今日はツイてない。
  俺の目の前には、明らかに柄の悪い5人ほどの学生の姿。
  「テメェ、ぶつかっといてあやまりもしねぇのかよ」
  定番の言葉がそのうち一人から湧いて出る。
  「出すもんだしな」
  もう1人がニヤつきながら手を俺に出した。
  全く朝っぱらからこれだ、特に俺の学校の奴等はカモにされやすいとは聞いていたが。
  「おい、何とか言えよ!」
  内の一人が、声を荒げて俺の胸倉を掴む!
  ったく…
  俺は仕方なしに口を開いた。
  「テメェラにやる金なんざ、ねぇよ」
  そして…喧嘩が始まった。
  今日は風が強いな,乱闘の中、そう感じていた。



天使のような悪魔に抱かれ



  気が付くと俺は大通りの隅でノされていた。
  まぁ、はっきり言って暴力はキライだ。
  「つつっ!」
  俺は上体を起こす、あちこちが軋むように痛んだ。
  学生服の上からでは分からないが、青痣が至る所に出来ているに違いない。
  と、不意に俺は人影に入る。そんな俺を誰かが見下ろしている。
  「?」俺は不審に顔を上げた。
  そこには同年代の女の子が一人、俺を見つめていた。
  制服から同じ学校のようだが…見たことはない,それが不審に思われた。
  彼女の容貌は少なくとも我が校の男子の間では話題になるレベルのものだからだ。
  烏色の長いストレートを後ろに流し、純日本風な整った面には澄んだ瞳がぱっちりと開いている。透き通る様な白い肌と、全体から発せられる雰囲気は、まるで天使を連想させた。
  そんな彼女が俺を優しく見つめ、形の良いその唇をゆっくりと動かした。
  「アンタ,喧嘩弱いね、っつ〜か、ただのフクロだったけどさ」
  言ってクスクス笑う。
  …前言を撤回させていただきます。
  「モロに腹にくらってんじゃん,ちったぁ受け身とかしてみろよ。そんなだからアッパー一撃で沈むんだよ。それに…」
  つれづれと先程の乱闘を解析、解説する彼女。まるで最初から最後まで見ていたような言葉振りだ。それ以前にその容姿と言葉づかいがあまりに合っていない。
  「見てたんだよ,初っから」まるで心を見透かしたように言う。
  「な…」絶句。
  「だって生で殴り合いなんてあんまり見れるもんじゃないしさ。ま〜、もっともアンタ弱すぎて見世物にもならなかったわ」やれやれと、首をすぼめてジェスチャー。
  その態度がものスゲェムカツク!
  「弱くて悪かったな」
  俺は吐き捨てるように言い放ち、立ち上がる。一度、二度フラつくがなんとか安定。
  学生服に付いた土埃やらゴミやらを叩き取った。
  「何でアイツラに初っから金渡さなかったんだ?」
  問われて俺は懐の財布を見る。中身は…カラッポだった。
  「勝てる訳ないって分かってたんだろ。なら痛い目を見る前に渡しちまった方がなんぼかマシじゃないの?」
  問い続ける彼女を鬱陶しく思い、俺は傍に落ちた鞄を拾うとソイツに背を向ける。
  と、俺の前に彼女は廻り込む。
  「ね、どうして喧嘩したの?」
  ジッと俺を見つめる彼女の瞳には、笑みはあるがからかいの色はなかった。本当に不思議、そんな気持ちがこちらにも伝わってくる。
  「さ、なんでだろうな? 素直に渡すほど、俺は賢く出来ていないってことじゃないのか?」彼女の脇を通り過ぎながら、俺は正直に答えた。
  「ふぅん…」
  納得したのかしていないのか,ソイツはまるでコバンザメのように足を引きつり気味に歩く俺の周りを廻りながら、一人頷いている。
  「で、何処いくの? 学校とは反対方向だけど」
  「フケます」ソイツには向かずに、俺はぶっきらぼうに答える。
  「いけないんだ〜」茶化すように笑いながら、彼女もまた俺に続いた。
  「お前は何なんだよ、学校行けよ」
  「もう授業始まってるもんね,行っても目立つからヤだな」
  「ズル休みはお前もじゃないか」
  「ま、細かいことは気にしない気にしない!」バンバン,俺の肩を叩く。
  なんなんだ? この馴れ馴れしさは??
  と、急に俺の視界にコイツのドアップが映った。
  「で、何処行く?」
  嬉しそうに、聴いてくる。俺は溜め息一つ。
  「金がないから公園でもほっつき歩く」
  「金ならあるよ、ホレ!」
  彼女は妙にクドイ、ヘビの皮製のサイフの中身を物色し始めた。
  「…ええと、10万くらい」福沢さんを10枚、俺に突きつける。
  「くらいって…もしかしてそのサイフ、お前のじゃない…」
  そこで俺の言葉は途切れる。背後に殺気が生れたからだ。
  「ああ、俺のサイフがない!」
  「アニキ! あのガキがアニキのサイフを!」
  後ろからのそんな言葉と近寄りつつある雰囲気。
  俺はゆっくりと後ろへと首を廻し…
  明らかにヤクザと思わしき派手なスーツの男2人がこっちに向って走ってくる!
  「おい、このサイフは…?」
  俺は慌てて目の前の彼女に聞く。
  「さっきすれ違い様に恵んでもらいました」あっけらかんと彼女。
  「そりゃ犯罪だ!」
  「良いんだよ、どうせまっとうな金じゃないんだから。あたしらでキレイに使ってやるのが金に対しての礼儀じゃないの?」
  「どこの世界の礼儀じゃ!」
  再び振り返る。鬼のような形相で迫り来る2人のおやじ。
  これはもぅ…
  俺は目の前の少女の腕を強引に掴み、
  「逃げるぞ!」
  「はいな!」
  「「待てぇぇ!!」」



  「何処行った、あいつら」
  「アニキ、そろそろ時間ですぜ」
  「…仕方ねぇ」
  言い合いながら2人は去って行った。
  2人がそう話していたのはとあるゲームセンターの前。
  そしてその中には…


  「はぁはぁはぁ…」俺は荒い息で手を膝に付いた
  「楽しかった?」対するこいつは息切れ1つしていない。
  「楽しい訳ないだろぉぉ! 何考えてんだ?! 捕まったら殺されるぞ!」
  「大丈夫大丈夫,指の2,3本持って行かれるだけだって」
  「おいおい…ともかくしばらくここで身を潜めよう」
  言って俺は見渡す。ごく普通のゲームセンターだ。
  「ゲームするの?」
  「ああ」付いてくる少女に適当に答えると、俺は筐体の1つに腰掛ける。
  お得意のストリートファイターシリーズ,俺はコインを投入、やはり得意のリュウを選択。
  『Round 1 Fight!』
  トカカカカ…
  『You Win』
  「ふぅん、結構上手いんだ」後ろからそんなソイツの声が聞こえてきた。
  「まぁね、小さな大会くらいは優勝したことあるぜ。電撃のリュウ(自称)とは俺のことさ」
  トカカカカ…
  『You Win』
  その間にも、俺はCOM相手に連勝を重ねて行く。
  と、画面が急に止まった。
  『Here Come A New Charenger!』
  挑戦者か,相手は…
  「初めてなんだ。楽しいのかな、こんなの」
  その声はアイツだった。
  「楽しいから、皆はやるんだろ?」
  「ふぅん、それは分からないな」
  何だか良く分からないことを言いながら、彼女はザンギエフを選択。
  『Round 1 Fight!』
  トカカカカ…
  「やるな」
  トカカカカ…
  「むむ…」
  トカカカカ…
  『You Lose!』
  『Perfect!』
  つ、つよい…
  「先の見えている勝負なんて、つまんないよ。そう思わないか、アンタは?」
  いやに冷めた彼女の声が、ゲームのBGMに沿って俺の耳に深く深く届く。
  『Round 2 Fight!』
  第2ラウンドが始まっても2つのキャラは動かない。
  当然だ、俺達はすでに機体から離れている。
  「先の見えている勝負か,俺も言われたもんだな」苦笑せざるを得ない。
  「違うよ,そういう意味じゃない。勝っても負けても、痛くもないし、ただそれだけってコト」
  「??」相変わらず言っていることが良く分からない。
  俺は改めて彼女を見る。
  そのまま見た目で出せば、どこぞの令嬢と言っても誰も疑わないだろう。それに伴なう気品が漂っている。
  しかし、どこか、いやかなりズレた感覚のお陰で外と中身はかなりアンバランスだ。
  そして俺と同じ高校,ますます聞いたことがない。もしかして転校生とかなにかか?
  「なぁ?」
  「なに?」
  「お前、誰だ?」
  俺の言葉に、彼女はきょとんと俺を見つめ…
  「あっはっはっは、ひぃっひっひっひ〜!!」
  爆笑した。目から涙さえ流れている。
  「そこまで可笑しいのか?」怒りよりも、ここまで笑われると頭の回線が切れたんじゃないかと心配すらなってくる。
  「い、いえ、ね。ふぅ〜」
  他の客の怪しげな視線をもろともせずに、彼女は一息ついたのか、俺に向き直る。
  「もしかして、アンタ。あたしに惚れた?」
  「はい?」
  「だってそれって、あたしに興味持ったってコトでしょう?」
  「ヤクザのサイフをスるような奴、惚れる訳ねぇだろうが」呆れて言い返す。
  「そう? アンタは予測できる奴が好きなの? そんなマニュアル通りな退屈な奴が好きなの? そして…そんな奴になっちゃうの?」心底不思議そうに、聞き返してくる。
  「あたしは嫌だな、分かる奴ってさ」
  「? それってどういう…」
  「それより、あたしの名前,ね。そうだな…悪魔ってことにしておくかな。だから名前はないんだ」
  「悪魔ぁ?」何言い出すんだ?
  「アンタをトコトン不幸にしちまう、悪魔ってコトさ」
  「確かに不幸に…」
  と、俺の口を彼女は指で塞ぐ。
  無言で視線をずらせと告げる。
  彼女の言う方向へ視線を向けると…
  ガラの悪そうな中年が、やはり学校に行っているはずの歳頃の少年に何かを手渡していた。
  2人の行動は丁度ここから以外は死角になっている場所。
  そして少年の手に渡ったものは…何かを包んだ薬包紙?
  明らかに怪しげな取引現場だ、もっともこういうものは日常茶飯事で行われているかもしれないけど。
  「おい…って?!」
  いつしか少女の姿はなくなっていた。
  次の瞬間、売人らしき中年に彼女の飛び蹴りが決まっていた。
  「んな?! 何すんだぁ?!」いきなりな展開に、俺は馬鹿みたいにあんぐりと口を開いていた。
  続けて少年に強烈なブローをお見舞いしていたりする。
  拍子に少年の手から薬包紙が離れ、微量の白い粉が散った!
  “予測できる奴が好きなの?”
  「加減ってもんがあるだろぅ!」
  俺は我に返る。
  彼女は中年に羽交い締めにされているところだった。飛び蹴りはあまり効いていなかったか?
  俺は既に飛び出していた。そして…
  「動くな! 警察だ!」
  咄嗟に放った言葉,中年の動きが一瞬、止まる。
  彼女はその瞬間を見逃さなかった。後ろ向きに金的一撃,束縛を解く!
  「ナイスフォロー! 全然警察っぽくないところがグット!」
  「んなこと言ってる場合か!」俺と彼女は並んで逃走。
  「くっそ,ま、待ちやがれ!」しかしながら股を押さえながらも追い駆けてくる中年。
  ふと後ろを振り返る。
  追い駆けてくる中年のスーツの懐に、一丁の武器が見えた。
  「逃がさねぇ!!」
  怒っていらっしゃる,当然だが。
  俺達はゲームセンターの裏口を飛び出す,業務員用のその扉のノブに、近くに立てかけたあった木材をはめ込む。
  これで少しは時間稼ぎが…俺は周囲を見渡す。
  狭い路地裏。と、少し離れたところに一台の小型トラックが止まっているのが見えた。
  「よし、あのトラックの荷台に逃げ込むぞ!」
  「近すぎない?」
  「灯台下暗し!」
  運転手に気付かれない様、俺達は小型トラックのコンテナを開け、荷台に乗り込んだ。
  内側から扉を閉める。
  ドガン!
  そんな音がすぐ後に聞こえた。おそらく売人のおやじが扉を破った音だ。
  「ちくしょ〜何処行きやがった!」
  叫びが聞こえる。
  「どうした?」
  「あ、アニキ?」
  低い、何処かで聞いたことのある声に売人の声の調子が変わった。
  「いえ、どこぞのガキにブツを台無しにされまして」
  「お前もか,俺もさっき変なガキに財布をスられてよぉ」
  おいおい…
  「一度ここいらを締め直さないと行けませんね」もう1つの声だ。
  「さ。もう時間だ。行くぞ」低い声。どうやらリーダー格のようだ。
  「「へい」」
  ガチャン
  車の扉が開く音が聞こえた。そして…
  ブロロロロ…
  動き出すトラック。
  俺はゆっくりと少女のいる方向に振り返った。
  薄明かりの中、まだ目が慣れていないんので本当にそこにいるかどうか分からないが。
  「新展開だねぇ」何処か楽しそうな、そんな答えが返ってきた。
  「呑気だな」
  「呑気じゃないよ,今を感じてるんだよ。アンタは感じない? 今をさ」
  「はぁ?」
  やっぱりコイツは訳分からない。ただ一つだけ言えることがある。
  今日はツイてない。



  ゴゴン、キィィ…
  ようやく車が止まった。30分くらい揺られていただろうか?
  俺は懐から携帯電話を取り出す。黄色い灯かりがウィンドウから漏れる。
  携帯のアンテナは…立っていない。圏外か。
  ふとあのゲームセンターを中心とした周囲の地図を頭の中に描いてみた。
  車で30分の圏外…この御時世、圏外というなら山か森、そして海くらい…
  頭の中の地図には後者しか該当するものがない。
  …コテコテの展開になりそうだな。
  ガシャガシャン…
  ヤクザ三人衆が車から降りている?
  「おい、起きてるか?」
  闇に慣れた目で、俺は彼女に尋ねる。
  「ううっ…」
  良く見ると寝ていた。ある意味で感嘆に値する。
  もしかして現状を把握していないんじゃないのか?
  「おいってば!」
  ぺちぺち,その頬を軽く叩く。
  「ん…?」
  ようやく目を開く。
  「起きたか?」
  彼女はきょろきょろ辺りを見渡し、そして俺を凝視。
  「惜しいね,オニイサン。あたしを襲う絶好のチャンスだったのに」
  「…現状把握、してる?」どっと疲れが出てきた。緊張がそがれる。
  「もち。さて、どうしたものかね」
  言って彼女はコンテナの壁に耳を付けた。意図を理解し、俺も同じく壁に耳を付ける。
  そう、外の声が聞こえるのだ。


  「約束の金だ」
  リーダー格のヤクザの声。
  「イツモニコニコゲンキンバライ,アナタタチハシハライガタシカデウレシイヨ」
  ?? 外人だろうか? たどたどしい日本語だ。
  「こちらも最高級のヤクを確実に頂けて嬉しい限りだ」
  「「?!」」
  さすがに硬直する彼女と俺。
  これって…
  「よくドラマなんかである取引現場ってやつ?」ワクワクしながら尋ねてくる彼女。
  まるで子供のようだ,絶対に現状把握してないな…
  「ブツは荷台に乗せてくれ」
  「おーけーヨ」
  「ヤバイ!」
  俺は立ち上がる,同時に彼女も立ち上がった。
  「開き次第、ね」
  「ああ、気を付けろよ」
  ガチャリ…外の光に目が眩むが、俺は現われた2つの人影の内の1つの頭を蹴り上げて飛び出す!
  「ゲフ!」
  「うがぁ!!」
  2つの悲鳴が背中で聞こえた。
  「ナンデスカ?!」
  「ああ、テメェラ!!」
  そして2つの声。
  「こっち!」
  俺は腕を引っ張られた。
  パキュン!
  俺のいたところの地面が抉られる,撃ってきやがった!
  俺と彼女は物陰に身を隠す。
  ようやく目が慣れてくる。ここはどこかの倉庫のようだ。小型トラックが一台入っても十分の広さがある。
  そして敵の数。
  俺達が昏倒させた2人のヤクザにそのボス格,そして取引相手の中国系らしいスーツ姿の男達やはり3人。
  「あらら、まずいわ。とんでもないもの持ってる」
  「え?」
  彼女の言葉を聞くその前に、
  バラララララ!!
  「うわぁ!」
  俺は慌てて身を低くする。
  ドササ!
  俺達の身を隠す荷の袋が破れ、中から白い粉末が零れ出す。
  「小麦粉…か」
  ここは小麦粉の倉庫のようだ。
  「サツか? お前等!」叫ぶヤクザ。
  改めて俺は敵を見る。
  中国系の内の一人が小型マシンガンを手にしていた。ここは治外法権か?!
  「まずったね,これは」
  「これ、渡しとくよ」
  言って隣の少女は俺に鉄の塊を手渡した。
  「?! 銃?!」
  「さっきコンテナから飛び出した時、ヤクザの懐から、ね」微笑む。あの瞬間にそこまで出来るとは…
  「でも俺が持つより…」
  「結局、あたしがアンタをここまで巻き込んじゃったから。自信ないけどアンタは必ず生かして返すよ」
  俺の言葉を遮って彼女は言う。
  「あたしはやっぱり悪魔だな」自虐的に微笑む彼女。初めて見る表情だ。
  はっきり言って、コイツにはして欲しくない顔だ。
  「そうだな、悪魔だ」
  銃の安全装置を外して俺は言う。
  “予測できる奴が好きなの?”
  「悪魔なら悪魔らしく、最後まで俺を不幸にしてくれよ」
  「え?!」
  パンパン!
  俺はヤクザ達がいるであろう,方向に向って銃を撃つ。当たるなんて思っていない。
  「くそ、あいつら銃もってやがる!」
  そう、警戒させることが出来ればそれで良い。
  俺は積み上げられた小麦粉の袋に体当たり,もともとバランスの悪かったそれらは向こう側に倒れる!
  「小僧どもが!」
  「ウテウテ!!」
  袋が破れ、小麦粉が次々と床にばら蒔かれる。
  「煙幕のつもりか!」ヤクザの声。しかしうまくばら撒かれていないので煙幕にはなっていない。
  「どうするつもり?」今まで通り何処か楽しげなモノを内に秘めた表情で、彼女。
  「俺はやつらの目を引きつけておく。お前は何とかして向こう側に走って大扉を開けるんだ」
  俺は反対方向にあるトラックの入ってきた閉じられたシャッターを指差し、彼女に銃を手渡して言った。
  「開けたら中に向って一発撃ってやれ,いいな!」
  彼女から離れ、俺は他の小麦粉の列に体当たり,再び倒す。
  「どういうこと?!」走りながら、彼女。
  「予測できちゃ、つまんないだろ」
  「…ごもっとも」
  ズズン
  三度、積み上げられた小麦粉の袋が倒れた。積み方がいい加減だったのだろう,この時ばかりは積んだ奴に感謝しなくては行けない。
  パララララ!!
  「うわ!」
  マシンガンの銃痕が小麦粉の袋に白い穴を穿つ。
  「倉庫を小麦粉まみれにするつもりか,小僧!」
  パンパン、こちらはヤクザだ。
  「その通りさ、おっさん!」
  ドドドドッ
  これだけ散らずと小麦粉がさすがに倉庫に薄く舞う。だがこの濃度では駄目だ。
  しかし彼女がヤクザ達の背後の大扉に廻っていることをカモフラージュすることには一役買ったようだ。
  「イイカゲン、ホンキデシマツシナサイ,オマエタチ!」
  「「ハッ!」」
  中国系リーダーの命で、2人の黒スーツが中腰で動き始める。
  パララララ
  パララララ
  両側から追いつめるように、マシンガンの弾道が俺の逃げ場を削いで行く。
  パララララ!
  「ヤバ!」
  目の前に現われた黒スーツに、俺は身を横に投げる!
  「ちぇっくめいと」
  「てこずらせやがって」
  運悪く、ヤクザと中国系ボスの前に出てしまった。銃を突き付けられ、俺は両手を挙げる。
  と、ヤクザの表情が曇る。
  「小僧、銃は何処に持っている? それに小娘は…」
  ゴゴゴゴゴ…
  その時だ,入り口の大扉が開いたのは。
  扉の向こうからは真昼の日の光,港と大海原,そして…
  ゴゥ!
  海からの強い風が、倉庫内に吹き込んだ! もともと風の強い今日,さらに気圧も低めであることも手伝い、風が中で荒れ狂ったのである。
  それによって小麦粉がさながら煙幕のように倉庫内に舞い上がった!
  「な、なん…」
  俺は驚くヤクザと黒スーツの間を駆け抜けて入り口を目指す!
  「撃て!」
  入り口には彼女の姿。銃口をこちらに向けている。
  「コゾウ!」
  俺の後ろ姿に銃口を向ける黒スーツ。
  「イカン、撃つなぁぁ!!」全てを察したヤクザの悲鳴。
  「「?!」」それにうろたえるは黒スーツ達。
  「じゃ、撃つわ」
  ガウン!
  彼女の銃口から、一発の弾が倉庫内に飛び込んで行った…
  走る俺
  驚愕のヤクザ
  把握しきれない黒スーツ達
  そして…
  ごうぅぅぅぅん!!!
  倉庫内を焼き尽くす大爆発が、起った。
  可燃性の粒子が一様に散らばった際、発火させると連鎖的に燃焼が起こる。
  それを粉塵爆発と言う。
  俺は背中に爆風を受けながら、入り口に向ってその身を投げ出す!
  銃を構える少女の、外からの逆光と後ろから吹く風になびく黒髪が、爆発によって全て180度反転したその瞬間に、浮かべた彼女の驚きに満ちた表情で、俺は十分満足だった。
  我に返り、俺に駆け寄る彼女。背中に付いた炎を払い、俺を抱き起こす。
  「無茶するね」苦笑する彼女。
  「俺は予測できる奴か?」
  炎を背後に感じながら、俺は彼女に呟くようにして尋ねていた。
  「ど〜かな」クスリ,微笑む。
  燃え盛る倉庫の炎にその整った面を赤く染める彼女を、俺はその腕の中で見上げる。
  赤と白のコントラストが天使のような美しさを持つ彼女の魅力を怪しく引き立てている。
  「天使のような悪魔…だな」
  「それって誉め言葉?」
  「ど〜かな」
  俺は彼女の腕の中で抱かれながら、次第に意識が遠退く。
  “予測できる奴が好きなの?”
  今までは、好きだったのかもしれないな。



  翌朝の新聞一面を飾ってしまう事件に遭遇した俺は、普段通りに登校していた。
  あれから俺は適切な応急治療を受けた形で倉庫の隅に寝かされていたそうな。
  なお、大火災にもかかわらずヤクザ、マフィアとも存命で今後は警察病院できっちり絞られて行くことだろう。
  しかし…
  そう、しかしあの少女とはそれっきりだ。警察が駆けつけた時には姿も何もなかったという。
  もしかして、本当に悪魔だったのかもしれない。
  いや、そんなバカな、ね。
  ドン、何かにぶつかった。
  「?」
  俺の目の前には、明らかに柄の悪い5人ほどの学生の姿。
  「テメェ、ぶつかっといてあやまりもしねぇのかよ」
  定番の言葉がそのうち一人から湧いて出る。
  「出すもんだしな」
  もう1人がニヤつきながら手を俺に出した。
  …昨日と同じじゃないのか? これは。さらにメンバーも同じのように見える。
  「おい、何とか言えよ!」
  内の一人が、声を荒げて俺の胸倉を掴む!
  ったく…
  俺は仕方なしに口を開いた。セリフは昨日と同じ…いや、待て。
  それはつまらない。
  俺は左足を思い切り振りかぶり…
  「?」
  「金ならくれてやるよ!」
  ガッ!
  「?!」
  胸倉を掴んでいた奴の股間を蹴り上げた! ソイツはそのまま泡を吹いて後ろにぶっ倒れる。
  「うわぁぁ!!」
  「なんでエゲツねぇことするんだ! お前も男ならこの苦しみは分かるだろ!?」
  まぁ、分からないでもないけど…
  先手必勝!
  と、俺の腕が後ろに掴まれた。そして引っ張られる??
  フワリ,その時、風向きが変わった。
  俺の鼻に、長い髪が一房、かかる。
  引っ張られる方向に振り返る。
  そこには…
  「多勢に無勢,じゃなくて?」
  悪魔、降臨。
  「ほんじゃまぁ」
  「逃げましょう!」
  顔を合わせ、微笑み合う。
  「「待ちやがれぇぇ!!」」
  俺達は追われながら、揃って駆け出した。
  今日も明日も明後日も、どうやら予測できそうもない。

To Be Continued...??