日本男子ならば一度は憧れるセイギノミカタ!
 戦隊モノ然り,刑事モノ然り,巨大ロボットなんぞが出てきた日にはもぅ、失禁ものや。
 ……と思えるのは長くとも小学校低学年まで。
 そうだ、それでいいんや。フツーはそうなんや。
 大人になればセイギノミカタなんぞになりたかった幼い頃の自分を懐かしく思う。
 しかし僕は違う。むしろそうでありたかったと言って良い。
 なぜならば……
 僕は今、そのセイギノミカタなんや。


セイギノミカタ


 時は2020年。
 10年前のパラドクスによってこの世はガラリと変わった。
 パラドクス――すなわち改変とは宇宙からの来訪者。
 宇宙人というヤツや。
 世界は仰天した。その頃の僕はちっこいガキ。それでもビックリしたんは覚えとる。
 宇宙人はこの地球と友好条約を結び、ここに宇宙時代が到来した。
 ……とは言っても宇宙に出るにはまだまだ障害が多い。僕達地球人のそのほとんどは未だこの地球に根を下ろしている。
 しかし文化は一新。様々なテクノロジーが生活に入りこんで来たんや。
 んで波乱の内に10年。
 まだまだ宇宙人達の技術には追いついとらんけど、地球人も強い文化を身に付けて行ったんや。
 「シロウ、10時方向から飛行武器!」
 「うぉ!」
 カッカッカッ!
 僕は相棒の言葉を瞬時に理解,輝くエネルギー矢の連続攻撃を続けざまの側転で逃れた。
 アスファルトにはきれいに並んだ3本の矢。
 「そこか!」
 僕は敵の姿を発見。新世界のゲートの上には弓矢を携えたとっぽい男が一人、こちらを見下ろしている。
 そう、コイツが今回の怪人『ろびーんふっと』なんや。
 宇宙人と友好条約を交わした直後、宇宙協定を地球人は結んだんやけど、宇宙には裏の組織が存在しとった。
 秘密結社『ガルガンチャー』。
 戦隊モノで言うところのショッカーの大元みたいなもんや。
 ガルガンチャーは地球にも入り込み、数々の犯罪を犯すようになった。
 この『ろびーんふっと』は地球支部日本支店大阪出張所に所属する57番目の怪人。
 もともとはコイツ、地球人や。しかしガルガンチャーに望んで改造されてこうして怪人となっとる。
 そんな怪人達を倒し、ガルガンチャーの魔の手からお茶の間の皆さんを守るのが僕達、セイギノミカタなんや!
 正式に言うと『地球軍日本域関西区大阪第三部隊所属セイギノミカタ』である。
 このセイギノミカタに選ばれるのはランダム――というか狂牛病で脳が溶ける確率に近い。
 相手が秘密結社である以上、セイギノミカタも正体不明でなくてはならんのや。
 「ユーリ,サイコガンの準備を!」
 「できてるわ」
 クールに返すは相棒のユーリ。体にフィットした白い戦闘スーツに身を包み、同色の長い髪を後ろに流している。形の良いその面にはやはり白いグラスで正体を隠していた。
 年の頃は17歳。現役ばりばりの女子高生なんやけれど……
 ちなみにこのサングラス,宇宙テクノロジーでどう見ても正体がばれている様に見えても決して分からない心理的効果があるんやそうや。
 その証拠にこの僕。黒い戦闘スーツにやはり黒いサングラスをかけているが、どう見ても知り合いにバレる姿や。
 でも今までばれた事はあらへんかった。
 不思議や、宇宙テクノロジー!
 「シロウ」
 「おぅ!」
 僕は腰から銃を抜く。サイコガンと呼ばれる高出力の銃や。
 「「ファイヤー!」」
 僕達の気合いに応じて、二つの銃口から光が走る!
 それは寸分たがわず新世界のゲートの上に立つ『ろびーんふっと』に炸裂し……
 「うぎゃーーーーーー」
 断末魔を残して怪人は落下,3m下のアスファルトの上に鈍い音を立てて激突し、黒い煙を上げて動かなくなった。
 「任務完了」
 「なんてゆーか、派手さに欠けるな。そう思うやろ、ユーリ?」
 「派手さが任務遂行までの距離を縮めるのなら必要だと思うけど」
 冷たくあしらわれる。
 僕達の目の前で『ろびーんふっと』は派出所の警察官にひっとらわれて行った。
 それを数人の野次馬が「あ、怪人だー」などと言いながら、通り過ぎて行く。
 そして僕達二人を見てちょっと手を振ったり、「またか」とか言ったりしている。
 あー、地方の怪人とセイギノミカタなんて、こんなものなんや。
 日常茶飯事なのである。
 この『ろびーんふっと』にしても、日本橋電気街で「電気街で野菜を売るな!」とぶち切れていたところを、この界隈担当である僕達がこうして駆けつけたに過ぎない。
 悪事も小さいながら、僕達の活躍も大した物ではないんや。
 ちなみに本部の方(東京とか)だと毎回怪人が巨大化、セイギノミカタもエキスパート揃いで巨大ロボットに乗って戦ったりしているみたいだ。
 いかんせん、こんな地方ではそんなシチュエーションとは程遠いんやけど、ね。
 「さ、帰りましょう」
 ユーリの抑揚のない声に頷く。時計の針は夕方六時を示していた。
 「ユーリ,晩飯でも食って行かへんか?」
 「シロウのおごりだったら良いけど?」
 「……お好み焼きやけど」
 「エネルギー量は充分ね。構わないわ」
 「そか、ほな通天閣の下で待ち合わせな」
 「了解」
 僕達はそれぞれ別々の方向へ歩き出す。やがて僕はとある店舗の裏に入り、変身を解く。
 ”誰にも見られていないな”
 まぁ見ている酔狂な奴なんぞいるとは思えないけれど。
 ユニクロ一式で身を包んだ普段着に戻った事を確認して、僕は通天閣の下へ。
 そこにはすでにユーリ――藤崎悠里が待っていた。
 近所の浪速高校のブレザーを教科書通りに着こんだ彼女の表情は、無だ。
 ガラスのような瞳には僕と、後ろの景色がきれいに映っていた。
 「もっとスムーズに変身できないのかしら?」
 「うるさいなぁ」
 溜息一つ。
 実は彼女は正確には人間では、ない。
 機族である。
 機族とはつまり、体が機械なのだ。先天的に肉体的に欠損があったのか,もしくは『死』を体感したのか……
 彼女はおそらく後者だろうと思う。
 今現在、死は本当の死とは言えない。
 本人の記憶と知識をDLしておけば、たとえ死んでもその時点まで戻るが生き返る事が出来る。
 しかし感情は喪失すると言われているが……
 だからユーリは笑わない。同時にどんな状況であっても正確な判断を下す事が出来る。
 機械の体を持つ人間――それが機族だ。
 「シロウ,前回のステージは巧く行ったのかしら?」
 「ほぅ、ユーリが僕の漫才に興味を持つやなんて……惚れたんか?」
 「珍しくおごるとか言うから。万年金欠の貴方がお金に余裕があるといったら、他に財布を拾ったくらいのものでしょう?」
 酷い言われようである。
 遅くなったが、僕の名は柊士郎,19歳の高卒。
 職業は漫才師や!
 ……ツッコミなんやけど、毎度毎度ボケのヤツがつまらんので、ステージはいつも白けるんや。
 でも昨日のステージは巧く行った。ボケのヤツも良いのが回ってきてくれたお陰で息はばっちりやった。向こうさえ良ければこれからも組みたいと思っているほどや。
 で、その時に出た出演料がそこそこ良かったのは事実。
 「ユーリ、明日見に来いや。絶対笑かしてやるさかい」
 「笑うということが良く分からないわ」
 「それを分からしてやる言うてんねん」
 「……無理だし、意味はないわ。早くお好み焼きをおごってちょうだい」
 「へいへい」
 僕は肩を落として、ユーリを伴って行き付けのお好み焼き屋へと向ったのだった。


 「必殺技?」
 「ああ。やっぱりないとパッとせぇへんやろ?」
 二人して鉄板の上のお好み焼きを突付きつつ、ミーティング。
 そうなんや。セイギノミカタ言うたら、ただ銃を撃って「はい、おわり」やのぅて、最後にでっかい必殺技使こうてなんぼや!
 「私達に支給されているのはサイコガンだけ」
 「だーかーらー、パンチとかキックも強いやないか!」
 「非効率だわ。飛び道具に敵う武器など存在しない」
 黙々とお好み焼きを食べながらユーリ。
 確かにゲームなどでは飛び道具(銃や弓矢)は近接武器よりもダメージが少ないモノとして位置付けられているが、実は違う。
 飛び道具は相手との距離が近ければ近いほど、その威力は増す。
 そして破壊力は拳や剣などとは比べ物にならないのだ。
 確かにユーリの言うことも分かる……しかし!
 「必殺技は男の夢や、夢なんや!」
 「マスター、ウーロン茶1つ」
 「あいよ!」
 「勝手にオーダーするな!」
 「私は女だし…」
 「また、そう言う屁理屈を」
 「どちらが屁理屈なのかしら?」
 言葉が詰まる。
 「私達は見世物のアトラクションじゃない。如何に被害を少なく怪人を倒すかが最優先されるべきでなくて?」
 「それは……そうなんやけど、でも、でも分からんか? 必殺技の必要性が!」
 「分からない」
 あっさり。
 「うぐ……ホンマ、ユーリは人の心がないな!」
 ユーリの箸が止まる。
 言ってしまって後悔した。今のは完全に僕の失言だ!
 「あ、ユーリ。ごめ…」
 「マスター、ブタ玉1つ追加」
 「あいよ!」
 「まだ食うのかーーー!!」
 やはり人の心はないらしいです。
 まぁ、良い。次の本題に入るとしよう。
 僕は懐からチケットを取り出してユーリの前に置く。
 「? 何、これ?」
 「明日の僕のステージのチケット。一度で良いから来てくれないか?」
 「私が行って、何か良いことあるの?」
 ユーリは合理的だ。意味のないことはしようとしない。
 そして『楽しんで欲しいから』なんて事を言っても、『私は楽しいとは思わないから』と言われて断われるのがオチなんや。
 「僕の漫才で良いところとか悪いところを指摘して欲しいんや」
 「何で私が?」
 「相棒やろ?」
 「セイギノミカタとしてだけ、ね」
 「おごってやっとるやろ?」
 「……マスター,オレンジジュース1杯」
 「はいよ!」
 「鬼デスな、アンタは」
 ともあれユーリは来てくれる様だった。
 これまでの彼女との対話の中で、これは大きな進歩かもしれない。
 あとは彼女を笑わせる事が出来れば……僕はこの漫才の業界できっとトップを取れるに違いない。
 明日はその為の試験と思えた。


 会場は静まり返っていた。
 僕は自分でも顔面が蒼白になっているのが分かる。
 ボケの相方が冷たい目で僕を見ている、失敗や。
 完全な失敗やった。
 たくさんの観客達――その中の冷たい目の中に、ユーリの同じ目を見つけた時には目の前が真っ暗になる思いだった。
 そう、僕は失敗したんや。
 気合いを入れて臨んだ漫才のステージ。
 最高の相方を見つけて、自信をもって上がったこのステージ。
 あっさり砕け散ったのだった。


 道頓堀のドブ水はゆっくりと流れて行く。
 橋に身を預け、僕は何も考えずにその流れを見つめていた。
 つんつん
 背中に何かの感触。
 つんつんつん
 突付かれている。
 つんつん……
 「なんやねん!」
 振り返ると、相変らず表情のないユーリが立っていた。
 「何や、笑いに来たんか?」
 「面白くなかったから笑えもしないわ」
 「うぐぅ!」
 自爆。
 「約束でしょ。批評をしに来たの」
 「……批評」
 「ええ。貴方の漫才の」
 昨日の『見にきてくれ』というのは彼女にとっては『批評してくれ』と捉えたみたいや。
 「簡潔に言うと、まったく面白いと感じられる要素がないわ。今まで貴方は売れない事をその日その日の相方のせいにしてきていたけれど、どうやらそういうわけではないみたい」
 「か、簡単に言うな!」
 「第三者だから言えるのよ」
 彼女は無表情の分、辛辣なままに続ける。
 「貴方自身に甘さがある。けれどそんなネタではお客は笑わない。分かっているのでしょう? 貴方は自分の限界を。知っているのでしょう? 何処まで出来るのかを?」
 「うるさいうるさいうるさい! 感情のない機族に何が分かるんや!」
 彼女に対して、初めて腹の底から怒った。
 何も知らないくせに。
 やったこともないくせに。
 理屈だけ並べているくせに。
 そして、
 僕が実は分かっていて、分からない振りをしていた事をズバリ突いて来た事に。
 「何も分からないわ」
 静かに彼女は応える。
 「私には『面白い』ということも『悲しい』と思う事も、そして『悔しい』と思う事さえも分からない。でも」
 まっすぐにユーリは僕を見て言い放つ。
 「貴方は分かっている、人間ですもの。分かっているという事は、それだけ人を笑わせる事が出来る位置にいるという事。そして貴方が己の限界を知っているという事は、限界を超える事を知っているという事」
 ああ、そうか。
 僕は彼女の頭を軽く撫でる。
 ふさふさした長い髪は、手に心地好い。
 「ありがとさん。ユーリなりになぐさめてくれたんやね」
 「……そんなつもりは毛頭ないわ」
 彼女は僕の後ろの川の流れを見て小声で呟く。
 「だって私には、貴方の様な感情がないんですもの」
 その声はとてもとても悲しく聞こえたのは、僕の気のせいだろうか?
 「……酷いコト言ってゴメンな。お好み焼きおごるわ」
 「貧乏人におごってもらうほど、私は酷い機人じゃないわ」
 その時、
 僕達の持つ緊急呼び出し装置が鳴った。
 「「怪人っ!」」


 場所は昨日と同じく新世界。
 そいつはそこにいた。
 「昨日の『ろびーんふっと』?」
 「逃げたみたいよ、留置所から」
 大阪府警の警備の怠慢の様だ。
 「マタ来タナ,せいぎのみかたヨ!」
 ズビシッ! と、こちらを指差す怪人。
 「昨日ノ戦イハ納得イカン! 改メテ勝負ダ!」
 「おぅ、望むところだぜ!」
 戦闘スーツ姿の僕はユーリより一歩前に出る。
 と、
 「勝負というと、やっぱりこういう勝負かしら?」
 ユーリが頭に何かを乗せて前に出た。
 「これを見事射抜いた方が勝ち……というのかしら? 怪人『ろーびんふっと』?」
 ユーリが頭の上に載せていた、それはっ!
 「梨を載せるな! 林檎やろっ!!」
 僕の鋭いツッコミ!
 それをユーリはひょいとかわし、僕の剃刀のようなツッコミがその向こうにいた怪人に炸裂した。
 「ぐひゃぁぁ!!!」
 ちゅど〜〜〜〜ん!!!
 豪快な爆発音と伴に、怪人は痙攣しながら新世界の路地に横たわっていた。
 今の…今の技はっ。
 「必殺技『ワレ、何言っとるんや!』の完成だ!!」
 同時。
 僕の中の芸人魂に何かの輝きが見えた気がした。
 「これだ、これだよ、ユーリ! 僕の相方になってくれ!!」
 「いい加減にしなさい!」
 ごめす!
 ユーリの鉄拳が僕の鳩尾にクリーンヒット。
 「し、失礼しまし…た」
 薄れ行く意識の中、サングラスの下のユーリの瞳がわずかに笑っているかのように見えたのは僕の気のせいやろうか??


 今日もセイギノミカタは世界の平和の為に戦っている。
 人々の平穏の為に、笑いの為に。
 そう、僕達は純粋な正義の心で戦い続けているのだ。
 「そうやないやろーが!」
 「いい加減にしなさい」
 「失礼しましたーー」
 そして僕は今日もツッコミを入れ続ける。
 正義の為、に???


おわり