今日も日が暮れる。
 僕は家に帰る,長いしっぽを赤く焼けた天に向けて真っ直ぐ伸ばし、僕は歩く。
 街は平和だ。
 僕らはもともと、争う事は好まない。
 だから平和なのだ。
 もしもこの平和が侵されるとしたら、きっとそれは人間が僕らを追い出す時。
 どっこい,それは決してない。
 何故なら僕らは彼らに必要な存在だからなのだ。
 おっと、自己紹介がまだだったかな。
 僕の名前はK。猫である。
 名前の由来は、きっと僕の体が星のない夜の空の様に真っ黒だからなのだと思う。
 クロ=KURO→Kという訳だ。
 要するに、僕と暮らす人間はストレートな性格なのだと予測できるだろう。
 僕はそんな人間と過ごす家に戻る。
 部屋は……暗い。
 まだ帰ってきていないらしい。
 全く、人間というのは時間にルーズで困ったものなのである。
 僕は、空っぽになっている食事の器の前で彼女を待った。
 時間は、たっぷりとある。
 彼女の為に費やすのなら、それもまた良いだろう。
 暗闇の中でどのくらい待っただろう?
 ガチャリ
 玄関の重たい扉が開く音に僕は顔を上げた。
 『帰ってきたね』
 僕は彼女の為に玄関まで出迎えてやる。
 あくまで慌てす騒がず、クールな足取りで玄関先に。
 『おかえり』
 「にゃー」
 やはりそれは僕の同居人。
 紺色のパリッとしたスーツに身を包む、僕と同じ真っ黒な長い髪の「おーえる」とかいう仕事をしている同性だ。
 そんな僕を見下ろす彼女は、
 「はぅ…」
 溜息のようなものを吐いて僕を抱き上げた。
 『なんだか疲れてるなー』
 「に、にゃー」
 「はぁ」
 彼女の吐息は、
 『ぐっは!』
 酒臭い,鼻が、鼻が曲がる……
 「にゃ!」
 僕は彼女の腕の中から抜け出して床に着地。
 また呑んでやがるな、コイツは。
 ともあれ、
 『腹減った〜』
 「にゃお〜ん」
 すりすり
 僕は彼女の足にまとわりつく。さっさと僕の晩飯の用意をするのだ。
 「にゃーにゃー」
 彼女は僕をしばし見つめ、そして
 「慰めてくれるのね」
 「はぃ?」
 また抱き上げられる。僕の顔は彼女の視線の前。
 彼女の大きな黒い瞳に、困った顔の僕が綺麗に映っていた。
 と、その僕の姿が不意に歪む。
 「またフラれちゃったよー!」
 泣きながら、僕を頬に擦り付けてくる。
 すりすり
 『またかい!』
 「にゃ」
 まったく人間というのは不思議なものだ。
 他人に好かれていないと、生きてはいけないものなのだろうか?
 一人で生きていけないのか?
 まぁ、確かに他人と一緒に暮らしていれば、結構ラクはラクなのだが、それだけだろう??
 「わーん!」
 すりすりすりすり
 『臭っ、酒くさ!!』
 「ふぎゃー」
 堪らず悲鳴が漏れる。
 「貴女も泣いてくれるのね、K」
 ちがうわ!
 『よっぱらいめー、はーなーせー』
 「にゃにゃー、にゃにゃにゃー」
 結局、御飯にありつけたのはそれから彼女が僕を抱きしめて随分と経ってからである。


 朝、ぴっかぴかの日の光に照らされて僕は起きる。
 さて、彼女を起こしてやるか。
 いつものとおり、僕は彼女の眠るベットの上に。
 毛布の上から前足でむみむみと交互に踏みつけた。
 『起きろよー』
 「にゃにゃ」
 ふみふみ
 「おーきーろー」
 ふみふみふみ
 『あれ?』
 「にゃ?」
 毛布の中からはくぐもった声が聞こえてくる。
 「うー、きもちわりー」
 彼女は目を覚ますものの、気だるそうに声を漏らした。
 『どうした? 調子悪そうだなぁ』
 「うにゃ?」
 「Kぇ、きもちわるいよー。ううっぷ」
 呑みすぎのようだ。
 『まったく、しょうがないなぁ』
 ざりざり
 彼女の頬を舐めてやる。
 「分かったわよ、起きるわよ…」
 ぼさぼさの頭を掻きながら上体を起こす、が。
 「うー、立てない…」
 ぱたり、ベットに逆戻り。
 「はぁ…」
 そして昨日のことをまだ引きずっているのだろう,同じ溜息。
 こうなれば、アレしかない。
 『いつもの通り、精のつく、元気になるもの取ってきてやるよ』
 僕はベットを下りて、こんな時の彼女が元気になるクスリを探しに出かける。
 ホントに人間というのは世話のかかる生物だ。


 ベットに未だに伏している彼女の顔の脇に、僕は口にくわえたそれを置いてやる。
 『ほれ、それ食べて元気だしな』
 「うにゃ」
 「ん?」
 顔を上げる彼女。
 病気のような青い顔が、一瞬にして真っ赤に変わる。
 「ぎゃー、ごきぶりー!!」
 スパーン!
 枕元にあった雑誌で僕の取ってきてやった獲物を吹き飛ばす彼女。
 『ほら、元気になった』
 「コラ、K! なんでアンタはいつもいつも、私が調子悪い時にこんな嫌がらせするのよっ!」
 嬉しそうに僕に言う彼女。良いことをした後は気持ち良いものである。
 『しっかし効くなぁ、こんなに元気になって』
 僕に向ってぎゃーぎゃー騒ぐ彼女を目を細めて眺めながら、自画自賛。
 と、彼女は自身の頭を押さえた。
 「あだだだだ……、んもぅ! 今日は風邪ってことでお休みにしようと思ったのに、目が覚めちゃったじゃないの」
 言ってベットから下りる彼女。そのまま洗面所へと向って行った。
 『そうそう、君にはウザイくらいの元気が一番似合うよ』
 後ろ姿を見送りながら、僕は大きく欠伸を一つ。
 まったく、人間と言うのは世話の焼ける生き物である。


おわり