起
守ろうと想う… : 岩藤局
カッカッカッ… 磨き上げられた廊下に、ウチの靴音が響く。 人間種が作り上げた空想によって成り立つこの世界。 ヒドク不安定なバカげたこの世界の真ん中にあるは、ここ 『中央』。 「ん?」ウチは遠く聞こえる鼻歌に耳を傾ける。 足をそのまま進める度に、それがはっきりと聞こえてきた。 やがて目の前にはモップを手に廊下を磨く少女の姿が一つ。 「フフン、フンフン♪」ショートカットの髪を揺らしながら、 こしこしと磨き続ける。 彼女はウチの作り上げたアンドロイド。ある知己を似せて作った 機械人形。 だがその挙動はあまりにも似過ぎていた。遠き記憶を鮮やかに 思い出せ得るほどに… 「こんにちは、ウズメ様」彼女は近づくウチに気付き、笑顔で 小さく頭を下げた。 既概視…それはしかし瞬く間もない一瞬の感覚。 「頑張っているな」ウチはそんな感覚を忘れる様に軽く微笑み、 彼女の頭に手を乗せる。 クシャ 軽く、撫でる。 「あ、ありがとうございますぅ…」照れたような、困ったよう なそんな彼女。 そこにあるのは間違いない,遠い日にあの子と見た、暖かな 『人』の笑顔。 ”そうやな” せめてあの子が復活する時まで、あの子の愛したこの世界を 守ってやろう。 私達が愛した人間と同じ心を持つ、この世界を。 |
承
滅んでしまえばいい : 沙鴎
芳しい日本茶の香りが私の鼻腔を刺激する。 『中央』の喫茶室,私は執務に一区切りを付けて一息就いていた。 「お仕事、大変ですね,ヴェパール様」 そう私に問い掛けたのは、この『中央』の事務等を管理する アンドロイド。 彼女が、私に日本茶を煎れてくれた。そしてこのお茶の香りは 遥か過去から変わらないモノの一つ。 ここで働くアンドロイドはどういう意図か分からないが、私の 知己に似せて作られている。 「そんなでも、ないよ」私は軽く応えてお茶を一口。人形の 彼女に視線を向ける。 笑顔があった。途端に遠い昔,水廉という単語と人であった頃の 彼女が脳裏を駆け抜ける。 ”あの頃は何かが良かったな”思う。対して今の世界はその頃と は異なってしまった。 変えてしまったのは、言うまでもない。この世界の主人公達。 「人間種など滅んでしまえばいい」ボソリ,想いの言葉が唇を ついて出る。 「あの? 何か?」 「そぅ、滅んでしまえばあんな想いはもう二度としなくて済む のに…」 ハッと気付くと呟く私を、人形の彼女が心配気に覗き込むように して見ていた。 「どうしてそう思われるのですか?」問う機械の彼女が人であった 彼女と重なって見える。 「自分より先に滅ぶべき運命を持つ者を見送るのは、ツライのよ」 「どうしてツライと思うのですか?」 「それは…」言葉が、途切れた。 好きだったから別れが辛かった。好きになるのは楽しい事だった? 目の前の彼女を見つめる。私の視線に戸惑ったような、そんな 人形の彼女。 いつかまた、あの頃のように好きと思える人が傍に出来るかも しれないね。 私は懐かしいものを思い出したような微笑みを浮かべて、目の 前の彼女の頭を撫でていた。 |
転
あいつは何を護ろうとしていたのだろう? : 義鷹
「おのれぇぇ!!」叫んでソイツはオレに向かってくる。 その空を切る彼女の右腕を軽く捻り上げて羽交い締めにした。 「うにゅ〜」ジタバタジタバタ,彼女はもがくが、それだけだ。 ここ『中央』の事務アンドロイドである彼女「達」はどうも オレが気に食わないらしい,オレの顔を見る度に襲い掛かって来る。 「毎度毎度懲りないねぇ」 「うにぃぃ!」くすぐったいのであろう,もがくだけで動けない 彼女の耳に息を吹きかけながらオレは続ける。 「オレを倒したきゃ、死ぬ気で来な。甘さがあると義虎みたいに なるぜ」 かつて己の片割れだったヤツの傍に、ある人間種がいた。この人形 に似ている,それだけからの言葉だった。 ピクリ,しかし人形の動きは止まる。そして…彼女は口を開く。 「その義虎に、貴方はなりたいのではないの?」静かな言葉を放つ 彼女の腕に、掴んだ俺の力が篭った。 「違うな…」違う。オレは片割れだったヤツの心を知りたいだけ。 何を楽しみ、何を考え、何を大切にしたのか? それを知りたい だけだ。 「違う」はっきりと、オレは自分に言い聞かせる様に言った。 「は〜な〜し〜て〜」ジタバタジタバタ,先程までの真剣な雰囲気 は何処へやら、彼女は身をくねらせて叫んでいる。 「ああ、もぅ!」耳に響くので解放。同時に蹴りがオレを襲う, 軽く後ろに身を引いてかわし軸足を蹴飛ばしてやった。 ドタン! 尻餅をつくアンドロイド。 「いった〜」目に涙を溜めて俺を憎々しげに見上げていた。 ”面白いヤツだな〜”そんな彼女を見つめてオレは、思う。 義虎の周りにはこんな奴等が多かったのだろうか? ヤツと同じ事を言った浪花娘の周りには、面白いヤツらが たくさんいた。 義虎が守ろうとしていたのは、ソレなのではないだろうか? 「どうかな」オレはそこまで考えて苦笑。気付くと尻餅を就いた ままのアンドロイドに手を差し伸べていた。 「ほら、さっさと立ちな」不安げな彼女の手を取りながら、 オレは義虎が大切にした何かぼんやりとしたモノが分かったような 気がしたと、思う。 |
結
私に心は宿るのでしょうか? : お春
今日、夢を見ました。アンドロイドなのに変ですね。 夢の中身は、なんかぼんやりとしているんです。 遠い昔のフィルムを見ているみたいに、セピア色に染まっています。 藁葺き屋根の食堂にて着物姿でウェイトレスをする私。結構お店は 流行っている様です。 不思議なのはそこに出てくる人達。 席の一つではまるでそこが指定席の様にウズメ様がキセルをふかせ ています。 そして同じく着物姿で注文を取るヴェパール様,コックは若い男の 人,そして…顔は思い出せないのですが、男性だか女性だか分から ない人が一人。 何故だか分かりませんが、それは最近よくウズメ様に会いに来る、 おっかない兄ちゃんのような気がします。 この夢を見たのは故障ではないと考えています。おそらくデータの 最適化の際に生じるノイズの一種ではないかと… 一昨日、ウズメ様が私の頭を撫でて遠い目をされたこと。 昨日早朝、ヴェパール様が何かを思い出して私を見つめたこと。 そして昨日夕方、おっかない兄ちゃんが攻撃して反撃をくらい床に 伏した私に手を差し伸べてくれたこと。 おそらくこれらの事が強くデータとして刻み込まれていたのでしょう, 最適化に何らかの影響を及ぼしたのではないでしょうか。 でもこの夢を見て以来、何か落ちつけるようになりました。 何ででしょうね? 胸のトコロがほっと暖かい感じがするんです。 そしてプログラムではなく、自然と皆さんに優しくなれる気がします。 だから私はこの暖かい何かを持って、皆さんにお仕えしたいと思って おります。 |
これはK!氏の1999年冬コミにて発行した同人誌に投稿したものです。