どんべえのきつねうどん


 それは彼がこの街に住み始めてから一週間も経たない頃。
 古ぼけたアパートの一室が、彼の根城。
 社会人になって始めての日曜日。
 彼は特に何をするでもなく、レンタルビデオ屋で借りてきたB級の日本映画を眺めていた。
 「この安っぽさがなんとも言えないんですよ」
 呟く彼の言葉に、
 「そうそう、どことなく平面というか…そんな感じが安心して見れて良いんですよね」
 応えたのは一人の女性。
 どことなくあどけなさの残る、大きな瞳が印象的な女性だった。
 彼と並んで14インチのテレビに映る映画を見つめている。
 「まさかこんなマイナーな趣味が合うとは思いませんでした」
 「ホントですねぇ。レンタル屋で同じタイトルを同時に取ろうとするなんて、なんというか運命っぽいものを感じちゃいますね」
 「もっともタイトルは普通なら誰も手に取るはずもない代物でしたけどね」
 2人は顔を見合わせ、クスリと微笑み合う。
 彼女は彼の隣の部屋に住む、やはり今年社会人となったばかり。
 お互いの引っ越し時に一度顔を合わせたきりで、それっきり出会うことのなかった一週間であったが、つい先ほどレンタルショップで遭遇した次第である。
 場末のレンタルショップで見つけた、B級の中のB級映画。
 互いに一つの箱を手に取り合いながら、2人は「「あっ」」と同音を口にしていた。
 そしてどちらが借りるか、譲り合いが一分ほど続き。
 「じゃ、一緒に見ましょうか」
 「そうですね」
 ということである。
 やがて映画は72分という放映時間を終えてビデオの巻き戻しとなる。
 「ぐー」
 映画が終わったそんな中、音がした。
 何かと首を傾げる彼。
 目をそらして下に俯く彼女。
 時間はお昼の12時だった。
 「出かけるのもなんだし、何か食べますか?」
 「え、あ、……はぃ」
 消え入りそうな声で応える彼女に、彼はキッチンの棚からカップ麺を2つ。
 「とは言いつつ、こんなのしかありませんけど。どっちが良いですか?」
 彼が差し出したのはどんべえのカップ麺。
 赤いきつねと緑のたぬきだ。
 「こっちでっ!」
 消え入りそうだった声と態度はどこへやら。
 迷うことなく、彼女は赤い方を選択した。
 彼はお湯を沸かす。
 そして赤と緑それぞれにお湯を注いで3分間。
 「では」
 「いただきまーす」
 2人でカップ麺をすする。
 彼がふと彼女に目をやると。
 「あー、おいしぃ」
 心の底から美味しそうに具の油揚げを頬張ってた。
 それを見て彼。
 ”次からは赤い方だけを買おう”
 そう、決意した。

おわり