シャオの悩みごと



 「今夜は何にしよう…」
 七梨家のキッチンで、守護月天ことシャオリンは鰹節の袋を手に考え込んでいた。
 鰹節の袋の口を止めているのはいつだったかに太助からもらったネックレス。
 使い方は間違ってはいるが、シャオは大事にしている。
 それを眺めつつ、
 「昨日は八宝菜で、おとといはエビチリだったから……」
 うーんと小さく唸り、シャオは流し台に腰を下ろした小さな星神に尋ねる。
 「何がいいと思う、八穀?」
 さいばしを背負ったその星神は、首を横に振って背後のリビングルームに視線を向けた。
 その動きを追ったシャオは、そこにこの大問題(シャオにとって)を解決できる唯一の人物を発見する。
 「太助様、ちょっとお聞きしたいのですが」
 「ん? なに、シャオ?」
 ぼんやりとTVで夕方のニュースを眺めていた太助は、キッチンから困った顔をして出てきたシャオに首を傾げた。
 「今夜の…」
 と、何か大きな黒い塊が、太助に向かって飛びついた。
 「げふっ」
 「たー様、たっだいまー♪」
 太助を大きな胸にうずめて、問答無用のベアハッグをかますのはルーアンだ。
 「もー、職員会議の長いのなんの。思わず教頭を殴っちゃったわよ」
 「殴ったらマズイだろ、殴ったらっ!」
 「だからもぅ、お説教も延々と受けちゃって、ルーアン落ち込んでるのん♪ たー様、なぐさめてー」
 「だぁーっ、くっつくなっての!」
 くんずほぐれつとした2人をシャオは眺めながら、ちくりと心の隅にちょっとした痛みを感じた。
 それが何なのか、シャオは分からない。
 やがてようやくルーアンを引き離した太助は、ぼんやりとたたずむシャオに尋ねた。
 「で、シャオ。なんだっけ?」
 「あ、えっとですね。今夜は…」
 シャオの言葉が途中で途切れる。
 2人の間に巨大化したソファが塞がったからだ。
 「さあ、今日の試練だ、主殿」
 「キリュウ! 唐突にこんなことするなよっ」
 「予測できていないからこそ試練になるのだ」
 ソファの向こうからそんな声がする。
 「太助様、今度はキリュウさんと仲良しそうに…」
 再び心がちくりと痛んだ。
 先程よりも大きな痛み。
 「ねぇ、たー様ぁ。試練なんかよりもアタシと一緒にお菓子食べながらTV見ましょうよぉ」
 「だーかーらー、くっつくな!」
 「試練だ、主殿」
 「のわー、テーブルまで巨大化するなーー!」
 巨大化したソファの向こうから楽しそう(?)に聞こえてくる声に、シャオははっきりとした心の痛みを知った。
 ”どうして?”
 シャオは自分自身に問う。
 ”どうして太助様のことを思うと……”
 「だぁーー!」
 「待ってー、たー様ぁ」
 「むぅ、振り切ったか」
 2人の精霊の妨害を突破した太助は、巨大化したソファを乗り越える。
 ”どうして太助様のことを思うと、私はこんなにも体が…”
 心から湧き上がる衝動に、自身の肩を抱くシャオ。
 そんな彼女の前に、太助がソファから飛びおりた。
 「ふぅ。で、シャオ、なんだい?」
 「太助様、私」
 「ん? ?!」
 潤んだ目で迫られ、太助は内心慌てつつも言葉を待つ。
 「晩御飯のメニューを考えていて、私、太助様に聞こうとして、でも」
 「でも?」
 「聞けなくて、今日だけじゃなくて、いつもお話できなくて」
 思いついた単語を拾うようなシャオの言葉を、太助は神妙に受け取った。
 「それでね、なんかここがもわもわっとするんです」
 シャオは自身の胸を押さえながら続ける。
 「私、太助様のことを思うと」
 「思うと?」
 それは唐突な動きだった。
 太助の首に、何かが叩きつけられたのだ。
 細くて柔らかなそれは、しかしながらスピードが乗っていて、太助は思わず呼吸が止まる。
 「ぐぇ」
 瓠瓜のような声を出して後ろにのけぞる。
 攻撃はシャオの細い腕だった。
 エルボードロップだ。
 後ろ頭を床にぶつけながら倒れた太助の足をシャオは掴む。
 「え?!」
 速攻だった。
 太助の両足がシャオの組んだ足によって4の字に曲げられる。
 これ、すなわち。
 「4の字固めだとっ?!」
 ギリギリと太助の足の各関節を締め付ける。
 細いシャオの足腰からは想像もできないほどがっちりと組まれていた。
 シャオはまるで教科書に載せたいほどきれいに技を決めつつ、告げる。
 「私、太助様のことを思うと胸がもやもやするんです。それで、それで……どうして私、こんなことしているんでしょう?」
 「いててててて!」
 「太助様、聞いてください」
 ぐき
 嫌な音がした。
 「ギブギブギブっ!」
 太助の右足がややおかしな方向に向きかけていた。
 「あー、シャオ。それ何か分かったよ」
 助け舟は2人の頭上から。
 姉の那奈だ。
 「これって何でしょうか?」
 しっかりと技を決めながら問うシャオに、彼女は弟の苦痛なぞいざ知らずニッコリと微笑む。
 「そりゃ、シャオが一生懸命働いているのに、太助は他の奴らといちゃいちゃしてるからだろ」
 「そう、なんでしょうか?」
 「そうさ」
 「では私はいったいどうすれば」
 そんなシャオに那奈はニヤリと悪魔の笑みを…太助に向けた。
 「もうちょっと足に力を入れてごらん」
 「え、ちょ、ちょっと!」
 太助の抵抗も空しく。
 「はい。えぃ!」
 「うぎゃぁぁぁぁぁーーーー」
 がっくりと激痛に気を失う太助。
 「ほら、すっきりしたろ?」
 「あ」
 シャオは自身の胸に手を当てて、そしてダウンした太助を見る。
 未だに苦悶の表情の太助を見て、
 「何故かすっきりしました」
 にっこりと微笑んだのだった。
 この日を境に、太助は今までにもましてシャオの買い物を手伝ったり、ルーアンは朝のごみ捨てを率先してやっていたり、キリュウにいたっては起きる時間が1時間も早くなったのは余談である。

ボツネタですのん