「おい委員ちょ,帰るぞ」
「あ、まってぇな」
神戸弁の彼女の後ろ姿を、並んで歩く青年のそれとを見送りながら、彼女は如何にもくやしげに爪を噛んでいた。
「ね〜、岡田ぁ,マックにでもよっていこ〜よ〜」
そんな彼女の肩を叩くのは、長い髪ののんびりした少女。その隣には同じように平凡な女の子の姿がある。
「どうしたの? 岡田?」
反応がないので、もう一人の方が近づいた時…
「くぁぁ!! 許すまじ,保科!」
ガタン,椅子を蹴って岡田は立ち上がって叫んでいた。
「ど〜したの〜,岡田ぁ?」
背を向けて驚きに息を切らす吉井とは対称的に、松本は岡田にそう尋ねていた。
岡田はキッと松本を睨むと、保科の机をビシィと指差す。
「保科がどうしたのぉ?」
「もともとアタシ達があの子をいじめてたお陰で、藤田と良い仲になった訳よね!」
「結果的に見れば…そうかもね」
吉井は頷きながら声を合わせる。
「でもしょうがないじゃない」
「ムカツクのよ,どうしてアタシらは女同士でかたまってるのに、よりにもよってアイツには彼氏できんのよ!!」
「あ、もしかして私達って、保科にとっては〜」
「そう!」松本のいわんとしている言葉に、岡田は力強く頷く。
「黒い三連星?」
「リックドムかい!」岡田,松本にツッコミチョップ。
「愛のキューピットとでも言いたいの? 岡田?」投げ槍に吉井。
「そうよ,それが許せないの! どうして私がそんなイイコトしてやんなきゃいけないのよ!!」地団太を踏む岡田。
「…じゃ、保科の邪魔する?」
「藤田が恐いよぉ」
2人の仲間の言葉に、岡田は小さく首を横に振って一言。
「だから…他の奴をいじめる!!」
「「サイテ〜」」でも付き合う二人だった。
3人は一つ学年が下のクラスを覗き込んだ。
時間は放課後,中には一人しかいない。
おとなしそうな、それでいて美少女の類に入る子がいた。
「姫川琴音…なにやら最近、ご近所を騒がせてるムカツキっ子よ」
「そうなの〜」
「知らないな」残る2人は顔を見合わせて頷き合う。
「良いのよ,ともかく、まずはいんねんつけましょうか!」
カツカツ,岡田は2人を引き連れ、教室に乱入した。
少女,琴音は3人に振り返り、そして小さく悲鳴!
「ボールに気を付けて…」
「「「は?」」」
カ〜ン,遠く野球部の声が聞こえる。
「佐藤,何処蹴ってるんだ!」
「レミィさん,テニスはちゃんと狙いを付けて打って下さい」
開いた窓から、外のグラウンドの声が色々入って来る。
岡田は、ずぃと前に出て琴音に迫る。
その時だ。
窓から飛び込む3つの球体!
ガコ
「きゃ!」
べし!
「いた!」
ぼこ
「きゃ!」
岡田に軟球が、吉井にテニスボール,松本にサッカーボールが直撃した。
その3人の様子を見て、琴音は涙目になる。
「また…また私の前で…今度は黒板消しに注意して下さいぃぃ!!」
言い放ち、彼女は走って教室を出て行った。
「ちょ、ちょっとまった!!」追い駆けようとする岡田。と、その顔に何処からともなく飛んできた黒板消しが炸裂!
「ぶふわぁ!」チョークの粉が、岡田の顔をおしろいのように白く染めた。
「だ、大丈夫? 岡田ぁ?」心配そうに松本。
しかし岡田は震える手でキッと琴音の後ろ姿を睨み付けた。
「追うわよ!」
「「え〜」」
と、先方の琴音がピタリ,立ち止まり後ろを振り返る。
「先輩方,バケツに気を付けてください」
「「は?」」
ガンガンガン
突如飛来したステンレス製のバケツが3つ、それぞれの頭上に炸裂。
「「くぅぅ〜」」
「やってくれたわね〜!」怒りの矛先は琴音の岡田。
全力で彼女は下級生の背を追った。
「待ってよ〜、岡田ぁ」松本の声はしかし、すぐ後ろで聞こえる。ちゃんと追って来てくれているようだ。吉井の息遣いも聞こえる。
と、丁度階段を駆け上がったところだった。
琴音がやはり心配そうに階段の踊り場で足を止めて3人を眺めていた。
「階段に…気を付けて下さい」ぼそり、呟く。
「「「それって…」」」
不意に岡田の足が何かに掴まれたような気がした。
途端、宙を浮く3人。
どんがらがしゃ〜ん
3人は階段を転げ落ちて行った。
「あの子は止めようよ。そもそも変な噂で有名なんじゃん」吉井は帰り道、ぶつぶつと呟く。
「…そうね,他の子にしましょう」そう、決心した時だった。
「あれ、岡田ぁ」くいくい,彼女の袖を引っ張るのは松本,何かを指差している。
「何よ,松本?」
「あそこにいるの,姫川さんだよぉ」
「「え…」」硬直の岡田&吉井。
車通りの多い通りを挟んで、琴音は向こう側の歩道を歩いていた。と、視線が3人の方を向く。
「?! トラックに注意して下さい!」顔色を変えて、叫び声を上げる琴音。
「「ひぃぃ!!」」意味することを知って顔色が一変して蒼くなる3人組。
遠くに、トラックのエンジン音が聞こえ始めていた…