一つの出会い
「竜だよ、竜,黒くで馬鹿でかい奴だ。俺っちは何とか逃げてきたがよぉ,ほかのやつらぁ…もう」声が騒がしい店に一際大きく響く。
ガタン,男は立ち上がる。
比較的大規模な山脈系を南に有する街,テーゼ。その街の片隅にある小汚い酒場でのことである。
「おやじ,それはどの辺のことだ?」カウンターから離れた二0代前半であろうか,男は、酒を片手にわめく中年おやじに詰め寄った。
「? 南の山脈越えの街道沿いさ,アンタ、知らないのかい?」赤ら顔で答えるおやじ。
それを満足気に男,身の丈は二mはあろうか、胸鎧を付けてはいるが、褐色の肌の筋肉はそれ自体が鎧かのようだ。幾筋のもの古傷が見て取れる。
「そうか,黒竜か…」うっすらと、その精悍な顔に微笑みを浮かべる。
「なんだぁ? 山越えするつもりだったのか? 遠回りにはなるが麓越えが良いぜ」
「いや、そんなつもりはないんだがな」スポ−ツ刈りな頭を一掻き,男はおやじに背を向けると、カウンターに金貨を放った。
「狩ってきてやるぜ,この血刀デインガルスと一緒にな」振り向く事なく手を上げ、店の扉に手を掛ける。まるで彼の行為に合わせるかのように、腰の大剣が淡い赤い光を放っていた。
「竜…ですか?」白衣の騎士は神父の言葉を反芻する。
テーゼの街の教会。その質素ながらも清められた空気を堪能していた彼は建物の主の言葉に耳を傾けていた。
「聖騎士殿,お願いでございます。来週行われる盗伐隊に是非御参加頂きたい…」
騎士は首をゆっくりと横に振る。それに金色の長い髪が傷一つない白い全身鎧にこすれた。
「一週間も待ってはいられません。それに他人の手を借りるまでもありません。私一人で十分ですよ」決して嫌味ではない、すっきりとした笑顔で騎士。
10代後半の、ようやく大人に見られるようになったような表情には、しかし大きな若い力が見て取れる。
「…そう、私とこの聖剣ジオ・フライマさえあれば十分」
優雅な仕種で彼は立ち上がると、神父に背を向けた。
少女は大きな丸眼鏡をクイクイッと動かす。
手にするのは彼女の身の丈ほどの大剣。
薄暗い,カビくさい店。テーゼの街の中心から少し離れた骨董品屋でのこと。
「…ん,なんだ、まがいもんか」刀身から視線を外して溜め息1つ。
「まがいもんとはなんじゃ,まがいもんとは!!」それに店の主人が激怒した。中年太りの恰幅の良い男,ズカズカと少女に詰め寄り、剣を奪い返す。
「うちの誇る、大騎士グレンマの聖剣,まがいもんとはいってくれるの!」それに少女は再び溜め息,肩の力を落とす。
そしてキッと、店の主人を睨み返した。
「いい加減になさいよ,アンタ! ここにあるの,全部ニセモンじゃないの!!」バッと両手を広げて少女。その瞳には店の主人との歳の差を感じさせない強い意志が宿っていた。
10代半ばであろうか、旅人の装束で、長い栗色の髪を後ろで束ねている。決して美人と言わないまでも、若さ故の活力で漲っている。
「…な、な、な!!」額にひし形を浮かべる店の主人。
「何よ、図星突かれて何も言えないでしょ!」
「…」主人はパチンと指を鳴らす。それを合図にしてか、主人の後ろから傭兵と思われる男たち3人が現れた。
「ふぅん,口封じってコト?」全く動じない少女に、傭兵達三人が囲む。
「やれ!」主人の言葉に、傭兵達の剣が振り下ろされる!
ゲシ!
同心円上に吹き飛ばされるは三人の傭兵達。声を上げる事なく、そのまま壁に,商品棚を破壊して失神する。
「?!」後ずさる主人。
「ったく、無粋な武器をふりかざして…」光を放つ短剣が彼女の頭上に浮いていた。それを彼女は掴んで懐へ。
少女は主人をねめつけ,一言。
「武器を語るに値せず,アンタ、首よ」彼女はそのまま背を向ける。
店の主人がその言葉の意味を知るのは一ヶ月の後だった。
男は山越えの街道,東回りのルートを歩いていた。中腹にきたところで一休み。
日はあと数刻もすれば西の空に沈むだろう。
と、彼は気配を察知!
「あら、こんにちは」男が進む方向から、一人の女性がやってくる。
「…女一人で旅かい?」鋭い視線を向けつつ、男は彼女に答える。
「ええ、治安は良いですから。でもこの道は近頃、竜が出るそうで、怖いわ」微笑み、男に近寄る女性。
それに男はようやく微笑みを浮かべ…
抜刀,一閃のもとに女を肩口から両断した!
「!!!」がっくりと膝を地に付ける女性。
その傷口から白い煙りが上がっている。
「ナ、ナゼ気ガツイタ…」女の口が裂け、白かった肌に鱗が生える。そう、黒い鱗が…
「匂うんだよ,アンタから人間の血のニオイがなぁ」赤い刀身の大剣に舌を這わせ、男は大きく振りかぶった…
騎士は山の中腹に差しかかっていた。神父から竜が出ると聞かされていた西回りの山越えルート。
ギャォォォ!!
空気を引き裂く大型獣の雄叫び。
「来たか」涼しげに騎士は腰の剣を抜く。
キィン,澄んだ音を刀身より響かせて、剣が陽光に光る。
その光を発見してか,竜が騎士の前に舞い降りた。
全身10mはあろうか,黒い鱗の竜だった。
「ヒトリトハ…ヨッポドノ自信家カ…馬鹿ダナ」
「私に仲間は必要ありませんから…」刀身を目線に合わせて、騎士は竜に向かって駆け出した…
「ふみぃ,疲れたぁ」少女は山頂で一休み。かれこれ小一時間は眠っているのに疲れが取れない。
「結局、いい子に合えなかったね」彼女は懐から取り出した短剣に語り掛ける。それに答えるかのように、短剣から仄かに光が灯った。
と、その光が赤く染まる!
「!!」少女もまた、後ろを振り返る!
山頂は東ルートと西ルートの合流地点。
彼女はそれぞれから昇ってくる人影を見た。
そのどちらからも、彼女が捜していた気配を感じた。
強い、無機物に宿る意志の力を!
山頂にたどり着く。
肩に担いだ竜の角を山頂に突き刺す。しばらく休むのも良いだろう。
と、同じように竜の角を置いた一人の騎士がこちらを見ているのに気がついた。
白い騎士,男の苦手な気配を纏った青年だ。
苦手な気配,すなわち神につかえし者、神聖なる気配…
山頂にたどり着く。
肩に担いだ竜の角を山頂に突き刺した。歩き詰めだったのだ,少し休んで行くのも良いだろう。
と、同じように竜の角を置いた男がこちらを見ているのに気が付いた。
大柄な傭兵風の戦士。騎士の苦手な、邪気を纏った男だ。
華奢な騎士とは対照的な男,全てを力で解決しそうな、決して接触することはなさそうな男だ。
二人の男がやってきた。二人はお互いを汚いものでも見るように視線を交わしていた。
そんなことはどうでもいい,見るべきは彼らの持ち物だ。
まず大男の方,彼が持つ大剣は間違いなく、かつての魔王・覇王ガルナーズの愛剣・血刀デインガルスだ!
ありとあらゆるものを血と瓦礫で埋めていく、悪しき魔剣,持ち主すらも、かつての主でもある覇王ガルナーズですらも食らい尽くした伝説の意志を持つ剣…
目を奪われそうになるが、騎士の方からもそれとは反対のベクトルを持つ力を感じる。
騎士の腰に下げている剣は、聖剣ジオ・フライマ!
神のみが振りかざす事ができるという神聖なる剣,その一振りは天地創造の際にも使用されたと聞く…
「ちょっと…どういうこと…」彼女は呟いてしまう。
「どういう…」
「…ことだ」男達もまた、呟く。
お互いの持つ、竜の角を見て…
「竜は俺が仕留めたはずだが」
「私です」
二人はにらみ合う。
ゴゥ!
突風が3人を襲った!
突如、大きな影に入る3人。
「な、何なの? 今度は!」少女は空を見上げる。
見上げなければ良いと思った。
男達も見上げる。しかし彼女程は驚かない。
上空では、体長百mはあろうかという黒い竜が一匹、滞空していた。
竜は二人のそれぞれもつ角を目にする。
「!! オマエ達,私ノ大事ナ二人ノ子供ヲ!! 許サン!!」大きく吐息,黒い炎の海が3人を包んだ!
「…ほぅ」
「この竜が全ての発端でしたか」
「…」
各々、剣の放つ力に守られ、空を見上げる。
「ま、俺一人で十分だな」
「貴方は手を出さないでください,ここは私一人の力で十分!」傭兵の言葉に、騎士は遮る。
「手柄を一人占めされてたまるかよ!」
「私は正式な討伐の命を受けております。部外者は引っ込んでいて下さい」黒炎の中で言い合う二人。
「何やってるのよぉ! 言い合ってないで、何とかしてよ!」短剣を身に抱いて、少女は二人の男に叱咤!
「「誰? アンタ(貴方)」」
「誰じゃないでしょ! ど〜でもいいから何とかして!」結構呑気な二人の男に叫ぶ少女。
「だから俺に任せろってんだよ!!」吐き出される黒き炎から飛び上がる傭兵,その流れの上に乗り、駆け上がるという非常識をやってのける。
「う、うそ…」
「先を越されてたまるものですか!」騎士は剣を一閃,神気を帯びた白い光が黒い炎を勢い良く切り裂いていく!
「でやぁぁ!!」先に竜の元にたどり着いた傭兵は高々と跳躍,竜が見上げる暇もなく、その首筋に大剣を食い込ませる!!
寸発置かず、広い光が竜の顎を砕く!
「ギュォォォォ!!」傭兵を乗せたまま、山の頂上に墜落する黒竜!
「「止めだ!!」」二人の男が剣を振り上げる。
ギィン!!
少女は知った。二本の剣は、完全に男達に仕えていることを。
竜の首を上と下から,二つの剣が交差した…
黒い塵と化す竜を前に、二人の男はにらみ合っていた。
同時に繰り出される拳!
それはお互い開かれ、強く組み交された。
「やるじゃねぇか,俺はジード,傭兵さ」
「私はレイントア、聖騎士です。よろしく」
同時に大きな笑い声。
「ぶえっほっほ!!」黒い塵の中から、何かが現れる。
「ったく、酷いわね!」咳き込みながら現れたのは、先程の少女。
「「誰?」」ハモる二人。
「あのね…ちょっと、二人とも,剣を見せなさい!」言いながら、詰め寄る彼女。
「え…」
「お、おい,てめえ!」ペースの付いて行けなかったのか、無理矢理二人は剣を取られる。
「…やっぱり!」彼女は二振りの剣の刀身を見やり、呟いた。
そして二人をキッと睨つける。
「アンタら,こんな名刀をちゃんとメンテしてないでしょ!」
「「え?」」
目が点になる二人を前に、彼女は懐から小さなハンマーを取り出して…
いきなり剣をたたき出した。
「「何するんだ!!」」
「だまらっしゃい!!」少女の剣幕に踏み出した足を引っ込める二人。
「私は全国鍛冶連名会長,レイア=ショーン! アンタ達の専属鍛冶にさせてもらうから、そのつもりで!」カンカンと景気の良い音を立てながら、視線を向けずに言い放つ少女。
「「…は?」」
日が沈む前,全てが終わる前に、仲間は生まれる…
それはすぐ側に,すぐ近くに,そして突然に現れる。
そんなお話…