ピート≒和人
”あれ?”
「んにゃ?」
ボクの視線が急に低くなっていることに気付いた。
それに。
”んにゃ…って??”
顔を手でこする。
自慢の長い髭がピコンとゆれ、桜色の肉球が目に映る。
って、あれれ?!
”どうしてボクが猫になってるんだ!?”
事実に気づくと同時に思い出す。
ボクはさっきまで部屋で四号ちゃんのアニメを見ていたはずだ。
そうだよ、ボクは飯塚和人。
人間だ、間違いなく……。
それすらも急に不安になってきた。
”どこだよ、ここ?”
ボクは左右を確認。
古い造りの洗面所だ。
姿見の鏡に映るのはボク――じゃない。
”ピートさん??”
ボクは首をちょっと横に傾げると、鏡の中の猫もそれに倣った動きをした。
そしてその後ろには。
「さ、ピートさん。今日こそはしっかり洗わせてもらいますからね」
「にゃにゃ?!」
聞き覚えのある声とともに、ボクは背中から抱き上げられた。
だらんと脱力気味な体が伸び、後ろ頭には大きいとも小さいとも言えない柔らかな感触が伝わる。
改めて鏡を見ると、そこには抱き上げられたピートさん。
そのピートさんをまるで逃がさないようにしっかりと胸に抱いた永岡さんが写っていた。
「ふにゃにゃ!」
ボクは全身が硬直する。
鏡に映る永岡さんは全裸だった。とは言っても肝心な部分はピートさん(というかボク)で隠されていたけれど。
”え?! いったい何が??”
永岡さんはボクを抱いたまま、洗面所から隣の風呂場へ。
タイルの上にボクは座らされ、その後ろに永岡さんもまた腰掛けたようだ。
「今日はピートさん、ご機嫌なんですね?」
「にゃ?」
背中からの声にボクは首を傾げる。
「それともさすがに観念したんですか」
クスクスと小さな笑いが背中から。
次の瞬間。
ざばー
「ふにゃにゃ?!」
ボクは頭からお湯をかけられた。
「暴れないでください」
後ろから首筋を掴まれ、ボクはタイルの床に押し付けられた。
次に来るのは今のボクにとっては匂いのきついボディソープだった。
「ふぎゃーーーー!!」
本能的に言いようのない危機感を感じる。
「暴れると耳に水が入っちゃいますよ?」
穏やかな永岡さんの声に反して、ボクを押さえつける力は半端じゃなかった。
なすすべもなく、ボク自慢の毛皮からもくもくと泡が生まれる。
そしてもう一度、だばーっと背中にお湯かがけられる。
いつもふかふかもっこりなボクの体は、お湯のせいでボディラインがくっきりと現れてしまった。
心許なさがボクから落ち着きを取り払う。
「うにゃーー」
「さ、次は顔を洗いますよ」
言って永岡さんはタイルの床にへばっているボクを抱き上げ、彼女に向かせて座らせた。
「うにゃにゃ?!」
朦朧としたボクの意識は、目の前に広がった光景に覚醒する。
そこにあるのは、両手に泡をつけてしゃがんだ全裸の永岡さん。
「でもピートさんと一緒にお風呂って、久しぶりですねー」
にっこり微笑む永岡さんの言葉は、ボクの耳には届いていなかった。
永岡さんの控えめだけれども揺れる胸に見惚れていたわけじゃない。
猫であるボクの視線の高さはそれよりも下。
永岡さんの白くてきれいな両足の奥にある、人類未踏の秘所。
”す、すじ…”
ぶばっ!
ボクの視界が赤く染まった。
「鼻血?! ピ、ピートさん、ピートさん!!」
慌てふためく永岡さんの声が、薄れ行くボクの意識を見送った。
「ねぇ、母さん。和人がまた血を吹いて倒れてるよ」
「いつものことでしょ。放っておきなさい」
「はーい」
バタン
姉と母の声と、部屋の扉が閉じる音がした。
ボクは何故か鼻血の海と化した床に突っ伏しているのに気付く。
「あ、れ?? なんかすさまじい夢を見たような気が…」
つけっぱなしだったテレビでは、丁度4号ちゃんが最後の決めゼリフを言ったところだ。
「アナタのハートに、直撃よ♪」
おわり
これは藤ゆたかさんにお贈りしたものです。
daicさんのイラストと一緒に掲載されております。