この物語はフィクション…とは言い切れない。
 何故なら私の手元には、彼女から預かった『テンパラス』のカードがあるのだ。
 だからといってこれを実話と信じるには無理がありすぎる。
 話の真偽は、これを読むであろうあなた方にお任せするとしようか。

えれくとらの元 の手記より抜粋 




タロット+2(魔法がかかっています)



 ピラミッド型に並べたカードの内、一番頂点をめくる。
 ハートのエース。
 二番目を二枚…やはりハートの7と2。
 “ふむ”
 ゴクリ、目の前の彼女の、唾を飲み込む音が聞こえてきた。
 どこか気だるいお昼休みの教室。
 男子の何が楽しいのやら端から見たら暴れているだけの声が響き渡る、いつものお昼休みだ。
 私はカードから目を離し、彼女―――私よりも生まれながらに美人で、器量良しで、それにそれに…考えると虚しくなるから止めよう―――隣のクラスの如月 折菜ちゃんに占いの結果を告げる。
 「自分に自信を持っていれば、大丈夫だよ。睦月君はきっと気付いてくれるから」
 私の微笑みながら言う言葉に、今にも倒れてしまいそうな暗い表情だった彼女がぱぁっと、まさにそんな効果音が適切なほどの明るいものが満ち満ちた。
 「ホント?! 日高さん!」
 「ええ。そう思うわ」
 営業スマイルで答えてあげる。
 「ありがとう!」
 彼女は深々と頭を下げると軽い足取りで教室を出て行った。
 ちゃんと代金の500円は置いていってくれる。
 “あ〜、彼女、青春してるな〜〜”
 眼鏡越しに映る彼女の背は、私にはとても眩しく見える。同じ歳なのに、私とはどこか住んでる世界が違うような…
 まぁ、深く考えるのはヤメヤメ!
 この時間は稼ぎ時なんだから♪
 「次、いいかしら?」
 「あら紫苑寺さん、どうぞ」
 如月ちゃんが終わったのを確認して、次のお客,もとい相談者が私の前に座った。
 彼女は私の噂レーダーによれば…成績だな。
 目の下にクマができてるし、徹夜で勉強しているんだろう,ロクに寝てないな。
 ともあれ、さてさて。
 「何を占いましょうか?」
 いたって営業的に、私は薄い笑顔で彼女に訊ねた。
 「あのね…」
 彼女の小さな口が、そう動いた途端でのことである!
 ぱぁん!
 「ぶっふ!」
 シリアスな私の頭をいきなり後ろからひっぱたく愚か者、出現!
 「ぬわぁにすんのよ、いてまうど、コッるぁ!」
 「最近のジョシコーセーは言葉遣いが荒いのぅ、世も末じゃて」
 う、つい地が出てしまった…ああ、紫苑寺さんが引いてるし。
 私にバックアタックを仕掛けたのはソイツは、いつもと変わらぬ何処かすっとぼけた笑みを浮かべて私の前に突っ立っていた。
 「お前なんかに言葉を気にするか! 秋野ぉ」
 やや言葉を『東京風』に変えて、ソフトにする。なってないかな?
 カラーバットを肩にした同級生の男子,これが秋野だ。
 “あのバットで殴りやがったか、コイツ…”
 秋野 浩二,私の隣の座席の、そこらへんにたくさん転がっている馬鹿の一人である。
 しかし世界は不思議なもので、コイツは顔は悪くない為か、結構モテるようだ。
 が浮いた噂がないのがこれもまた世界七不思議の一つと言って良いんじゃないか?
 「あんまりな紹介じゃないのか? 晴ちゃん?」
 「馴れ馴れしく晴ちゃんゆ〜な! って、紹介も何も、私の心を読むなぁ!!」
 “問答無用の超能力でも持ってるのか? もっと酷いこと思ってやりゃ良かったか?“
 「で、何よ、何か用?」
 私はつっけんどんに奴に尋ねる。相手にしてたら商売上がったりだ。
 「ボールなくしちゃってさ。何処にあるか占ってくんない?」
 バットを見せながら言う。
 「中庭で遊んでたんだけどさ」
 “ったく”
 中庭で遊ぶ時にボールがなくなることは良くある。
 この学校は排水機構がしっかりしているので、中庭に於いてもそれが適用され、大抵の場合は丸いボールは排水溝に辿り着くのだ。
 てきと〜にカードを並べ、てきと〜にめくる。
 「屋上!」
 「ホントかよ?」
 疑う秋野。っつうか疑えよ!
 「さー?」
 気の抜けた抜けた返事をしてやる。
 「む〜」
 唸って奴は教室を出て行った。馴れ馴れしい奴だ。
 「日高さん,秋野君と仲良いのね」
 笑ってそう言ったのは目の前に座る紫苑寺さん。思いもかけない言葉にむせそうになる。
 「な、なんでそ〜なるの?」
 「あら? 偶然だったのかしら?」首を傾げて紫苑寺さん。
 「偶然って?」
 「今、丁度見回りの先生が来てたのよ。やっぱり見つかったら怒られるでしょ? こういうのって」
 そりゃそうか、お金稼いでるからなぁ。
 「偶然に決まってるじゃない,秋野にそんな気の利くこと、出来るわきゃないでしょ」
 私は笑って答えた。
 それにしても秋野,偶然にしちゃいいツッコミだったぞ! さっきのボール探しの占いは金は取らんといてやろう、うん。
 「じゃ、気を取り直して。紫苑寺さん,御相談事って?」



 さて、私の名は日高 晴美。来年は受験で大変そうなお年頃だ。いえ、今でも塾やら何やら通ってはいるけどね。
 唐突だが、貴方は占いというものを信じるだろうか?
 いや、質問がおかしかった,占い師というものを信じるだろうか?
 私は世間一般の占い師というのは、当たる当たらないにかかわらず二種類あると思う。
 一つは相談相手の顔色、仕種、身なりetcetc...から全てを推測し、探偵顔負けの洞察力を以ってハッタリに近い占いをかます連中。
 もう一つは、掛け値なしにまさに神秘のぱぅあーを用いて占う連中。
 まぁ、素人の私から見ても、世の中の占い師のほとんどは前者である。
 かのシャーロックホームズも一本のパイプからその持ち主の像を想起し得るのだから、推察力が鋭い人間,それこそ探偵ならば転職可能かのしれない。
 それ以上に必要なのは舌先三寸。
 口先だ。
 あとはマニュアル通りに事は運ぶ、それが今の占い師のほとんど(と思うのサ)。
 大体、悩みったって大抵は『色恋沙汰』≫『受験などの学力の悩み』>『お金』なんて不等式が成立しちゃうんだから。
 それはそれとして、私はずばり、占いが趣味である。
 言っちゃ悪いけど前者だ。要はゴシップが好きなのさね。
 あ、そこ! 今、私のことをオバサンと思ったでしょ! 否定できないけどねぇ…
 占いにハマったのは小学生の頃。
 生まれつきド近眼な私は、どうも運動が苦手で見た目もパッとしなかった。
 でも目立ちたがり屋なのであった。
 そこで占い。
 いや〜、クラスの女子はもちろん、他のクラスからも占ってってきたもんだわ。
 さらに何処でどう間違ったのか、結構当たるのよ。
 小さな頃から人の顔色ばかり見てきた、卑屈な精神のお陰よねぇ…威張れないわ。
 そこで私は大きな間違いをした。
 ある程度で止めておけば良かったのだ。しかしある理由で続けてしまった。
 結果。
 地元の大阪から、高校受験の際に東京の高校へと進んだ私は未だ馴れないこの土地で占いオタクもとい相談役のような立場を確立してしまった訳である。
 占いを止めたくてもなかなか止められない立場になってしまったのさね。
 あ、いや、止めようと思えば止められるけど、こんなことやってると私の下には色々な情報が集まってくる訳。それが楽しいのよ、オバサンな私にはさ(開き直り)。
 それに一回500円もらっちゃってるし。
 何より的中率が高いのだそうで、それでも占って欲しいと来る人は多い。
 例えばさっきの如月 折菜ちゃん。
 彼女は同じクラスの睦月 晶が好きなのだそうだ。
 んで睦月,コイツは一昨日に私の所へ如月ちゃんの喜ぶものは何か? なんて相談しに来たのだ。
 ね? 私は嘘はついちゃいないんだよ。
 まぁ、だからといってけしかけたり何だりしたところで利益はないし、出来ればその人達が幸せになるような「助言」で済ませるのが長年の経験から得たところかな?
 ちなみに先程のトランプ占いの結果は『あっちゃ〜、ちょっと気持ちがすれ違ってるよぉ。ダメかもしんないね』って感じだった。言うなよ、君?
 そんなこんなで私、日高 晴美はみんなの頼れる占い屋さんとして、そして大学受験に立ち向かう一高校生として、けっこ〜平凡な毎日を過しているのである。
 ん? 人のは良いから私の色恋沙汰は? ですって?
 聞くなよ…



 紫苑寺さんの占いは、最近勉強の量を増やしたのに成績がどうも上がらない,というものだった。
 校内TOP5に入れないなんてゆ〜、贅沢な悩みだったけどね。
 占いの結果は『その調子を続けろ』というものだった。
 けれどそれはやはり違う。彼女の顔色を見れば、誰だって解決方法は分かると思うけどなぁ。
 「ちゃんと睡眠とって、規則正しい生活をせめてテスト前にはやった方がいいよ」
 聞けば彼女、一日2時間しか寝てないそうだ。そこまでやる根性はすごいけど、集中力続かないでしょうに…
 と、彼女の相談が終わって一息ついた頃である。
 そろそろ昼からの授業の準備でもしようかな、という時だ。
 「ねぇよ!」
 「うっわぁ!」
 我に返ると目の前に息を切らしたバカ秋野がいた。
 「な、何が?」
 急接近した彼の顔に、私の胸がドキドキしている。
 これって、もしかして…
 いきなりバカ面なドアップ見せつけられたからだな。
 「ボール!」叫ぶようにして言う秋野。
 あ〜、コイツ、探しにいったんだっけ?
 適当に言ったんだから、ある訳ないわねぇ。
 「探し物は苦手なのよ,っつうか、そのうち出てくるでしょ」
 ただじゃ占ってやらんわよ。
 「占いの意味ないじゃん!」
 「占いに頼るな、んなこと!!」
 「いつも当たんないのな」
 お前にはな…
 「ミニロトのナンバーやら、巨人対阪神の結果やら、そんなものをウチに聞かんといてや!」
 「じゃー、何なら当たるんだ?」
 「お前が聞いてくること『以外』や」脱力して私、ったく、コイツは…
 思わず関西弁になってしまってるし…
 き〜んこ〜んか〜んこ〜ん♪
 そこで午後の授業の始業のベルが鳴る。無駄な時間を過してしまった気がするぞ。
 “ええと…体育だから着替えて校庭に移動だな”
 「晴ちゃん,いこう!」
 「あ、うん」
 皆が移動する中、そう声をかけてきたのは隣のクラスの北見 葵ちゃん。
 昨年、同じクラスで結構気があっているので今でも交流がある。体育や音楽などは男女別で、隣のクラスと合同なんだ。
 私は、やはり男子の更衣室に向う秋野にあかんべーをくれてやって彼女と共に更衣室へと向った。



 「晴ちゃんって、秋野くんと仲が良いのね」
 唐突に彼女はそう言った。
 「はぃ??」
 体育着に着替え、葵ちゃんと一緒に学校の昇降口まで降りた時のこと。
 言葉の意味そのものが分からずに間の抜けた声になったことが自分でも分かった。
 「はい? って…アンタら、夫婦漫才みたいよ」
 「ど、ど〜してよりにもよってあんなバカと…秋野はみんなにああいう感じじゃない?」
 冗談キツイよ、葵ちゃん…。
 しかし彼女は到って真面目にこう応える。
 「秋野くんって真面目な方だと思うわ。普段はふざけてるけど、ちゃんとするところはちゃんとしてるし」
 「はぁ?」
 マジメ?
 秋野が? 一番似合わない言葉ねぇ。
 む〜〜、でも葵ちゃんは嘘言うような子じゃないし。
 「それに秋野くんに結構憧れてる子って多いのよ?」
 彼女は思い出したようにそう付け加えた。そうなんだってねぇ。
 私の情報網にきっちりとそれは確保済み。
 でも奴は、身の程も知らずに女の子の一世一代の告白を頑なに断っているそうな。
 ここがさらに私のムカついているところ。何様のつもりじゃい、秋野ぉ!
 「で、私が思うに、秋野くんは晴ちゃんのことが好きなんじゃないかと」
 「じょ〜だんでしょ!」
 笑って一蹴。好きな子の頭をカラーバットで殴るか??
 好きな子には意地悪をしたくなる―――って、そんなのは小学生までやろ?
 「そうかなぁ」
 まだ話を引っ張るか、葵ちゃん?
 「席が隣だから話しやすいだけよ」
 つっけんどんに答え、私は下駄箱を開ける。
 こつん
 手の先に何かがぶつかった。
 「? なに、コレ?」
 私は外履きの上に置かれた小さな箱を手に取る。
 長方形の、手の平より少し大きいくらいのプラスチックのケースだ。
 「なになに? 秋野くんからのらぶれた〜?」
 「だからぁ、どうしてそうなるんや!」
 また言葉が前に戻ってしまった,私、動揺してるのかな?
 ともあれ私はケースを見た。黒いケースだ、特に名前も言付けも何もついていない。
 開けてみる。
 「これって…」
 「タロット?」
 横から覗き込んだ葵ちゃんが呟く通り、タロットカードだった。
 えらく古いものらしい、縁の部分は風化による擦り減りが見て取れる。
 “…ダレや、こんなん私の下駄箱に放り込んだ奴は?”
 「へぇ、面白そうね。それで私を占ってみてよ」
 「へ?」
 いきなり葵ちゃん。何か今日は彼女に引っ張られてるなぁ。
 「体育の授業が終わった後でさ、良いじゃない?」
 “ん〜、でもなぁ”
 「他の人が使ったこういうのって、変なクセが憑くっていうからねぇ」
 占いに限らず、やはり中古品というものはそういうものなのである。
 「ま、いいか」タロットは知ってるけど、カードが高くてやったことがない。
 試すには面白いかもしれないしね。
 「じゃ、放課後に図書室ででも」
 「そうね」
 私達は図書委員が聞いたら怒りそうな、そんな会話をしながら校庭に向って駆けて行った。



 放課後の図書室は、試験前という訳でもないので人は少ない。
 だがやはり受験生である3年の姿はそこそこあったりする。
 私と葵ちゃんは図書室の隅にある、小さな机に陣取った。
 「さてと」
 よく切ったカードをやはりピラミッド型に並べる。
 下から3枚、2枚、1枚と、基本型から初めてみようかな。
 「んじゃ、占って欲しいコトを…」
 言いながら一番上のカードを手にした途端、視界が変わった。
 まるで映像を切り替えたかのように、唐突に葵ちゃんを前にした図書室からぼんやりとした視界に。
 見えるものは…タンスの裏だろうか?
 その端っこに、鈍く銀色に輝くわっかが落ちている…指輪かな?
 銀色の輪から、優しい雰囲気が漂っている。目を凝らす。
 すると映像が変わった。
 幼い男女だ。小学生くらいだろうか…浴衣を着た女の子は葵ちゃんに似ているような気がする。
 場所はお祭りをしている神社だろうか?
 男の子がその『銀の輪』を女の子の薬指に嵌めてあげていた。
 あの男の子は?
 突として映像は元の図書館に戻った!
 「ええとね、それじゃ恋愛運なんかを」笑っていう葵ちゃんがそこにいた。
 「今のは…」
 「どしたの?」
 呆然とする私に、葵ちゃんが心配そうに声をかけた。
 「あ、えと…葵ちゃんって小さい頃に男の子から指輪、貰ったことがある?」
 彼女の表情が、固まる。
 「タンスの裏に指輪が見えたの。あ、ゴメン,私の妄想だね」
 ガタン、葵ちゃんは目を大きく見開いて立ち上がる。
 「ごめん、晴ちゃん,用事思い出したんだ。先帰るね!」
 「え、あ、ちょっと!」
 私の声が耳に入っていないように、葵ちゃんは荷物を持ってまさに図書室を飛び出していった。
 “妄想じゃ…なかったのかな?”
 私は手にしていたカード,『太陽』のカードを眺めながら理由のない映像の意味を考えていた。
 あの女の子が葵ちゃんだとして、男の子はどこかで見た覚えが…。
 そういや、葵ちゃんには幼馴染みがこの学校にいるって言ってたっけ。あの人に似てるかもしれないな。
 しかしそこで私の考察は中止される。
 どん
 私の机の前に本が数冊、積まれた。思わず視線を向ける。
 そして後悔。
 「げ、秋野!」
 奴はだが、私に気が付いていなかったようだ。やや驚いた顔を見せている。
 「なんだ、晴ちゃん,珍しいな、図書室にいるなんて」
 「晴ちゃんゆ〜…んぐ!」
 叫ぶようにして訂正を入れようとした私の口を、秋野は無理矢理手の平で押さえつけた。
 「ここは図書室だぞ、騒ぐなよ」
 結構厳しい目で言う。私は不承不承ながらも頷いた。
 「…分かっとるわ。アンタは何しとんのよ?」
 何故か口調がむこうの言葉になってしまっていた、訂正訂正!
 「何って…見て分からんか?」
 秋野の机の上に置いた本は『代数幾何学』『物理学演習』『慣性の法則』などなど。
 「もしかして勉強?」
 「何だと思ってんだ?」
 いささか不機嫌気味に、奴は答えた。
 「日高は違うのか?」
 “う、よもや葵ちゃんと占いしに来たなんて言えんわな”
 「わ、私もちょっとね」言いながら私は鞄から数学のノートを取り出した。
 そうそう、宿題が出てたっけ。しゃくだからここで片づけていこう。
 しばらく、当然ではあるが無言の時間が続く。
 「むぅ…」
 宿題の最終問、詰まってしまう。
 不意に私のノートの上に参考書が開かれた状態で置かれた。
 「? 何よ」
 置いた当人,秋野にいぶかしげな視線を向ける。
 「それ、読んでみろ。多分ヒントだ」
 「ふぅん、サンキュ」
 ありがたく参考にさせてもらう…ずばりというか、的確な参考資料だな。
 「それと日高」
 「ん?」
 ちゃんと名字で呼んで、秋野は自分のノートに視線を向けたまま続けた。
 「占いは止めとけ」
 「は?」
 何言い出すんだ? コイツ??
 秋野は顔を上げ私を見る。そこにいつものバカっぽい笑いはない。
 至って真面目な、私は見たことのない表情だった。
 「お前が金とってやってるのがお上に薄々気付かれてるようだ。見つかったら捕まるぞ」
 「あ…」
 紫苑寺さんの言葉を思い出す。カラーバットで軽く殴ったのってのは、
 “偶然じゃ…なかったのか”
 「でも、止められる訳ないじゃない」
 「どうして?」
 「どうしてって…」
 言葉に詰まる。
 “そういうキャラだからなぁ…お金とんないとなったらそれはそれで良いんだけど、取ることである程度のケジメが付いてた訳で…それに占いを止めたとなると…”
 「誰からも相手にされなくなる…とでも思ってるのか?」
 「!?」
 秋野の放って投げたような調子の、しかし鋭い言葉が胸に刺さる。
 「な、何言うとるんや」
 言葉が震えているのが自分でも分かった。思った以上に私は動揺しているようやわ。
 「そんなアホなこと、思うとらんわ」
 秋野を睨み返す。
 「占いだけのお前と仲の良い奴がたくさんと、それがなくなっても損得なしで付き合える奴がほんの少し,お前ならどっちを選ぶ? 日高?」
 「そんなの!」
 身を乗り出して彼に向き合う。
 「…そんなん」
 視線を逸らすのは私だった。
 「ま、俺が言えることじゃないのかもしれないけどな」
 軽く笑って秋野はそう呟いた。
 “そうか!“
 このセリフで、コイツの言葉が私に響く意味が分かった。
 秋野のふざけた態度って…私の占いと同じ訳だ。
 己の一面を隠す、外向きの一面。
 どの一面も私自身だけれど、どれか一つが私じゃない。
 「どの面も私であることを許してくれる人,そんな人が一人でもいたらどんなに幸せだろうかね?」
 私は自嘲気味に呟く。
 「でも今の私は今のキャラで通してしまっているから…金を取る占いを控えるようにするのが精一杯だろうな。それに…何より、占い好きだしさ」
 笑って私は秋野に答えた。
 「でも占いだけじゃない私も、見て欲しいな,っつうか見ろよ、秋野」
 「へいへい」
 ヤツもまた、いつものふざけた笑みを浮かべて私を見、
 「じゃ、コレを占ってくれ!」
 いきなり広げるは競馬新聞!
 ってアンタ、未成年だろーー!
 「この第8レース,何が来る?」
 「あのな…」
 苦笑いを浮かべながら、私は机の隅のタロットに触れてしまう。
 途端、先程と同じことが起った。
 頭の中に浮かぶ映像、それはA−C。
 “…まさかね”
 「A−Cだね」
 「ホントか? ってか占なってねぇじゃねぇか?? 勘か?」
 「さて、ね」適当に愛想笑い。
 説明してもややこしいから止めておこう。
 「…ふぅん,ま、一口だけでも買ってみるわ。お先に!」
 「じゃ、ね」
 秋野は新聞を畳み、図書室を後にしていった。
 さて、当たるのかな? …どうでも良いか。
 なんかアイツと話して、ホンの少しの清涼感が私を包んでいる。
 ずっと前からあったことにすら気付かなかった胸の辺りのモヤモヤが、少しすっきりしたような気がした。



 「さて、私ももぅ帰るかな」
 宿題を片づけた私はノートをカバンに、そしてタロットをやはり鞄へ。
 その手の動きを止める。
 「そうだ、ちゃんと占ってみようかな」
 どうも先程の頭の中に映った映像が幻覚なのかどうなのか、気になった。
 推測では判断しにくい,そうだ、今日の阪神×巨人戦を占ってみよう。
 私はタロットをピラミッド型に机の上へ展開、結論を示す頂点を開いた。
 カードは『愚者』の逆位置。
 途端、頭の裏で起るあの映像が展開した!
 靄の掛かった映像では何やら騒ぎが起きている。これは…
 「乱闘?」
 清原が退場になっている映像が映り、そして消えた。
 「結果は12−3で阪神,清原が新庄にワンツーパンチをかまして退場…か?」
 このとんでもない占いというか、予言というか、の結果は帰宅後、晩御飯時のお茶の間で証明されることになろうとは、この時の私には露ほども思わなかった。



 翌朝の朝のHR前。
 「晴ちゃん!」
 笑顔でやってきたのは隣のクラスの葵ちゃんだ。
 「ありがとね」開口一番、そんなお礼。
 「はい?」
 「見つかったんだ、大切なものが、さ」恥ずかしそうに笑って葵ちゃんは言った。
 何気無く彼女の手に視線を這わせると、銀色の指輪が一つ、嵌まっている。
 昨日の占いで見たアレだ。
 「大切なものって…?」私がそう問うよりも早く彼女は続けた。
 「お礼だけは言いたくて。じゃ、そろそろHR始まるから!」
 じゃ!っと手を上げて彼女は教室を走って出ていった。
 昨日のあの映像は本当だったようだ。
 彼女にとって大切なモノ,幼い頃に幼馴染みの男の子から貰った露店の指輪。
 ずっとなくしたことにさえ気付かなかった、大切なモノ。
 ………阪神×巨人を占うよりずっと有意義じゃないの?
 「晴ちゃん!」
 入れ替わるように今度は男の声だ。
 「名前で呼ぶな!」
 いつもの返事。しかし声をかけた本人は息を切らして只ならぬ形相だ。
 「ど、どしたの?」
 「…当たった」
 「はい?」
 「万馬券だよ、昨日言ってたA−C。389倍ついてる!」
 「ええ?!」
 それって1000円買ったら389000円になるってこと?
 半額くらい、くれるんでしょうね,もしくは昼おごりなさいよ。
 「くそ! 無理してでも買っとや良かった!」悔しげに秋野。
 「買ってないんかい!」思わずツッコミ。
 「噂で学校関係者の見回りがあるって聞いてな。くそっ!」
 心底悔しそうだ。
 でも、まぁ、そういう場合って大抵見つかるとおもうよ、私はさ。
 き〜んこ〜んか〜んこ〜ん♪
 朝のHR始まる。



 退屈な古文の授業を上の空で聞きながら、私は考えていた。
 “このタロットカード,よもや魔法の品じゃないの?”
 前にも言ったが、占いには2種類ある。
 私はあくまで『根拠のある占い』を信じているのであって、こんな理由もなく当ててしまう『神秘の力による占い』をやるつもりはない。
 当たってもそれは私の力じゃないんだからさ。
 でも…すごい。当たるんだ。
 きっとこれ使えば大金持ちになれるだろうな。
 分からないことが何もなくなるんだ,葵ちゃんの時に見た映像でもそうだけど、人の心も分かるんだろう。
 これは、すごい。
 だったら…
 私は隣でうつらうつらと居眠り半歩手前の秋野を眺める。
 コイツ、昨日は何であんな真面目な話をしたんやろ?
 なんか、気になる。
 どうして気になるんだろ?
 コイツ…私のことをどう思ってるんやろな?
 その答えはすぐに導き出せる。今の私にはその手段がある。
 思わず、机の中のタロットに手が伸びる。
 き〜んこ〜んか〜んこ〜ん♪
 古文の時間終業のチャイムが、鳴った。
 「ウチ、何やっとんのやろ?」
 小さく呟き、苦笑。
 机の中に伸びた手を引っ込める。
 占いをやっていて楽しいことは『言い当てる』ことだ。
 教えられたことをなぞるだけなら、面白くない。
 何より…コイツの心を知る以前に、私自身の心を知らなくちゃならない。
 “って、なにを血迷うとんのや、ウチは”
 疑いをかけた私自身のアホ秋野への気持ちを慌てて否定。
 “なら、どうしてこんなヤツの、私への気持ち何ぞを知りたかったんやろ?”
 そして再び問題は元に戻る。
 堂々巡りの、自分自身ではなかなか解決できないこんな問題も、ゆっくり解いて行くのがおもしろい。
 「授業、終わったで!」
 ガツン,隣の席のアホ秋野の頭を殴りつける。
 「いつもみたいに、もっと優しく揺り起こしてくれよ,晴ちゃん」
 頭を押さえながら秋野は言う。
 「誤解されるよ〜なことを平気で口走らんといてや! それと晴ちゃんゆ〜な!!」
 そうだ。
 何がどうあろうと、コイツだけはどんなことがあっても正々堂々、真っ向から勝負してやらなきゃ私が納得いかん! 裏技なんぞに頼るほど、私はコイツに負けちゃいないんだから!
 窓の外、学校を取り巻く葉桜を見やりつつ、私は私自身で『これからも』勝負することを誓った。


占いは続くよ、どこまでも…