白い彗星

お題:『To Heart』


 西暦2XXX年、人類は銀河に広がり連邦軍、ジオン軍に分かれていた。
 人類の抗争は途絶えることなく、近代兵器を次から次へと投入して行く。
 そしてこの年、連邦軍は今までの戦闘用モビルスーツを遥かに凌駕した、新兵器を開発した。
 コードネーム・HMX-13,個体名『マルチ』である。




 カッ
 白衣を着た青年は大画面TVを棒で叩く。
 そこには数多くのモビルスーツが戦いを繰り広げている。
 連邦軍汎用人型兵器「ジム」とジオン軍モビルスーツ「ザク」
 と、その間を走りぬける白い閃光があった。
 「これです」
 「「おお!!」」

 TVを見つめる観衆にどよめきが上がる。
 再び、閃光が走る。カメラ今度はその閃光をはっきりと捕らえていた。
 それは…
 空中を浮遊するそれは、少女の姿をしていた!
 手には大きなデッキブラシ,足の裏からはバーニアを吹いている?!
 愛くるしいその顔は、煤で少し黒く汚れていた。
 「これが今回、我々連邦軍研究チームが総力を挙げて開発に成功した完全自動型決戦兵器,HMX-13、通称マルチです!!」
 「「おおおおお!!!」」

 ピ,とTV画面は少女の全身像を映して一時停止。
 メイド服を着た、一見すると普通の少女にしか見えない。
 まず白衣の男は画面の少女の頭を棒で指す。
 「まずはこのマルチ・アイ,視力は2.0.まったくの健康体です!」
 「「ほぅ」」一同から感嘆の溜め息。
 「そしてマルチ・イヤー」耳のアンテナの所を指す彼。
 「このアンテナはなんとAM放送がステレオ対応致します!」
 「「すばらしい!!」」

 どよめきに満ちる会場内。それを満足げに男は頷きながら続けた。
 「そして頭脳ですが、最新のLSIを用いることにより、自動文字認識,音声認識,自己追尾機能,自己計算機能などあらゆるファジーなニーズに対応! かけ算も6の段まで言えますし、なんと漢字も小学4年生レベルまで取得済み!!」
 「「ぶらぼ〜〜!!」」

 「そしてそして、マルチの手にあるこのデッキブラシ,これにはどんな汚れも落とす洗剤『スワイプキラー』が1リットルまで内蔵され、ワックスも自動供給されます」
 「「おおおお!!」」

 「そうです,これでモビルスーツの清掃はバッチグー!!」〆に入る彼の言葉を止める言葉。
 「博士,質問が」
 「何か?」
 観衆の中から、同じく白衣の男が前に出る。
 「このマルチ,前回の抗争においては敵モビルスーツも掃除していたと言う噂がありますが、如何に?」
 どよめく会場内。
 「………そうです、結構キレイ好きなので、敵側のモビルスーツも磨いてしまったのです」苦渋に満ちた言葉を捻り出す男。
 それにシンと、会場は静まり返った。
 「いいじゃ…いいじゃないか!」観衆の中から、そんな声が飛び出した。
 「そうだ、別に良いじゃないか,キレイ好きなんだろ!」
 「そうだそうだ!」広がって行く言葉。
 「皆…みんなありがとう!!」説明に当たっていた男はそれに涙する。
 盛り上がりを見せる会場。やがて声は一つになって行く。
 「「ジーク・マルチ!」」

 そんな訳で今日も彼女は、銃弾飛び交う戦場でモビルスーツを磨くのだった。




 「あ、来楢川先輩,こんにちわ」
 青年の隣を歩く少女は、行き違った彼女にそう頭を下げた。
 挨拶された美しい黒髪の彼女は、足を止める。
 そんな彼女に、少女の隣の青年は首を傾げた。
 「どうしたんだ,センパイ? そんなに含み笑い漏らして…」
 “含み笑い??”少女は隣の幼馴染みの言葉にやはり首を傾げる。
 「…で…が…くすくす」
 「ん? マルチがガンダムの代わりになったらどうかって? …よくわかんね〜けど、おもしろそうだな」
 「ひ、浩之ちゃん??」
 ぺこり,来楢川は一礼すると去って行った。
 「まだ笑ってら」
 「そ、そうなの?」
 隣の青年を見上げながら、彼女は『分からないことってあるもんだな』とつくづく思うのだった。


おわり