頭寒足寒

お題:『ラグナロクオンライン』


 ここは首都プロンテラからちょっと郊外に出たところ。
 のどかな農村が続く、平和な一角だ。
 休日ともなれば、首都からの人々で憩いの場として親しまれている北の森林を近くに有している。
 そんな田舎町にある、小さな薬局でのこと。
 「さむいさむいさむーい!」
 暖炉の前をガタガタ震えながら毛布を頭からかぶって占拠しているのは、いい歳をした女性だった。
 1人叫ぶ彼女を一瞥するのは、同じ顔をした女性。
 白を基調にしたローブを羽織った、錬金術師である。
 彼女は一瞥後、窓の外に目をやった。蒼く高い空が見て取れた。わずかに風が吹いている。
 冬の青空だ。乾燥していて、風も確かに冷たそうではある。
 が。
 『寒いは寒いけど、アレほどじゃないわよねぇ』
 手許の薬を調合しながら、彼女は思う。
 彼女が今取り扱っているのは、昨今流行っている腹痛を伴う風邪の対処薬だ。
 嬉しい事ではないが、最近はこの薬の売上が上々だったりする。
 「あー、お姉ちゃん?」
 「なぁに?」
 問いかけに、姉と呼ばれた毛布の塊は返事をする。
 「お腹は、痛くない?」
 「寒いだけー」
 気だるい返事。
 『風邪ではない、っと』
 錬金術師の彼女は、テーブルの上の小さな眼鏡をかけると席を立って姉の下へ。
 「ん? どーしたの?」
 毛布の中から問う姉をしげしげと見つめると、
 「あー、とりつかれてるわね」
 「へ?」
 妹の一言に首を傾げる姉。
 「最近流行っているのよ。『ぶるぶる』って妖怪に」
 「な、なにそれ?」
 ぎょっとした顔で問う姉に、妹は真剣な表情で応えた。
 「真夜中にね、人の鼻の中に潜り込むアメーバみたいな妖怪なの」
 「あ、あめーば?!」
 「とりつかれるとね、ちょっとした寒さでも、すごい寒いと感じてブルブル震えてしまうんだって」
 「ど、ど、どうすれば離れてくれるかな、その妖怪?」
 「結構これが難しいの」
 「なんでもするわ、そんな気色悪いのに鼻の中からなんてっ!」
 相変わらず毛布にくるまって暖炉の前から離れない姉に、妹は内心ニヤリと微笑む。
 「そう? じゃあ頑張って試してみる?」
 「うん、うん!」
 「半袖、短パンで走るの。距離的にはプロンテラ城を2周くらいかな」
 「は、はしる?!」
 「そう。それも「ヤイサホー!」と叫びながらよ」
 「ゲバルJr?!」
 「そうすれば、汗と一緒に毛穴からアメーバも流れ出て行くんだって」
 「う、うーん」
 「ちなみに放っておくと、体重がアメーバ分増えるそうよ」
 「お姉ちゃん、頑張ってくる!!」
 がばっ!
 毛布の繭が弾けとび、姉はがたがた震えつつも自室に。
 やがて姿を現すとそれは半袖短パンだ。
 「じゃじゃじゃ、いって、くるね」
 「いってらっしゃーい♪」
 先程以上に震えながら玄関を出て行く姉に、妹はにこやかに手を振った。
 外からは「ヤイサホー!ヤイサホー!」という叫びが聞こえ、それもまたしばらくすると小さくなって消えて行く。
 一人、薬局に残った妹はここでほっと一息。
 「これでお姉ちゃんの出不精が治ると良いんだけど」


 荒療治(?)が功を称してか、それ以来彼女の姉が暖炉前に居座る事はなくなった。
 しかし。
 「今日も良い天気ねー」
 錬金術師の彼女が、薬草を買いにプロンテラ中心地へ足を運んだ時だった。
 雲一つない青空が広がるが、その分遮るものがなく、突き刺すような冷たさをはらんだ風が人々に吹き付けている。
 「寒い寒いっ」
 ふかふかのマフラーに口許を埋めながら、彼女は足を早める。
 目的地である薬草専門店を前にして、その声が聞こえてきた。
 「ヤイサホー」
 「へ?」
 右の方から聞こえてくる。
 「ヤイサホー」
 「あら?」
 左の方からも。
 「ヤイサホー」
 「やいさほー」
 「ヤイサホー」
 「ヤイサホー!」
 「えぇぇぇぇ?!?!」
 彼女は絶句。
 プロンテラの繁華街を人々が駆けていた。
 それも、半袖短パンで。
 さらに「ヤイサホー」の雄叫びつきだ。
 駆けているのは老若男女を問うていない。全く統一性はなかった。
 が、駆けているその姿と叫びは、数日前に彼女が姉にかかせたつもりの恥じと同じだった。
 信じられないものを見るような目で、しかし彼女は店に入る。
 「いらっしゃい、よく来たね」
 迎えるのは若い商人だ。歳の頃は彼女と同じ位の、精悍な顔つきの青年である。
 「あ、あの……外の人達」
 おずおずと彼女は彼に問う。彼はしばし首を傾げていたが、「ああ」と思いついたようにこう答えた。
 「あぁ、ヤイサホーと叫んで走っている人?」
 「はい、なんですか、あれ?」
 「あ、そうか。郊外ではまだ知られていないのかもね」
 彼は真剣な顔で彼女に告げる。
 「なんでも、最近妖怪「ぶるぶる」というものが蔓延しているらしい」
 「はぃ?」
 「そいつらは夜、人の鼻の穴から侵入するアメーバ状の妖怪で、とりつかれると凍えるような寒さに見舞われるそうだ」
 「……は、はぁ」
 「撃退するには、ヤイサホーと叫びながら薄着で外を駆けまわって汗をかけばいいそうだよ。君も気をつけてね」
 「そ、そうですね」
 ハハハハハ、と乾いた笑いを浮べる普段冷静な錬金術師に、商人はやや違和感を覚えたものの、用意してあった薬草の詰め合わせを手渡した。
 「かくいうボクも、昨日とりつかれたみたいでね。今朝、言われているように走ったら全身ぽかぽかだよ」
 「そうですか、それはよかったですわ」
 今度はにっこり微笑み、錬金術師の彼女は礼を言うと店を後にした。
 帰路、高い青空を見上げて彼女は誓う。
 冗談でも見ていて見苦しくないモノにしよう、と。


おわり