自称妖精さん



 僕には妖精の友達がいた。
 けれど彼女の最期の時には、僕は彼女が妖精でないことを知り、村のみんなは妖精であると断定した。
 反吐が出るような、人間の醜さを知った記憶だ。


 僕の住む村は山に囲まれた、田舎としか言いようのない田舎だ。
 領主様も暢気なお方で、それゆえに愛されていることもある。
 そのころの幼い僕には幾人かの友達がいた。その中でも変わった奴がいた。
 亜麻色の長い髪をした、可愛らしい女の子だったと記憶している。
 けれど彼女は、自分自身のことを常にこう言っていた。
 「私は妖精なの。人間じゃないのよ」
 他の友達も、それに大人すらも彼女のことを奇異の目で見て、そして関わらないようにしていた。
 いつのころからだったか、彼女とまともに口を利くのは僕だけだったような気がする。
 僕の両親は城仕えだったこともあって、自由放任主義だったことも起因しているんだろう。
 自称妖精の彼女は、森の奥に住むといわれる魔女の子だった。
 もっとも後から調べたことだが、森の奥に住んでいたのは彼女の両親が炭焼きの仕事をしていたからなのだが。
 妖精を名乗る彼女は、様々なことを知っていた。
 例えば満月の出る晩は、海岸線の向こうに見える孤島への道ができること。
 例えば大きな地震が来る前触れや、嵐の前兆。
 例えば美味しいシロップの作り方。
 僕の知らない、村の物知り老人も知らない、まさに僕にとっては妖精のような人が知っているような知識に経験。
 「私は妖精なの。知っていて当然よ」
 薄い胸を張って笑う彼女を、僕は妖精であると信じた。
 やがて時は流れる。
 僕も彼女も成人の儀を迎える頃だ。
 その頃もまだ、彼女は自分のことを妖精だと言っていた。
 それを信じてあげられるのは僕くらいで、村の人々は「ああ、そう」と流す程度のことだった。
 彼女は僕に言う。
 「なぜ信じてくれないのかしら?」
 信じているのは僕だけで良いじゃないか、この時そう言ってあげればよかったと思う。
 ある夏の日、あの事件が起こった。
 始まりは村一番の金持ちである交易商人の息子が死んだこと。
 彼の肌には黒い斑点が体中に浮かび上がり、その日の晩に血を吐いて死んだのだ。
 次の日、武器屋の娘と八百屋の親父が同じ症状で死んだ。
 その次の日は宿屋の主人と、そして客の全員が死んだ。
 次々と村人が死んでいく。
 皆、恐れおののいた。明日は自分の番かと。
 原因は何だ? こんな症状はどんな医学書にも載っていない。
 暗澹とした村の中。
 誰かが一言呟いた。
 「呪いじゃないのか?」
 それが引き金だった。
 「誰の呪いだ?」
 「魔女だ」
 「村に魔女はいない」
 「いや、いるぞ」
 「どこに?!」
 「魔女ではなく、妖精がいる」
 「妖精の呪いだ!」
 「そうだ、妖精の呪いだ!!」
 「殺せ、妖精を殺せ」
 「殺せ」
 「殺せ!」
 程なくして彼女が引っ立てられた。
 後ろ手に縄をかけられた彼女は村の広場にはりつけにされる。
 村人達が彼女を囲み、殺意のこもった目で睨む。
 優しかったはずの領主が彼女を前にこう叫んだ。
 「火炙りに処す」
 「彼女に何の責任もない! こんな馬鹿げたことがあるものか!」
 「「火炙りだ、焼いてしまえ!!」」
 僕の言葉は怒涛のような村人達の叫びに掻き消えた。
 僕は絶望のこもった瞳で、今まさに足元に詰まれた焚き木に火をつけられんとする彼女を見る。
 彼女は僕を見ていた。
 そして、満足げに小さく微笑んだ。
 火がつけられる。
 彼女は叫び一つ上げることなく、燃え盛る炎の中に消えていった。
 村人達から歓声が上がる。
 この瞬間、彼女は村人達から妖精であることを認められたのだ。
 小さくなっていく炎を、僕はただ見つめる。
 「君は誰がなんと言おうと人間だ」
 僕は小さく吐き捨てた。


 翌日、首都から著名な医師が村にやってきた。
 この村に住む研究者から非常に興味深い論文と、その元である病原菌サンプルを送られたのだそうだ。
 研究者の名は僕になっていた。無論、そんなものを送った記憶はない。
 首をひねりつつも彼によって、この村を覆う疫病はあっさり克服された。
 彼を呼んだのは自称妖精の彼女だった。彼女の書いた論文は非常に科学的で、首都の学院では抜群の評価だったという。
 僕は医師とともに、生まれ育ったこの村を出た。
 もはや僕は妖精を信じないから。
 未だに妖精を信じ続ける彼らとは、一緒に生きていけないから。

おわり