色鮮やかなステンドグラスが天井一面に張り巡らされている。
 しかし草木も眠る丑三つ時、その色合いは薄雲に隠れた月と星明りにくすんでしまっていた。
 無人の大聖堂。
 日中は参拝者で賑わうであろうここには、さすがに今の時間に人は存在しないはずだった。
 だが、豪奢なステンドグラスを背景に月明かりの下、2人の司祭と思しき人影がある。
 「予言が下された」
 「また、か」
 ともにしわがれた声であることから高齢であると予測される。
 疲れの混じった溜息交じりの言葉が交わされていた。
 「モロクのピラミッドへと、主はおっしゃられたそうだ」
 「仕方あるまい。今の我々の立場を考えれば貢物もやむをえん」
 影の一つはそう言って天井を仰いだ。
 雲の向こうの月の薄明かりに影は目を細める。
 「何も知らぬアコライト一人の命で済むのなら、安いものだ」
 「まったく……神に仕える者とも思えぬ発想ではあるが、な」
 二人の神官はいくつかの言葉を交わした後、ともに去ってゆく。
 今度こそ本当の静寂が、このプロンテラの大聖堂にもたらせれた。


導きの在り処


 「ん?」
 ナイトは足を止めた。
 緩やかに乾いた暑い風が、腰まで届く漆黒の髪を僅かに揺らす。
 上質ながらも実務に基づいた経歴でやや綻びたマントの下には、軽量さを売りにした魔力を帯びる銀の鎧。
 腰には片手剣と小剣が一振りづつ揺れている。
 ごぅ
 一陣の風に乗って、かちかちと乾いた砂が鎧に当たって落ちる。
 僅かに形の良い目を細める。白磁のような頬にも砂が当たり、そして落ちた。
 月明かりの如き冷たい眼光が、石造りの薄暗い回廊の先、風上を睨んでいる。
 「……」
 ナイトである彼女の背後から無言の問いが投げられた。
 拳大の淡く輝く光を4つ携えた、灰色のフードを目深にかぶった男だ。
 右手には黒く光る珠をはめ込んだ杖を携えている。
 彼の維持する光の魔法は、彼とナイトである彼女を中心に辺りを照らし出している。
 二人が立つのは、見事に組み合わされた巨岩で作られた回廊である。
 乾いて風化も始まった石の回廊は外の熱気とは裏腹に涼しい空気に満ちていた。
 そう、ここは。
 「何かが近づいてくる近づいてくる気配があったのだが…ここは古代の陵墓、何がいてもおかしくはないな」
 凛と澄んだナイトの声に、フードの男は小さく頷く。
 ここは砂漠の都市『モロク』の北西に位置する『ピラミッド』内。
 かつて繁栄したという王国の名残りであり、今は無き王家の墓の中である。
 このピラミッド内はまるで迷路のように入り組んでおり、古代の呪物や入り込んだ魔物や野獣が生息している。
 まず普通の者は訪れることの無い場所だ。
 しかしここには古代王家の宝物が隠されているという実しやかな噂があり、一攫千金を夢見るトレジャーハンター達が訪れることはしょっちゅうであった。
 また普通の者が訪れる場所ではないからこそ、やってくる者達も存在する。
 すなわち、犯罪者達だ。
 広大なこのピラミッド内部のどこかに彼らの住む場所もあると言われ、しかしそれを見た者はいないのだ。
 何故なら。
 「!」
 ナイトは飛び掛ってきた殺気に向けて腰の剣を一閃!
 ばさり
 音を立ててそれは落ちた。
 同時、背後からも同じ気配。
 「ライトニングボルト」
 フードをかぶった男から、力ある光の刃がそれに炸裂。
 肉のこげた匂いを撒き散らして小さな塊が落ちた。
 「ファミリアか」
 ナイトは忌々しげに切って捨てたモノを一瞥。
 異様に牙の長い、大蝙蝠だ。
 ピラミッド全体に生息するこのファミリアは生きとし生ける者に食らい付き、その血を枯れるまで吸い尽くすのである。
 この他にも生物を栄養として自立移動をするお化けキノコや、どんなものでも腹に収める不定形生物などの存在が、この場所での人間の生命活動を脅かすのだ。
 「この程度ならば全く問題はない、な。ウィザードであるお前もいることだし」
 剣を収めて歩を先へと進めるナイトに、フードの男はやはり無言で頷きその後ろを静かに従って行った。


 ナイトとは、この国を治めるプロンテラから力あるソードマンとして認められた者にのみ与えられる称号である。
 あらゆる特権が認められる代わりに、国からの指令に従って行動することを義務付けられる。
 今回、彼女がこのピラミッドに赴いているのはすなわち指令に従った結果であった。
 そんな彼女とともに行動するフードの男はウィザードである。
 ウィザードとは世界の法に基づいて魔術と呼ばれる法術を用いることのできる者達の総称だ。
 基本的には学者肌であり、こうして実地に出ることは嫌う人種が多いのだが、すべからくそう言えるわけではないようだ。
 彼らは己が知識を高めることを第一としており、その結果の1つが今の彼の行動なのかもしれない。
 考え方も行動原理も異なる二人が一緒に行動していることは何故かは分からないが、このような危険な場所においては異なる能力を持つ者同士が手を組むことは正しい選択であると言えよう。


 ナイトは無言で腰の剣を引き抜いた。
 鋭い視線を暗黒の回廊へと向け、構える。
 数瞬遅れてウィザードもまた杖を構えて呪文の詠唱に入った。
 回廊の暗黒の向こうから何かが、来る!
 「あ、わ、わ、わ、わ!」
 それは一人のアコライト。
 長い前髪で右目は隠れているが、どこか少年らしい幼さが残っている。
 ビレタ帽をちょこんとかぶり、やや大きめの礼拝用の服を纏った四肢を振り回して全力で駆けて来る。
 ナイトとウィザードは慌てない。
 むしろアコライトをまるっきり無視し、その後ろを追いかけてくる凶悪な気配にのみ注意を注いでいた。
 「下がっておれ」
 「にゃ!」
 ナイトに襟を掴まれて彼女の後ろに突き飛ばされたアコライトの少年は、呪文詠唱に専念するウィザードの隣で背後に、今まで彼を追ってきた敵に視線を戻した。
 闇の中からの追っ手は3つのキノコ。
 キノコとは言っても、その笠の部分が大きく開き、凶悪な牙がいくつも並んでいる。
 キノコのお化けは先頭に立つナイトに向かって、一斉に襲い掛かった!
 「小ざかしい」
 白い光が走った。
 それはナイトの繰り出す剣の閃き。
 ゴカカッ!
 3体のキノコの化け物は同時に弾き飛ばされ、回廊の石の床に叩きつけられた。
 「ユピテルサンダー」
 ウィザードから電撃線が3体に向かって走り、床でうごめくキノコ達をいっぺんに焼き尽くす。
 薬品のようなものが焼けた匂いが周りに生まれ、消えることには化け物の姿は黒いシミとなり消えた。
 「この匂いは嫌なものだな」
 ナイトは苦い顔でウィザードに振り向いた。
 その彼女の二の腕から赤い雫が数滴、石の床を濡らした。
 「む?」
 ナイトは腕の傷を一瞥。
 剣を振ったときに牙の一撃をどこかで食らったようだ。
 浅くは無いその白い腕に暖かな手が触れた。
 「ヒール」
 アコライトの祈りの言葉とともに傷が煙のように消え去った。
 「お主、こんなところで何をやっておる?」
 ナイトは癒しの終えたアコライトに訝しげな表情を向ける。
 それにアコライトは少し困った顔で返した。
 「僕はこのピラミッドの最下層に行かなくてはいけないんです」
 「無理だ」
 即答したのはウィザード。
 彼の言葉を聴くこと自体が珍しいのか、ナイトはやや驚いた顔で言葉を続けた。
 「そう、無理じゃ。お主程度の者ではこのような化け物の餌になりにいくようなもの」
 「それでも行かなくてはいけないんです」
 「……」
 アコライトは微笑を浮かべてはいるが、まったく退くつもりは感じられなかった。
 ナイトは彼を睨み、威嚇。
 アコライトはナイトの視線を真っ向から受け止める。
 彼女がアコライトをこのまま放置しても、彼はピラミッドの奥へと向かうであろう。
 その意思をナイトは感じ取っていた。
 そして。
 溜息。
 「途中までは、一緒に行ってやろう。だからせいぜい死なないようにな」
 対して彼女の隣のウィザードは目深なフードのため表情は読み取れない。
 しかしアコライトがいようがいまいが大勢に影響は無い、そういった雰囲気で見つめていた。


 アコライトとは服司であり、神官を目指して下積みする者の総称である。
 神に従事する彼らは一部、主の力を行使することができ、先ほどナイトを癒した術もこれに属している。
 ウィザードと異なるのは、彼らは神に祈ることで術を行使することができるという点だ。
 もっとも神官ではないため、行使できる力はホンの一部であるということは言うまでもない。


 「しっかしお主、よくもまぁ一人でこんなところまで来れたものよのぅ」
 ナイトは半ば感心と、残る感情に呆れを入り混ぜて隣を歩くアコライトにしみじみと呟いた。
 ここはピラミッドの地下2階。
 うっすらとヒカリゴケが辺りを照らすここは1階とは異なり、先ほどのキノコの化け物の他に生ける屍と化したゾンビやそのなれの果てであるスケルトンなども徘徊している。
 「僕には主のお導きがありますから」
 にっこりと微笑んで少年。
 「それと、いざとなればこれがあります」
 腰に提げた棍を手に持ち替える。
 それは破壊力を増すために先端部に刃の取り付けられた、ソードメイスと呼ばれる代物だ。
 一般的には儀式用として知られているが、彼の持つものは儀式用には無い質量感と赤黒い血のりがコレまでの経歴を物語っていた。
 「ふむ、見た目で人は判断してはいけないということかな」
 ナイトはふむと頷いた。
 実は不死の向こうに存在しているゾンビやスケルトンには、ナイトの剣はあまり通用しない。
 剣で手足を切ろうが彼らは一切の躊躇なしに向かってくるからだ。
 対してこのアコライトの持つ武器は鈍器の部類に入り、彼らを線ではなく面で破壊することができる。
 またアコライトの行使する癒しの力は、負の世界の住人にとっては脅威であった。
 それがまだ幼いこのアコライトをこの状況下で生かし続けていた要因であろう。
 「ところでお二方は何故このような場所に?」
 アコライトは首をかしげてナイトとウィザードに問うた。
 それに対してウィザードは無言。
 ナイトはそんなウィザードの態度に「いつものことだ」と小さく笑い、言葉を続けた。
 「私は人を探しているのだ」
 「人、ですか?」
 「ああ。人を殺すことを心から愛して止まない殺人鬼だ。そいつがここに逃げ込んだという情報があってな」
 「こんなところに、ですか」
 「ガセかも知れぬがな。確認しておくことにこしたことは無い」
 ナイトは魔法の明かりの届かない回廊の奥を睨みながらそう言葉を締めくくった。
 「お主は何故じゃ?」
 「はい?」
 「何故ピラミッドの奥など目指す? 一体何が目的じゃ?」
 アコライトはわずかに沈黙。
 しかし「問題ありませんね」と自らに向けて小さく呟くと、顔を上げて答えた。
 「僕はこの奥にある古代のロザリーを回収しに来ました」
 「ロザリー?」
 ナイトは訝しげに眉をひそめた。
 ロザリーとは首にかける十字のアクセサリーである。聖職者達にとっては主への忠誠の証であり、それ自体に力があるとされている。
 そのロザリーの古代品、何らかの力が宿っているとも考えられるが。
 「あるわけあるまい」
 ナイトはそう言って捨てた。
 「ここは古代の陵墓だ。この陵墓の主はお主の信ずる神とは異なる神を信じていた。何故そのような場所にロザリーがある?」
 ナイトの言葉の通り、このピラミッドはアコライトの信じる神とは異なるものを信じていたと記録されており、その証拠としてはこのピラミッド自体が上げられる。
 どのような文献を見ても、アコライトの信じる神はピラミッドの建設などおこなった経歴は無く、そのような風習もないのである。
 「おっしゃるとおりです」
 アコライトはナイトの言葉に頷く。しかし、
 「主のお導きは絶対です。だから僕は行くしかありません」
 「……お導き、ねぇ」
 ナイトは呆れ顔でアコライトを一瞥し、視線を前へと戻した。
 「自らで自らを導く必要もあると思うぞ、私は」
 「え?」
 ボソリと言ったナイトの言葉にアコライトは視線を向ける。
 その時だ。
 「来る」
 ウィザードの声にナイトとアコライトは各々前方に身構えた。
 暗闇から湧き上がるように現れたのは2体の動く白骨。両手にはそれぞれ2本の短剣を構えている。
 「ソルジャースケルトン!」
 ナイトは長剣を右手に構え、残る左手で腰の小剣を引き抜いた!
 「来るぞ!」
 ナイトの声に合わせるかのように軽やかに飛び掛るソルジャースケルトン達。
 二体は同時にナイトに迫る。
 ナイトは右手の剣を大振りに横に一閃、右から迫るスケルトンを威嚇した。
 対して左から迫る敵には左の小剣で攻撃を受け止める。
 が、相手もまた両手にそれぞれ武器を携えている。
 左の敵はナイトの懐まで入り、残る片手に握った短剣をナイトのわずかに隆起した左胸に向けて突き立て……
 「ヒール!」
 ごすっ!
 アコライトが両腕を突き出した体勢で左のスケルトンを回廊の果てまで吹き飛ばす。
 主の癒しの力は、不死なる者を癒すことで死を与えることができるのだ。
 ナイトは残る右のスケルトンへ袈裟切り。
 乾いた音を立てて白い骨を撒き散らし、しかしながら半身を失いつつも未だ迫ろうとする。
 「ナパームビート」
 後方でウィザードが突き出した右手から不可視の圧力がスケルトンに炸裂する。
 がしゃ
 内側に潰れるようにしてスケルトンは完全な骨となって床に転がった。
 「こいつらは苦手じゃな」
 苦い笑みでナイトは剣を鞘に収める。
 「さっさと進もう。いい加減お日様が恋しくなってきた」


 じとじととした湿気があたりに漂っている。
 室温は低く、肌にまとわりつく霜によって体温が奪われていくのが分かる。
 ピラミッド地下四階。
 「怖いのか?」
 ナイトは隣で両肩を抱えて歩くアコライトにからかいの笑みを向けて問う。
 それにアコライトは小さく頷いてナイトに視線を向けた。
 「寒い、と言った方がいいんですけど…でもちょっと怖いです。背筋がぞくっとします」
 真剣な表情で彼は告げ、不意にその背中がバシッと力強く叩かれた。
 「いたた…なにするんですか?!」
 「気合じゃ。雰囲気に押されるな、自己を見失わずに今まで通りに行け。お主は見かけよりも力はあるのだからな、胸を張るが良い」
 「あ……」
 思わず励まされたことに気付くアコライト。
 やがて3人は広間に出た。
 ウィザードの放つ魔法の光では照らし出せないほどの大広間だ。
 そこへ、
 「ロード オブ ヴァーミリオン!」
 「「んな?!」」
 ウィザードは唐突に魔法を解放する。
 青白い破壊の光が部屋の真ん中へ炸裂!
 床を砕く激しい破壊音と、そして人とは思えぬ叫び声が上がった。
 もうもうと立ち込める煙の向こうから全身を包帯で巻いた生物が出現する。
 「何故いると分かった?」
 剣を抜くナイトの言葉にウィザードはボソリと答える。
 「こういう最終局面らしい場所には何かしらいるものだ」
 「そ、そういうものかなぁ」
 アコライトは冷や汗を流しつつもソードメイスに手をかけた。
 「しかしあれは一体なんだ?」
 ウィザードの魔法を食らいつつも平然と立ち上がる対象を目で追いながら、ナイトは眉を顰めた。
 身長は2mほど、3対の腕を持つ奇怪な怪物だ。
 胴体はまるでケンタウロスのように腰から下が馬のようになり、これもまた3対の足が生えている。
 全身を覆う包帯の8割方は黒くこげており、これは先程のウィザードの攻撃によるものと思えた。
 「あ!」
 アコライトは小さな叫びを上げる。
 「あれは!」
 ナイトもまた声をあげた。
 アコライトは怪物の首にかかっている十字のネックレスを見出した。
 「あれが古代のロザリー…かもしれない」
 ナイトは怪物の一つだけある頭を見た。
 「あれは私の追っている殺人鬼…だな」
 「何者かにキメラ合成されたのだろう」
 ナイトの後ろでウィザードがそう助言する。
 「なかなか面白い魔術ではある」
 「趣味が悪いな。しかしそうするとあれは最近作られた化け物ということじゃな」
 ナイトの確認に対してウィザードは無言で頷いた。
 「だが一体誰がこんなことを……」
 彼女の思考は途中で打ち切られることとなる。
 人を合成して作られた怪物が3人に向かって突進を始めたからだ。
 「来るぞ!」
 怪物は3対の腕にそれぞれ槍や剣を装着している。
 それぞれがばらばらに動いて別の生き物のようである。
 「カァァ!」
 両手に持った長剣を真一文字に切り抜くナイト。
 ガカッ!
 硬いものを切り折る音を響かせる。
 怪物が剣を受け止める際に構えた槍が真っ二つに折れた音だ。
 槍と2本の腕を犠牲に、怪物はナイトの右肩に剣先を食い込ませた。、
 「ぬ!」
 次々と繰り出される斬戟をぎりぎりのところでかわすナイト。
 しかし肩の傷が効いているのだろう、その動きは次第に緩慢なものになりつつあった。
 「決定打が打てぬな」
 内心焦りながら彼女は背後を一瞥する。
 ウィザードは何やら呪文の詠唱の途中だ。
 そしてアコライトは。
 ”いない?!”
 「このっ!」
 少年の裂帛の声は視線の先にある怪物の、さらに先立った。
 ぞくん
 「がぁぁ!!」
 怪物が絶叫を上げ、一旦引く。
 その背にはアコライトの振るったものと思われるソードメイスがめり込んでいた。
 渾身の一撃を食らわせたアコライトは肩を上下させながら、ナイトとは怪物を挟んで反対の方向に立っている。
 そしてその手には一撃を叩き込んだときにメイスと交換で奪ったのだろう、怪物の首にかかっていたロザリーがある。
 彼が交換で奪われたものはメイスだけではなかった。
 今の彼の位置は、ナイトの援護の及ぶ域ではない。
 「あの馬鹿! 援護頼むぞ」
 彼女は舌打ち。後ろのウィザードにいつもの言葉を投げる。
 「用意はできている」
 抑揚のない言葉で返すウィザード。
 「ライトニングボルト×5」
 駆けるナイトを後ろから追い抜く光の矢は怪物に向かって突き進む。
 ごごん!
 怪物に炸裂するかに見えた光と爆撃の魔法。
 怪物は大きな体に似合わない俊敏さで避け、爆撃は床をえぐったに過ぎなかった。
 「あ……」
 奔る怪物はアコライトに肉薄。
 その肩のタックル一撃は彼を人形のように跳ね飛ばした。
 「クソッ」
 怪物に追いついたナイトはアコライトヘ追撃をかけようとする怪物の背へ長剣を突き立てた!
 「がぁぁ!」
 叫ぶ怪物。四肢をめちゃくちゃに振り回す。
 「っと!」
 ナイトは剣を怪物に残して離れ、距離を置く。
 そしてウィザードへ一瞥。
 「承知している。ナパームビート×8!」
 ウィザードは両手を虚空に突き出す。
 見えない力は圧力となり、怪物の背を、突き刺さった長剣の柄を押し付けた。
 怪物の胸に刃が生える。
 「がぁあぁぁぁあ!」
 絶叫を上げて怪物はその身を冷たい石畳に横たえた。
 「う…いたたた」
 額に一筋の血を流してアコライトは立ち上がる。
 「生きてるようだな」
 怪物の向こう側から、明らかにほっとした意思を込めたナイトの声が飛ぶ。
 「はい」
 アコライトは答え、自らの声の大きさに傷口を押さえた。
 「倒したんですね」
 やや小声で怪物に歩み寄りながら彼は問う。
 己の血に濡れたロザリーを胸の前で握りながら。
 「やったか?」
 「……ふむ」
 ナイトは同じ意味の言葉をウィザードにかける。
 フードの彼も判別できないのだろう、生返事だ。
 「ん?」
 地に伏せた怪物は人間の顔で白目を剥いていた。
 ナイトは怪物に近寄り、その背から剣を抜き……
 「ばぁぁか!」
 「んな!?」
 人の言葉を放ってその豪腕を大きく振りかぶる。
 ごす!
 「ぐふ!」
 一撃はナイトの右頬に炸裂,彼女はゆうに3mは吹き飛ばされ、床の上に転がった。
 「あ…」
 立ち上がる怪物を前に立ちすくむアコライト。
 その彼に人の顔を持つ異形の怪物は視線を向けて、そして。
 ニタリと微笑んだ。
 「クッ!」
 彼はヒールの詠唱に入る。が。
 「無駄だ」
 怪物が言葉を放つ。
 「え…」
 「お前はプロンテラの司教の命でここまで来たのだろう?」
 異形の言葉にアコライトは思わず頷く。
 彼はプロンテラの大司教に呼び出され、ここにあると言われるロザリーを探しに来たのだ。
 「俺を作った魔術師はこう言った。『ここへアコライトを呼んだ。それを食らえばさらに強くなれる』と」
 「う」
 アコライトの首を1本の腕で掴みあげる怪物。
 「魔術師…と司教様が…なんの関係がある」
 「俺を作った魔術師はな、『大司教様』と呼ばれていたらしいぞ」
 「?!」
 アコライトが持ち上がる。怪物は腕一本で彼を持ち上げているのだ。
 「お前は俺に食われるためにわざわざここまで来たということさ」
 その言葉にアコライトの体から力が抜けていく。
 「まずアコライトを一人食らえば日の光を恐れなくて済むそうだ」
 大きな口を開けて怪物は笑みを漏らしていた。
 「お前を食らえば、外に出ていける。そうすればアコライトなど食い放題だ!」
 「さ、させるかっ!」
 アコライトは癒しの力を怪物にぶつけた。
 淡い光は怪物を包み、しかし何も起こらずにそのまま闇に消える。
 「無駄だというに。主の代理人から作られた俺には、主の力は効かぬ」
 「では純粋な魔術の力はどうかな? 耐えろ、アコライトよ」
 静かな声は怪物のすぐ後から。
 フードを目深にかぶったウィザードが、怪物の後ろ足に手を添えていた。
 「いつのまに?!」
 怪物が後足で彼を蹴り上げるよりも早く、
 「ロード オブ ヴァーミリオン×10」
 「「がぁぁぁぁ!!」」
 直接距離からの大電撃が怪物を、そしてその豪腕に捕まったアコライトを襲う!
 「お、おのれぇぇ!」
 電撃の中にありながら、怪物はウィザードにアコライトを投げつけた。
 「ぐっ!」
 魔術を途中で中断され、ウィザードはアコライトの下敷きとなり地に伏せる。
 「ゆ、油断したわ」
 ゆっくりと身を起こす怪物。
 そしてウィザードとともに倒れているアコライトに視線を戻し。
 「ほぅ」
 アコライトは所々にくすぶった煙を上げつつ、身を起こしていた。
 足下が頼りないのか、よたよたとしているが双眸はしっかりと怪物を見据えていた。
 「では生きながら食ってやろう!」
 怪物はアコライトに再び腕を伸ばす。
 対するアコライトは手にしたロザリーを両手に。
 バキ
 中程から折った。
 「僕は…」
 迫った怪物の腕を細い腕で振り払う。
 「僕は、主の導きに盲目だった!」
 怪物を睨みつけ、歯を食いしばるアコライト。
 「どのようなことでもそれが主の導きと思っていた、しかしそれは違う」
 ロザリーを足下に捨て、彼はいつの間に手に取ったのか、ウィザードの持つ杖――アークワンドを構えた。
 「僕の選ぶ道こそが、主の導きだ!」
 叫ぶ。
 唐突な光は彼の足下、折れたロザリーから。
 下から上へと伸びる光の輪にアコライトは呑まれた。
 「むぅ?!」
 一歩後へと下がる異形の者。
 やがて現れたときと同じく唐突に光は止む。
 そこにはアークワンドを構えたままの変わらぬアコライトの姿。
 「脅かせおって!」
 三度伸びる怪物の腕。
 「闇に帰れ!」
 アコライトは放つ。
 光の中で知った力を。
 心の奥底から湧き上がる力を。
 「ホーリーライト!」
 清冽な刃すら伴った神々しい光が怪物を刺し貫く。
 異形の怪物は悲鳴すら上げる暇もなく、光の中で散り、闇の中へと返っていったのだった。


 ナイトとウィザードはジョッキに満たされたエール酒を一気に煽る。
 どん、どん♪
 空になったところでウェイトレスが無言のままにおかわりを置いて去っていく。
 「……困った状況じゃな」
 「世の中、見て見ないふりも必要だ」
 「だからそうしたさ、今回に関してはな」
 ナイトはふてくされながらも二杯目に口をつけた。
 「引退した神官のお偉いさんが主の力を使って魔術の実験だとか、実験の対象に犯罪者を選んで力を与えたり、現神官に圧力かけて生贄用にアコライトを差し出させたりとかな」
 「どこに『耳』があるか分かったものではないぞ」
 ウィザードの忠告にナイトは訝しげな視線を送る。
 「今日はやけに口数が多いじゃないか。そもそもお前の目的は、もしかして……」
 ウィザードはナイトから視線を逸らして手にしたジョッキへ。
 「まぁ、良いか」
 ナイトの諦めの声が聞こえてくる。
 「しかしアコライトの彼に先人の力が宿るとは思いもしなかったのぅ。あのロザリーは本物の古代のロザリーだったということか」
 「それこそ主のお導き、という奴だ」
 誰に言うでもなくウィザードは呟き、そして立ち上がる。
 すでにジョッキの中身は空だった。
 「ん、もう時間か?」
 ジョッキの中身を一気に飲み干し、ナイトもまた席を立つ。
 「さて、次はどこに行くかね?」
 「相談する相手は、私以外にもいるだろう?」
 ナイトの問いにウィザードは答えながら店を出る。
 刺すような日差しが降り注ぎ、ウィザードは目深だったフードをさらに深くかぶり直した。
 「それもそうじゃな」
 ナイトはマントを羽織り、目を細める。
 店の前には一人のアコライト。
 ビレタ帽をちょこんとかぶり、腰にはソードメイスを提げている。
 「お待たせしました」
 言って彼は眩しそうに目を細めて微笑んだ。
 ここは砂漠の町モロク。
 どのような厳しい環境でも生き抜くことができる者達が集う、出会いの町である。


Adventure is never ending ...