エルと勝負とまごころと…
お題:『悠久幻想曲』
カラン…
ジョ−トショップの扉が開く。
「あれ,エルじゃないか。今日は休日だぞ,どうしたんだ?」この店の居候の青年に、エルと呼ばれた訪問者であるエルフは店内を見回す。
平日は仲間達でうるさいこの店も、土曜日の今日は青年と、黄色い犬とリスを掛け合わせたような魔法生物の一人と一匹がいるだけで、その騒音レベルは90ホンから30ホンくらいまで落ちている。
「アリサさんは?」
「奥で料理を作ってるッスよ」魔法生物,テディがそれに答えた。
「そうか…」呟くように彼女は言うと、台所のある奥へと足を運んだ。
「…どうしたんッスかねぇ?」
「…さぁ?」
30分後…
「…戻ってこないッスね」
「…ああ」日だまりで、そこはかとない会話を交わす一人と一匹。
カラン!
扉が開く。
「よぅ!」居候の青年と同い年位の青年が訪れる。
「アレフ?」
「エル…来てるか?」小声でアレフは青年に尋ねた。
「ああ、どうかしたのか?」
「ああ,さっきさ、さくら亭でいつものがあってな」
「いつものって…マリアさんとッスか?」
「それ以外あるかよ,んでどこでどうなったのか分からんが、料理対決することになってね」椅子に座りながらアレフ。
「…悪い,聞かなかったことにする」青年は耳を塞いだ。
「まぁ、聞けって。俺としては何としてもエルが勝ってもらいたい,んな訳で応援にきた訳だ」
「さすがアレフさん,仲間思いッス!」
「…幾ら賭けた,アレフ?」
「50G,レ−トはエル:マリアで6:2ってトコだな」
「んじゃ、俺もエルに10G」
「二人ともひどいッスよ!」しかしテディの言葉は聞き入られることはなかった。
「よぅ、アレフも来てたのか?」奥から大皿を片手にエルが現れる。
「エルさん,二人ともひどいんスよ,はぅ!」青年のラリアットに続いての、アレフの膝蹴りという華麗な2HITコンボがテディを黙らせた。
「ところでエル…手に持ってるの,何?」
「あ、これ?」エルは青年とアレフの前にあるテ−ブルにそれを置く。
「うっ…」
「こりゃぁ…」
思わず、顔を見合わせる青年とアレフ,その表情は「いかりや長介の『ダメだ,こりゃ』」と「2001年宇宙の旅での名セリフ『すごい,星がイッパイだ』」という気分が複雑に折り混じったかのようだった。
皿の上には描写不可能な物体が乗っていた。何か泡吹いていたり、光ったりしている。
「アタシが…がんばって作ったんだ」頬を多少赤く染めて俯くエル。しかしそれは暗に「食え」ということを強要していた。
”何やってたんだ,アリサさんはぁぁ!”
”もう少し遅くくれば良かったぁぁ!”想いはそれぞれ…。
「え〜と、フォ−クは…」手近のカウンタ−を漁るエル。
”さ、捜してるぞ,どうする? アレフ!”
”…もしかしてうまいかも知れんぞ”
”それを感じるのはおそらくあの世でだ…”アイコンタクトで会話する2人。
「あったあった,さ、どうぞ!」2人にフォ−クが手渡される。死刑囚が短銃を渡されるような気分だ。
「と、ところでエル,これ、何て料理?」青年は恐る恐る尋ねた。
「う〜ん,そうだな、エル風ジョートショップスペシャルとでも名づけようか?」明るく微笑んで答えた。
”そんなこと聞いてるんじゃないぃぃ! 材料だぁぁ!!”
「エル…味見はしたのか?」今度はアレフの問い。
「ハハハ…そんな面倒なことしないよ!」エルは景気よく笑って切って捨てた。
2、3秒の沈黙,しかしそれ以上引き延ばせる2人ではなかった。
「じゃ…」
「…いただき,ます」2人はフォ−クを料理に刺す。
ギャ!
「「わあぁぁぁ!!」」
「叫んだ,叫んだぞ!!」
「い、生きてるぅぅ!!」
「面白い趣向だろう? 東方の「活き造り」っていうのを参考にしたんだ」
””何の活き造りだ?””
「うう、よく寝たッス…」復活するテディ。二人の死刑囚の目が獲物を見つけたタカになった。
「おお、腕が滑った!」
「テディ,人のを食うんじゃないぃぃ!」
2本の、フォ−クに刺さった料理がテディの口に押し込まれる。
「ううっ!!」ゴクン,飲み込むテディ。
「…真っ白に、燃え尽きたッス…おやっさん」そしてテディは白くなった。
「あれ…味つけ間違えたかな?」
「味付けどころじゃないだろ!」青年の言葉に考えこむエル。
「アリサさんに教えてもらってたんじゃないのか?」
「いや、アリサさんは取り合えず作ってみてって言ってただけだよ。で、出来たものをアンタに食べてもらって、感想を聞けって」弁解するように彼女は答える。
「…もうちょっと食う奴の気持ちになって作ってくれ」
「それと別に特別な料理じゃなくてもいいじゃないか,イブにいいもの貸してもらったぜ,これ使えよ」アレフの手渡したそれは一冊の古びた書物,題目には『サルでも出来る鉄人料理』とあった。
ちなみに著者には「リカルド=フォスタ−」とあることに気付いた者はいない。
「そうそう、誰でも出来る料理だって、うまければそれでいいじゃないか」青年の言葉に本を受け取りながら微笑むエル。
「そうだな、これに載っているので作ってみるよ」そしてエルは再び奥へ消えて行った。
さらに30分後…
カラン…
「こんにちは〜」眼鏡をかけた少年がやってくる。
「おっ,クリス。何か用かい?」
「うん、エルさんが料理の練習してるんじゃないかと思って,あ、アレフさんも来てたんだ」
「ああ、当然だろ,仲間のコトだもんな」
「…そういう事にしておいてあげるよ」賭のことは知っているようだ。
「僕、ト−ヤさんに良い物貰ったんだ」言ってクリスが懐から取り出したのは、黒い液体の入った小瓶。
「なんだ? これは」不思議そうに眺めるアレフ。
「どんな料理でもおいしく食べることができる東方の調味料だって。ソイ・ソ−スっていう名前なんだ」
「おお,でかした、クリス!」
「これで何とかなりそうだな」
「ああ…」ため息一つ,青年はついた。
「お待たせ!」再び大皿を手に、エルは奥から現れた。今度はアリサが付いてくる。
「あら、アレフ君,クリス君、いらっしゃい」優しい微笑みを湛えて、アリサは言う。それに二人も軽く頭を下げるが、それ以上にエルの手にしたものが気に掛かるようだった。
「今度は…どうかな?」テ−ブルにそれを置くエル。
それは焼肉のようなものだった。香ばしいを通り越して、焦げついた匂いがするが、さっきのものよりは食べ物と分かる時点で格段の進歩がある。
「じゃ…」
「失礼して」
「いただきます…」
3人は料理を取ったフォ−クを口に運ぶ。
「う、」
「う〜ん」
「これは…」
”””まずい”””3人とも口には出せない。
「エル…もう一度聞くが、味見したか?」アレフの言葉にエルは首を横に振り、自らフォ−クを取る。
そして料理を口に運び…
「まずい! もう一杯!!」
「…あのなぁ」青年はクリスの持ってきた小瓶を渡す。
「なんでも,かければどんなものでも美味しくなる調味料らしいぞ」
「あら、それは…」
「そうか。よし!」アリサの呟きをかき消し、エルは小瓶の中の液体を数滴、料理に散りばめる。
「これでどうだ?」四人はフォ−クを口に運んだ。
「ん? 不思議なことに…」青年は首を傾げる。
「なかなか…」もう一度料理を取るクリス。
「いけるな」
「アタシの腕も捨てたもんじゃないね」
「「「おいおい」」」ジト目の三人衆。
「よし,これで明日のマリアとの勝負は勝ったな!」ガッツポ−ズのエル。そのエルにアリサはタオルに包んだ包丁を手渡して言う。
「エルさん…美味しいものを作ることは簡単にできるわ。でも、あなたの作りたいものは、美味しいと感じさせるものではなくて? 少なくとも、勝つ負けるの為に作るのではないでしょう?」
暖かいアリサの表情からエルは何を読み取ったのか、小さくうなずいた。
翌日、さくら亭にて…
「アリサさんの料理が食べられるって聞いたのだぞ!!」椅子に縛りつけられたアルベルトが叫ぶ。しかしそんな彼の言葉が届くことはない…。
「れっでぃ〜す、あ〜んど、じぇんとるめ〜ん! これよりマリアvsエルの料理対決を始めまぁ〜す!」由羅の司会に、さくら亭に詰めかけた野次馬達の歓声が上がる。
「まずはエル,どうぞ!」大皿をアルベルトの前のテ−ブルに置くエル。
そしてそれはアレフによって嫌がるアルベルトの口に詰めこまれる…。
「…ぷはぁ,ま、まぁまぁだな」助かったという風にため息を付くアルベルト。
「おい、クリス,エルはソイ・ソ−スを使ってないのか?」
「はい,昨日、帰る前に返されちゃいました」青年にクリスは答えた。
「そうか…何でだろう?」
「それは…」クリスが答える前に歓声が上がり、それは掻き消えた。アルベルトの目の前に、マリアの料理…光る球体が宙を浮いていた。
「や、やめてくれ!」
「アルベルト、お前のことは嫌いだけど,今は同情するぜ…」アレフは身動きの取れない彼にそう言い残し、その場を飛びずさった。
「あんぎゃ〜!!」球体がアルベルトに炸裂する! 凄まじい閃光を放ったかと思うと、後には目を輝かせたアルベルトがいた。
「まりあノ料理ガオイシカッタ,まりあノ料理ガオイシカッタ,まりあノ料理ガ…」機械的に語るアルベルト。
「…この勝負,マリアの反則負け!」由羅が言い放つ。
「ど、どうしてよ! アルベルトが私の方が美味しいって言ってるのよ!」抗議するマリア。
「魔法で言わせてちゃ駄目でしょ…ばればれよ」
「そ、そんなぁ〜」
かくして迷惑極まりない料理対決は、エルの勝利で幕を閉じたのであった。
そしてその夜…
「ただいまアル〜」マ−シャルは大量に背負った武器防具を床に下ろした。
「おかえり,おつかれさん」その荷物を軽がると持ち上げるエル。
「お腹空いたアルな、今日は奮発してルナから出前でも取るアルか?」
「今日はアタシが作ったんだ」
「エルが作ったアルか?」
そしてマ−シャルは食卓に着く。数種類の料理がテーブルに並べられていた。
「うまそうアルな,いただきますアル」料理を口に運ぶマ−シャル。その挙動をエルはただ見つめる。
「うん、うまいアル。でもどうして急に料理を?」次々に料理を口に放り込みながら、彼は尋ねる。
「今日はアンタの誕生日だろ,それに日頃お世話になってるお礼さ」
「ああ、そういえば今日は誕生日アルな,あったかい食卓は最高の贈り物アル。ありがとう,エル」
「もっとも、あまりおいしくないけどな」照れ笑いのエル。
「そんなことないアルよ,エルの心がこもっていて美味しいアル」
「そ、そうか?」微笑み、エルもまた料理に手を延ばし、口に運ぶ。
”…ま、まずい…”手を止め、彼女はマーシャルを見る。
しかし、彼は美味しそうに次から次に料理に手を延ばしていた。
”アリサさん,なんとなく分かったような気がするよ…”
「マーシャル…食べ過ぎに気をつけろよ」そして彼女もまた、自分の作った料理に手を進め始めた。
おわり
<これはスターライトマリーに投稿した物語です,ページ閉鎖により本ページに移しました>