寝起き突撃隊がゆく


 薄暗いディレクトリを通り抜け、二人はそこに辿りつく。
 時間は草木も眠る牛蜜時。
 「はぃ、やってまいりましたー」
 小声で、何故か右手に小型マイクを手にしているのは一人の女性。
 否。
 女性型プログラムと言った方が良い――彼女の名は乙音という。
 「ペルソナ寝起き突撃隊のレポーターを務めさせていただきます、乙音と申します」
 声は大きすぎず、それでいて小さすぎない囁きで彼女はペコリ、頭を下げた。
 そんな彼女をハンディカムのDVDカメラで撮影するのは、姿なきペルソナ。
 乙音の妹――雪音であった。
 「では姉上、早速今夜の生贄…じゃなかった、出演者の紹介を」
 「はぃ。今晩ご紹介させていただくのは、制服研究室の瑞穂ちゃんです」
 言って乙音はどこからかフリップを取り出す。
 「瑞穂ちゃんはロングヘアのステキな女子高生……」
 そこまで言って、乙音の動きがピクリと止まった。
 「若いって良いわね、お肌もぴちぴちだし…それって私への当てつけ? 私がオバンだって言いたいの、ねぇ、言いたいの?
 「あの、姉上?」
 「チクショー、ジョシコーセーーー!!
 突如、虚空に向って叫ぶ乙音。
 「おさえて! おさえて、姉上!!!」
 カメラの雪音の声と共に映像は乱れる。
 やがて肩で大きく息をした乙音が映し出された。
 「はぁはぁ…申し訳ありません、ちょっと取り乱してしまった様ですね」
 「ちょっと?」
 ゲシィ
 映像が乱れる。
 「さて、気を取り直して。早速お部屋にお邪魔してみましょう」
 乙音はディレクトリの扉を開ける。
 そこに広がるのは、整頓された年頃の女の子の部屋だった。
 唯一、壁にタイヤネコのポスターが貼ってあるのは乙音達には解せない趣味であったが。
 「姉上にもこの部屋を見習って欲しいものですな」
 「何か言った、雪音?」
 「いえ。聞こえたのはきっと姉上の心の声ですよ。おっと、姉上,早速発見です」
 雪音は部屋の中央に置かれたテーブルの上に、無造作に広げられた瑞穂の化粧セットである。
 そのうちの口紅を雪音は手に取った。
 「このルージュ……良い物を使ってますね、シャネルのイドゥラ バーズですよ」
 それを聞いて乙音はこめかみをピクリ、動かす、
 「それにこっちのファゥンデーションはルシェリだし。姉上の100円均一品とは雲泥の差ですなぁ」
 「言うな、ボケー!!」
 「ぐふっ!」
 乙音の右ストレートが雪音の鳩尾に炸裂。
 拍子に雪音の手から落ちたルージュを乙音は拾い…
 「やっぱりここは定石に従うしかないわね」
 「何をするのです?」
 雪音の問いに応える様に乙音は口紅のキャップをキュポン、と取り、己の口へ。
 「塗るのですね」
 違った。
 ぼりぼり
 「フッフッフ、瑞穂ちゃんの味がするわ〜」
 「食うなー!」
 雪音のかかと落とし!
 「そどむっ!」
 首筋に極められ、乙音は床をごろごろ転げまわる。
 ゲシィ!
 と、クローゼットの扉にぶつかり、中の衣装が二人の前に広がった。
 「「すごい…」」
 二人はあまりもの衣装の数に絶句。
 「どうやってこんなに衣装を集めたんでしょうね?」
 雪音の言葉に乙音は熟考、そしてポン、手を打った。
 「援交?」
 「出来るモノなら私がやりたいわっ!」
 シパーン!
 雪音のハリセン攻撃。
 そんな後ろ頭の衝撃に、乙音は衣装の一つに目を捕らわれた。
 「雪音……ここでもやはり定石通りに行動しなくてはならないわ。寝起きレポーターとしての私の血がこうさせるの!!」
 がっし,乙音の掴んだその衣装の正体に、雪音は顔色を青くする。
 「姉上、それは……それはヤバイです,自らを死地へ追いやるダメージを受ける可能性がぁ!!」
 「雪音」
 乙音は優しい声で、雪音に遠いところを見るような瞳で振り返った。
 「女には女同士の戦いがあるの、それにね…私は負けるつもりは,ない! 絶対『キツイ』と言ってみせるわ!!」
 乙音が選んだ瑞穂の衣装――バニーガール――彼女はソレを着るつもりなのだ。
 己の誇りと、そしてBWHを賭けて!!
 乙音は着替えた、バニーガールの衣装に。
 そして―――泣いた、さめざめと泣いた。
 「姉上」
 雪音は姉の涙の呟きを聞いて、溜息を吐きながら復唱。
 「胸がぶかぶかで、腰から下はキツくて入らなかった…ですって? でも一応ヒップだけは勝ったってことではありませんか?」
 「うれしくなーい!!」
 「ああ、なるほど。姉上の歳では脂肪が腰から下に付いたと言う事に、げふぅ!」
 アッパーカットによって雪音を黙らせた。
 「ううっ、姉上……しかしホント、アホですなぁ」
 「雪音、アホの坂田ですら、しみじみとアホだなぁと言われた時はマジギレしたそうよ?」
 「お顔がシャレになってないほど恐いです、ごめんなさい,姉上」
 そんなこんなで乙音と雪音はとうとう先にあるDATディレクトリ,すなわち瑞穂の寝室への扉の前へやってきた。
 「さて、とうとう瑞穂ちゃんのかわいい寝顔をモニターの前のお客さんにお見せする瞬間がやってきました!!」
 「楽しみですね、姉上!」
 「さ、ここからは静かにね」
 ガシャリ……ギイィ……
 2人は抜き足差し足、薄暗い寝室へと足を踏み込んだ。
 暗いが見えない訳ではない。部屋の真ん中にベットがあった。
 その上には一つの大きなふくらみ。
 そしてこの声。
 「グォ〜、ンガァ〜〜」
 「なんか女の子らしくない、スゴイいびきですね」
 「大物なのかしらねぇ?」
 乙音と雪音は顔を合わせつつ、抜き足差し足忍び足でベットの両脇へ。
 そして……
 「行くわよ,雪音」
 「はい、姉上」
 掛け布団の両脇を各々手にした。
 「「せぇの!」」
 バッ!
 剥がされる布団,カメラを向ける雪音,マイクを握る乙音に、うっかりポロリがないかモニターを食い入る様にして見つめるア・ナ・タ♪
 まず目に入ったのは、色黒の毛深い太ももだった。
 そこから上に上がり……赤フン?!
 はだけた着物の隙間から覗く胸毛に、むさくるしい中年男の顔、ちょんまげ!
 「「オヤジ?!?!」」
 硬直する2人に朝は来なかったという……


 二人が間違ってオヤジの部屋に踏みこんでしまったのか、オヤジが酔って瑞穂の部屋に入ってしまったのか、はたまたコイツに女装癖があったのか?
 ともあれ何故、瑞穂の部屋にオヤジがいたのかは今を以って詳細は不明であった。
 ペルソナウェアのバグ、ということで公式見解がなされている様であるが……。


終わり