「こんちわ〜」
「アリサさん、います?」
エンフィールドはジョートショップの扉を叩くは二人の男女。
ガチャリ
カラン
来訪者を伝えるカウ・ベルが鳴るが、いつも出迎えるはずの声は、ない。
「あれ?」
「っかしいな?」
軟派そうに見える精悍な青年,及び、前髪が一房だけ黄色いエルフの少女は、店内に踏み込み首を傾げる。
「アリサさん、留守なのか?」
「テディもいないな」
来訪者の二人は顔を合わせた後、待つことにしたのか、仕方なしに備え付けのテーブルにつく。
チクタクチクタク…
ただ、時計の音だけが静か過ぎる店内に響いた。
「遅いな、アリサさん…」
「そうだな…ん?」
エルフの女性は青年にそう相づちを打ったと思うと、その彼の後ろにあるダンボール箱に目をつけた。
「なぁ、アレフ?」
「なんだ? エル?」
「あれって…」
エルフの彼女は床に転がる「みかん」と書かれた箱を指差す。
「テディが肌身離さず持ってる箱、だよな」
「…そだな」アレフと呼ばれる彼は瞬考,魔法生物であるこの店の助手の姿を思い出して頷いた。
「あの箱ってさ…何が入ってるんだろうな?」
エルフの彼女,エルのその言葉は、今まで以上の深い沈黙をジョートショップ店内に招いた。
二人は無言のまま、無造作に置かれたままのダンボールを見つめる。
そんな時である。
『ちゃらららちゃらちゃららら〜ん♪』
「「?!」」
いきなり、その箱の中から果てしなく澄んだ音楽が聞こえてくるではないか?!
「こ、これは…」アレフはゴクリ,息の呑む。
「エリーゼの為に?! 一体何で?!?」
唐突に、音楽は止む。
「お、おい、アレフ! あの箱って…」
「し、知るかよ!」
ちゅう!
かささ…
二人の足元を、一匹の家ネズミが駆け去った。
「うわ!」
「ねずみ?」
そのネズミは疾走,二人の注目のダンボールの前に近づいた時である!
ベロン!
「「ひぃ!!」」
ダンボールの下から、ピンク色の,そう、大きな舌のようなものが現れ、ネズミを一瞬にして捕獲,そのまま箱の中へと引っ込んだ。
バキ
ちゅちゅう!!
メキ
モキ
ベキベキ
ごくん…
「「…」」
ゲプ…
「な、なんだなんだよ、今のはぁぁ!!」
「知らないよぉぉ!! 一体なんなんだよ! あの箱はぁぁ!!」
何だか訳の分からないモノにネズミが食われるのを目の当たりにしてパニックに陥る二人の来訪者。
ガチャリ
カラン
来訪者を伝えるカウ・ベルが鳴る。
二人は救いを求めてか,その扉に振り返るが、期待は外れた。
「アリサ殿はいますか?」
現れるるは、仮面のスーツ男・ハメット。
「おや?」
彼は先客を無視し、やはり床の上のテディのダンボールを一早く見つける。
「これはこれは…」
仮面の下に好奇心であろう、それを浮かべる彼はその箱に近づいて行く。
先客の二人は、さすがにいけ好かない彼に対してではあるが、死人を見たくは無いという心からか、慌てて彼を止める。
「どうしたのですか?」
「ヤバイって,それは!」アレフの必死の抗議。
「世の中には見てはいけないものもあるんだよ」こちらはやはり青い顔をしたエルの忠告。
しかしハメットは仮面の下で鼻で笑うと、おもむろにダンボールを持ち上げた。
「「?!?!」」
後ずさるアレフとエル。
ハメットはダンボールをガバリ,己にしか見えない様に開け…
「た、タケカワユキヒデ?!」
驚愕に硬直!
「「タケカワユキヒデ??」」アレフとエルはハメットの言葉に首を傾げ…
ピュ!
ダンボールの中から、茶色の液体がハメットの目の部分に引っかかった。
「目,目がぁァ!!」
「「毒液?!?!」」
ハメットはダンボールを投げ捨て、顔を押さえると張り裂けんばかりの叫びを上げながら、ジョートショップを飛び出して行った。
「…なぁ、エル」
「なんだよ、アレフ」
何か、果てしなく遠い目をした青年は、やはり悟りを開いた様なエルフ娘にこう、呟いた。
「世の中って、広いよな」
「そ〜だね〜」
余談であるが、それから一週間、行方知れずになっていたハメットが森の中で茫然自失となっているところを自警団によって緊急保護,現在は精神治療を受けているとのことである。