながらその姿を肉眼で捉えた一同は、青信号が灯るとパッシングや合図で合図を惜しまなかった。
 ところが、
 すい~っ
 左折した。(CV 中江真司)
 「は?」
 唖然とする一同。慌てて楳田の待つハイエースに飛び乗って後を追った。
 「いったいど~なってんねん?」
 「こりゃ、ドライビングハイ状態かも知れン」
 慌ててクルマを出す矢葺に落ち着いた立石。
 その彼が採った方法とは。
 「音楽処方で行こう」
 今までHDDプレーヤーで掛けた楽曲を見てその心情記録と照らし合わせ、立石はこの曲を選んだ。
 『アリス、チャンピオン(作詞作曲谷村新司、編曲石川鷹彦)』
 「それ思いっきりハイビートやんか?」
 楳田のつっこみを裏付けるように、加速していく乙音インプ。
 「大丈夫大丈夫。曲が終わる頃には真っ白になってますって」
 立石が自信ありげにこういい、念のために次の曲もセット。
 『劇場版あしたのジョー、エンディング』


 新大阪駅。
 あんじょう、『He~yJoe……』のBGMにすべてが燃え尽きた乙音が居た。


 「そんなこんなでゲットしたのよ。このクルマ」
 数日後、インプレッサSWのハンドルを握って運転席で誇らしげに語る乙音。
 それを助手席で聞いていたのは中西 春菜であった。
 「それにしてもひどい実験じゃないですか」
 半ば呆然と聞いていた春菜、それでも有頂天の乙音につられて笑みをこぼす。
 乙音も調子づく。
 「あんなひどい目に遭わせたんだから、システム完成の暁にはそれもちょうだいねっていっておきました」
 「システムって…人工無能ですか?」
 「まぁ無能といえば無能だったわよね。邪魔こそすれ手伝っちゃくれなかったし」
 「ともあれ車も壊れてたって聞きましたし、丁度良かったのかも知れませんね。大事にしないと」
 ほのぼのと流れる車内の空気だったが、この後あらぬ展開に。


 「愛着を持つにはやはり愛称が要りますね。前のクルマはクーパーでいいけど、インプレッサスポーツワゴンなんて名前長すぎだし」
 そういう乙音に春菜がこう言った。
 「若桜 乙音 Two Thousandth。だから略してW.O.T.T.かな?」
 おっとぉ…………………
 空気が凍った。
 乙音は瞳孔が開き、顔から血の気が引いてきた。
 だめよ! 春菜さんが必死こいてボケてくれたんだから! そんな反応しちゃだめ! 私。
 でも、抗えない強力な力がっ……
 「きゃー! 乙音さん! 前、前前々~!!」
 白紙に返る乙音に咄嗟に春菜はサイドブレーキを入れた。
 きゅ~!
 派手に乙音のインプがスピン!
 ビタン!
 そして道路脇のブロック塀に右側を沿わせる格好でぶつかった。
 エアバッグにまみれる二人。破裂火薬の白い粉が二人を覆う。
 クルマはつぶれなかったが、右側面全部が真っ平らになった。
 すると中から住人が出てきた。
 「「え?」」
 それは、
 「誰かと思ったら若桜の姉さんと先生じゃないか!」
 それは市松京也であった。
 よりによって教え子の家にぶつかるとは…
 「………まさか、ですとら何とかで車を止めようとしたんじゃないだろーな」
 しかも何でそんなことを知っている?
 当の乙音は運転席で白く煤けている。
 この事故は翌日を待たずにクラスの話題となり、春菜先生には事故原因にまつわるあらゆる疑惑が沸いたらしい。
 この噂とドラスティックにシラケてくれた乙音の挙動もあって、彼女とは当分口をきかなかったし、雪音には理不尽に長い古文の補習がおまけになった。
 一方で右パネル全損で板金修理20万円以上というメール診断を岩下から受け、そんなまとまった金があったらクーパーの修理に回してるわとの乙音の判断で、猫寝荘の一角でボディーカバーに覆われ佇み、暖かくなった陽気を浴びるトラの特等席になったそうだ。
 クルマにまつわる銭勘定は難しい。
 しかも今月は自動車税の納期限、インプレッサは39800円の物いりだ。
 家計簿ソフトを睨み付ける乙音の背後でゲラゲラTVを見て笑う雪音が居た。
 「このドライバー、姉上みたい」
 それどころじゃなくTVには一瞥もくれなかった乙音だが、雪音のこの一言でまた事態が。
 「楳田……このプロデューサー、なんか聞いたような名前」
 乙女の勘ならぬ乙音のカン。
 エンディングロールに映った番組は紛れもない乙音の姿だった。
 「アイツ……!!」
 猫寝荘をふるわせる雄叫びが走った(でも、今回彼、悪い事したか?)。

お・わ・り

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