Wired
ここにあるものは全てが0と1で構成されている。
現実には存在しない物質で構成された,けれども信じるものにとっては真実であるここは―――電子の世界。
そんな世界の1つに俺はいる。すなわちここはオンラインゲームの世界だ。
風が殺意を持って俺の脇を通り抜けた!
目の前には身の丈3mはあろうかという馬頭の巨人。
そいつは両手に俺の身長よりも長い棍棒を構えていた。
先ほど俺の脇を通ったのは、奴の振り下ろした一撃。
俺はその攻撃をすり抜け、奴の懐に入ったのだ。
両手に構えた丸頭大剣を馬頭の巨人の左胸に向かって突き上げる!
刃先は巨人の胸に根元まで埋まり………
横から来た! 巨人が棍棒を捨て、空いた両手で俺をはがい絞める。
「くっ!」
思わず剣から手を放した俺は奴に両手で持ち上げられる,奴の爪が腰に食い込んだ。
と、
コォン!
木魚を鳴らすような音が響き、馬の巨人の動きが硬直した。
同時、俺の体を淡い光が包み、全ての傷が塞がった。
「よっし!」
身を捻じり、巨人の胸に突き刺さった剣の塚を手に。
一気に引きぬき、目の前の奴の頭に剣を思い切り叩き付けた!
致命傷を受けた馬の巨人はその身を光の粒子と化して消え去る。
「っと!」
俺は地面に着地,奴の残したアイテムを見つめる。
3万銭……洞窟の一番奥に住まうキングウマと呼ばれるコイツは、お金を大量に所持している。
けれどもそこに至るまでの道程が長いのと、雑魚が意外にも手こずるので訪れるプレイヤーは少なく、実はここの洞窟は結構の穴場だったりするのだ。
俺は長い髪をかきあげて安堵の溜め息一つ。
身に纏う汚れた陰陽服をぱんぱんと払った。
「案外苦戦したじゃないの」
やや皮肉を込めて、後ろから声をかけてくる女性キャラ一人。
「うるさいなー」
答え、振り返る。そこには紫色のポニーテールを揺らした女魔術師,その隣で苦笑うスキンヘッドの男仙人が一人だ。
「魔力回復が遅くなってしまってな、スマン」
そう俺に謝るのはスキンヘッドの仙人だ。俺は首を横に振った。
「俺が尽力のタイミングを間違えただけだよ,それにちょっと嘗めてたし」
尽力とは己の体力の大部分と引き換えに相手に大ダメージを与える戦士の必殺技だ。
「ウサギを倒すのにも全力でなくちゃーねぇ」
「杏樹、お前はもーちょい早く麻痺かけてくれ」
「K馬なんか楽勝だって言ってたからさぁ」
女魔術師――杏樹はニタリと微笑み舌を出す。
「キメるところはキメたんだからOKっしょ?」
「むぅ」
「まぁまぁ、烈牙も勝てたんだから良しとしよう」
「へいへい。分かったよ、RD」
仙人のRDにたしなめられ、俺は苦笑一つ。
いつもの冒険の、いつもの風景だ。
俺はこのオンラインゲーム「風の帝国」で戦士をやっている。
名前は烈牙,はじめて半年くらいだろうか。
そしてその当初からパーティを組んでいるこの2人。
回復系の仙術を操るスキンヘッドの眩しい仙人『RD』。
攻撃と補助魔法を駆使する魔術師の『杏樹』。
このゲームには4種の職業があり、前衛職に戦士と義賊。
後衛職に魔術師と仙人がある。なるべく一緒に行動するのなら違う職が便利だ。
そんな利便性もあって、広いこの風の帝国の中、3人でほとんどを回ったと言って良いだろう。
直に顔を会わせたことはないが、ゲームを通してお互いをよく知った仲である。
「烈牙、私はそろそろ時間だ」
戦利品を分け終え、RDは言う。
その言葉に俺はゲーム外……すなわち現実世界の時計を見た。
時間は深夜1時。
「俺も明日学校だからなぁ。オチるわ」
「私もー」
手を挙げる杏樹。
「じゃ、また明日いつものところに」
帰還用の『巻き物』を取り出して俺は2人にウィンク1つ。
「了解」
「また明日ねー」
そして、パーティは解散された。
その時、俺は帰還の狭間に見た。
RDが首を傾げ、振り上げた帰還の巻き物を何故か懐にしまうのを―――
「おっかしいわねぇ。RDったらどうしたのかしら??」
武器である大魔霊魂棒に顎を乗せ、いつもの宿前で杏樹はぼやいた。
3人で馬巨人の出る洞窟へ冒険に出たのは一昨日のこと。
昨日はRDは出現せず、今日も現れていない。
時刻は現実世界で夜の11時だ。
会えないときはRDにしても杏樹にしても、そして俺にしても連絡を入れるようにしている。
ましてや結構アバウトな杏樹とは異なり、几帳面なRDのこと。
連絡のないまま2日間というのは妙な事態だった。
「まぁ、急な出張でも入ったのかしらね」
「そうかもな」
RDは話によると社会人だ,ちなみに俺が学生であることは、いつも愚痴っているので2人には周知の事実である。
杏樹についてはまるで現実世界での素性が分からない。
変な話だが、これだけ親しいのに彼女は現実とゲームの世界の境界をしっかり線引きし、それを俺もRDも受け入れていた。
その辺が半年も仲が続くコツなんだろう。
「暇ねぇ…どっか近くを回りましょうよ」
「そう、だな」
俺も腰を上げる、と。
「今、暇ですか?」
修験者の服を着た短髪の男が俺と杏樹の前に立ち止まる。
手にした三叉弦棒は仙人専用の武器,纏う防具から俺達と同じくらいのLvと見て取れた。
「ああ。一緒に何処か行かないか?」
「一緒に馬巨人の洞窟に行って欲しいですけど……」
俺は隣の杏樹を見る。彼女は小さく肯いていた。
「構わないよ、行こうか,俺は烈牙」
「私は杏樹、ヨロシク〜〜」
「僕はRYUSEN。よろしく頼みます」
仙人・RYUSEN,確か結婚していたと記憶している。
結婚とは言っても現実世界ではない,このゲームの中でだ。
このゲームに関して言うと、結婚することができる。すると細かないろいろな特典があったりするのだが、ここでそれを説明する必要はなかろう。
相手である奥さんは俺や杏樹もよく知っている……フェイオンというノリの良い女義賊だったと思う。
フェイオンとはゲームマスター主催のイベントでよく顔を合わせるのだ。
そんなことを考えつつ、しかしフェイオンのことは聞けないまま、俺達は馬巨人の洞窟までやってきていた。
「相変わらず人気がないわねぇ、ここのフィールドは」
苦笑いの杏樹,俺は武器を構え直す。
万全を期して、今回は攻撃力の高い金剛戦斧という己の身長と同じ大きさの巨大な斧を武器にすることにした。
「お、気合入ってるわねぇ,烈牙」
「杏樹も気を抜くとポックリいくぞ。RYUSEN、回復系は一存する,頼むよ」
「了解しました」
答えるRYUSENの表情は、硬い。
しかし思うに、それはこのフィールドに対してではないような気がする。
モニターのみを通してしか接触はないけれど、だからこそその雰囲気を感じるのだった。
「大尽力!」
俺の大斧が一昨日てこずった馬巨人のボスを両断する!
わずかに生命力の残った巨人を、杏樹の放つ攻撃魔法・地獄の炎が骨まで焼き尽くす。
「終わったな…あれ?」
戦利品である3万銭を前に、俺はRYUSENの姿が近くにないことを知る。
「RYUSEN?」
「あそこにいるよ」
隣の杏樹が洞窟の柱の影を指差した、そこにはしゃがみこんだRYUSENの姿がある。
「どうした?」
彼の後ろに歩み、しゃがんで見つめる『それ』を俺は見た。
柱に何かが刻まれている,それは誰かがこの柱にメモとして刻み込んだメッセージだ。
消すことはゲームマスターか、書いた本人か、もしくは書いた本人が認定したプレイヤーにしかできない。
「なんだ、これ?」
RYUSENは顔を上げる,その表情は無。
だからこそ分かった。表情を作るだけの余裕がプレイヤーにないことを。
俺は彼の隣で刻まれたメッセージを読む。
それは―――
『6/28 18時に新宿都庁 6F階段横西側柱に設置予定 0時に大輪の花とともに崩れ去らんことを』
「何、コレ? 爆弾テロか何かの宣告?」
杏樹の声に我に返る。
「どうせどっかの馬鹿のイタズラ書きでしょ?」
「いや、そういう訳でもないです」
答えたのはRYUSENの方だ。
「僕の嫁さん……フェイオンから昨日メールがあったんですが」
「どんな、メール?」
「もしも、彼女が今夜ログインしていなかったら『ここ』にある書き置きを読んでみてくれって……」
フェイオンを俺は思い出す,ひたすら元気な、それでいて正義感の強い女の子だった記憶がある。
「じゃ、なに? フェイオンはこの落書き見て、実際に都庁に行ったってこと? で、今ログインしていないのは彼女に『何かあって』来れていないって、RYUSENはそう言いたいの?」
杏樹にSYUSENは俯いたまま肯いた。
「考えすぎよー」
「いや」
俺は思い出した,昨日、そして今日ログインできていないRDと最後に別れたのが『ここ』だということを。
そして別れ際、彼が何かを見つけたような行動をとっていたことを。
「RDも……もしかしたらこのメッセージを一昨日見つけたのかもしれない」
杏樹は俺の言葉に怪訝な表情を浮かべる。
「何よ、烈牙までそんなこと言うの?」
「杏樹は信じないのか?」
問われ、彼女は無言。
「RYUSEN、君はどうする?」
問われ、彼は顔を上げた。
「僕は……実際のところ腐った現実世界なんかどうでもいいんです。でも」
彼は三叉弦棒で軽く床を叩く。
「フェイオンは大切な人です。それがゲームであってもなんであっても。だから助けに行くつもり」
「そうか。杏樹は?」
魔術師はそんな僕に冷たい目を向けた。
「お生憎様。ゲームはゲーム,リアルはリアルよ,2つは全くの別物じゃない」
視線をRYUSENに彼女は移す。
「それに面倒事に付き合うほど、私は暇じゃないの。怨まないでね」
「恨みはしないさ,杏樹らしい答えだよ」
「むぅ」
俺は頬を膨らませる杏樹に苦笑い,時計を見る。
午後10:30。落書きによるとあと1時間30分しかない。
と、
「よぉ、こんにちわ」
背後からの声に俺達3人は振り返る。
そこにはマントを羽織った男性魔術師の姿があった。異なるサーバーから飛んできたんだろう、見かけない顔だ。
「どうも」
「こんにちわ」
「うぃ!」
三者三様の応答,魔術師の彼は俺達の囲んでいたメッセージを見て、小さく舌打ちしたのを俺は見逃さない。
彼は満面の笑みで困った顔を作って言った。
「それ、この前友達とふざけて書き込んだモンなんだ」
「あ、そうなの。もしかしてわざわざ消しに来たの?」
杏樹は問う,隣でRYUSENが何か言おうとしているが喉を押さえていた。
俺は目の前の魔術師を不審に思い、問う。だが、
『あなたは杏樹の暗黙の魔法によって発言が封じられています』
一体??
「ああ。これでも一応、良識あるプレイヤーだと思ってるからね」
「そう。でも誰も信じないわよ、こんな落書き。今もみんなで笑ってたところだもん」
杏樹は俺にウィンク一つ。
そして目の前で魔術師の男は落書きを消した。
「そりゃ、そうか。それじゃ!」
男は懐から巻き物を取り出して町へと帰還,姿を消した。
同時、杏樹の魔法が解ける。
「何するんだよ」
俺と同じことを思っているんだろう,RYUSENもまた杏樹に非難の視線を向けていた。
「アンタら……私は信じてないけど、もしもこのメッセージが本物だったとしたら、さっきの奴は関係者でしょ? モロに興味ありますーみたいな態度でしてどうするつもりよ」
呆れ顔で彼女。
「行くんなら早く行けば? 時間、ないんじゃないの?」
RYUSENは気がついたように肯くと、そのままログアウトする。
そして俺は……
「烈牙はどうするの?」
「俺は……」
先程の男,彼がわざわざここに消しに来たと言う事実。
それはフェイオンか、もしくはRDが実際に都庁に赴き、捕まったからなのかもしれない。
もしもそうだとすると。
「俺は行くよ,全くのイタズラだったとしても、その方が良いからね」
ウィンク一つ、俺もまたログアウトした。
呆れ顔の杏樹の顔を最後に見ながら………
俺の住む学生寮から都庁まで原付で10分程度だ。
どうせならRYUSENに連絡を取っておくべきだったと悔やまれるが仕方ない。
俺は寮長にバレない様に抜け出し、原付のエンジンをキックダウン!
暖まるのを待つ前に跨り、一路都庁に向けて出発した。
曲がり角を直角カーブ,裏道を通り一方通行を無視。
やがて11時10分前に、目の前に聳え立つ都庁を見上げていた。
さて、入り口だが……
この時間にやっているわけない,また周期的に警備員が巡回していた。
「参ったなぁ……爆弾ありますなんて言って入れてもらえるわけないし」
呟く俺の背中が不意につんつんと突つかれた。
硬直,警備員か?
このまま振り返らずに逃げてしまおうか?
その思いは次の一言で急速に静まる。
「もしかして烈牙さんですか?」
女の子の声だ,俺は振り返る。
そこには黒いワンピースを着込んだ同い年くらいの少女が一人。
おとなしそうな、そして可愛らしい子だった。
言わずもがな知り合いにはいない。
だが烈牙と呼ぶと言うことは……
「もしかして杏樹?」
「いえ……RYUSENです」
「へ?」
ちょっと待て、RYUSENって男キャラだっただろ??
それにフェイオンっていう女キャラと結婚してるし。
「あの、僕が女だっていうことはフェイオンも了解済みですよ」
「あ、そうなの?」
まぁ、男が男キャラ、女が女キャラを選ばなきゃいけないと言う法律とかルールは韓国にしかないし、それはどうでも良いのだが。
しかしフェイオンの方を知っているだけにちょっと意外だった。
「そんなことより、どうやって入るかだな」
俺の抱える問題を、しかしRYUSENはあっさりと解いてくれる。
「都庁の裏口の鍵を持っています。そこから入りましょう」
「何で?? どうしてそんなものを?」
「父の仕事に関係してまして……ちょっと拝借しきました」
ペロッと舌を出してRYUSEN,先行する彼女に付いて俺は都庁を目指す。
運良く警備員の巡回には遭遇することなく、俺達は裏口に取り付き潜入に成功した。
「都庁は広さの割に警備が薄いんです。だから私達みたいな素人でも潜入に成功できますし…」
「フェイオンやRDでも何らかの方法で可能と、そういう訳か」
暗闇の中、RYUSENが頷くのが分かった。
「さて、まずはRD達を探し出すか,もしくは柱の爆弾を何とかするか……どちらにしようか?」
「どうしましょう?」
「んー」
時間は一時間を切っていた。前者を行うには相当な時間を食うだろう。
何より本当に2人がここにいるのかということも未だ確定していないのだ。
「やはり爆弾が先かな」
「そうですね」
俺達は階段を使い、6Fまで足音を消して上る。
5Fから上を覗く,窓から差し込む月明かりには階上には人がいないことが分かった。
忍び足で6Fの柱のたもとへ。
消火器が置いてある。
その後ろにそれはあった。10cm四方の四角い箱,中からはカチカチと一定リズムの音が聞こえてくる。
「あったよ、RYUSEN」
振り返る俺の額に硬いものが押し付けられた。
「ほぅ、そりゃよかった」
硬いものは銃口。
マスクを頭からかぶった男が1人、俺を睨んでいた。
その後ろではRYUSENに同じように銃を突き付ける男が一人。
「全く,手間かけさせる。お前がしっかりメッセージ消しとかないからだぞ」
俺に銃を突き付けた男が後ろの奴に文句をつける。
「だからさっき消したよ,よもやあんな落書きみたいなのを信じる奴が4人もいるなんてなぁ」
4人…ということはRDとフェイオンも捕まっている可能性が高い。
「だけどバカだよなぁ,なんの予備策もなしに飛び込んでくるなんてさ」
俺とRYUSENは背中から銃を突き付けられながら6Fの突き当たりにある部屋に連れて行かれる。
「ほら、お仲間だ」
男の一人が俺とRYUSENを部屋に叩き込むと同時に言う。
そこには縄で後ろ手を縛られた男女一人づつと、それを監視するやはりマスクをかぶった男一人。
縛られた男の方は大学生だろうか? 若く美形に入る男だ。
そして女の方はスーツ姿,ショートボブの髪の間に薄い眼鏡が夜光に反射する。
RDとフェイオン??
「運が悪かったな,中途半端な正義感は身を滅ぼすんだよ」
後ろの男が小さく笑って俺に言う。
その時だ。
「烈牙,目を閉じて!!」
女のものと思われる鋭い一喝!
俺は反射的に目を閉じた,瞼の向こうが一瞬、真昼のように明るく染まった。
同時、耳をつんざくような「ちゅどーん」という炸裂音。
目を開く,するとそこには茫然自失のマスクの男3人,同じくRYUSENと捕まっている男女。
一体何が?
「何やってるの、烈牙! さっさとなんとかしてよ!」
先程の女の声に俺は銃を構えたまま囚われた2人を拘束する男に飛び蹴り!
しこたま床に頭を打ち付けて動かなくなる男の猟銃を奪い取る。
すでに後ろでは声をかけた女によるものであろう、ここまで俺を連れてきた2人のマスク男が力なく床に横たわっていた。
「リアルではハジメマシテ、ね。烈牙」
ゲームの中と同じ,髪の色は黒だがポニーテールを揺らした彼女はニタリと微笑み、RYUSENの頬を軽く叩く。その怪しい笑みは元が結構良いだけに似合わないことこの上ない。
年の頃は俺と同じか…いや、中学生と高校生の境目くらいに見える。
「もしかして…杏樹?」
「ピンポーン♪」
我に戻ってキョロキョロするRYUSENの背を軽く叩きながら杏樹。
「…来ないんじゃなかったのか?」
「私は意外性を求める女なのよ」
違う,単に俺に『杏樹らしい』と言われたのが気に食わなかっただけに違いない。
「しっかしスタングレネードはよく効くわ」
それが先程の光と音の正体であろう。
感嘆を漏らす彼女の右手にはスタンガンと思しき物体が握られている。
マスクの男2人はこれで片づけたのだ。
「準備周到だな」どこでこんな物騒なものを調達してきたのだろう??
「烈牙が準備ないだけじゃない。まー、単純な戦士だから、策士である魔術師には敵わないでしょうけど」
言いながら彼女は今度は縛られたRDとフェイオンの拘束を解いた。
「もっともお陰で都庁にも簡単に侵入できたし、コイツらの注意も引かなかったから、その点だけは誉めてあげよう、うん」
俺とRYUSENは杏樹の囮にされていたようだ,助かったから良いがある意味、友達なくすタイプに違いない。
拘束を解かれた2人の内の一人、OL風の女性は微笑む。
「助かったよ、ありがとう,杏樹。それに烈牙」
「大丈夫か、フェイオン?」
問う俺に、彼女はちょいと首を傾げた。
「?? 私はRDなんだが」
「「はい??」」
俺と杏樹の声が重なった。
スキンヘッドの中年仙人……それがRDなんだけれども。
「なんだ? 何か文句でも?」
ジト目で睨まれた。
「いや、別に」
「キャラクターはキャラクター、だものねぇ」
言葉遣いは変わりないが、あまりにもゲームの中とギャップがありすぎる。
ギャップと言えば隣の夫婦もなんだけれども。
視線を隣りに移すと、RYUSENが男の方……こちらが女義賊だったフェイオンになるのだろうか?
そんな彼に親しそうに声をかけている。
端から見るとゲームの中以上にお似合いのカップルに見えたりするのが不思議だ。
「リアルでは初めてお目にかかる,義賊のフェイオンだ。以後よろしく」
立ちあがり、彼はRYUSENを傍らに軽く頭を下げる。
そして杏樹に視線を移した。
「杏樹さん、爆弾は?」
「もち,ここに」
どこに隠していたのか、先程の小箱を両手に差し出す杏樹。
箱の表面には先程気付かなかったがデジタルで数字が表示されていた。
そこには15:12の文字がカウントダウン。
フェイオンは腕時計をチェック,あと15分を指しているはずだ。
「ヤバイな」
「何がヤバイんだ?」
「あと2人、いるんだ,コイツらの仲間が」
俺の問いにRDが代わって応えた。
「そして15分前にここを退避する手はずになっている」
「そういうことだ」
見知らぬ声が後ろから。
「うぐぅ」
杏樹のうめき声,振り返ると入り口に立っていた杏樹を後ろから新たなマスク男がはがい締めていた。彼女のこめかみには銃が突き付けられている。
その後ろからもう一人。
「やってくれたな」
倒れた三人の仲間に視線を一人一人走らせつつ、そいつは杏樹のもつ爆弾を、
「させないもんねー!」
後ろから動きを封じられた杏樹はだが唐突に、両手に持った箱を床に叩き落した!
「「ああああーーーーーー」」
俺達も、マスク男達も、みんながみんな声を挙げた。
床に落とされた爆弾は………
爆発しなかった。
「何すんだ、貴様!!」
「死ぬ気かー、杏樹!!」
双方からツッコミ。マスク男達の怒りと、そしてどことない安堵もつかの間。
「う……烈牙。爆弾の数字が?」
掠れ声はフェイオンから。
「は?」
床に落ちた爆弾を見る。
その数字はいつの間にか『00:03』。
「RD!」
「OK!」
転じた死へのカウントダウンにマスク男達は再び硬直。
RYUSENはフェイオンにしがみつき、その中で俺とRDだけが動けた。
俺は爆弾にダッシュ,引っ掴む!
RDが窓辺に走り、夜の闇を全力解放!
02を示す小箱を開け放たれた夜空に向かって俺は渾身の力をこめて投擲した。
01,小箱が放物線を描きながら窓の外へ飛び出す。
00
一拍の間を置いて。
ちゅどーーーーーーん!!!
都庁を震わせる、大輪の花が夜空に咲いた。
その瞬間を杏樹は見逃さない。
ポケットに隠したスタンガンで己を拘束するマスクの男を打ち倒す。
同時、ゲーム中のキャラの如く風のように最後のマスク男に迫ったフェイオンが、男の鳩尾に強烈な肘の一撃を入れて昏倒させた。
「逃げましょう,警備員に捕まったら厄介ですよ」
RYUSENの叫ぶような声に、俺達5人は昏倒したマスク男達をその場に残し、外が騒がしくなる前に都庁から脱出した。
つけっぱなしのテレビでは昨日の都庁爆発テロ未遂のニュースが取り上げられていた。
犯人グループは逮捕され、事件究明に本格的に乗り出したところのようだ。
「もー、あんなのコリゴリよ」
宿前の机を挟んで杏樹がぼやく。
「誰も来てくれなんて言ってないだろ」
「何よ、その言い方はー,私が来なかったら烈牙、アンタ今ごろ爆弾で粉々じゃないのよ」
「あれから俺の一発逆転が始まるところだったんだよっ!」
睨み合う俺と杏樹。
それを横からRDが微笑みながら呟いた。
「私は嬉しかったよ。2人とも来てくれて,な」
「ん」
「そ、そう?」
腰を落ちつける俺達。杏樹は照れたようにあさっての方向を向いていた。
あれから俺達は各々あと腐れなく解散,何事も無かったように…とは言わないがこうしてまたゲームの中で会っている。
変わった事と言えば、一つだけだ。
「よっ、三人とも何処か行かないか?」
白銀の鎧を纏った活発そうな女性のキャラが声をかけてくる。
その隣には修験者の服を着込んだ男の仙人―――フェイオンとRYUSENだ。
「そうだな,行こうか」
俺は立ちあがる。
「このメンバーなら和国に渡るってのはどうだ?」
「それも良いわねぇ」
RDと杏樹もまた続いた。
変わったこと―――それは前より親しい冒険仲間が2人増えたということだ。
了