商店街は赤と白のデコレーションに彩られていた。
 ところどころ松や竹で作られた純日本風な飾り物を扱ったお店も見て取れるが、今はこの赤と白の飾り付けをなされている店舗が多い。
 「クリスマス、かぁ」
 「どーしたのよ、香奈花。溜息ついちゃって」
 「いや、なーんでもないよ」
 ”バチスカーフがクリスマスなんて知ってるわけないだろうしな”
 苦笑する香奈花。
 そんなクラスメートを見て首を傾げる千佳とアキ。
 今日は12月24日。世間的にはクリスマス・イブと呼ばれる日だ。
 ”惑星日本にはクリスマスなんてなかったしな”
 ここ地球の日本は香奈花の故郷と似た環境ではあるが、やや文化が異なっているところもあったりする。その1つがこのクリスマスだった。
 欧米での宗教の一つであるキリスト教の祭日に当たるのだが、この日本では宗教など関係なしにお祭りの1つとして認識されているようだ。
 なんでも良い子にしていると夜中に赤い衣装を着込んだ老人が家に忍び込んできて、枕元に置いてある靴下の中にプレゼントを仕込んでいくとのこと。
 ”アタシんちは戦艦バチスカーフだからなぁ、不審人物は入ってこれないし”
 香奈花が気になっているのはどちらかというとプレゼントではない。
 昨日見たドラマでの1シーンだった。
 クリスマスを家族みんなで祝う、楽しそうなシーンが心の片隅に残ってどうしても離れなかったのだ。
 「千佳ぽんは今日は家でパーティとかするの?」
 アキが問うと、香奈花の隣を歩いていた千佳は苦笑いを浮かべながら首を横に振る。
 「ウチの父ちゃんがさぁ、『西洋かぶれな祭りなぞウチには無縁だ!』って怒るんだよ」
 「あー、そんな感じだねぇ」
 千佳の父親の顔を思い出し……そうなのか?と思う香奈花。
 「アキんちは結構すごいんじゃねぇか?」
 「んー、そうだねー、私の家はお姉ちゃんがサンタのコスプレするしね」
 「あの姉ちゃんならやりかねんなー」
 と、2人は香奈花を見る。
 「う、うちか?」
 「うん」
 「バチスカーフさん、外人だろ? やっぱり教会とか行くのか?」
 「あー、えー」
 香奈花は唸り、
 「バチスカーフはイスラム教徒なんだ」
 「「………」」
 定刻になるとモスクへ祈りを捧げるターバンを巻いたバチスカーフを想像する2人。
 「「いや、ありえないし」」
 「うぁ、そんなあっさりと。まぁたしかにありえないけど」
 自らそんなバチスカーフを想像してみて、「あー、ないない」と否定してしまう。
 「ウチは特にクリスマスとかそういうのはないよ、ちょっと寂しいけど」
 「そうなの?」
 「ウチと一緒だな」
 3人は大きな交差点に出る。
 「じゃ、また明日」
 「じゃあな」
 「さようなら」
 3人はそれぞれ帰路に着く。
 「クリスマス、か」
 再び香奈花は溜息を漏らす。
 特に何かを期待しているわけでもないけれど、何もないのも寂しいなと、そう思うのだった。


くりすます


 いつもの帰り道、早くなった夕暮れ中で香奈花は思う。
 ”今晩の夕飯はなんだろうな”
 特にこれといった高尚な思いではない。
 ”昨日がハンバーグだったから、今日は焼き魚っぽいな”
 過去に作ったバチスカーフのメニューのリズムを思い出しながら推測。
 ”でもクリスマスに焼き魚か。とことん無縁だよなぁ”
 そして彼女はいつもの、家の見える角を曲がる。
 その足が止まった。
 いや、硬直したと言った方が良いかもしれない。
 香奈花の住む築一年二階一戸建て――いや、戦艦バチスカーフであるところの彼女の家は、まばゆい電飾で飾り立てられていたのだ。
 まるで『一人ルミナリエ』状態である。
 「な、な、なーーーー?!?!」
 香奈花は駆ける,豪快に玄関を開け、家に飛び込んだ。
 「うぁぁぁぁ!!」
 家の中もまたしかり。
 紙飾りや金銀のモールで飾られ、壁には赤いスプレーか何かで直に『メリークリスマス』と書かれていた。
 極彩色に香奈花は目がちかちかする錯覚を覚える。
 それもこの飾りつけはどこか殺伐と…そう、まるで戦場でクリスマスを迎える傭兵が飾り付けをしたような無骨さがあった。
 「一体何が…」
 「あら、香奈花さま。おかえりなさい」
 聞き慣れた声に香奈花は勢い良く振り返る。
 「バチスカーフ! なに、この派手派手な飾りつけわぁぁぁぁぁ?!?!?!」
 香奈花の言葉は、後半は叫びに変わった。
 「何よ、バチスカーフっ! その格好はっ!!」
 「はぃ?」
 バチスカーフは小首を傾げた。
 彼女は色の赤い、暖かそうな毛でもこもこした、しかし胸だけしか覆い隠していない上着と、太腿も露な超絶ミニスカートといういでたちだったのだ。
 ほっそりとしたウェストと、モデル顔負けな長い足を惜しげもなく晒している。
 「サンタクロース、ですが?」
 「そんな色っぽいサンタがいるかぁぁぁ!!」
 「私の資料にはサンタとはこのような姿であると記述されておりますが?」
 「どんな資料よっ!」
 「先日、時台屋古書店で購入しました古本ですけど」
 「それ、絶対変な本よ。選択間違ってるって」
 「ま、細かいことはお気になさらず」
 香奈花はサンタなバチスカーフに背を押されて居間へ。
 ちゃぶ台の上には七面鳥のローストやクリスマスケーキといったご馳走が並んでいた。
 「ど、どーしたのよ、これ?!」
 「クリスマスですから」
 微笑んでバチスカーフ。
 「腕によりをかけて作りました。? どうしたました、香奈花さま?」
 バチスカーフは黙って俯いている香奈花の前にしゃがんで目線を合わせた。
 「どうして? バチスカーフ」
 「何がですか?」
 「だって、アタシ達は地球人じゃないのに。どうして地球のお祭りをこんなに盛大にするの?」
 困ったような、どうリアクションしたら良いのか分からないような香奈花の表情だった。
 「香奈花さまらしくありませんね」
 「え?」
 「どうせなら楽しまなくちゃ,そう香奈花さまはお思いになると思ってました」
 「う、うん。そう、そうだね。でも」
 「でも?」
 「あ…」
 優しく問うバチスカーフを見つめた香奈花は、心の隅に燻っていた想いが霧散したことを知る。
 ”そうだね、バチスカーフとアタシは家族なんだよね、うん”
 「なーんでもないよっ、さ、食べよう食べよう♪」
 「あ、まだ駄目ですよ」
 「え?」
 がちゃり
 玄関の開く音が聞こえた。
 「ただいま。仕事を早引けしてきたよ」
 「パパ!」
 うだつのあがらないいつもの声に、香奈花は顔をほころばせる。
 同時、
 「たっだいまー」
 「シャンパン買ってきました」
 居間に成恵と和人が転送してくる。和人の手には袋に入ったシャンパンの瓶。
 「メリークリスマス、香奈花ちゃん」
 「あれ? おっさんに成恵…今日はデートじゃないの? せっかくのイブなのに??」
 香奈花はバチスカーフにシャンパンの入った袋を手渡す和人に問う。
 和人は成恵によって強制的に首の向きをバチスカーフから外されながら笑って答える。
 「ボク達2人きりでイブなんて、まだ早すぎるよ」
 「カズちゃんがみんなでパーティの方が良いんだって」
 誇らしげに言う成恵に、香奈花は「子供だなー」との呟きとわざとらしい溜息。
 と、その後ろで。
 「お、ごちそうだな」
 「パパッ、まだ食べちゃ駄目だよっ!」
 「はいはい」
 バチスカーフにも睨まれて、正は慌てて手を引っ込めた。
 ピンポーン♪
 インターホンが鳴り、せわしなく次の来訪者が訪れる。
 「遊びに来たぞー」
 「こんばんわ」
 「お邪魔します」
 顔を出したのは丸尾と八木、永岡の3人だ。
 「あ、はじめちゃんに永岡さんに…ハゲ?」
 「誰がハゲだっ! って、バ、バチスカーフさん?!」
 「はぃ?」
 丸尾はサンタなバチスカーフを目の前に硬直する。
 「「見るな、ハゲー!!」」
 「げふ!」
 目を血走らせた彼は八木のチョップと香奈花のドロップキックが襲い、沈黙。
 倒れた丸尾を踏んづけるようにして、虚空からこちらはトナカイの可愛らしい着ぐるみをまとった朝倉 鈴が出現した。
 「メリークリスマース♪」
 「いらっしゃい、鈴ちゃん」
 「あれ、今この子、どこから…?」
 八木が驚きと疑念のこもった瞳で鈴を見る。
 「う、裏口からだよっ、はじめちゃん!」
 「パーティが始まりますよ、八木さん」
 香奈花と永岡に背を押されて八木は首をかしげながらもちゃぶ台の前に腰を下ろした。
 「それじゃ始めようか」
 成恵が一堂を見回し、ジュースの入ったコップを片手に立ち上がる。
 同じように皆もコップを手にした。
 「では。メリークリスマス!」
 「「メリークリスマス!!」」
 かしゃん♪
 コップの重なる音が響いた。


 「香奈花さま」
 「どうしたの、バチスカーフ?」
 パーティが始まって間もない頃だった。
 バチスカーフは皆から見えないように、香奈花に可愛らしい柄の入った紙包みをそっと手渡す。
 「私からのクリスマスプレゼントです」
 「あ…ありがとう。あ、アタシも…」
 言って、用意などしていない自分に気付く香奈花。
 「良いんですよ。私はもういただいていますから」
 「へ?」
 「こうしてクリスマスというものを香奈花さまと楽しめることで充分です」
 「バチスカーフ……うん、楽しもうね!」
 「はい、香奈花さま」
 香奈花は今日一番の笑顔を見せたのだった。


 パーティが終わり、香奈花は自室でバチスカーフに貰った紙包みを開けて、首をひねっていた。
 中身は―――カエルの刺繍の入った、
 「毛糸のパンツ…しかも手編み…お腹を冷やすなってことか??」
 考え込む香奈花をよそに、それを裏付けるように外ではちらほらと雪が舞い落ち始めていた。

おわり