「おい委員ちょ,さっさと帰るぞ」
「あ、まってぇな,浩之」
神戸弁の彼女の後ろ姿を、並んで歩く青年のそれとを見送りながら、彼女は今日もまたくやしげに爪を噛んでいた。
「ね〜、岡田ぁ,マックにでもよっていこ〜よ〜」そんな彼女の肩を叩くのは、長い髪ののんびりした少女。その隣には同じように平凡な女の子の姿がある。
「どうしたの? 岡田?」反応がないので、もう一人の方が近づいた時…
「くぁぁ!! 許すまじ,藤田!」ガタン,椅子を蹴って岡田は立ち上がって叫んでいた。
「「またぁ〜」」呆れ顔の二人に、岡田はしかしキッと振り返りながら、チッチッ,余裕の笑みを浮かべながら人差し指を横に振る。
「保科のやろうの代わりはちゃんと見つけたのよ」
「私は嫌よ,トラックに跳ねられるのは」
「わたしもぉ〜。この間はマジ、死ぬかと思ったしぃ」
「大丈夫,今回はしっかりと予備調査をしたから! いじめがいあるわよぉ」
ニヤリ、微笑む岡田であった。
放課後、3人はターゲットのいるという2F廊下を階段の影に隠れて伺っていた。
そこには5人ばかりの男女の姿。
「おい、マルチ,しっかりやっとけよ!」
「私は部活あるから頼むわよ」
「俺も」
「私も」
そんな生徒達は掃除道具を一人の女生徒に向けて放り出して、さっさと散って行った。
「分かりました〜」一人残された彼女は、彼らに笑みを向けてそう応えると、文句も言わずに一人で掃除を始める。
一部始終を影から見ていた岡田一行。
「サイテーよね,掃除を全部押し付けるなんて」
「かわいそ〜」吉井と松本は顔を見合わせてそう呟く。
「…私らがしていることは、なら何じゃい」ツッコム岡田。
「ともあれ、今回のターゲットはあいつ,マルチ! アンドロイドのくせに学校に通うメカ次元からの使徒!!」
ビッシィ,掃除する彼女を指差す岡田。
モップを手にしたマルチは、けしけし,そんな三人の存在すら気付かず床を磨いていた。
ガコ,水の入ったバケツをひっくり返す彼女。
「ああ! 大変!」モップで慌てて拭こうと、マルチは振り返り…
ガシャン!
「ああ!!」モップを大きく振り回してしまい、その柄が窓ガラスを破壊。
「きゃぁぁ!!」
どべしゃ!
ついには床の上に広がったバケツの水に足を滑らせて転倒,一瞬フリーズに陥った。
「あらら、典型的な子ね」松本は呆れ顔で言葉を漏らした。
マルチは起きあがりながらも、手際悪くのろのろと掃除を再開している。
と、岡田が階段の影から出てアンドロイドに大股に近づいて行った。
「お,岡田?!」
「本気だわ…」その後を慌てて松本と吉井が続く。
ズシャ!
「あ…」
岡田たち3人が、マルチの前に立ちはだかった。
ギロリ,岡田はガラスの破片をおっかなびっくり手で拾い集める彼女を睨みつけ…
「なってない、なってないわ!!」
「「はい??」」
「貸しなさい!」
「あ…」
岡田はマルチの手からほうきを奪い取り、さっさとガラスの破片を集めてちりとりで回収。
「いいこと? 掃除っていうのは要所要所をやっていけばいいの! 細々としたところなんてやらなくていいのよ。ガラスの破片にしたって、手で集めたら危ないでしょ! 何の為にほうきを持ってるの!」
「は、はい!」
次に岡田はモップを奪い取る。
「掃除ってのはもっと、こう,テキパキとね!」言いながらモップを廊下に押し付けてゴシゴシこする。
「気合いよ、気合い。さ、アンタ達も!」言って岡田は呆然と立ち尽くす二人を見やる。
「「はい?」」
意味が分からずに二人。そんな彼女達に岡田は残るモップを投げ渡した。
「このノータリンポンコツ娘に掃除の真髄っていうものを教えてやるのよ!」
「…岡田」
「なんか違うような…」
反論は岡田の睨みによって沈黙させられる。
「皆さん、お掃除巧いんですね〜」
「感心してないで掃除って言うものは何なのか,しっかりと憶えなさい!」
「はい! ありがとうございます!」
岡田の掃除講習会は夕方まで及んだそうな…
なお、この日以来、マルチは岡田の事を師匠として敬ったそうである。
「イイコトしたんじゃ…わたしたちぃ?」
「言うな、松本…」
ともあれ、今日も平和だ。