スパイラル ネメシス


 「どっせい!」
 気合い一閃、イノシシのような魔物の巨体がまるでボールの様に宙を舞い、壁に激突!
 ぴくぴく痙攣したままやがて動かなくなった。
 「さて、さくさく進むぜ」
 「や〜ん、スカートに汚れついちゃったぁ」
 「…生温い」
 各々、勝手な事を言い放つ3人の人影。彼らがこの魔物を倒したらしい。
 彼らは魔物の屍に振り返る事もなく、道の先を進んで行った。
 先頭を行くは若い男,年の頃は20ほどであろうか、全身から活気が漲る若者だった。動きやすそうな布地の服装には護符であろうか,ルーン文字の刺繍が至る所に見受けられる。
 その後には隻腕・隻眼の中年男。無精髭を気にする事もなく左手に抜き身の太刀をぶら提げて前の若者を追う。
 前の彼と同じくその姿格好は軽く、簡単な羽織に袴を履いているだけだ。そのいでたちからして異国の騎士,侍と呼ばれる職に就いていた者だろう。
 そして最後にスキップしながら続くのはやはり軽装の女の子。歳はまだ10かそこらではなかろうか,あどけない笑みがあからさまにこの場に似合わない。
 だが肩から腰にまで巻いたホルスターには大小およそ10にも上る小刀やナイフが巻きつけられており、さすがにピクニックに行くつもりではない様だ。
 もっとも心構えはピクニックと大して変わりないかもしれないが。
 彼らがいるのは『真実の塔』。
 魔境と呼ばれるイスメディアの遥か奥に在る、魔物の巣くう50階建ての塔だ。
 この最上階には…
 「何でも望みが叶うなんて、ほんとかね?」
 先頭の若者がそう愚痴った。
 現在およそ35階。塔に潜入してまだ3時間しか経過していないことを考えると脅威的なスピードで登っている事が分かる。
 「ほんと〜よ、ウェンリー。わたし、聞いたんだもん」妙に間延びした声。最後尾の少女が頬を膨らませて言った。ウェンリーと呼ばれた青年はそれに苦笑する。
 「だがよ、そういうのって大抵は何か代償を要求するもんなんだぜ? 例えば『汝の愛する者の命』とかさ。そういうのお前にはあるのか? さくら」
 青年に言われて、最後尾の少女・さくらは唇に指を当てて考える。
 「へぇ…ウェンリーの命かぁ。ま、いいや」
 「俺かい!」思わず叫ぶウェンリー。
 「そもそもお前の望みって何なんだ?」
 大きく溜息を吐きながら、彼は目の前の扉を開く。
 すると上へと続く今回35回目の景色が広がっていた。
 「えとね、先週の火曜日、金ちゃんの出てる連ドラ見逃しちゃったの」あっさり言うさくら。
 ”俺の命と連ドラの一回が同等なのか!?”
 僅かに頭痛を感じつつ、ウェンリーは階段を上る。
 「なぁ」ふと、真後ろを振り向いた。
 そこには愛想の悪い中年剣士の姿。
 「腐丸は何が欲しいんだ?」
 「………」
 無言、やがて
 「クックク…」不気味に小さく笑い出す。
 ウェンリーは肩を竦めて前を向いた。
 36階の扉が、あった。
 「行くぞ、気を付けろよ」
 ノブに手をかけ、ウェンリーは後ろの二人を振り返る。二人は小さく頷いた。
 バン!
 開けるとそこは、大広間。
 ギロリ
 寝そべる巨大な竜と目が合った。
 「切る切る切る切るぅぅ!」飛び出すは中年剣士・腐丸。
 「ああ、もぅ! Devide!」呪を一言叫び、ウェンリーも後に続く。
 竜は鎌首をもたげる。
 腐丸の凶刃が煌く!
 ゴゥ!
 炎の吐息,腐丸はその炎に飲み込まれた。
 斬!
 吐息をぶった切る腐丸!
 チリチリと彼の長い髪を焼く竜の吐息。
 生きとし生ける者を全て灰へと変える灼熱の吐息は腐丸の生命を止める事は出来はしなかったが、少なからずのダメージを負わせる事は出来た様だった。
 「勝手に一人歩きしやがって!/まぁ、こうなると思っていたがな」
 それを見届けた一つと二つの声。
 直線攻撃である炎の吐息を逃れたウェン/リーは各々処理を実行する。
 『Devide』
 意識を別個の二つの人格に分割,同じ意識テーブル上で個々に処理する事で一人で二人分の処理が可能となる、特秘の術。
 ウェンリー=ツインハートは魔術師・ウェンと格闘家・リーとに意識を分割する事で近接魔法格闘士ウェン/リーとなることが出来る。
 もっともこの術の施行に当たっては前もっての大掛かりな施術が必要であり、素質がない者に行われると自我が崩壊,廃人と化す為、禁忌とされている。
 ウェンリー曰く、『心が広くて大らかな人間しか使えないのさ』だそうだ。
 ともあれ、ウェン/リーは疾走、一気に竜との距離を縮める!
 「ショートカッツ,オープン:エンチャントウェポン/はぁぁぁ!!」
 魔法と気合に、青年の拳が青白く光り出す。
 「ぐぉぉぉ!」
 竜が向かい来る彼に向かってそのあぎとを大きく開いた,炎の吐息。
 「ふぇんりる〜!」さくらの叫び。
 彼女の胸のホルスターから抜き出された白い刀身の小刀。
 冷たい魔力に包まれたその刀身から、まるで弾丸の様に一匹の獣が飛び出し竜の首筋に食らいついた!
 氷の魔狼フェンリル。
 「がふぅ!」炎の吐息が途中で止まる。
 「がぁぁ!!」続くはまるで地の底からの叫び声。
 どふぅ!
 重い音が竜の腹に響く。
 「腐丸!」
 太刀が竜の腹を裂いていた。
 タン!
 ウェンリーが宙に舞う。着地点は…竜の頭。
 「エクスプラウド!/はぁ!」
 気合い一閃。
 竜の額に突き立てられた拳は、その頭もろとも粉々に粉砕していた…



 「ダメだよぉ、腐丸ぅ〜。いくら自分の体じゃないからってこんな無茶しちゃ!」
 コツン,さくらは腐丸の提げる抜き身の達の刀身をこずいた。
 そんな彼女の傍らには、氷の魔狼がまるで犬のように寝そべっている。
 対する腐丸は…無言。
 「ええと、治癒のナイフは…と」彼女はホルスターのナイフの一つを取る。
 そしてフェンリルの頭を軽く撫でた。
 「ありがとね、また遊ぼう」先程、戦闘中に抜いた小刀を鞘に戻す。
 「クゥン…」小さく鼻を鳴らし、フェンリルは虚空へと消え去った。
 さくらは治癒のナイフを抜く。
 柔らかな光が、辺りを満たす。
 「治癒のおねぇさん、このおっさんを治してあげて」
 そんな柔らかな光に何を見るのか、さくらはそう語りかけた。
 途端、腐丸の火傷は癒してゆく。
 さくら=ぷろじぇくと,それが彼女の名だ。
 太古より存在し、今も生み出される魔法品物と心を通わせることの出来る少女。
 元々はどこかの研究機関で生み出されたホムンクルス,実験生物であった彼女は、マジックアイテムの『心』を知るというその研究を見事成功させた魔法生物だったが、現在は逃げ出すか何かしたのだろう、ここにこうしている。
 彼女の身につけた数々の魔法の品は売れば城が3つでも4つでも建つほどの価値はあるが、しかし彼女自身を売ったとすると人生100回豪遊してもまだまだおつりが来るほどの価値があるそうだ。
 対する腐丸。
 彼の本体はその太刀。
 妖刀『腐丸』。意志を持つ邪悪な魔剣。次々に宿主を変え、行く先々で人を切る妖しの刀。
 長く封じられていたこの刀は何がどうあったか分からないが封を破り、この現世に復活した。
 しかしながらその際奪ったこの肉体,彼の封印を監視する倉庫番であった男らしいが、彼の強靭な意志で腐丸を自らの肉体から出られなくしていると、ウェンリーは聞いている。
 縛り、縛られ今の拮抗状態。妙な事だ。
 「さて、行こうぜ」
 腐丸の傷か癒えたのを見届けたウェンリーはゆっくりと立ち上がる。
 「ああ…」
 「ん!」
 3人は竜を踏み越え、次なる扉へと向かって行った。



 そんなこんなで向かい来る魔物をちぎっては投げちぎっては投げ、
 辿りつけば最上階。
 部屋の中央には輝ける石が光を鼓動の様に点滅させて浮き上がっていた。
 それを護る様にか、金属性の円が石の廻りをぐるりを囲んで回転している。
 「おい、腐丸,あれか?」
 「知らん」
 「きっとあれだよ、ウェンリー」
 ぼそぼそと呟き合いながら、3人は部屋の中央へと近づいて行った。
 と、声が響く。
 「よくぞここまで辿りついたな、人間達よ。我は真実の石、人の望みを叶えしモノ」
 腹の底から響く重低音。
 「偉そうな声だな」
 「そ〜だね〜」
 それに返る来訪者達の反応。
 「……」
 沈黙にやや怒りを感じたりもする。
 「………望みを何でも、一つだけ叶えよう」言葉と共に石の点滅が起こる。
 3人は顔を見合わせ、ニンマリと微笑んだ。
 「モテモテになりてぇ」ウェンリーが元気良く。
 「備前の研ぎ石」憮然と腐丸。
 「先週の金ちゃんの連ドラぁ!」ビデオリリースを待てよ、さくら。
 三者三様の望みに、輝ける石に希望をぶつけた。
 「…しかし! 代わりにお主達が持つ『希望』という概念をいただこう」
 「「「?!」」」
 代償条件に、3人は3度顔を見合わせた。
 「さぁ、どうする?」
 真実の石は問う。
 一瞬の沈黙が、落ちた。
 「いいか、皆?」ゴクリ、ウェンリーが一つ、息を呑む。
 「ああ」頷く腐丸。
 「うん、分かってるよ」小さく笑ってさくら。
 「では、希望と引き換えに望みを…」石から響く声。
 「「「せぇの!」」」
 「?!」3人の態度に、硬直する真実の石。
 キィン,腐丸の太刀が、
 さくらのフェンリルとイフリートが、
 そしてウェンリーの拳が、
 ちゅど〜ん!!
 「うぎゃぁぁぁ!!」

 真実の石に炸裂した。
 装飾も何もかもが吹き飛ぶ中、真実の石は弱々しく宙に浮かんで光を放つ。
 「何故だ…」
 石は問う、全く理解できないものを前にした様に。
 「希望がなけりゃ、望みなんて叶ったって嬉しくないんだよ」
 パン、拳を打ち鳴らしてウェンリー。
 「望みを叶えて、新しい希望が生まれるんだもんね」
 笑みを浮かべながら二振りの小刀をしまい、さくら。
 「望みを叶えれば新たな望みが生まれる…それは希望から生まれる」
 パチン,白光放つ切身を鞘に収める腐丸。
 3人は鼻でそう笑って、今まさに砕け散らんとする賢者の石に背を向けた。
 「モテモテになったって、次にあの娘とこうしたいっていう希望がなけりゃ、意味ないじゃん」
 「うぁ、ウェンリーってばそんな事考えてたの!?」
 「う、ウルセ〜!」青年は顔を真っ赤にしてさくらの頭を小突いた。
 「強欲な者どもめ!」罵声が3人の背に飛ぶ。
 3人はそんな声の主にクルリ,再び振り返った。
 そこにあるのは同じ表情,満足げな笑顔だ。
 「はん、そりゃそうさ」
 「我々は…」
 「冒険者だもん!」
 「んな!」賢者の石の声が途切れる。
 「冒険者は常に自らの望みの叶え、希望に向かって走るのさ」
 「くっさ〜、ウェンリー」鼻を摘んでさくらは茶化す。
 「だが、我もそう思うぞ。だから進化する」チャキ,腰の太刀を鳴らして腐丸がその髭ヅラを歪めた。
 ウェンリーはビッ,賢者の石を指差す。
 「人間は結局の所、みんな冒険者さ」
 「だから、お前を壊す」
 「いらないもん」さくらは石に向かってアカンベー。
 賢者の石の光の点滅が止まる。
 そして…
 ピシィ
 甲高い音がフロアに響き渡った!
 砕け散る賢者の石。
 中から溢れ出す光の奔流。そして豪快な笑い声。
 「ふふふ…はぁっはっはっは! 気に入った、気に入ったぞ、お主達! 2000年も姿を変え生き長らえてきただけの価値はあったわい,このような余興、味わえるとわな」
 「フン…」腐丸は苦笑。
 「余興じゃないよ、石のお爺さん?」光に飲み込まれながら、さくらが底のない笑顔で答えた。
 「俺達は、いつだって本気で生きているのさ」光に背を向けるウェンリー。
 「…なるほどな。2000年早くお主達に会えていたならば、わしもまた楽しかったろうにのぅ。ともあれ、さらばだ。みやげにこれをやろう!」
 そんな老人の満足げな声を聞きながら…
 3人は光の中へと消えて行った。



 気が付くと3人は塔の外,入り口に立っていた。
 そしてそれぞれの手には小さな包みが一つづつ。
 「何だ? こりゃ?」ウェンリーは包みを開ける。同じように残る二人もまた包みを開けた。すると…
 白い三角形のモノが3つづつ。
 「おにぎり…」呆然とウェンリー。
 「たくわん付き?」嬉しそうなさくら。
 「冒険者はその日の食があれば幸せ…か」苦笑いの腐丸。
 ガッ…ウェンリーは両膝を地面に付けて肩の力を落とす。
 「くそぉ…せめて…せめて」
 「せめて?」ウェンリーに駆け寄り、心配そうにさくらは尋ねた。
 「せめて、味噌汁くらいは付けろぉ!!」
 青年の叫びが魔境に木霊したそうな…

END