魔法少女リトルスノー
暗闇に映像が浮かんでいる。
巨大なロボットを相手に戦う可憐な少女だ。
やがて彼女はそれを打ち倒し、そしてその後ろに控えていた巨大な禍々しい建造物をも破壊した。
美少女戦士ホワイトスノーVS悪の結社ワルダーズとの最終決戦の模様である。
灰燼と化したワルダーズの居城から映像はフェイドアウトしていく。
やがて暗闇は本来あるべき姿に戻った。
しばらくして重たい暗闇の中、それよりも重たい声が響き渡る。
「所詮は志の低かった組織、そう思わんかね?」
声を合図に、場は光に包まれる。
大きな円卓を囲んで5つの人の姿があった。
うち4つは頭をすっぽりと覆う円錐形の黒い頭巾をかぶっている。
残り1つは別格なのか、白いそれをかぶっていた。
声を発したのは白い頭巾の男だ。
「まさしくその通り。我々MOEに比べれば目的が低すぎますな」
右隣に腰掛けた黒頭巾が頷きながら続けた。
「正義の味方などとほざいてはおりますが、所詮は小娘。我が属性『お姉さんキャラ』の足元にも及びませぬな」
「それは聞き捨てなりませんね、ウーマ殿!」
椅子を蹴って立ち上がるのは白頭巾の左隣の黒頭巾だ。
「時代は『ロリ』! つるぺたが最先端です。貴殿も考えてみなさい、背の低い妹キャラに見上げるようにして「お兄ちゃん」と呼ばれる快感を。この瞬間のMMP測定値は過去観測至上最高値である1050モエーをはじき出しているんですよ?」
言われ、ウーマと呼ばれた黒頭巾はううむと唸る。
なおMMPとは『MoeMoePower』,すなわちいかに萌えられるかを数値化したものである。
単位は『モエー』であり、1モエー=ご飯一杯分と定義される(出典:妄想戦士ヤマモト)。
分かりやすいところでは『琥珀さんにお叱りを受ける=300モエー』、『ハーマイオニーの困った顔=470モエー』、『安達裕美のグラビア=−280モエー(もどす)』といったところであろうか。
「ふふふふ」
ふいに沸き起こる含み笑いに、持論を展開していた黒頭巾の動きが止まる。
「ダイク殿、時代を持ち出すのならばロリやつるぺたはすでに遅し!!」
「なぬ!」
がたん、椅子の上に立ち上がり、白頭巾の対面にいた黒頭巾は浪々と語りだす。
「新時代の今はやはり「百合」。これしかありませんな,美しき乙女の園、交わされるスールの契り、禁断の愛……これこそ次世代の萌え,貴殿もそう思われるでしょう? フージ殿??」
話題をまわされて、隣に腰掛けた最後の黒頭巾はふむ、と頷く。
「ナッツ幹部のおっしゃる通り。ですが私はここは一つ提案したい」
「ほぅ、おっしゃってみてください」
白頭巾に促され、幹部フージは机の上で拳を組んで一言。
「美少年の女装に限るかと」
「ヤオイですか?!」
幹部ウーマの言葉にしかし、フージは首を横に振る。
「いえいえ、あくまで♂×♀ですよ。美少女に扮した美少年と、美少女との絡み……これこそが私がイチオシする萌えでございます」
「しかしフージ殿。その萌え要素はいささか古いものではありませんか?」
「何をおっしゃる、ダイク幹部!」
バン,両手を机に叩きつけてフージは叫ぶ。
「萌えに時代も何もありません! 常に萌えるものは萌えるのです!!」
魂を震わせる幹部フージの言葉に一同はシンと静まり返った。
沈黙を破ったのは白頭巾だ。
「たしかにその通り」
「では総統。奴を、ホワイトスノーを打ち倒すのは?」
幹部ナッツの問いに、白頭巾は黒頭巾の一人に視線を止めた。
無言の指名を受けた黒頭巾はスックと立ち上がる。
「つるぺたの使徒・ダイク。ご命令の通り、ホワイトスノーを見事萌え倒して見せましょう!」
そして部屋は再び暗闇に戻っていった。
ごみごみとした人ごみは、紙袋を片手にした男たちと外人が多い。
立ち並ぶ店舗は電気店:アニメ専門店=6:4くらいに思える。
ここは秋葉原。萌えと探求の街だ。
「相変わらずの雰囲気だねー」
そんな中で苦笑いを浮かべたのは長い黒髪を持つ長身の美少女。
薄青のワンピースから伸びた腕の透き通るような白い肌には、6月の湿気と辺りの熱気のためか、僅かに汗が浮いている。
「心が満たされるような空気でしょう、ユキちゃん?」
その隣、頭一個分低い位置で深呼吸するのはくるくるとした巻き毛をもつ少女。
ナップサックを背負い、そこからはいくつかの電子部品のパッケージが飛び出している。
長身の少女を「綺麗」と表現するとするならば、こちらは「可愛らしい」と表現できるだろう。
彼女は大輪の笑顔でユキと呼んだ少女を見上げた。
「あー、私はむしろ気分が悪くなるような?」
「じゃあ、慣れなきゃね」
「……無理っぽいんだけど」
げんなりと彼女は答えた。
ユキと呼ばれた彼女の名は白雪 雪菜。今年有名都立大学に合格し、現在は大学生活を楽しむ18歳である。
その隣の巻き毛の少女の名は渋沢 花織。雪菜と同じ大学に通う同級生であり、お隣さんでもあり幼馴染みでもある。
「それでカオリ? お買い物はまだ終らないの??」
ユキの問いにカオリは人差し指を一本立てた。あと一軒という意味だ。
「今日は啓介くんの勉強を見てあげる日なんだから、早く済ませてよー」
「別に遅れても良いじゃないの」
「啓介くんにも予定はあるでしょ?」
「ないない」
パタパタと手を横に振ってカオリは答える。
啓介とはカオリの一つ下の弟だ。今年受験で、勉強をユキに見てもらっているのである。
「あ、そうか」
ぽんとカオリは両手を打つ。
「ユキが啓介に早く会いたいだけだもんね」
「ち、違うわよっ!」
慌てて否定するユキ。しかし顔が瞬間湯沸かし器のように赤くなってしまっていた。
「密室に男と女! 片や教師、片や生徒!!」
「あのー、カオリ?」
「教える者と教えられる者、やがて2人の距離は近づいていくのね」
「えっと、そのー」
「『先生、一体何を!?』『慌てないで落ち着いて。先生が全部教えてあげるから』」
「おーい」
「『せ、先生、そこはっ!』『怖がらなくていいわ、悪い子ね、こんなに大きくして』」
「……」
「『ここが先生の…』『そうよ、優しく触ってね』『せ、先生!!』『こら、そんなに強く、ああん♪』」
ユキはとりあえず拳を力強く握り締め、大きく振りかぶる。
「『先生、先生!』『ダメよ、啓介くん、ダメだって、そんな…ああー!』、くぅぅぅぅ、萌えーーー!」
ごす!
「げふ」
カオリの脳天にユキの拳がめり込んだ。
「あ、あれ?」
きょろきょろと辺りを見回すカオリ。
「おかえり、カオリ」
「あー、ただいま、ユキ」
頭をさすりながら、カオリは妄想世界から戻ってきたようだった。
「まったく。そのクセ、早く治したほうがいいわよー」
「あー、無理無理」
カオリは一蹴した。
「だってコレがアタシの原動力だもの」
ユキは大きく溜息一つ。
その時だ!
ごごん!!
歩行者天国である車道のど真ん中に、どこからともなく巨大な人型兵器が出現した。
「こ、これは!!」
ユキは絶句する。
細い鉄パイプで組みあがったそれは、まるで子供のおもちゃのようなフォルム。
無表情な顔には単純な目と、そして鼻っぽいもの。
そして股間には唯一の武器と呼べそうな砲台が1つ。
「せ、先行者?!」
カオリは呟く。
先行者――それは某大陸国家の最終決戦兵器として開発されたと噂のロボである。
股間の中華キャノンは山を一つ吹き飛ばすとか飛ばさないとか…
「また古いものが出てきたわね」
鋭い目でそれを見上げながら渋沢 花織――彼女は稀代の科学者であり、また重度のコスチュームおたくである――はユキに視線を移した。
ユキはコクリと頷いて右手首の銀色のブレスレットを構える。
白雪 雪菜――彼女はDr渋沢の作り出した変身ブレスレットを空に掲げることによって強化服をその身に纏い、正義の味方『ホワイトスノー』に変身することができるのだ!
「ココリコエンドウヤッパリヘンタイクルクルリンパッ!」
変身パスワードに反応し、ブレスレットは白光を吐き出した。
僅か0.2秒。
光が収まった後にはユキの姿はない。
白く長い銀色の髪が風に流れる。
同色のサングラスが日の光を浴びてキラリ、光った。
タイトな白いタイツに身を包み、胸、腰、肘、膝に体のラインを損なわないプロテクターを装着した彼女はこう呼ばれている。
美少女戦士ホワイトスノーと。
彼女の口元が笑みの形に歪む。
先行者がホワイトスノーを認識したからだ。これで間違っても周りの一般人を狙うことはないだろう。
「頑張って、ユキ!」
デジカメを構えたカオリはそう彼女の背中に告げて、できつつある人ごみの中に消えた。
「がんばれ、ホワイトスノー!」
「そこでポーズとってください!」
「いいねー、いいよー」
フラッシュの嵐とともにそんな声が次々と増えつつあった。
”しまった、ここは秋葉原……命を賭して萌えを追求するやつらばっかりの町だったわ”
ホワイトスノーは舌打ちする。
普段ならばこんな状況では、みな逃げるか遠巻きに見守るのだが、いつしか彼女と先行者を取り巻く輪は狭く、厚くなりつつあった。
”早く片付けないとっ”
全身を視線で嘗め回されるような悪寒を感じつつ、むしろ己の身の危険を感じたホワイトスノーは先行者に向かって駆け出した。
「中華キャノン!」
「?!」
問答無用で股間のキャノン砲を撃ち込んでくる先行者!
どべ!
「「ぎゃーー!!」」
紙一重で交わしたホワイトスノーは背中で聞こえる炸裂音と悲鳴に思わず目を移す。
野次馬達の一角が、先行者から放たれた白いべたべたとしたもの――とりもちであろう――によって地面に縫い付けられていた。
”さ、さいてー”
次々と股間からとりもちを放つ先行者の攻撃をかわしながら、ホワイトスノーは先行者に駆け上がっていく。
「チェックメイト!」
軽快な身のこなしで頭まで駆け上がった彼女は、右手に生んだ白い力場弾を先行者に叩き込んだ!
ごしゃぁぁ!!
ぽっきりと首から頭が落ちる先行者。
「楽勝ね」
落ち行く頭を見送りながら、ホワイトスノーは一息ついたその瞬間だった!!
カッ!
落下途中の先行者の目が、光った。
否。
目から謎の閃光が走り、ホワイトスノーに炸裂したのだ!!
「くっ!」
全身で光を受け、思わず両手で目を覆うホワイトスノー。
ごしゃ
直後、先行者の頭はアスファルトの上で砕け散る。
『怪我は、ユキ?!』
イヤホンに慌てたカオリの声が響く。
”怪我は…”
全身をチェックするホワイトスノー。怪我らしいものは見あたらなかった。
『大丈夫。帰還するわ』
『OK』
そしてホワイトスノーはかき消すようにしてその場から姿を消したのだった。
「「なっ………」」
驚愕に、2人は硬直した。
変身を解いたホワイトスノーは変わり果てた己自身の姿に。
カオリは目の前の親友の姿に。
白雪 雪菜に戻ったホワイトスノーは『若返っていた』のだ。
年齢は見た目には6,7歳であろうか。
薄青のワンピースは肩からずり落ち、ボリュームのない左胸が見えてしまっている。
「ど、どーなってるの、カオリ?!」
「かーわいぃぃぃ!!」
ぎゅ
「むごーー!!」
カオリに力いっぱい抱きしめられるリトルユキ。
「も、萌えーー!!」
「正気に戻ってー、カオリーー!!」
「萌え萌えーー♪」
「……ぐふ」
抱きしめられすぎて気を失ったのは、それから数分の後である―――
―――カオリの自室、年齢が退行したユキはベットにちょこんと腰掛け、PCを鬼のように叩くカオリの横顔を見つめていた。
「うーん、あの謎の閃光が原因なのは容易に推測できるけど、いったいどういうメカニズムなのかさっぱりだわー」
「でもでも、カオリ。先月、私たちが組織は壊滅させたでしょ?」
「地下組織なんていくつもあるものよ、ユキ」
苦笑いでカオリはユキに笑いかける。
ベットに腰掛けるユキは、カオリの思い出用に取ってあったというフリフリなドレスなんぞを着せられている。
「今回は多分…『萌えを世界に』を目指している犯罪結社MOEの仕業ね」
「嫌なものを目指してるわね。ってなんで詳しいのよー」
口をとんがらせて問うユキに、カオリはニヤリと微笑んだ。
「だってアタシ、スカウト受けてたから」
「…そうなの?」
「ええ。でも微妙に萌えに対する態度が違うから断ったんだけどねー」
ユキはいつかカオリが敵にまわることを心配せざるを得なかった。
「そ、そんなことより! 私は元に戻れるの?」
ユキの問いにカオリは沈黙で答える。
「あ、でもちゃんと今のユキは雪菜の遠縁の従姉妹ってことでうちの親と啓介には紹介しておいたから、いつまでもいて良いのよ。ユキのご両親にはユキは大学の方で急な泊まり込みの研究調査に借り出されたって伝えておいたし」
「……いつバレるか微妙なところね」
ユキの両親とカオリの両親とで従姉妹の話なんぞが出たらその瞬間、おしまいではある。
「まぁ、相手の目的はホワイトスノーを幼児化させて戦力ダウンを狙ったんでしょうけど。どっこい、アタシの手にかかれば大逆転できるわよ。決戦は近日中に起こるわ」
「そう願いたいものね」
縮んだ己の四肢を見つめ、ユキは悔しさに歯を食いしばるしかなかったのだった。
「あ」
「お、君が?」
しゃがんで視線をユキに合わせるのはどこにでもいそうな青年だ。
渋沢 啓介である。
「雪菜さんの従姉妹の…えっと」
「白雪 真由季、です」
予め打ち合わせしておいた名前を告げるユキ。
やや緊張して告げる彼女の目を優しげに彼は見つめると、
「まゆきちゃんか。ボクはけいすけ、よろしくね」
頭を軽く撫でる。
「小さいときの雪菜さんに似てるねー」
「あ、あの、その」
”ヤバイ、バレる”
内心に汗し、ユキは話を変える。
「けいすけお兄ちゃんはジュケンセイなんですか?」
「お、良く知ってるなぁ」
「うん、ゆきなおねえちゃんが言ったました」
「そうそう。雪菜さんに教えてもらってるんだ。ボク、バカだからまゆきちゃんのおねえちゃんには助かってるよー」
「…そ、そうなんだー」
実際は啓介の方が当時の雪菜のレベルよりも高い勉強をしているのではあるが。
「あー、啓介」
背中から飛んできたのはカオリのものだ。
「真由季ちゃんをお風呂に入れてあげて。アタシは学校の課題でちょっと立て込んでてさ」
「?!」
その言葉に慌てて振り返るユキ。
カオリは面倒くさそうな顔を啓介に向けているが、その口許には邪悪なものが宿っていたのを見逃さない。
「ああ、分かった。じゃ、まゆきちゃん。お兄ちゃんとお風呂入ろうか」
「あぅ、えと」
右手を優しく握られ、ユキはカオリと啓介をぐるぐると見回す。
「えとえと、だいじょーぶですっ!!」
啓介の手を振り解き、ユキは言う。
「ひとりで入れます」
「ダメよ、溺れたりしたらアタシがユキに怒られるじゃない」
「そうだよ、まゆきちゃん。溺れたら苦しいよ? しんじゃうよー??」
邪気170%なカオリと、0%な啓介に迫られ、しかしユキは力いっぱいこう叫んだ。
「ひ、ひとりで入れるもん!!」
「はいはい」
ひょいと後ろから啓介に持ち上げられるユキ。
「あぅー、ひとりで入れるったらぁぁぁ〜〜〜〜」
「いってらっしゃーい」
こうしてカオリは、啓介に小脇に抱えられつつ、無力にもジタバタと暴れるユキを見送って手を振ったのだった。
ごー
啓介の膝の上に乗って、おとなしくドライヤーで長い髪を乾かされる真由季ことユキは呆然としていた。
これまたカオリの幼い時のものらしい、水玉模様のパジャマに身を包み、全身を真っ赤にして啓介に身を預けている。
「ほぃ、乾いたよ」
「…ありがとぅ」
ふらりと立ち上がり、心あらずといった風にユキはカオリの部屋に向かう。
その後姿を見守りながら、啓介は呟く。
「100まで数えたのは長かったかな?」
「はぅーー!」
カオリの部屋。
ベットにうつ伏せに、リトルユキは布団に顔を埋めて叫んでいた。
「もー、お嫁にいけないーーー!!」
「啓介に貰ってもらえばいいじゃない」
「………あぅーーー!!!」
対するカオリはアルバムを開いていた。
そこに何枚かの写真を新たに収めている。
それは今日の先行者との戦い。華麗なホワイトスノーの体裁きが写っていた。
混じって、啓介に背中を流される幼いユキの姿。
または、ふわふわの石鹸の泡をスレンダーな体の微妙な部分に張り付かせ、ぎゅっと目をとじて髪を洗われる姿。
湯船の中で顔を真っ赤にして肩まで2人して浸かっている1枚。
タオルで全身拭かれている写真なんかもあったりする。
「いつ撮ったぁぁぁ!!!」
「あ、復活したのね」
最後の一枚を後生大事にアルバムに収めてパタンと閉じるカオリ。
なおアルバムの題名は、
『どきどきわくわくハァハァうっ! ユキちゃんアルバムパート78』
「最後の『うっ!』って何よーー!!」
「気にしない気にしない」
「するわーー!!」
「しょうがないわね。うっ!っていうのは絶頂の際に白濁液が…」
「説明するなーーー!!!」
「難しいお年頃ね」
「もぅ…知らない!」
ぷぃ!と横を向いてしまったリトルユキの横顔を、カオリはパシャりとまた一枚、頂いたのだった。
『アキハバラに突如として現れたナウシカの巨神兵を思わせる人型兵器は謎の怪光線を撒き散らしながら都庁へと前進を進めております。環状線の渋滞もあり、都庁到達まで1時間が見込まれております』
「「ぶーー!!」」
紅茶を噴き出す2人。
朝のゆっくりとした時間、TVを眺めながら朝食を摂っていたのはユキと渋沢姉弟の3人。
「どうしたの、まゆきちゃん?」
啓介に口許を拭いてもらい、あわあわと慌てつつも画面を見つめる。
『なお怪光線を受けた被害者はみな、幼児化してしまうという現象が生じており、全国からロリコン、ショタコンが押し寄せるのは確実視されております。問題が大きくなる前にホワイトスノーの出現が求められております。では次のニュース』
「相変わらずのんびりしてるなぁ、この国は」
啓介の呟きを聞きつつ、ユキは彼を見上げる。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「ん? なんだい?」
「もしも…もしも雪菜おねえちゃんも今の光でちっちゃな女の子になっちゃったら…どうする?」
問いに、啓介は困った顔をする。
「そりゃ困るねぇ」
「どうして?」
「どうしてって…雪菜さんはボクの大切な先輩だからね。あの人のことだから、もしもボクよりも年下になっちゃったら恥ずかしくて人前に出てこないと思うんだ」
「そ、そうかもしれないねー」
乾いた笑みを浮かべつつ、ユキは頷く。
「でももしも小さくなっちゃったら…今度はボクが力になってあげたいね。いつも迷惑かけちゃってるから」
「おにいちゃん…」
「はいはい、出かけるわよ、真由季ちゃん」
後ろからカオリに持ち上げられるリトルユキ。
「姉貴、外は危ないんじゃ?」
「だいじょーぶ、都心には行かないから。ちょっと真由季ちゃんと行くところがあるのよ、ね?」
「あ、う、うん」
「そう。いってらっしゃーい」
啓介の笑顔の見送りを受けながら、2人は家を飛び出すようにして出たのだった。
サンシャイン60の屋上。
ユキとカオリは眼下で怪光線を撒き散らす巨神兵もどきを見下ろしていた。
光を受けた者を幼児化するという力は間が抜けているようにも思えるが、社会機能を麻痺させるには充分すぎるものだった。
その肩には黒ずくめ男が一人立ち、哄笑を上げて「まんせーまんせー」と叫んでいる。
「で、どうするの?」
それを見下ろし、リトルユキは隣のカオリに問うた。
「このままじゃ日本人は総幼児化しちゃうよー」
「大丈夫よ、ユキ」
カオリはウィンク一つ。
「幼児には幼児の戦い方があるの」
ユキの手に、30cmほどの7色に着色されたステッキが手渡された。
先端部には真っ赤なハートの飾りがついている――まるで魔法少女のステッキだ。
「そう、魔法少女よ!」
「ま、魔法?!」
科学の申し子の言葉とは思えなかった。
「正確に言うと魔法っぽい科学兵器が詰め込んであるのよ」
「おぃおぃ…」
「さぁ、唱えなさい。ステッキを掲げていつもの呪文を! 変身よ!!」
「う、うん!」
リトルユキはステッキを天に掲げる。
「ココリコココリコエンドウヘンタイクルリンパットダイヘーンシン♪」
どこからともなく花びらが、舞った。
次いでユキの服がボロボロと空中分解,つるぺたな体が露になる。
しかしそれも瞬間的、服は再構成され、フリフリのフリル(鋼鉄製)のついた薄青のドレスを形成。
髪は白く変色,しかしサングラスは出現しない。
一方、ステッキのハートから金属製の翼が生えると同時、そのハートにはギョロリと1つの目が生まれた。
「おまっとさんでした、似非魔法少女リトルホワイトスノー! 期待に満ちた登場です♪」
片足立ちの決めポーズと決めセリフ。
「おー」
パチパチ
拍手はしかし、この場にいるたカオリだけから。
「さぁ、リトル,悪い奴を倒しに行くよ!」
「うん! って?!」
どこからかの声に頷き、その出元に首を傾げるリトルホワイトスノー(以後リトルスノー)。
「ここだよ、ここ!」
「…ええ?!」
声はステッキからだった。翼付きのハートに生まれた一つ目からだ。
「怖っ!!! カオリ、なによこれーー!」
「魔法少女と言ったらマスコットは必要不可欠でしょ?」
「こわすぎよ!!」
ぱっちりとした目玉にかなりヒキながら、リトルスノー。
「気にしちゃだめだよ、リトル。さぁ、君の魔法で悪者を倒しに行くよっ!」
「お、おー!」
「頑張ってね、ユキちゃん♪」
カオリの声を背に、リトルスノーは背中に生まれた金属の翼を推進力に、都会の空へ飛び出した!
「あれは!」
信号待ちをしている巨神兵もどきを見上げたTVカメラクルーは空を指差した。
「鳥か?」
「飛行機か?」
「いや、魔法少女だ!!」
金属の翼で巨神兵の前に飛び出したのは幼い少女だった。
しかしその格好はまさに『魔法少女』と言わんばかりのもの。
「まわせ、カメラを回せー!」
集まり始める人ごみの中、撮影班はあわただしく動き始める。
「そこまでよ、MOEの尖兵! 幼児化した人たちを元に戻しなさい!!」
ずびしとステッキを巨神兵に向けて、ジェット推進によって空中に留まりながらリトルスノーは叫ぶ。
「ほぅ、私達をMOEと知って止めますか…私の名はMOEの第一使徒ダイク。世界総ロリ化計画という神聖なる目的のためにも、アナタにはここで死んでもらいましょう!」
肩に立つ黒頭巾は言い放つ。
「その言葉、そのまま返すわ。どうやったらみんなを元に戻せるの!」
「ふっ」
第一使徒ダイクは小さく笑う。
「私を倒せば元に戻ります。もっとも私を倒せるとは思わないで欲しいですね! いけ、巨神兵!」
ダイクの指示に、巨神兵もどきは巨大な右の拳をリトルスノーに向かって伸ばす。
が、
その動きは唐突に止まった。
「うぉぉぉぉ! できない、できない!!!」
「??」
頭を抱えて叫ぶ黒頭巾。
「幼女を攻撃するなんて、私にはできない!!」
「じゃ、逝っちゃえ。魔法少女究極奥義・ウラン臨界!」
青白い光がリトルスノーの両手から生まれて黒頭巾幹部ダイクを包んだ。
「げはーーー!!」
魔法の光(中性子)を体いっぱいに浴びたダイクは風と共に散り行く。
「魔法少女リトルスノー,天に代わってお仕置き完了♪」
ステッキを振りかざしての決めポーズが決まる。
「やったね、リトルスノー!」
操縦者を失い、動かなくなった巨神兵の足元に降りたったリトルスノーは、ステッキにうんと元気に頷いた。
「これで幼児化した人たちが元に戻るわね♪」
「そうだね」
彼女の手の中、ステッキはニタリと笑みを浮かべる。
「君を含めてね」
「え?」
リトルスノーの体全体が、ビクリと震えた。
直後である。
びりりりり!
体を包んでいたドレスが破れ、元の年齢に戻ったホワイトスノーの姿がそこにはあった。
「あ…」
硬直するホワイトスノー。
目の前にはテレビカメラ。
全国のお茶の間に、後のお宝映像として名高い、美少女戦士ホワイトスノーのセミヌードが公開された瞬間だった。
日は赤く西の空を染め上げている。
「酷い目にあったわ」
「アタシはウハウハよ」
「…あっそ」
がっくりと肩の力を落としたユキと、幾枚もの写真を手にスキップしながら歩くカオリは帰路についていた。
やがて家の前にたどり着く。
「あ、この足で啓介くんのカテキョーに入るわ」
「そうね」
ユキはカオリと共に渋沢家の門をくぐる。
「ただいまー」
カオリの声に、
「おかえりー」
啓介の声が居間から聞こえてくる。
2人はそのまま居間に向かい、
「こんにちわ、啓介くん」
「あ、雪菜さん。こんばんわ」
『さて次のニュースです』
啓介はニュース番組を観ていた。
そのニュースは、
『現れた魔法少女はホワイトスノーでした。これがその映像です』
セミヌードのホワイトスノーがスローで何度も流れていた。
「へー。なんとなくホワイトスノーって雪菜さんに似てるね…ってどうして消すの、雪菜さん??」
「さっさと勉強よ、勉強!!」
「顔真っ赤だけど?」
「うるさーいっ!!」
啓介を部屋に連行する雪菜の背中を見つめながら、カオリは呟く。
「あ、このニュースの映像も録画しとかなきゃね」
MOE作戦司令室。
円卓に並ぶ幹部は一人減っていた。
居並ぶ黒頭巾たちは重たい沈黙に包まれている。
「ふふ…ふふふ」
その中、含み笑いが白頭巾から漏れた。
「総統?」
「面白いではないか、ホワイトスノー!」
白頭巾は立ち上がる。
「いくぞ、総力戦だ! この世に萌えを,絶えることなき萌えでこの世を包み込むのだ」
「「はっ!!」」
黒頭巾たちもまた立ち上がる。
ここにホワイトスノーの新たなる戦いの幕が開けたのだった―――
お・わ・り