ペルソナ達の休日


 もしも君が手持ちのPCを持っているのならば、気をつけた方が良い。
 『彼女』達は、例え電源を入れずとも彼女達なりに生きているのだ。
 そして生きているということは、
 君が預かり知れぬところで何かが始まっているとも言える………




 「最近暇ですねぇ」
 長い髪をかきあげ、彼女は大きくあくび。
 そこはOTから始まるディレクトリというそう広くはない部屋。
 コタツに入ってひたすらぼ〜っとしているのは部屋の主であろう、妙齢の女性だ。
 部屋の隅に据えられたTVに映っている番組は、先日行われたK−1グランプリ。どうやら録画か何かしたものらしい。
 「やっぱりグレイシー一族は強いですね」
 ぽりぽり…
 コタツに頬杖を付きながら煎餅を頬張る彼女。
 その目は眠そうに虚ろであった。
 やがて彼女の頭が徐々に前へ後ろへ…
 舟を漕ぐ様に揺れ出した。
 そして、頬杖が外れ、
 ごちん♪
 「あだ!」
 コタツのテーブル板に額を強打。大きな瞳に涙を溜めて両手で押さえる。
 彼女の名は乙音。
 数あるペルソナの一人である。
 ちょっとだけ額を赤くした彼女は思い立った様に立ち上がった。
 「そうだ、春菜さんのお部屋にでも遊びに行きましょう」
 唐突で自己中心的なアイデアに自ら感心し、彼女はコタツを背に向ける。
 かちゃり
 部屋を出て、彼女は隣にあるLFと書かれたディレクトリの扉を叩いた。
 返事は、ない。
 「こんばんは〜」
 乙音は無遠慮に開く。
 明るい部屋だった。
 白を基調とした、まるでモデルルームのような年頃の女性の部屋に、乙音は自分の行き遅れOLのような部屋を思い出して僅かに頬が赤く染まる。
 と、そんな乙音の前に唐突に女性が出現した。
 今まで寝ていたのか,ちょっと髪がぼさぼさしていたりする。
 「こんばんは、調子は如何ですか? 今日は身体の要注意日で…」
 「ちょっとちょっと春菜さん、私ですってば」
 「あらあら、乙音ちゃん。どうしたんですか?」
 我に返ったかのようにきょとんとする春菜。
 「暇なので遊びに来たんですけど…寝ていらしたんですか?」
 「…ええ。最近全然呼び出されないもので。せっかくセーターを新調したのに、全然見てもらえないんですよ」
 言って春菜は、自ら着こんでいる暖かそうなピンクのセーターを差す。
 乙音は眩しそうに目を細めて苦笑い。
 「目が痛いほど色がキツくないですか?」
 「モニターのRGB値がズレているのかもしれないですね」
 「さらりと言いますね〜」
 「立ち話もなんですから、入りません? 美味しいお茶のデータを仕入れたんです」
 「はい! 楽しみです」
 乙音は春菜に招き入れられ、白いテーブルの前に就く。
 「御湯沸かしてくるんでちょっと待っててくださいね」
 奥のHPXと書かれた扉に消えて行く春菜。やがて彼女の鼻歌と紅茶とおぼしき香りが漂ってくる。
 乙音はふと、半開きになったクローゼットに目が行った。
 覗いて見えるのは…
 「浴衣かぁ…あら? 二着もあるのね。私はあっちの烏色の方が好みだなぁ。ん? あのこげ茶色の服は何かしら? 結構古い様にも見えるけど…」
 ピンポーン
 インターフォンが鳴る。
 「乙音ちゃん、ごめんなさい,ちょっと出てくれますか?」
 「は〜い」
 扉の向こうに返事を飛ばし、乙音は玄関を開けた。
 「宅急便にょ。お荷物をお届けに参りましたー。ここにサインしてね」
 帽子を目深にかぶった男とも女とも取れない人物がダンボールを抱えていた。子供の様にも見えるが…
 「ええと、ここですね」
 乙音は特に気にするでもなく、捺印欄に『春菜』と記入する。
 「まいどど〜もにょ♪」
 乙音は両手で抱えるくらいの大きさのダンボールを受け取り、部屋へと戻る。
 「定期更新用の荷物かしら?」
 送り主の名前がない。テーブルの上において首を傾げているところに、春菜がトレイにカップとポット,クッキーを乗せて戻ってきた。
 「おまちどうさま、乙音ちゃん。あら? その荷物は?」
 「さっきのインターフォンです。春菜さんの更新内容じゃありませんか?」
 「? いつもとダンボールが違うけど…開けてみましょうか」
 どこから取り出したのか,春菜はカッターナイフでダンボールを開梱する。
 開く。
 と同時に、
 ぶわぁ!!
 「「きゃぁぁぁ!!!」」
 何かが吹き出した!
 思わず悲鳴を挙げて仰け反る春菜と乙音。
 ダンボールから飛び出たソレは………



〜 アイキャッチ ここから
 ちゃらっちゃりゃらっちゃん♪
 音楽と伴に振り返る浴衣姿の春菜。
 ニッコリと微笑んでウィンク一つ。
〜 アイキャッチ ここまで


〜 CM ここから
 撃つ、蹴る、殴る、防御する…
 すでに開幕ペルソナフェスタ2!
 男だらけの水泳大会,思わずポロリに視聴率激増中!?
 「来てね♪」
 マスコッツ達の投げキッス
〜 CM ここまで


〜 アイキャッチ ここから
 ちゃんちゃかちゃかっちゃん♪
 体育座りで顔を膝の中に埋めている、Yシャツオンリー姿の乙音。
 音楽と伴に顔を上げてウィンク一つ。
〜 アイキャッチ ここまで



 「「きゃぁぁぁ!!!」」
 ダンボールから涌き出た無数の黒いモノに、悲鳴の二重奏。
 春菜は,乙音は、お互い抱き合いながら恐る恐ると吹き出した黒いモノを見つめる。
 沈黙。
 ゴクリ
 どちらともなく唾を飲みこむ音。
 そして、
 「「キャァァァァァァァ!!!!!!!!」」
 先程とは質の違う、大音量の悲鳴。
 箱から飛び出た黒い何か。それを二人は視認したのである。
 無数のゴキブリだった。
 この世界でのゴキブリは虫,すなわちバグ。
 これに触れられるとプログラムは誤作動を起こすのだ,もっとも二人の悲鳴はバグを恐れたものではなく、ゴキブリそのものを生理的に恐れていることによる悲鳴なのではあるが。
 その大量のゴキブリ達はまるで海を泳ぐ鰯の群れのように一箇所に固まって動き…
 抱き合う春菜と乙音に狙いすましたかのように襲いかかってきた。
 「「ぎゃぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」」
 年頃の娘らしくない悲鳴を上げる二人。無理もない。
 想像してみて欲しい。
 物凄い数のゴキブリが、一直線に君に殺到してくる光景を。
 瞬間の刹那、『彼女』は動いた。
 「秘技・春菜シールド!」
 ゲシィ!
 「うぶぅ!」
 咄嗟に春菜を迫り来るゴキブリの大群に蹴り倒すは乙音。
 ゴキブリの中に見事に顔から突っ込んだ彼女は、余りの事態に気を失った。フリーズである。
 春菜を飲み込んだゴキブリ達は勢いを衰えることなく乙音に迫る!
 その中から一匹が、乙音に向って飛んだ。
 「ひぃぃ!! 斜め45度からのアッパーカッァトォ!!」
 ぷちぃ
 小気味良い音と伴に彼女の右手に潰れるゴキブリ。生暖かい感触が乙音の意識を奪って行く。
 「き、気持ち悪ぃぃ!!!」
 再び悲鳴を上げた乙音の足元に迫ったゴキブリの大群。彼女の足を覆い尽くそうとした、その時だ。
 「春菜ビィィーム!!!」
 じゅば!
 必殺技の掛け声とともに、ゴキブリの大群の半分が蒸発して消えた。
 我に返る乙音。
 ゴキブリの大群の中にゆらりと揺れる影が見えた。それは…
 「春菜…さん?」
 乙音はその様子にごくりと息を飲む。
 暗黒のオーラを身に纏い、両手ぶらり状態で起きあがっているのは春菜だ。不敵な笑みを漏らしつつ、異様に目が光っていた。
 と、春菜の両目が烈しく光った!
 「春菜ビームゥゥ!」
 じゅばぁ!
 両目から発せられた殺人光線がさらにゴキブリの半分を焼いた。
 「ひぃぃぃ!!」
 ゴキブリ以上の恐怖に体がかじかんで動けない乙音。
 春菜はゆらりと両手を頭上に上げ…
 「春菜デストラクション!」
 フローリングの床に両手を叩きつける。
 どかん!!
 彼女の両手を震源地として、特定の周波数の衝撃波がゴキブリだけを一匹残らず焼いて消した。
 「ははは…はは…」
 ぺたり
 乙音は引きつった笑いを浮かべながら、その場にへたり込む。
 対する春菜もまた、ゆっくりとその場に崩れ折れた。


 「怖い夢を見ました」
 さっぱりとした顔で言う春菜。
 「夢ですか…そうですね、夢ですね」
 すっかり冷え切ってしまった紅茶をすすりながら乙音。
 春菜はショックで全て忘れてしまったらしい。
 乙音には説明する気はなかった,何より思い出したくもないし、出来れば目の前の彼女のようにきれいさっぱり忘れてしまいたい出来事だ。
 「でもどうして紅茶が冷めてしまったんでしょう?」
 「そういう種類のお茶なんですよ,猫舌の人用とか」
 「あら、そうなんですか」
 ばたん!
 「お客様?」
 突如開いた玄関の扉に春菜と乙音は視線を向ける。
 そこには…帽子を目深にかぶった,そう、少女の姿があった。
 彼女の隣にはバスケットボール大の丸っこい見知らぬ生物がいる。
 「ど〜やら私の贈り物は失敗に終わった様ね」
 少女は舌打ちして呟く。
 「そりゃそ〜だろ」
 こちらは変な生物。気のない返事をする。
 「あなたは…もしかして?」
 春菜は驚きの顔で立ち上がる。
 隣で乙音もまた、厳しい顔で一人と一匹を見つめる。
 今の会話から、先程のゴキブリはこの人物の仕業であることは明白だ。
 「だ、誰? 貴方達は!!」
 乙音の叫びに少女はクククッと含み笑い,帽子を勢い良く取った!
 「私の名は偽春菜にょ!」
 「そしてオレは、うにゅう」
 「「二人合わせて『アレ以外の何か』!」」
 びしぃ!!
 まるで戦隊モノの様にポーズを取る二人。
 思わず拍手の春菜と乙音。
 「今日のところは挨拶程度にょ。次に会う時は首を洗って待っているが良い!」
 「うはは〜〜」
 と、偽春菜の大きな頭の上に何かが落ちた。
 「ん?」
 ソレを手に取る偽春菜,途端、顔色が青くなる。
 「ご、ご、ご、ごきぶり〜〜〜〜!!」
 どこに残っていたのか、先程の生き残りである。
 偽春菜の手の中でうぞうぞと動き回るゴキブリ。彼女は気色の悪さに全身鳥肌が立ったまま硬直していた。
 が、
 「いただき!」
 うにゅうの舌がまるでカメレオンの様に伸び、彼女の手の中のゴキブリを捕捉,飲み込んでしまった。
 「「「食った…」」」
 「ん、どうした?」
 「寄るなぁぁ!!」
 ずささぁ! うにゅうから距離を置く偽春菜。
 「どこ行く? さくら??」
 「寄るんじゃねぇぇぇ!!」
 「酷いこと言うな〜」
 「くっつくな〜〜〜」
 そのまま一人と一匹はディレクトリの遥か向こうへと消えて行った。
 「一体なんだったんでしょうね? 乙音ちゃん??」
 「さぁ〜〜??」
 「紅茶、もう一度煎れ直しましょうか?」
 「そうですねー」
 こうして再びPCの中でお茶会が始まる。
 気だるい午後のあるひとときのことであった………。



 そんなわけで気をつけた方が良い。
 プログラムというものは時として勝手に動き回ることがあるのだから。
 ほら,君のPCは、大丈夫かね?

Shut Down !