ここ首都プロンテラの郊外の森には魔女が住んでいるらしいのです。
夜な夜な怪しい魔術をくり返し、謎の奇病や謎の爆発や謎の気象現象とかを引き起こしているみたい。
さらには子供をさらってその肝を食べて若さを維持しているなんて聞いたこともあるのです。
だから、
だからボクは。
そんな魔女を倒すために、今日はこの森に来たわけで……。
「ほら、行ってこいよ」
「手ぶらで帰ってくんじゃねーぞ」
「肝かじらてんじゃねぇぞ、ヒヒヒ」
……決していじめなんかじゃなくて、自ら進んで退治しようと思う所存であります。
森、とは言うけれど、もともと平原に外敵対策で植林したところなのでちょっとした公園のような感じです。
木々の間からは木もれ日が至るところ。生える草も足首までのものが多くて歩きやすいし。
だからボクは、一切の恐怖なしに、勇気全開で森の奥へとまっすぐ進んでいくわけです。
ばさばさ!
「ひっ!」
カラスでした。なんだ、ハーピーかと思って思わず必殺奥義をくりだすところでしたよ。
う、うそじゃないですよっ!
こうして幾多の困難を乗り越えて、ボクはとうとうたどりついたのです。森の先に、灯る光を。
「う、うぁ」
威風堂々とボクは光に向かって突き進みます。
「?!」
唐突に視界がひらけました。
そこは森の中、円形にひらかれた広場。
その中心にあるのは、
「焚き火?」
光はこの火のようです。
今で火は消えかけて、くすぶっています。
さては魔女はボクの気配を察知し、逸早く逃げたのですね。
「あら、こんなところでどうしたん、坊や?」
「ひぃぃぃぃ?!」
唐突な背後からの声に、ボクは即座に対応。
身を翻し、間合いをとります。
「坊や、危ない!」
ボクの足が滑ります。
き、きっと魔女の魔法に違いありません。
慌てて、地面に右手をつくボク。
その右手が灼熱の痛みに包まれました!
「熱っ!」
魔女の炎の魔法です!
痛みにうずくまるボクに、魔女は小走りに一気に間合いをつめました。
そして痛むボクの右手を掴みます。き、きっと拷問の開始なのです?!
「もぅ、焚き火がくすぶってる程度でよかったわ。軽いやけどで済んだわね」
魔女はそう言うと、懐から軟膏をとり出してボクの手に塗り、包帯を巻きました。
きっと、きっとこれは魔法薬の実験で、ボクの手は異形のモノに変わってしまうのです!?
ボクは恐る恐る魔女を見ました。
ぼろぼろのマントを羽織って、でもその下は銀の糸で織られた法衣を纏っています。
手には薄手の手袋。手の甲のところには五芒星が刺繍されていました。
視線をさらに上に。
目深にかぶったとんがり帽子。耳には六芒星をかたどった金のイヤリング。
そしてその顔は……
「あ、薬屋のお姉さん??」
そう、その人は町外れにある薬屋のお姉さん。
なんだ、魔女じゃなかったんだ。
ボクは思わず安堵の溜息を漏らします。
薬屋のお姉さんは、上級生の間では美人で有名なんだ…けど。
「ん? それ、私の妹」
「え……、じゃあ…」
「私はあの子の姉よ。魔女なの」
やっぱり魔女でしたーーー!!
「はい、おわりっと」
魔女はボクの手を軽く叩きます。ちょっと痛い。
「で。坊やはこんなところで何をやってるのかな?」
「う……」
魔女はボクをじっと睨みます。まるで蛇のような視線です。
「もしかして、悪い魔女を倒しにきた勇者さんかな?」
「!?」
心を読まれたのです!!
「でもその勇者さんは、ホントのところはいじめられっ子なんだよねー」
「?!?!」
違います、心を読んでなんかいません!
だってボクは、いじめられてなんかいないんだもの!!
「あら、違った?」
「ち、違うもん!」
「ふーん、そうなんだ」
魔女はニヤニヤ笑いながら立ち上がり、
「では可愛い勇者さん、その手にした勇者の剣で私を倒して御覧なさい♪」
思わず手を見るボク。
そこには学校で押し付けられた棒切れではなく、爛々と輝く剣が握られている!
「え?!」
気付けば周囲は森なんかじゃなくて暗雲立ち込めた荒野。
そして目の前には耳まで裂けた大きな口を持つ、邪悪な魔女が右手に業火、左手に凍てつく吹雪を持ってボクを迎え撃つ。
「ボ、ボクは…」
思わず後ずさる。
不意に頭に浮かぶのは学校のいじめっ子達。
無理矢理ボクをこの森に追い込んだ、腕っぷしだけは強いヤツラ。
そいつらがボクを笑っている、そんな記憶が蘇り。
「ボクはっ!」
足を前に!
1歩。
2歩。
一度動き出せば、あとは気持ちは止まらない。
ボクは駆ける、魔女に向かって!
そして剣を突き出し―――
「はい、よく出来ました」
ぽす
ボクは柔らかい何かに頭から突っ込んだ。
「へ?」
周りはもとの穏やかな森の中。
そしてボクは魔女に抱きかかえられている。
「え??」
「ちっちゃな勇者さん、それだけの勇気があれば、何も怖くはないね?」
笑顔で問う魔女のお姉さんに、
「う、うん」
ボクは頷いた。
今の、魔法で幻を見せられたのかな??
ほっとした途端、
ぐー
「あ」
お腹が鳴った。
「あ、そうだ」
お姉さんは思い出したように火の消えた焚き火に枝を差し、
「これ、食べようか」
取り出したのは一本の焼き芋。
それを半分に割って片方を僕に。
「い、いただきます」
「いただきまーす♪」
ホカホカのそれは、甘くて柔らかくてとても美味しかったんだ。
夕暮れに森の中、魔女のお姉さんと遅めのおやつ。
この日ボクは、勇気の魔法をかけてもらったんだ―――
「お姉ちゃん! 買っておいたお芋をどこにやったの?」
「んー、魔法の実験」
「……お芋を?」
「うん」
「…どんな実験なの?」
「焼き芋を美味しくいただくには、どの程度の炎の魔法がふさわしいのかの研究」
「…あ、そう」