びんぼうくじ


 「カルラの姐さん、また昼間っから呑んでるんですかい?」
 「おや、クロウの旦那。昼間っからお仕事かい?」
 それは平和なトゥスクルの、とある昼下がり。
 穏やかな笑いの絶えぬ城下町の、場末の酒場でのことだった。
 「へぇ、見廻りでさぁ」
 「精の出ることですわね。ちょっとここらで休憩はどう?」
 流し目で問うカルラは、手にした酒瓶を掲げて誘う。
 「何言ってるんですかい。仕事中ですよ」
 「こうして民に紛れつつ、町を見るのも仕事のうちにならない?」
 「………そいつぁ」
 こうして。
 呑んだくれがまた一人、町外れに生まれたのだった。

 
 昼時が過ぎて、酔いが良い具合に回る頃。
 「だから言ってやったんですよ、男ならそこで、ぐわっと行かないとって!」
 「まぁ」
 「そこで行けないのが聖上らしいですわね」
 「同じ男として情けないぞ、兄者!」
 いつのまにか、呑んだくれが4人に増えていた。
 通りに面した4人席で思い思い酒と肴を嗜むのは、カルラとクロウ、そしてウルトリィとオボロだ。
 「さて、そろそろ城に戻らないと大将にどやされちまう」
 言って立ちあがるのはクロウ。
 懐に手を伸ばして、そして動きが止まる。
 「……カルラの姐さん、貸しておいてくれ。ちょいと手持ちが少なくてな」
 言われたカルラもまた懐に手を伸ばして、
 そして凍りつく。
 「あー、ウルトリィ。少しばかり貸しておいてくれないかしら?」
 視線を隣に。
 トゥルルルルル
 カルラの言葉と同時、ウルトリィの胸元でそんな音が響いた。
 ウルトリィは流れるような仕草で胸元に手をやると、手のひらに乗るくらいの小さな流線型の塊を取り出す。
 それはカパッと2つに開く。その形状のまま、彼女は耳元にそれを近づけた。
 「まぁ、聖上。あ、はい、お客様ですか。すぐに参りますわ」
 「あの、何です、それ?」
 首を傾げながら問うクロウ。
 「お揃いのケータイですわ、それではお呼びがかかりましたので私はこれで」
 言うや否や、ウルトリィは翼をはためかせて大空へと消えて行く。
 唖然とそれを見送るカルラとクロウの横で、いきなりオボロが立ち上がった。
 「! ユズハ?! いかん、それはイカンぞぉぉぉぉぉ!!!」
 さすが最速ユニット。砂煙を上げて彼は城の方へと走り抜けて行った。
 「一体何が……」
 「電波を読めるシスコンかしら?」
 2人は呆然と、小さくなったオボロの後ろ姿を見送った。
 そして、ハッと何かに気付いたように2人は顔を見合わせると。
 ドスッ!
 そんな重たい音が響いたのだった。
 
 
 目を覚ますと、夕焼け空があった。
 「いくら閑だからと言って、日の明るいうちから泥酔は感心しませんよ」
 空の赤の眩しさに目を細めると同時、そう声をかけられる。
 空の見えている視界に覗き込むような形で現れたのは、トウカだ。
 「泥酔?」
 「そうですよ、クロウ殿」
 クロウはズキリと痛む鳩尾をそっと撫でながら身を起こした。
 ここは場末の酒場。
 支払いを巡る攻防で、カルラに不覚を取られて鳩尾に肘鉄を食らって昏倒していたのだ。
 「まったく…」
 彼の隣で溜息を吐くトウカは、店で出されたお茶と茶菓子を手にしている。
 キラリ
 クロウの目が獲物を見つけた野獣のように光ったことに、彼女は気付かない。
 「っと、こうしちゃいられねぇ、大将に怒られちまう! じゃ、あとはヨロシク!」
 「へ?」
 ズビシッ!と笑顔で親指を立てられ、トウカは困惑顔で去り行くクロウを見送った。
 そんな彼女の肩に、店主の手がそっと置かれる。
 「どうかしたか、主人?」
 問うトウカに、店の主人が突き付けたのは請求書。
 そこに書かれた金額を見てトウカは、
 「ぶふっ!!」
 思わずお茶を噴き出す。
 「も、もしかして、それがしが……それがしが払うのか??」
 コクリと頷く主人。
 顔が蒼ざめるトウカ。
 無駄と分かりつつも、懐から財布を取り出して机の上に広げる。
 ちゃり〜〜ん♪
 寂しい音を立てて、銅貨が4,5枚。
 「あぅあぅあぅあぅあぅ」
 店の主人に睨まれる彼女は、まるでヘビに睨まれたカエルのように冷や汗を流すのだった―――

 
 「ううぅぅぅ、聖上ぉぉぉ!!」
 「分かった分かった、アイツらには厳しく言っておくから。な?」
 「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
 結局、保護者(ハクオロ)が呼び出されて泣きじゃくるトウカを引き取ったとか、そんな話。

おわる