金なら一枚、銀なら五枚。
じゃあ、七色なら何枚だろう?
「レアだなぁ、和人」
オレの後ろから覗き込むようにして言ったのは友達のポッカだ。
ちなみにポッカと言うのは缶コーヒーのアレに描かれている絵にそっくりだからそんなあだ名が付いているんだけど、それはどうでもいいか。
「レア、なんだろうなぁ」
オレもまた首を傾げた。
んで、目の前の駄菓子屋のお婆ちゃんに聞いてみることにする。
「ねぇ、婆ちゃん。七色のエンジェルが出たんだけど」
お婆ちゃんはいつも寝ているのか起きているのか分からない細い目で、オレの七色のエンジェルを見つめて、
「おやおやおや、和人ちゃんおめでとう。そりゃぁ一枚送ると良い物が当たるよ」
「すげぇじゃん、和人!」
ポッカはまるで自分のことのように嬉しそうにオレの背中をぽんぽんと叩く。
「良い物、かぁ」
その時のオレは、夢にまで見たおもちゃの缶詰の特大版を予想していたのだった。
おもちゃの缶詰増刊号
オレは葛城和人、野里小学校3年4組出席番号6番。
オヤジは葛城正人、あんまり売れない小説家。
でもオレ達は一戸建てに住んでいるんだから、そこそこは昔売れたんだろうなとも思う。
で、
「でかいなぁ」
それはその週の日曜日だった。
オレは宅急便で届けられたばかりのでっかいダンボールを見上げていた。
送り主は言うまでもない、有名製菓メーカー。
「どーしたんだ、和人。こりゃ?」
眠気まなこでオヤジが2階から降りてくる。
ダンボールの大きさは1m四方はある。
「おもちゃの缶詰だよ、当たったんだ」
「ほぅ、そりゃすごいな。父さんも昔は銀を3つまでは集めたもんだぞ」
「へー」
そんなことを言いながらも、オレ達はダンボールを開けた。
中にはやっぱり直径1mはあるどでかい缶詰1つ。
「おもちゃの缶詰、だな」
「う、うん」
缶詰の壁面にはこれまでのおもちゃの缶詰の歴史っぽく色んなおもちゃの絵が描かれていた。
と、ひょいと俺の体が持ち上げられた。
「開けてみな、和人」
「ん」
オヤジが缶の上までオレを持ち上げてくれた。
缶を見るとプッシュプル方式みたいだ。
オレは持ち上げられた格好のまま、プルを引く。
「お、重い…」
「いっせーのせで行くぞ」
「うん」
オヤジがオレを掴む力が強くなる。
オレもプルを掴む力を強くした。
「いっせーの」
「せっ!」
オレはプルを引っ張り、オヤジはオレごと引っ張る。
ぷしゅ!
そんな間の抜けた音がして、
缶が開いた。
どてん!
少し遅れてオレ達は廊下にひっくり返る。
「あたたたた」
オレのヒップアタックを鼻に食らったオヤジは涙目でふたの開いた缶を見上げる。
オレもまた唖然と見上げていた。
そこには……
「やっほー! 初めましてっ!!」
シュタッと右手を上げて挨拶する、笑顔一杯のお姉さんが一人。
なんだか未来っぽい銀色のスーツを着ていた。コスプレ??
「「誰?」」
声をユニゾンさせてオレとオヤジ。
「私?」
首を傾げてお姉さん。
歳は中学生くらいだろうか?
TVに出てくる歌って踊るなんとか娘。並みに結構美人だったりする。
「最新のおもちゃにして人類の夢、アンドロイドのORG−01型です!」
誇らしくあんまりない胸を大きく張ってお姉さんは自己紹介。
アンドロイドの女の子?
そんなバカな、夢物語じゃあるまいし。
「そんなこと、あるわけないよな?」
オレはオヤジに同意を求め……
「最近のおもちゃの缶詰には大人のおもちゃも入っているんだな」
「違うわーー」
スパコーン!
オレのスリッパの一撃が親父の頭に炸裂した。
「ううっ、しっかし最近の子供のおもちゃはこんなにもハイテクなのか?」
違うってばさ。
「アンドロイドなんて今の技術で造れるわけないだろ。いい大人が騙されるなよ!」
「騙されるなって、和人……あんなもの見せられたら信じるしかないだろ?」
「はぁ?」
オヤジが指差すのは缶のヘリに立ったままのお姉さん。
ニコニコ笑った自分の頭をバスケットボールのように人差し指でくるくる回していた。
だからなんだよ?
だから……
なぬーーー?!?!
「ああ、目が回る」
お姉さんはそう言って、首をかしゃりと音を立てて元の位置――要するに首のところにはめ込んだ。
「ロボットかっ?!?!」
「アンドロイドですってば」
笑って俺の言葉を修正したのだった。
そんな訳でおもちゃの缶詰の景品であるアンドロイドのお姉さんだが……
「で、どこがどうおもちゃなの?」
「やっぱり大人の…」
「ひっこんどけ!」
オヤジを延髄切りで黙らせて、のほほんとお茶をすするお姉さんにオレは尋ねた。
「あやとりとか鬼ごっことかかくれんぼとか、一緒にできますよ」
「……なるほど」
おもちゃというか、遊ぶという範囲内においてはおもちゃ以上の機能があるということか。
でもオレは別に友達はたくさんいるしなぁ。
それに。
「ま、いいや。とりあえずゆっくりしておいて」
オレはお茶の残りを一気飲み。
「どこに行かれるんですか?」
洗面所に向かうオレの後ろを付いてくるお姉さん。
「今日は日曜日だし、晴れてるから。洗濯当番なんだ、オレ」
オヤジとオレの2人暮らしなので家事はしっかり分担しているのだ。
「あ、お手伝いします」
「へ?」
嬉しそうに手を上げたお姉さんにオレは懐疑の目。
「おままごと機能を拡張して簡単な家事ならお手伝いできますよ」
「……そうなの?」
「はい!
ですから早く終わらせて一緒に遊びましょうね」
「う、うん。じゃあ、まずは洗濯から」
オレは洗面所にある洗濯機を彼女に見せる。
実はウチの洗濯機は古い二槽式なのだ。だから洗濯槽と脱水槽が分かれている。
さっき洗濯が終わったので、今度は脱水槽に洗濯物を移すのだ。
「あぅ」
お姉さんの動きが止まった。
「なに?」
「私、一般防水なんで…ゼンマイがさびます」
「どんな動力だ?!」
「ごめんなさい……」
おもちゃというコンセプトからか、喜怒哀楽がはっきりしているお姉さんは見る者すらがっかりするくらい落ち込んでしまう。
ああ、もぅ!
「料理って、できる?」
「は、はい、もちろんです」
「そろそろお昼だから…お願いしていい?」
「はい、もちろんです!」
ビシッと敬礼、今までの落ち込みはすっかり消えて嬉しそうに台所に飛んでいった。
その後姿を眺めながら、オレは一抹の不安を隠しきれなかったのだった。
テーブルの上には古今東西の有名料理が所狭しと並んでいた。
そして
何故かシンナーくさい。
「おおおおおお!!!」
ご馳走を前にしてオヤジは大感激。
「いただきます!」
「どうぞ召し上がれ」
お姉さんは満面の笑みでオヤジに答えた。
オレはオヤジの行く末をひたすら観察。
オヤジはローストチキンにかぶりつき、
がちん
音がした。
「あ、あのー、これは?」
オヤジはお姉さんに、明らかにプラモデルなローストチキンを咥えたまま、尋ねる。
「おいしそうに塗装できてますでしょ?」
お姉さんはプラカラーと書かれた全60色の入ったかばんを取り出して微笑む。
ああ、やっぱりなぁ。
結局お昼ごはんはカップ麺になったのは言うまでもないことだろう。
「いらねぇ」
「そんなぁ、がんばりますから」
「いらないものはいらない」
オレは背中から抱きついてくるお姉さんを引きずりながら洗い物を台所へ片付ける。
そんなオレ達を眺めて、オヤジは一言。
「死んだ母さんを思い出すな」
「死んでねぇ! オヤジに愛想尽かして出て行ったんだろ!」
そうなのだ、オヤジがあまりにも不甲斐ないので母さんは3年前に出て行ってしまったのである。
それ以来音沙汰がない。まぁ、母さんも母さんで結構酷い人だとは思うけれど。
「まぁ、可哀想に」
唐突に泣きそうな顔でお姉さん。
「可哀想なワシを慰めて〜〜」
と、こちらはオヤジ。お姉さんに手が伸びるその直前にオレの飛び蹴りが直撃。
「殺すぞ、馬鹿オヤジ!」
敵、沈黙。
「まったく」
呟くオレは背中から優しく抱きしめられた。
「え?」
「和人は子供なのにしっかりしているんですね」
お姉さんだ。
「別に…普通」
「でも寂しいときは言ってくださいね、私じゃ役不足かもしれないけど、お母さんの代わりにこうしてぎゅっとしてあげるから」
一瞬、
一瞬だけど。
お姉さんのぬくもりに母さんを思い出してしまった。
「い、いいよ、オレ、子供じゃないからっ!」
オレは僅かに後ろ髪引かれる思いでお姉さんの抱擁から脱出。
玄関に走る。
「遊びに行くんですか?」
「いや、買い物っ!」
「お供しまーす♪」
オレはお姉さんに振り返る。
着ている銀色のスーツは街中では注目の的になりそうだ。
だからと言って置いていくとオヤジの魔の手が伸びかねないし、何より何が何でもついてきそうだし……。
「はぁ」
オレは仕方なしにお姉さんを開かずの一室へと案内したのだった。
「おっでかけ、おでかけ♪」
オレの右手を取りながら、ぶんぶか前後に振り回してお姉さんはスキップしている。
少し大きめだけど、母さんの残していった服を着てもらった。
だから見た目は目立っていないのだけれど…行動が目立つ。
「なんだかなぁ」
本日2度目の溜息。
「あ」
お姉さんの動きが唐突に止まった。
「? なに?」
お姉さんは道端の一角を見つめていた。
そこはゴミ捨て場。
さらにその端には、壊れたミニカーや人形が開け放たれた箱の中に押し込められていた。
捨てられているそれらのおもちゃを眺めながら、お姉さんはボソリと呟く。
「おもちゃは貰ったときは嬉しいんですよね」
「まぁ、そうかもね」
新しいし、飽きていないからね。
「でも親しんだおもちゃほど、知らないうちに消えていくんです」
「そんなもんかな」
オレは何気なく答えて、確かにそんな気もした。
母さんに買ってもらった、お気に入りだった二階建てバスのおもちゃはそう言えばいつの間になくなったんだろう??
「そんなものです、でもそれで良いんです」
「いいのか?」
オレはお姉さんを見上げて首を傾げる。
「ええ、でも」
お姉さんもまた、オレに視線を戻して続けた。
「時々思い出してくれると嬉しいかも」
ペロリと舌を出して微笑む。
でもその微笑の中にはどこか寂しさがあったような気がする。
それはおもちゃであるお姉さんしか分からない、寂しさ……なんだろうか?
近所のスーパーで日用品を買い終えて、帰路に着く。
お姉さんという荷物持ちがいるのでいつもは2往復するんだけど一回で済んだことはラッキーかもしれないな。
「そうそう、お料理は覚えました!」
数時間前にとんでもないものを作っておきながら、お姉さんは得意げにそう言う。
「……ほんとかよ」
「さっきスーパーにあったTVで、みのもんたさんがカレーは体に良いって言ってました」
「なんの番組だ?」
というか、料理の何を覚えたと言うんだろう??
「だから私を家においてくださいね」
おずおずと言うお姉さん。
あ、まだそれを気にしていたのか。
「ま、まぁ…」
どがしゃ!!!
オレの言葉は衝撃音に途切れた。
目の前では新築のビルを建てている工事現場がある。
そこへトラックが何を思ったか、突っ込んだのだ!!
「和人っ!!」
隣で叫ぶお姉さん。
オレは反射的に頭上を見上げた。
迫りくる、ビルから崩れる鉄骨!
体が恐怖に動かなかった。
両手に提げたスーパーの袋の重さを急に感じた気がする。
視界に一杯に広がり始める無粋な鉄骨の動きが妙に遅く感じた。
「いけない!」
お姉さんの声。
スーパーの袋が飛んだ。
ガシッ!
そんな重たい音が響く。
オレは。
上を見上げたオレの目の前で鉄骨の塊が4本、止まっていた。
「え……??」
オレは隣を見る。
そこには背中から鉄骨を受け止めたお姉さんの姿。肩膝を付いて、苦悶の表情でオレを見ていた。
身代わりに?!
「早く! 走って!!」
叫ぶお姉さん。
「ばか! 無茶するなよっ、壊れちゃうだろ!!」
「おもちゃは壊れたら、新しいのを買えばいいんですよ」
額に苦悶のしわを刻みつつ、優しく微笑んでお姉さん。
「私達おもちゃは、遊んでくれる人がいなければ存在できないんですから」
「そんな…」
鉄骨の重みに耐え切れず、徐々に鉄骨が迫る。
「いいから! 走りなさい、和人!!」
?!
叱るような口調のお姉さんに、オレは弾かれた様に鉄骨の下を抜け出した。
「よかった、またおもちゃと遊べるますね」
そんな声が聞こえた。
同時に。
ガラガラガラッ!!
鉄骨が地面に崩れ、散らばる。
カラン
最後に細い鉄骨が車道にまで転がって惨劇は一段落。
歩道に散らばった鉄骨を、工事作業者や通行人に恐る恐る囲み始める。
オレは鉄骨の間にお姉さんの倒れた姿を見つけ、駆け寄った。
「なんだ?」
「どうした?」
「さわるな!」
同じようにして寄ってきた工事のおじさんにオレは振り返ることなく叫ぶ。
お姉さんは僅かに微笑んだ顔で、完全にその機能を停止していた。
「この子はうちの大事なモノなんだから」
遠く、パトカーのサイレンが近づき始めていた。
「和人、落ち着いたか?」
オヤジの言葉にオレは無言で頷く。
怪我のなかったオレは、壊れてしまったお姉さんとともにパトカーで自宅まで送られた。
今はソファに腰掛け、温かいココアをすすっていた。
「でもお姉さんが……」
「ああ、それなら」
オヤジはオレに見慣れた塊を手渡した。
「単三電池?」
だった。これがなにか??
「まぁ、今の和人にはヒジョーに言いにくい気がするが」
オヤジは家の柱の方を親指で指差す。
そこには半身、身を隠しながらこちらをちらちらと伺う見慣れ始めた影が一つ。
「あ、あのー、おはようございます」
観念したかのように姿を現す。
怪我(故障)1つないお姉さんの姿だ。
「エネルギー切れちゃってました、あは、あははは」
お姉さんの乾いた笑いを聞きつつ、オレはココアのカップをテーブルに置いて電話口へ。
「あの、どこに電話してるんですか?」
おずおずとしたお姉さんに、オレは半眼でこう答える。
「何でも鑑定団の北原さん」
「ああ、アンティークなおもちゃの鑑定士の」
ポンとオヤジは手を叩いて呟く。
「ひぃぃ、売らないでーーーー!!」
お姉さんの悲鳴が夜の住宅地に響いた。
少なくともこのおもちゃは、「気づいたらいなくなる」なんてことはないような気がする今日この頃である。
おわり