普段は閑古鳥の鳴いているはずの境内は、今や年に一番の混雑ぶりを示している。
 コートやジャンパーを羽織った老若男女と、集っている人々は様々だが一番目を引くのはやはり晴れ着姿の女性だろう。
 ここは宮内神社。
 お正月の宮内神社である。


巫女ミコ翔子ちゃんのおせっかい


 宮内神社の社殿。その賽銭箱の隣に位置するお守り売り場。
 儀礼用の礼服を着込んだ若き神主は、これもまた若い巫女を目の前にしていた。
 やや吊り目がちの、気の強さが滲み出ている少女だ。
 「あの、ところで翔子さん?」
 「何だよ、出雲」
 翔子――山野辺翔子は神主――宮内出雲のにがいにがーい顔を前にして小さく首を傾げた。
 「貴女は中学生でしょう?」
 「ああ、シャオとおなじ中学生だけど?」
 暗に『何の用だよ、このロリコンがっ』と含ませて翔子は返答。
 めげずに出雲は続ける。
 「中学生がバイトなんてして良いんですか?」
 「これはお前のじいさんのお手伝いだよ」
 結局、後から手伝い賃を貰うので同じことだと思うのだが……出雲は大きく溜息一つ。
 「お手伝い、ですか。それはそうといつうちの祖父と仲良くなったんです?」
 「んー、離珠とか瓠瓜とか虎賁を連れてきてやった時に、よく和菓子ご馳走になってるからなぁ」
 「そうですか…まぁ、いいでしょう。くれぐれも騒動を起さないでくださいよ」
 「へぃへぃ」
 出雲はさすがに仕事に追われているのだろう、急ぎ足でその場を去った。
 「まったく」
 お守り売り場へ売り子の手伝いに向かう翔子の視界の片隅に、見知った姿が入る。
 「あ」
 社殿の外、境内の人ごみの中に3つの姿を見出したのだ。
 一つは赤い晴れ着に身を包んだシャオリン。
 そして紫色の着物を羽織るルーアン。
 挟まれる様にジャンパーを羽織る七梨太助だ。
 そして、
 「ありゃあ…キリュウか?」
 宮内神社へ至るまでの長い石の階段、その両脇は鬱蒼とした杉の木々が取り囲んでいる。
 低くはない一本の枝の上にずんぐりむっくりとした人影があった。
 服を十数枚着込んだ、万難地天キリュウである。
 「相変わらず寒がりだな」
 翔子は苦笑い。と、
 木の上のキリュウは懐からいつもの扇――短天扇を取り出して、遥か下方にいる太助に向けて試練を与えた。
 「げ」
 翔子は絶句。
 入り口付近にあった石灯籠が巨大化したのだ。
 「試練だ、耐えられよ」
 そう、キリュウが呟いたように見える。
 石灯籠に押された人波が太助たち3人を飲み込んだ。
 「あーん、待ってよぉ、たーさまぁ! ぐへ」
 突如押し寄せた人ごみの中、そんな声を残してルーアンの姿は遥か後ろへと消えていった。
 「す、すごい人だな。シャオ、離れるなよ」
 太助は右手の彼女の手を離さない様、さらに強く握る。
 「はい、太助様」
 どこか嬉しそうな声を上げて彼女――シャオリンは太助の腕を胸に抱く。
 太助の腕に着物越しのシャオの体温と胸の柔らかい感触とが伝わった。
 「えと、シャオ?」
 「はい、太助様」
 すぐ近くで見つめられて、太助は思わず目をそらす。
 「え、えーっと、階段の前ではぐれたキリュウは大丈夫かな?」
 「寒がりですから…もしかしたらもぅ家に戻られているかもしれませんね」
 柔らかく微笑むシャオリンを眺めながら、翔子は内心ガッツポーズ。
 「ナイス試練、キリュウ♪」
 だが、木の上ではキリュウが次なる試練を与えんと扇を振りかざすところだった。
 「って、もぅやらなくていいんだよ!」
 翔子は人のごった返すお守り売り場を覗き、売り物である破魔矢を一本奪う。
 それを掴み、思いっきり振りかぶり、
 「とぅ!」
 投げた。
 破魔矢はまっすぐに空を駆け、
 「万象大乱」
 すこーん!
 扇を振り下ろさんとしたキリュウの眉間に直撃。
 そのまま彼女は木の枝から足を滑らせて、
 べきぼきめき、どすん!
 落下した。
 「女の子が降ってきたぞー!」
 「おぃ、大丈夫か!?」
 「救急車だ、救急車!」
 そんな声が聞こえてくる。
 翔子は額に汗を一筋。心の中で、
 ”試練だ、耐えられよ”
 呟いた。
 その間にも太助とシャオリンは賽銭箱のある社殿の前に近づいている。
 このままいけば、シャオリンは太助と並んで初詣。
 ありがちではあるがシャオリンにとって幸先の良い年明け行事になるはずだ。
 それを翔子が護ってやらねばならない,いつしか彼女はそう誓っていた。
 「だからさぁ」
 翔子は、狛犬の上に乗って太助を探すルーアンを放っておく訳にはいかない。
 「陽天心召来!」
 その狛犬に陽天心招来なんぞをかけられてはたまったものではなかった。
 「たーさまぁ、今行くわ〜〜」
 「わん♪」
 吼える狛犬の背に乗ったルーアン。
 「させるかっ!」
 翔子は再びお守り売り場から一つの物を手に取った。
 それは交通安全の護符。
 掴み、一瞬考える。交通安全の護符でどうにかなるものなのかと。
 「確かルーアン先生って呪文唱えて、あのへんちくりんな術をかけてたよなぁ……よし!」
 とりあえず呪文みたいなものを唱えて投げてみることにしたようだ。
 「日天に逆らう者を存し、日天に生み出されし者は亡ばん。意志なき者、その力を自覚し元の姿へと帰れ。陽天心封印!」
 気合いの呪文と伴に狛犬に向かって放たれた護符。
 それは人ごみの頭上を飛んでいき、狛犬の額に張り付いた。
 かくんと、狛犬の動きは止まる。
 何故か効果があったのだろう、元の石に戻ったようだ。
 「へ? うきゃぁぁぁぁ〜〜〜〜〜」
 上体を前に落としていたルーアンはそのままの体勢で狛犬から落ち、人の波に再び飲まれていった。
 「ふぅ」
 ルーアンの姿が完全に見えなくなったのを確認して、ホッと一息つく翔子。
 気を取り直して視線を賽銭箱の方へ移すと、大鈴をガランガランと2人で一緒に鳴らすシャオリンと太助の姿が見えた。
 2人は楽しそうに微笑んでいる。
 そんなシャオリンの横顔はどこにでもいる普通の女の子だ。それが山野辺には嬉しい。
 「山野辺さん、遊んでないで手伝ってくれません?」
 「え、あ、はいはい」
 満足げに2人を見つめていた翔子は、そうお守り売り場の売り子から声をかけられ我に返ると、売り子として席に着いたのだった。


 「破魔矢一本ください…って山野辺?!」
 次の客として現れた太助の声に山野辺は顔を上げる。
 「おぅ、いらっしゃい、七梨」
 「あ、翔子さん。あけましておめでとうございます」
 その隣では深々と頭を下げるシャオリンの姿。
 「おめでとう、シャオ。その着物、スゲー似合ってるぞ」
 「ありがとうございます。翔子さんもその衣装、とっても似合ってますよ」
 「そ、そうか? ありがとな」
 苦笑いの翔子に太助は問う。
 「そういやお前、なんで巫女なんてやってるんだ?」
 「まぁ、ちょっと年末に小遣い使いすぎちゃってね」
 「年末に、か?」
 「ああ、年末にだよ」
 何に使ったかは太助は聞かない。翔子も答えない。
 隣でシャオリンは首を傾げるばかりだ。
 だが『これ』を読んでいる君には分かるだろう。
 翔子が『何にお金を使いこんだか』を。
 何事も程々が一番である。

おわり


これはdaicさんの同人CDに投稿したものです。
CD版にはCGが添付されております♪