夕暮れに落ちる冒険者
「貴方方、冒険者ですね?」
「さてどうかなぁ?」
そんな即答に、しばし四人の間に沈黙が走った。
ここは魔境として名高いイスメディアの地より西へと向かった閑静な山奥の村・リゲイン。
ちょっと遅めの朝食を摂っている3人の冒険者風の旅人達に、恰幅の良い中年男が声をかけたと言う,ありきたりなシチュエーションであった。
そのありきたりが単に嫌だったのだろう、桜色のふわふわっとした髪を持つ少女がにこにこしながら答えたのである。
ぺし!
「痛ったい! ど〜して頭叩くの、ウェンリー?!」
「なにかお困りの様ですね?」
少女の非難を全く無視して軽戦士風の青年は中年の男に空いた席を勧めた。
男は少女に戸惑った視線を投げつつも、円卓の丁度空いた一つの席に腰掛ける。
「我等に何の様だ?」
お茶を一啜り、遥か東国の衣装を纏ったサムライと言う言葉しか思い浮かばない、無精髭の隻腕・隻眼の中年剣士が先を促す。ギラリ、眼光が光っている。
しかしながら中年の男はそんな彼の視線を割と平気に返し、言葉を始めた。
「ええとですなぁ、私はこの村を本拠に先祖代々商人を営んでおりますユンケルと申します」
「俺はウェンリー=ツインハート」
「さくらだよ!」
「腐丸だ」
ユンケルは一人一人視線を移して確認する。しかしどうしても幼い少女に過ぎないさくらには首を傾げている。
「お嬢ちゃんも…冒険者なのかい?」納得できないのか、はたまた役立たずに金は払いたくないのだろう,ユンケルは尋ねた。
「うん!」元気いっぱいに彼女は返事。拍子にフォークに刺さっていた卵焼きが皿の上に落ちた。
「さくらはね,この中で一番強いんだよぉ!」自信満々に宣言。ユンケルの顔色が疑問から当惑に変わる。それにウェンリーは苦笑いして続けた。
「ユンケルさん,人は見た目で判断しちゃいけない、っていうのは商人である貴方には説明要りませんね?」
「確かにその通り」指摘され、彼はにっこり笑って話を続けた。
「さて、本題には入らせていただきます。まずはこれを…」
ユンケルは懐から一本の古文書を取り出し、机の上に…
机の上はさくらの食い散らかしがすごかった。
閑話休題
「これを御覧下さい」
片付けたテーブルの上に、彼は古文書を広げる。巻物であるそれは長い年月を経たのだろう、黄色に変色し、所々剥げ落ちていた。
中身はこの周囲の地図の様だ。中心に大きな木が立ち、そこに星印がついている。
「これは?」ウェンリーが問う。
「私の5代前の祖先が己の趣向を凝らして作り上げたとされる宝物の隠し場所を記したものです。昨日、倉庫を整理する折に出てきまして」
「たからぁ!」騒ぐさくらの頭を今度は腐丸が軽くこずいて黙らせた。
「先祖様は偉大な商人で、かつ高名な魔術師だったそうです。そんな彼が作り出した宝物,私が直接取りに行きたいのは山々ですが、仕事がどうも忙しく…そんな折に貴方方を見かけましてね」
「代わりに取りに行ってもらいたいということだな」
腐丸の陰湿な雰囲気を帯びた言葉に、ユンケルは頷いた。
「魔術師の罠満載かもな…やるやらないは報酬次第だね」
ウェンリーは笑顔で、しかし抜け目ない笑顔で商人に言う。
「そうですね、一人あたり500Gで如何でしょう?」
「1000は欲しいな」
「高い! それは取り過ぎです! せめて600ですな」
頼んだコーヒーを一啜り、もう冷めてしまっていた。
「900は譲れないよ」やや譲歩してウェンリー。
「650までですなぁ」シブい顔でユンケル。
しばし沈黙、いや,目での戦いが二人の間で交錯する。
「おばちゃ〜ん、オレンジジュースちょうだい!」
「緑茶をもう一杯」
別世界のさくら&腐丸である。
「よし、800で決まりだ」
「承知しました」
商談成立。
「場所までご案内致します」
「さ、行くぞ!」
立ち上がる二人にさくらは手を振った。
「わたし達、飲み物来るから先行ってて」
その隣でマイペースの腐丸。
行けるわけなかろうが…特にお前等2人を残して
そんな心の呟きを決して漏らすわけにはいかないウェンリーであった。
村外れにちょっとした広場がある。
そこには樹齢壱千年と噂される杉の木が堂々とそびえたっていた。先端まで100m近くあるんじゃなかろうか??
そんな広場にはお昼過ぎという事もあってか、結構人々がくつろいでいたりする。
…こんな人通りの多い所にお宝隠すなよ
なんていうグチを、今日もグッと堪えてウェンリー。しかしその直後には思わず泣いて逃げ出しそうな事態が待っていた。
ユンケルは三人を先導して大木の麓で振り返る。
「ここに入り口があるのですが、実は古文書によると4人の呪的方法に依って開かれるとのことです」
「呪的?」
「方法?」
ウェンリーと腐丸は顔を見合わせる。さくらは…よく分かっていない様だ。
4人ということはユンケルも手伝うと言う事だろうが…
商人は古文書の裏を見せた。
「「?!?!」」
「わぁ〜、おもしろ〜い!」
驚愕のウェンリー&腐丸に、嬉しそうなさくら。ユンケルはと言うと苦笑いだ。
呪的方法,それは森の妖精をヒントにユンケルの先祖が考えたのであろう,呪歌と踊りだった。
そう! 4人で指定された旋律と行動を木を囲んで施行することによって入り口は開かれるのである!
「手っ取り早く言えば、この木の下で盆踊りみたいに歌って踊れば良いんでしょう?」
さくらの言う通りであった。
何よりも踊りの内容が…それに人目もある。どんな罠よりも羞恥心という点を巧く突いた最初の難関だ。
4人は意を決して、というかさくらはやる気満々だが,太い木の根元を取り囲んだ。
そんな4人に人々の好奇の視線が集まるのは言うまでもない。
「それでは…皆さん、始めますよ?」
「はい、ユンケルさん」力ないウェンリーの返事。
「うぁ〜い!」嬉しそうなさくら。
「…」言葉もない腐丸。腐っているのだろうな。
タン、タン、タンタンタン♪
4人は右足で同時に軽くステップを踏む。
「「あ、チョイな、チョイな、チョイなチョイなチョイな♪」」
「こら、腐丸! 声が小さい!」ウェンリーの泣きそうな叱咤が飛んだ。
「「一つ、人より魔力あり〜〜」」
右手を上げて、左足ふりふり
「「二つ、人より景気よく〜〜」」
右手下げて左手上げて、右足ふりふり
「「三つ、人より倹約家〜〜」」
ちょいとしゃがんで
「「そんな私になりたいなぁ〜〜」」
右足出しぃの、左足出しぃの、コサックコサックなダンス♪
ひょいと立ちあがり、木に向かって
「「まいむまいむまいむまいむ、まいむべっさっさ〜〜♪」」
両手を上げて深呼吸!
ごごごごごごご…
低い音を立てて木の幹に人一人が通れるほどの穴が開いた。
ぱちぱちぱちぱち
同時にちらほらと拍手が飛んでくる。あ、おひねりも。
「どうも〜、じゃ、次の踊りを」
「やらんでいい!」ぺし、ウェンリーは本日二度目、さくらの頭をこずく。
「下に続いているな、階段だ」
腐丸は入り口を覗いて呟いた。
「さて」パシィ、両手を叩きウェンリー。
「行きましょうか!」さくらが笑って乗り込んだ。
「お気をつけて」
ユンケル+観客の見送る中、三人は木の中へと踏み込んで行く。
最後の腐丸が中へと消えると同時に、うろの穴は掻き消えてしまった。
初夏を思わせる風が、杉の木を優しく揺らす。
薄暗い木製の螺旋階段をどれくらい下っただろうか?
一同はきれいに磨かれた石造りの通路まで辿りついた。通路全体から淡い光が沸き、視界は安定している。
「ほぅ、案外広いな」腐丸の言葉通り、通路の幅は5mはあり、高さは10mほどもある。
ウェンリーは気付いていた。
「これは異世界だ。あの杉の大木の地下じゃない」
通路全体から、魔術師である彼はうっすらとした力を感じ取っていた。しかしこれほどの空間を何十、いや、数百年に渡って維持させているかつての魔術師の力とはいかほどのものか?
やがて三人は通路の突き当たりに差し掛かった。
前方には両開きの立派な扉。
右手,左手にやはり両開きの扉がある。
「さて、定説ならば真っ直ぐ行けば目的に近づきそうだな」
「しかし」
「どうしてもそれ以外から調べちゃうんだよねぇ」
さくらの言葉に二人は苦笑を漏らし、取り敢えず右の扉を開く。
音もなく、まるで滑る様に両開きの扉は開き…
「うぁ」
ウェンリーはつい声が漏れてしまう。
ただっぴろい部屋だった。天井が…見えない、異世界である証拠だ。
そして目の前には高さ20mはあろうかという巨大な人型の石像が立っている。
バタン!
「あ〜、閉まっちゃった」さくらは背後の扉を押したり引いたり。びくともしない。
ぴしり、音がする。
「これはやはり…」
「そうだろう?」腐丸の呟きに、ウェンリーは深く頷く。
ぴしりぴしり
音は石像から。表面にひびが走っている。
「どしたの? 二人とも?」
がらがらがらがら!!
崩れる音に、ビクリとさくらが慌てて石像に目を向けた。
「うぉぉぉぉん!!」
雄叫びを上げて全身に炎を纏った巨人が生まれる。
「うぁ!! ウェンリー、誰? あれ??」驚いているのか嬉しいのか、さくらはウェンリーの袖を引っ張って尋ねる。
「ファイア・ジャイアント。伝説とされる炎を操る巨人族だよ」
異世界だから何でもありなんだろうか? 思うウェンリーだった。
巨人は三人に目を向けると…
「うおぉぉぉぉ!!」
ズシンズシン!!
走って向かってきた,右腕を振り上げる。炎を纏った腕は、打城槌の一撃なんかよりもずっと破壊力がある。
打ち下ろした!
ごがん!
炎を撒き散らして、石作りの床が拳の形にえぐられる。無論、三人の姿はない。
「せぃや!」
ズン!
巨人の懐に飛び込んだ腐丸の刀が、左脇腹に突き刺さる。
同時に彼の体に炎が移り火。彼は彼は刀を引き抜いて、懐から小塚を抜くと再び分厚い表皮に突き立てた。
それをその場に残し、慌てて離脱。
「Devide!」
叫びは巨人のしゃがんだ頭上から。
高く高く跳躍したウェンリーは魔術師ウェンと格闘家リーとに分離。
「白き破魔の槍よ/耐火防御!」
たん,巨人の燃え盛る頭の上に降り立ち、再び跳躍。去り際に精神エネルギーで形作った槍を頭頂に突き刺す。
残るさくらは…
「あ〜、びっくりしたぁ」
脱兎の如くファイア・ジャイアントの攻撃範囲内から離脱していた。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
ウェンリーと腐丸からのダメージに、暴れ一徹状態の炎の巨人。
その暴力の嵐から二人はさくらの元までどうにか逃げ延びた。
「どうする?」魔術師ウェンの声で腐丸に問う。
隻腕のサムライは巨人の脇腹を無言で指差す。
「なるほどな」ニヤリと笑い、ウェンは呪を紡ぎ出した。
「何がなるほどなのぉ?」
「こういうことさ、白裂の光よ!」
ウェンの暴れる巨人に向けた指先から稲妻が迸る!
それは金属である小塚に命中し…
「ぐおぉぉぉぉぉぉ!!」
空気を震わす絶叫,数十万Vの電流は巨人の内部を焼き尽くしたのである!
巨人は目と口から黒い煙を上げ…霧の様に消え去った。
沈黙が再びこの部屋を支配する。
「やったな」ウェンリーへと戻り、彼は巨人の消えた場所に足を運ぶ。
「あ、ウェンリー,これ何かな?」
「?」
さくらが床に落ちた小瓶を拾い、差し出した。
青い液体の入った小瓶。ラベルが張られ、何か書かれている。
「読めるか?」
黒く焦げた小塚を拾い、手ぬぐいでふきながら腐丸はウェンリーに問うた。
「下位古代語だな、ええと…『真実を見つめよ、されば道は開かれん』」
「ありがち〜」
元も子もないセリフを吐かないでくれ、さくら。
「何かに使えそうだな、持っていくか」
ウェンリーは小瓶を懐に閉まった。
部屋の扉はいつのまにか開いている。
巨人のいた部屋を出て、向かいの扉を開くとそこも、とかく広い部屋だった。
唯一の違いは、音が存在していたことだ。
「しくしくしく…」
啜り泣きの声と言う音が。
部屋の中心に、小さな女の子,ちょうどさくらと同じ位の10才前後の少女がしゃがんで泣いている。
「何だ?」
「さぁ?」
顔を見合わせるウェンリーと腐丸。
さくらは一人、とことこと彼女に近づいてゆく。
気配を察したか、すすり泣く少女はさくらに振り向き…
「さみしいよぉぉ!!」
その表情は鬼面,ウェンリーは正体を知った。悲しみの精霊に捕らわれた哀れな子供の怪物・バンシーである。
これに噛まれた者は同じバンシーとなって未来永劫すすり泣くと言われている。
「いかん、さくら!」
駆け出すウェンリーと腐丸、しかし全く間に合わない!
「寂しいの?」襲い来るバンシーにしかし、全く恐れることなしにさくらは続ける。
「じゃ、皆と一緒に遊ぼう!」
胸のホルスターから取り出すは二本の短刀?!
「出てきて一緒に遊ぼう、ふぇんりるぅ,さらまんでるぅ!」
さくらの両脇に出現した氷の餓狼と炎の毒蜥蜴。彼女の持つ魔法の品に宿る精霊だ。
その二匹は目の前で動きを止める(というか圧倒されている)バンシーを見ると、一斉に襲いかかった!
「きゃぁぁ!!」
「がうがう!」
「しゅるるる〜〜」
フェンリルに噛まれ、サラマンデルに巻き付かれ、悲鳴を上げるバンシー。
「ね、おもしろい? おもしろいよね?」天使の微笑みを浮かべてバンシーに迫るさくら。
バンシーは必死の形相で首を横に振ろうとするが、フェンリルとサラマンデルに睨まれ、こくこくと頷いてしまった。
「良かったね〜、これで寂しくないね!」
己の存在を否定する言葉に同意してしまった(強制的だが)バンシーは、無念のうめきをあげて消失していった。
二匹の精霊もまた、己の主人を護ったことを見届けると虚空へと消え去る。
「あ〜あ、帰っちゃったぁ。わたし、もっと遊びたかったのに」
「遊んでるのか、あれが…」いじめじゃないのか? と言う言葉は飲み込み、乾いた声でウェンリーは呟く。
「?」
腐丸が落ちていた羊皮紙を拾う。バンシーが持っていたものらしい。
相変わらず読めない文字であったのだろう、無言のままウェンリーに手渡した。
「また下位古代語だな。ええと…『炎の洗礼を、そして光、闇の洗礼を与えよ。されば道は開かれん』とさ」
「何かの鍵か?」
「わからん」
「先に進めば分かるんじゃない?」
珍しくさくらがまともなことを言う。
一同は部屋を出て、本命である通路の突き当たりの大扉に手をかけた。
ひゅごぉぉぉぉ〜〜〜
音を立てて突風が、下から上へと吹き上げている。
目の前の崖の底は全く見えない。深淵の闇だけが広がっている。
そして崖を越えた遥か前方に今くぐってきたのと同じような大扉が見えていた。
「崖だな」
「崖だ」
「崖ね」
道は広い幅を持ったそれに寸断されている。一同は顔を見合わせた。
「地震でも起こったのかなぁ?」
さくらは不思議そうに呟いた。風にさらわれて落ちる錯覚にでも捕らわれそうなのか、ウェンリーの袖をしっかりと握っている。
「これは…本物なのか?」
腐丸が鋭い一言を呟く。
「どういうことだ?」
「ここは異次元だと、そう言っただろう?」
「ああ」
「そんな異次元に通路が分断されるなんていう地震が起きるものなのか?」
ウェンリーは崖を見つめる。
吹き抜ける風をリアルに感じる,幻影には見えない…いや、このリアルさは現実よりもリアルなんじゃないか?
彼は懐から小瓶を取り出す。先程の巨人が持っていたものだ。
『真実を見つめよ、されば道は開かれん』
ラベルにはそう書かれている。
彼は先をきゅっと開け、中身を一口。
無味無臭
だが…
「腐丸、一口飲んでみな」彼は剣士に手渡す。
彼もまた一口含み…しゃがんで少女の口に瓶を突っ込んだ。
「む〜〜〜!」一気飲みのさくら。
「はぁ、なにするの! 腐丸ぅ!! あ…」
三人はすでに風を感じていなかった。
崖などどこにもない。まっすぐな通路が延びているだけだ。
いつも感じている現実感が、ここにはある。
「さて、行こうか」
ウェンリーに二人は続く。
ばぁん!
扉を蹴り開けるとそこには…
「あ?」
「れ?」
「れ?」
ちゃぶ台を囲んだ食事中の奇妙な生物がいた。二足歩行の出来るトカゲのような生き物が三匹。
その内、一人が佇む三人にちょっと待てと合図する。
三人はちゃぶ台やTVを慌てて片付けると、いそいそと鎧やら何やらを身に付け始める。
「あ、そっちはおいらのだろ!」
「うるさいな,さっさと支度しろ!」
「ごちゃごちゃ言ってるんじゃないよ,お客さん待たせちゃいけないでしょ!」
そんな会話がしばし。やがて
武装した三人のトカゲ人間・リザードマンが立ち塞がった!
「何、あなたたち?」さくらが呆然と問う。
待ってましたとばかり、リザードマン達はニタリと微笑むと…
たん、たんたたん♪
ステップを踏み出した。
まずは一番右の、体格のがっしりしたりザードマンが歌う。
「やっみに隠れていっきる」
「オレ達、り〜ざぁ〜どまんなのサ♪」左端の子供っぽいリザードマンが続く。
次は真ん中の、女性らしいリザードマン。
「人に姿を見せられぬぅ」
「トカゲのようなこのからだ〜」
タップダンス三人衆、尻尾も鳴らしてノリにノっている。
「「早くドラゴンになりた〜い」」輪唱,リザードマンは龍に憧れる一族なのだ。
「暗いさ〜だめも吹き飛ばせぇ〜♪」
右端から
「べむ」
「べら」
「べろ!」
「「リザード三人衆♪ うわ〜お!」」
練習したのだろう、びっしぃとポーズをつける三人衆。
対する冒険者三人は呆気に取られていた。
この迷宮を作った魔術師は、どうやら歌と踊りが好きだったらしい。
「えと…」
壊れかけた頭でウェンリーは取り敢えず、
「Devide!」
叫び、本能的に武道家のリーに全てを託した。
「さ、行くぞ」
瞬時に叩きのめされ、床に延びた三匹を尻目に、三人は奥の大扉を押した。
と、その前にさくらがウェンリーの袖を引っ張る。
「何だ?」
「これ、拾ったの!」
嬉しそうに彼女の見せるのは青い宝玉。ウェンリーの目が驚きに満ちる。
「これは…」
「何だ?」横から腐丸。
「リボーン・ドラゴンの宝玉だ。一回だけ一定時間、最強の白龍に変身できる古代の魔法の品物じゃないか。高く売れるぞ」
「へぇ、でも私が見つけたんだもんね〜」さくらは笑って懐にしまった。
二人は苦笑すると、扉をゆっくりと開いた…
ぱたん
扉がやっぱり閉じられる。ここは六角形の部屋だった。
それぞれの頂点に水晶の柱が立っている。
「なぁに? これ?」
さくらはウェンリーを見上げて尋ねた。確かにこれは魔術師である彼しか分かりそうもない。腐丸も後は任せたと言わんばかりに彼に託す。
水晶の柱は六本。それぞれ色が異なっている。
その色はしかし、四大精霊と二主精霊を顕わしていることを魔術師なら誰でも想像つくだろう。
すなわち光を表す白い水晶、闇の黒。
炎の赤に水の青、風の黄色に地の緑の六色である。
「なるほどね」若き魔術師は懐から先程得た羊皮紙を取り出した。
『炎の洗礼を、そして光、闇の洗礼を与えよ。されば道は開かれん』
「炎よ、我にそのあぎとを!」ウェンリーの指先から赤い水晶の柱に炎が飛ぶ。
直撃を受けたそれは、仄かに赤く輝き出す。
「光とともに!」
白い水晶に同じく光が灯り、
「心の闇よ、覆い尽くせ」
最後に黒色の柱が薄く光る。
ごごん!
音を立てて、部屋の中心に下り階段が現れた。
「いよいよ最後…って気がするんだけど」
「そうだな」さくらの呟きに腐丸は頷く。
一同は階段を降りつつ、口には出さないが同じ疑問を抱いていた。
”この迷宮はどうもシリアスじゃない”
遊びで作ってあるような感じがする。そう断定できないのは、断定してしまうと己がギャグキャラに貶められるからだ。
え? すでにギャグキャラじゃないかって? 確かにそうだ。
この時点で三人は、隠されているお宝と言うのはロクなものじゃないことを本能で悟っていたのだった。
「扉だ」
「うん」
「そうだな」
階段を降り切ると一際大きな両開きの扉があった。
合図もなくそれはゆっくりと開かれる。三人は足を踏み込んだ。
部屋の中心には祭壇のような台座が一つ。
そこには古びたツボが一つ、乗っかっていた。
それだけである。扉も今入ってきたものしかないし、金銀財宝があるわけでもない。
「ん?」
さくらは何か聞こえたのか、台座に走ってゆく。
そのままツボに手を触れ様として
「さくら、待て!」ウェンリーの叫ぶような叱咤に動きをビクリと止めた。
彼が彼女の後を追って、ツボから退かす。
「何やってるんだ? 罠でもあったらどうする?!」
本気で怒る彼に、さくらはシュンと押し黙った。
「罠っていうのは一瞬で命を奪い去ることが多い。それならまだしも、パーティ全員に降りかかることも多々あるんだ。ちゃんと憶えておくんだぞ」
くしゃ、彼女の頭を軽く撫でてウェンリー。
「うん、ごめんなさい…このツボから声が聞こえたの」
ウェンリーは、追い付いてきた腐丸とともに耳を澄ませる。
「助けてくれ…開けてくれ…開けてくれたら一つだけ願いを何でもかなえてやろう…」
囁くような、そんな声が中から聞こえてくる。
「一つだけか」依頼人の分だけである。
「これが宝とやらか?」
腐丸の問いに彼は黙って頷いた。
『魔人の壷』,巷で有名な魔法の品の逸品である。封じられた魔人が解放の礼に願いを叶えてくれると言うアレだ。
ウェンリーは台座を調べる。
「やっぱりな」
「何が?」おずおずとさくらは問う。
「罠さ。不用意に取れば、重さを感じとって作動するっていう有名なものだな」
触らなければ大丈夫,とでも言いたげにウェンリーはさくらの頭を優しく撫でて下がらせた。
「解除は出来るのか?」
「壷と同じ重さの物を瞬時に差しかえることが出来ればなぁ」
「重さか…この数字は違うのか?」
腐れ丸が指差すのは台座のずっと下の方に隠されたように彫られた500という数字。
「50gか?」
「50kg?」
「50t?」
三人がてんでバラバラのことを言う。誰だ? 50tとか言った馬鹿は??
「ちょうどこの水筒が50gあるよぉ」
さくらの差し出した水筒をウェンリーは受け取り、しかし頭を傾げる。
「軽る過ぎやしないか?」振り返るが、二人は意にかえさない模様。
ウェンリーは諦め、水筒を片手に台座の壷に向き合った。
しんと静まり返る部屋。
ぷぅ
腐丸の放屁
べき
さくらの無言のゲンコツ
…気を取り直して
ウェンリーは右手に水筒、左手で壷に触れ、
しゃ!
動いた!
ウェンリーの左手には壷が、右手には水筒はなく、代わりに台座の上に乗っている。
「やったね! ウェンリー!」
「いや…」
振り返るウェンリーの顔色はしかし、青い。
「この壷、重いんだ」左手の壷は1kg以上あった。
実は重さの単位はオンス(1オンス=28.35g),故に1.5kgほどあったのである。
「「へ?」」間抜けな二人の声。
ばぁん!
同時に扉が強制的に閉まり、
ごごごごごご…
迷宮自体が振動し始めた、これは!
「崩れるぞ!!」
「開かん!」腐丸は扉に体当たり、びくともしない。
パラパラと天井から埃が降ってきた。
「どこかに、どこかに出口への隠し扉か何かが?!」
壷を放りだし、慌てて探しまわるウェンリー,しかしそんなものはない。
あればその扉から忍び込めるしなぁ。
「ちぇぇい!!」
かきん
ちょっと間抜けな金属音。腐丸が扉に向かって居合い切りを試した様だがどうやら無理だ。
この世界、マンガではない。
がごん!
部屋の片隅が抜け落ちる音がする,三人は恐る恐る目を向けるとそこは…
何もなかった。
虚無の空間である。この異次元が崩壊しているのだ!
「ぐぁぁ! 何か、何か方法は!!」叫ぶ様にウェンリー。
その叫びは不意に止まり、ある一点に注がれる。
腐丸の見つめる先も、さくらのそれも同じであった。
すなわち、さくらの抱く魔人の壷である。
「いっちょ開けろ、さくら!」
「OK!」
ぽん!
軽快な音を立てて壷は開く。
もくもくもくもく
煙が漏れる。
「ま〜じ〜ん、ぶいぶい(ぶいぶい) ま〜じ〜ん、ぶいぶい(ぶいぶい) さぁ、ま〜じ〜ん、ぶいがゆく〜♪」
そんな軽快な音楽に乗って現れたるは、何処か頼りなげな褐色の肌を持ったおやじな魔人である。
「我は魔人アリナミンV! 我を解放せし者よ、一つだけ望みをかなえてやろうぞ!!」
呆然と見上げる3人の冒険者を見下ろしつつ、魔人はのたもうた。
ウェンリーが、ようやくその重たい口を動かし始める。
「え、えらく古いCMネタだなぁ…もう完全に風化してるぞ」
指摘に魔人の眉がピクリと動く。
「これが今流行ではないというのか?? そんなに我は長い間封じられていたというのか?!」驚愕の魔人。いつの流行りだ??
「ともかく!」さくらが我に返って叫ぶ様に魔人に言いつける!
「私達を外の世界へ出して!」
「承知した」
さくら達3人と、空間が消え去るのはほぼ同時であった。
風が頬を撫でてゆく。日も暮れかけ、オレンジ色の夕日が眩しい。
ここは…
「空が高いな」ボソリ、腐丸は呟いた。
「わ〜〜、高い高い!」嬉しそうなさくら。
「ここは…千年杉のてっぺんじゃねぇか!!」
絶叫のウェンリーに、しかし魔人はニカッと謎のインド人っぽく微笑み、
「汝らの願いは聞き届けた。さらばだ!」
ひゅるるるる〜〜〜
遥か空の彼方へと消え去って行った。
「ねぇ、これって…お仕事失敗?」
「だろうな」
「そうだな…」
はぁ、肩の力を落とす三人。彼らの手に残ったものは半分に割れた壷と、そして…
ごごごごご…
「「?!?!」」
木が、揺れ出した。いや違う、傾き始めたのだ!!
「異次元といえども、入り口には影響があるのだろうか」
「冷静に分析してんじゃねぇ!! この木が倒れたら…」
倒れる先は運も悪くリゲインの村。徐々に地表が近づいてくる。
家を数戸破壊する可能性大だ。何より、彼らが降りるだけの時間も残されていない。
「ここは…」
「やはり」
「逃げよう!」
顔を見合わせた三人の決断は、早い。
さくらは懐から唯一の戦利品,リボーン・ドラゴンの宝玉を取りだし、頭上に掲げた!
「にゃ〜〜〜!!」少女の叫び,白龍がリゲイン上空を旋回する!
背に二人の男達を乗せて。
「どうする? ウェンリー??」
白龍はさくらの声で背にいる男に尋ねた。
「そうだなぁ…」
地上では民家を薙ぎ倒した千年杉やら、白龍が上空を旋回しているやら、ユンケルさんが慌てふためくわで、何やらえらいことになっているのが遠目にも感じ取れた。
ウェンリーはびっしぃ! 指差した。
「フッ」不敵に微笑む腐丸。
「あの夕日に向かって…進もう!」
「お〜け〜!」
バサァ! 大きな翼が、力強い音を立てる。
三人の冒険者はこうしてリゲインの村を後にした。
龍の姿は地平線の夕日に向かって次第に小さく小さくなって行き…
―――宝玉効果時間終了―――
パッと、唐突に3つの点になった!
「「あ〜〜〜」」
影の落下と伴にそんな叫びを、風は聞いた様な気がする。
合掌…
END