其処は最も近くて遠い場所。
 決して行くことの出来ない、壁一枚を隔てた向こうの世界。
 過去において『もしも』が成立した場合に生じる、気泡のような世界のことである。


 ばしゃっ!
 紅い飛沫が飛び散るのは、燃え盛る炎で囲まれる中。
 「あ……あぁ」
 絶望のみを含んだ哀れな声を上げ続けるは、炎の中心で地面に腰をついた男。
 腕の太さなど若い女性の腰周りほどもありそうな、体格の良すぎる巨漢である。
 彼の右目は黒い眼帯に覆われ、彫りの深い顔は普段ならば見る者に畏怖を与えるであろう。
 だが今は違う。
 彼こそが、畏怖を抱いていた。
 彼の右手には機関銃。
 左手には血に濡れた幅の広い刃を持つナイフが握られている。
 が、その両腕ともにだらしなく地面についている。
 彼の唯一開いた左の瞳は、やや上を見ていた。
 見ていた、とは語弊があるかもしれない。
 目を外せなかったのだ、己の命を無雑作に摘み取る死神の姿から。
 彼の目の前には、ひょろりとした細い影が立っている。
 比べてしまえば、まるで子供のような体格の男だった。
 だが。
 まるで水鏡の様に澄んだそいつの瞳は、目の前にどのような惨状が映ろうとも決して揺らぐことはないだろう。
 そんな男だった、だから。
 死神は右手に持った小さな銃を、呼吸するような自然な動作で男の額に向け、
 ばしゃ!
 発射音もなく男の頭は炎の中に弾け飛び、彼は彼を囲む骸へと種別を変えた手下の仲間に、声もなく加わったのだった。
 銃奏暦1912年。
 これが世界を股にかけ、ありとあらゆる暴力を振りまいた暴力王の最期。
 そして。
 「力」こそが「法」であるとする時代が瓦解し始めた瞬間である。


Gun-Ho!


 彼女は目を覚ます。
 今日も朝も早くから、街のどこかで銃声がこだましていた。
 近くか遠くか、どこぞとも分からないその音に目を覚ました彼女は、乱れた黒の長髪を右手で軽くかきあげてベットから身を起こす。
 窓から漏れる朝日は弱い。今日も相変わらずの曇り空だった。
 彼女は枕元に置いたテレビのリモコンをオンにする。
 『おはようございます。銃奏暦1998年6月24日水曜日、午前6時です』
 ニュース番組のオープニングが流れ始めたところだった。
 彼女にとっては今日も時間ぴったりの起床である。
 ニュース番組をBGMに、立ちあがった彼女はキッチンでお湯を沸かして目覚めの紅茶を煎れる。
 砂糖は小匙一杯、ミルクは多め。
 まずはその一口分で口の中を潤しながら、腰まで伸びた髪を頭の上で1つに結わえる。
 洗顔の後、着替え。
 大き目のパジャマをベットの上へ脱ぎ捨て、着慣れた制服に腕を通す。
 制服はミルター女子高等学校と呼ばれる、この辺りでは比較的門戸の狭い学校だ。
 起源であるセーラー服そのものの機能を生かしたデザインは非常に動きやすく、見た目も悪くはない。
 襟にはブルーラインが2本入っている。これは2年生であることを示す。
 最後に銃が左右に2丁収まったベルトを肩に通した。黒い金属の塊であるそれは、ともにベレッタM92FS。
 かつての大戦で友邦国であったイタリア製の銃であるそれは、1985年に米軍正式採用拳銃の座に就いた、オートマチック拳銃M92Fの改良版だ。
 改良前のM92Fは強装弾を使用するとスライド側面の強度不足が原因で破損しブローバック時に後方の射手顔面にぶつかってしまうという不具合が生じる事があった。
 このことから、ハンマーを支えるピンを大型化する事で破損しても危険のないようにしたのがこのM92FSだ。
 米軍正式採用以後は、様々な軍・警察でも正式採用され、今やここ日本においてもメジャーな9oオートマチック拳銃の1つと言えよう。
 彼女はベルト装着後、銃を抜いてそれぞれの装弾数を確認。
 15発づつ込められているのを改めて視認すると、ベルトへと鮮やかな手つきで戻した。
 その己の姿を、姿見の鏡の前で確認して。
 「よし」
 最後に、残った紅茶を一気に飲み干し、彼女は鞄を手にワンルームであるこの部屋を後にした。
 「今日も、悪くはない日でありますように」
 濁った朝の空に、そう祈りつつ。


 この世界は「力」が支配している。
 純粋に「力」がある者の意見が、考え方がこの世界のルールだ。
 そして意見や考え方が食い違い、他者との衝突が起こったときはどうするか?
 そこで「力」同士の衝突が発生する。
 止むことのない、血みどろの戦いが続くのか?
 と、それは前世紀でのお話だ。
 現在は、決闘という形が取られる。
 1対1の、己の命を賭けた正々堂々の死合い。
 命を落とそうが、互いに恨みっこなしの決闘である。それこそがこの世界の唯一絶対の「法」。
 故に、おいそれと決闘が起こらない……という訳でもない。
 実にくだらない理由で街のそこかしこで決闘は実施され、実にくだらない死がそこかしこで生まれている。
 また、1対1の決闘が必ずしも実施されるという訳でもない。
 人目に入らなければ、集団で1人を狙うなんてのも良くある話だ。そしてそれは、
 「まったく、くだらないことだね」
 いつもの通学路。
 彼女は目の前で待ちうける一団を見て、思わず呟きを漏らす。
 「おはよう、累」
 そう、声がかけられる。
 彼女の目前、武装ジープで道を塞いでいるのは五人の男達。
 詰襟の学生服に身を包んでいる彼らとは、彼女とは昨年の学園祭以来の顔見知りである。
 彼女――累に声をかけたのは、後部座席で他の4人とは違い、妙に態度の大きい青年だ。
 顔の造形は悪くはない。むしろ良いくらいなのだが、どうにも彼から発せられる雰囲気が黒くかつ狂気めいたものがある。
 「そして、おやすみ」
 彼は問答無用で彼女に肩からかけた短機関銃の銃口を向けた。
 FN P−90。ベルギー製の、短機関銃と軍用突撃銃の中間に位置する自動小銃だ。
 既存の拳銃弾を使用せず、小型化されたライフル弾のような形状の専用の銃弾を使用する新しい形態の銃器であるのが特徴で、装弾数は50発と画期的な銃である。
 またこの銃弾は防弾チョッキや鉄板を貫けるほどの貫通力を持っていながらも、人体のような柔らかい物は貫通せずに対象を無力化させる――すなわちマンストッピングパワーに優れているのが特徴だ。
 パラララララッ!!
 軽快な音が朝の通学路に鳴り響く。
 着弾地点のアスファルトがめくれ、砂埃が舞う。
 打楽器の如き派手な50連射の爆音は、その連奏の中に目立たぬ射撃音の存在を孕んでいた。
 無駄のない軌跡を描く、甲高いリズムを纏う連射音を。
 「っ!!」
 彼の小さな悲鳴と共に、P−90の弾倉は半分も消費しないうちに止まる。続いて、
 「げ」
 何故かトリガーから指を離した彼は、銃のそれがおかしな形に変形しているのを知る。
 慌てて彼は再度銃に手をかけるが、変形の度合いが酷いのかP−90は稼動しそうもない。
 「おい、お前の銃を貸せ!!」
 傍らの同級生らしき男に彼は手を伸ばすが、
 「あー、浅生さん。オレの銃もやられちゃってます」
 「げ、オレのもだ」
 「うぁ、またかよ」
 残る4人から同じ答えが返って来る。
 「くっ!」
 額に汗を浮かべて、浅生と呼ばれる彼は標的だった彼女にここでようやく視線を移した。
 いない。
 いや、何事もなかったかのように彼らのジープの横を通りすぎている。
 「ちょ、おま、おい、車を出せ! アイツにぶつけろっ!」
 物騒極まりない指示に、これまた同級生らしい運転席に座る男はキーをまわす、が。
 反応がない。
 「うぁ、なんかいつのまにか点火系のどっか撃ち抜かれ…」
 ぱぱんっ
 運転手の言葉が終わらないうちに、二連の銃声が響き、破裂音が二つ。
 「あ、タイヤも撃ち抜かれました」
 「なっ!」
 振り返ることなく二丁の拳銃の銃口だけを向けて立ち去る累を呆然と彼女を見送る5人だったが。
 「くそっ、ふざけんな!!」
 浅生だけは途中で我に返り、ジープを飛び降りると累に向かってすでに鈍器としてしか機能しないP−90を振りまわしながら襲いかかる!
 キィン!
 唐突にそんな、金属を撃つような澄んだ音が響き渡る。
 浅生によって振り上げられた最新鋭技術の塊であるP−90は累に届くよりも遥か前に、無残な姿を晒す事になった。
 からん
 乾いた音を立てて、真っ二つに切断された銃身がアスファルトの上に転がった。
 硬直する浅生。彼は動けない。
 「ブレイダー(剣術士)だとっ…」
 何故なら、言葉を漏らす彼の首元には鋭い剣先が付きつけられていたからだ。
 後ろを振り返った累の前には、抜き身の日本刀を構えた青年の姿がある。
 腰までの長く黒い髪を頭の上へ無雑作に1つに結い上げ束ねた、黒い学生服の男だ。
 彼は刃を付きつけた浅生を見ることもなく、ただ累を見つめて非難がましく呟いた。
 「なんだよ、相変わらず殺らないのか?」
 「そんな価値もないでしょ?」
 「なら代わりに俺が殺ってやろうか?」
 「なによ、私に惚れてるの?」
 「ん、寝言か? まだ半分寝てるのか、累?」
 「…まぁ、目覚まし代わりには使えるし、放っておけば良いわ」
 「ふーん」
 言われ、彼は浅生をこの時初めてといった感じでまじまじと見つめた。
 彼の首筋からはうっすらと血が滲んでいる。
 「お前、女相手にまともに決闘もできんのか?」
 呆れた口調での問いに浅生はようやく自分のペースを取り戻したかのようにギロリと彼を睨む。
 「フン、累が一人でない以上、俺も一人でやってやる謂れはないからな」
 「?? 何を言ってる? 累は1人じゃ…」
 「ほら、一成。貴方も学校に遅れるわよ」
 浅生の何かが食い違った答えに対する質問を遮られ、一成と呼ばれたブレイダーは刀をクルリ、まわして刃の背で浅生の首筋を軽い調子で叩く。
 同時、浅生は糸の切れた人形のようにその場に崩れおれた。
 一成は刀を収め、何事もなかったかのように累の背を追った。
 入れ替わるようにして、
 「浅生さん!」
 「まじかよ」
 「うぁ、アレって浦所高の瓜生一成じゃん」
 動かない車から浅生の仲間達が各々、彼らのリーダーを一応心配して駆け寄ったのだった。


 いつから覗いていたのか、累の隣に並んで歩くのは詰襟の男子学生。
 その腰に提げた一振りの刀は、今は珍しいブレイダー(剣術士)の証だ。
 「なんだったんだ、アイツは」
 「浅生 修司。市長の息子だってさ」
 「あぁ、あの悪徳市長のか」
 そこまで言って、一成は額にしわを寄せる。
 それは彼にとっては珍しく、理解が及ばない事体が起きた時に見せる表情だ。
 「それって、ご両親の仇の息子ってことじゃないのか?」
 「そうとも言うわね」
 「……殺しとけばいいだろ」
 「死体掃除する人が気の毒でしょ」
 「……そうか」
 あっさりとした累の返答とは対照的に、一成の方は苦々しく言葉を飲む。
 しばらくの間、無言での登校風景だったがその沈黙を破ったのは一成の方だった。
 「これを」
 「なに?」
 「ん。まぁ、偶然手に入ったものでな」
 彼が懐から取り出して累に手渡したのは、1枚のチケット。
 それは丁度今週から開かれる、市主宰の銃の展覧・即売会の入場券だ。
 それが2枚。
 「ふーん、でも新しい銃なんていらないわよ。私にはこの2丁があれば」
 累は肩からかかるベルトの2丁に触れて言う。
 「そういえば累、お前その銃はずいぶん前から使ってるよな。そんなに使い勝手が良いのか?」
 問いに、累の銃に触れる手が止まる。そして丁度2人は十字路に差しかかった。
 「ほら、一成は向こうでしょ」
 東の道を親指で指し示し、累は彼の言葉に応えることなく自らは西への道に足を向ける。
 「あ、あぁ。それでだな」
 チケットを差し出した手の行き場を困らせながら一成。しかし彼の手の動きは北からやってきた珍入者によって止まる。
 「じゃ、お預かりしますね」
 軽快な言葉と共に、2枚のチケットは累と同じ制服を着た女子高生に奪い取られる。
 「ささ、行きましょう、先輩」
 「む、背中を押すな、沙耶可」
 累はたたら足を踏みながら、彼女に押されて先へと進む。
 離れて行く2人を見送った一成はというと、
 「……あー、えーっと」
 差し出したままの手を所在なげに戻し、東の道に向き直ったのだった。


 「先輩、累先輩!」
 「ん?」
 「誰ですかぁ、今の人?」
 「今の?」
 並んで歩く累と沙耶可の2人の周囲には、次第に同じ制服に身を包んだ女生徒が増えて行く。
 やがて遠目に大きな時計塔が見えてくる。どうやらそこが彼女達の学校のようだ。
 「あぁ、一成のこと?」
 「も、も、も」
 「も?」
 「もしかしてっ、先輩のカレシですか?!」
 何故か異常に興奮し、食って掛かるように問い詰める感じの沙耶可に、累はやや面食らいながら、
 「んー、アレは古い知りあいよ」
 「古い知り合い?? それって幼馴染みとかですか?」
 「ん、そんな感じかも」
 「じゃ、じゃぁ、小さい頃一緒にお風呂に入ったことがあるとか、そんな仲ですか?!」
 「あー、そんなこともあったかもなぁ」
 「クケーーー!!」
 「?!!?」
 突如、奇声をあげる沙耶可に登校中の女性徒達が一斉に視線を向ける。
 「あ、あのー、沙耶可?」
 目を白黒させる累。
 「許しません、それは生かしておけません、次に見かけたら息の根を」
 「どぅどぅどぅ」
 暴れ馬を抑えつけるかのように累は沙耶可を宥める。
 宥めつつも「なんで私がこんなことを??」とぶつぶつと呟いているが。
 やや落ちついたらしい沙耶可は続けて問う。
 「じゃあ、じゃあ、アイツは先輩のお隣に住んでいるとか?」
 「いや、今は近くもないかな。昔、アイツとウチの親同士が親しい友人でね」
 「あ……」
 そこまで聞いて、沙耶可は正気に戻り黙ってしまう。
 「ごめんなさい」
 「へ? あー、そんな気にすることでもないよ」
 苦笑いする累に、沙耶可は手にした紙切れを差し出す。
 「放課後、寄って行きませんか? なんか面白いものあるかもしれませんし」
 それは一成から奪い取った武器の展示会のチケットだ。
 「いや、私は…」
 「アタシの銃、ちょっと使い勝手が悪くって。新しいの、一緒に選んでくれると嬉しいです!」
 沙耶可は腰に下げたグロック30を叩きながら懇願する。
 グロック30はオーストリア製のオートマチック拳銃だ。
 ポケットサイズで携帯に便利であり、しかも抑止力の強い45口径弾を採用している事から、護身用の銃としての評価は高い。
 ただし全体がプラスチックで構成されていることから45口径弾を放つには些か軽すぎるという逆の欠点を持つ。
 発砲時の反動は、弾の火薬量が多ければ多いほど、銃本体が軽ければ軽いほど、射手の握力が弱ければ弱いほど、増す。
 しかも小型故に、大型拳銃のように強くしっかり握る事も難しいこともあり、発砲の際の反動が大きくなってしまう。
 そんな銃を腕力が大して強いとも思えない沙耶可のような女性が用いるのだ、結果的に命中率が大きく下がるのは必然と言えよう。
 「そっか、よし、分かった。沙耶可にぴったりの銃を探しに行こう」
 「やったー!」
 どさくさに紛れて沙耶可が累に抱きつこうとした瞬間、
 きーんこーんかーんこーん♪
 すぐ頭上から、始業5分前のチャイムが鳴り響く。
 駆け出した累により、沙耶可は何もない宙を抱きしめることになっただった。


 行き交う人は老若男女問わず、各々が興味深げに物色している。
 その中で、3人1組の人影がそこにはあった。
 「へぇ、案外人が多いのね」
 「……」
 「ほら、沙耶可。ベレッタM93Rなんかどう?」
 「………」
 「三点バースト機能が搭載されてるから一度引き金を引くだけで、三連射が可能ってのが魅力ね」
 「…………」
 「それにトリガーガード前部に射撃姿勢の安定の為に小型のハンド・グリップが装着されてるし。発砲の反動を押さえ込むのにも工夫されてるわ。沙耶可には使いやすいと思うんだけど」
 「……………」
 「ついでに一成も買ってみたら? 剣も良いけど銃も良いものよ。ほら、コルトパイソンなんかどうかな?」
 「……」
 「この芸術的なまでに美しい外観! さらに357マグナム弾を装填できるのよ、なんともまぁ、素晴らしいと思わない??」
 「………」
 「ちょっと、2人とも聞いてる?」
 「「なんでコイツがいる?(いるんですか?)」」
 累を挟んで一成と沙耶可は互いを指差し、憮然とした表情で訴える。
 「なんでもなにも……」
 累は一成を見て、それから沙耶可を見る。
 「朝は一成が行こうって誘ってくれて、その後に沙耶可ちゃんが誘ってくれたんだから、そりゃあ結局はここで会うんじゃないのかな?」
 「累、悪いことは言わない。友達は選べ」
 「先輩、間違っても異性としてこんな男子を見てはいけませんよっ!」
 一成と沙耶可はそう言葉を重ねた後、累を間に挟んで鋭い目で睨み合う。
 「ほぅ、貴様」
 「へぇ、この男子」
 「あー、えーっと、取りあえず沙耶可? 貴方の銃を選びに来たんだから、これはどうなの?」
 困った顔をしつつ、累は沙耶可にベレッタM93Rを手渡す。
 「なぁ、女同士だったらそういうものは普通は洋服とかアクセじゃないのか?」
 「今、銃を選び選ばれるのは女子高生の間でのトレンドなんですよーだ!」
 「いや、それはありえねぇから」
 沙耶可にダメ出しする一成。
 「アタシよりも先輩。先輩は銃は新調しないの? 結構それ、古いと思うんですけど」
 「そうだな、累。使い勝手が良いのも分かるが、やはり古いといつ故障するか分からないものだぞ」
 2人に同時に言われ、累は思わず戸惑ったかのように上を見上げ、そして銃の収まるベルトに触れる。
 「ううん。私は良いの」
 「でも結構重くないですか?」
 「全然。それに故障もないんだよ」
 一成に言う累。
 そこに横から突如声がかけられた。
 「違うだろう、それは違う言い訳だ、累」
 「?!」
 「お前は」
 「誰?」
 厳しい表情の累と、呆れ顔の一成。そして本気で?な表情の沙耶可。
 累に声をかけたのは浅生だった。
 「累、お前は使えないのだろう、その銃以外は」
 「っ!」
 思わずベルトに納まる銃のグリップに手をかける累。
 それに構わず、浅生は言葉を続ける。
 「何故ならその銃は―――
 浅生の言葉はそこから聞こえなくなった。
 彼の声よりも、遥かに大きな音を以ってして。
 完全にかき消されたのだ。その音の正体は、
 ドドドドドドドドド
 連続的な爆発音、展示会場の奥から鳴り響いてくる。
 それは今まで以上に大きくなっていき、光と熱を伴なうようになる。
 「先輩、この展示会ってメインはなんだったんでしたっけ?」
 叫ぶようにして問うのは沙耶可。
 「暴力王を撃ったとされる銃の展示があったはずだ」
 「それって未だに機構が明らかになっていない、謎の銃か?!」
 浅生の言葉に一成のさらなる問い。
 しかしそれに答えられることはなかった。
 どーん
 すぐ傍で襲いくる光と音、そして衝撃波。
 4人に留まらず、賑わっていた現物人の全てがその場に身を伏せた!
 「一体、何が起こって…」
 累の言葉は、視界の先に映った光景によって止まる。
 展示会の中心地点と思われる方角から、続けて響く爆発に戸惑うこともなくやってくる一団があった。
 威風堂々とした巨漢の中年を中心に、統率された動きで揃いの短機関銃を構える私設兵士達。
 短機関銃は、イスラエルのIWI社製として名高いウージーだ。
 オールスチール製で重過ぎるという点が欠点ではあるが、故障が少なく扱いやすい銃である。
 と。
 「逃がすかっ、賊ども! 銃を返せ!!」
 彼らの背後、すなわち展示会の中心部から男の声が響いたかと思うと、彼らに向かって何かを放った。
 それは、
 「HEDP502,多目的榴弾!?」
 「せ、先輩?! ぶっ!!」
 思わず叫んだ累は、顔を上げたばかりの沙耶可を再度空いた左手で地面に押し付ける。
 高速で飛来するはロケット弾――カールグスタフ(無反動砲)から放たれた後先を考えない一発だ!
 それを私設兵士達、いや、展示会の目玉商品を奪取した賊達はウージーで迎え撃つ。
 鳴り響く複数のウージーの射撃音。弾幕に飛び込むHEDP502多目的榴弾。
 カッ!
 運が良かったのか、むしろ悪かったのか、多目的榴弾は彼らに被弾する前に空中で爆発四散。
 だがその威力が抑えられたわけではなく、爆風が彼らを襲った。
 「あたっ!」
 累の頭に何か硬いものがぶつかる。
 顔を上げれば、目の前には小さなアタッシュケース。
 どこから飛んできたのか、それは衝撃で口を開けていた。
 中には全長50cmほどの銃身を持つ、スマートな銃が一丁。
 銅色がくすんだ色彩は、かなり古い時代のものであることを感じさせるが。
 「きれいな銃」
 思わず呟いた累の言うとおり、錆1つない。
 むしろ油もうっすらと施され、大切に扱われてきたことが伺える。
 「くっ! しまった、銃が」
 「銃がっ、どこだ!」
 「探せ探せ!!」
 少なからずもダメージを受けた私設兵士達が慌てだす。
 しかしながら統率がしっかりしているのか、その半数が落としてしまった「何か」の捜索に。
 もう半分は彼らを追撃にくる展示会会場の警備兵の対処を行った。
 たった今、カールグスタフをぶちかました警備兵は早くも打ち倒されてしまったようだ。
 「なんか厄介なことになったわね」
 壊れたアタッシュケースの中の銃を思わず手にして立ち上がる累。
 「あのー、先輩」
 「ん?」
 同じく隣で立ち上がった沙耶可に累は顔を向ける。
 「なんか、ヤバくないですか?」
 「ん?」
 気がつけば。
 2人はウージーを構えた4人の私設兵士達に包囲されていた。
 「おい、貴様、それを返してもらうぞ」
 兵士達のうちの1人が累に向かって手を伸ばす。
 累は反射的に空いていた左手でベレッタM92FSを抜いていた。
 抜くと同時、手を伸ばした兵士のウージーの銃口がひしゃげて稼動不可となる。
 2人を囲む円が一瞬の沈黙の後、中心の累と沙耶可に向かって残る兵士達からウージーの凶弾が放たれ――
 「ぐっ!」
 「つっ!」
 「かっ!」
 壊れたウージーを持つ兵士以外の3人は、引き金を引くまもなく地べたに倒れた。
 「なにをやった、累」
 一瞬で兵士達を打ち倒したのは一成だ。彼は抜き身の刀を手に累に問う。
 「さぁ?? って?!」
 彼女は突然訪れた右手のしびれに、「それ」を落としてしまう。
 「小娘、返してもらうぞ。ワシの祖父たる暴力王を討ったとされるその銃を」
 声は彼女たちの頭上から。
 それは私設兵士達に囲まれていた中年の男からの言葉だ。
 身の丈が2m近くあろうかという中年男は、白いスーツの下に鍛え上げられていると思われる肢体を有している。
 そしてその手に握るのはデザートイーグル。それも50Action-Express版だ。
 すなわち、自動式拳銃として世界最高の威力を持つ拳銃である。
 その一発を受けたはずの銅色の古式銃は、しかし傷1つなく地面に寝ていた。
 「これが暴力王を撃った銃?」
 唖然と先程まで手の中にあった銃を見下ろす累。
 「せ、先輩?!」
 沙耶可の声に我に返る。
 暴力王の孫を名乗る男の銃口が、累の額に向けられていたからだ。
 「ちっ!」
 舌打ち一つ、銀光を走らせるのは一成。
 だが彼の横薙ぎの一閃は、下から掬い上げられるような一閃によって目標を大きく外れた。
 「なに!?」
 「よい一撃だ、よもやワシの出番があるとは思わなんだわ」
 一成の刀は、デザートイーグルを構える中年の男の背後から沸くようにして現れた着物姿の老人によって進路を絶たれた。
 「さぁ、楽しもうか、少年!」
 「むぅ!」
 微笑みながらの老人の構えた刀は、まるで一定の軌道を持たない変幻自在の刃となって一成に襲い掛かる。
 それを彼は必死に防ぐより他なかった。
 ガゥ、ガゥン!
 その間に、白スーツの男のデザートイーグルが火を噴いた。
 軌道の先にいるのは累。
 彼女はすでに、その両手に愛用のベレッタM92FSを構えている。
 だが彼女が引き金を引くだけの時間はない。
 「ぐっ!?」
 2発の凶弾は累の2丁のM92FSに見事にヒット。
 ベレッタ2丁は世界最強の自動式拳銃により、ともにその中程から砕けたのだった。
 「んなっ!」
 叫ぶ累。
 彼女が見るのは砕けた銃。両親の遺した、これまで彼女を護ってきた銃。
 そしてデザートイーグルを構えなおし、今度は間違いなく彼女の額に狙いをつける暴力王の孫を名乗る中年。
 彼女を護るものは、すでに彼女の手の中には、ない。
 だが。
 視界の隅には一丁の銃。
 見たこともない、機構の知らない銃。そもそも装弾されているのかも分からない、伝説の銃。
 でも、その銃は、
 「父さんと母さんの銃じゃ、ない」
 呟きつつも、彼女の体は意志とは関係なく、ただ己の生存のために銃を拾って男に構えた。
 「それに触るなっ!!」
 彼は怒鳴り、意志がデザートイーグルへと伝わって火を噴いた。
 同時。
 累は構えた銃の引き金に指をやり、思う。
 『知らない銃じゃ、傷つけてしまう』
 だが撃たなくては、彼女が死んでしまう。
 これまで彼女は人を傷つけたことはなかった。
 相手から攻撃する術を奪うことで、傷つけることも、傷つけられることもなかった。
 そして彼女のそんな行動を支えてくれていたのが、両親の形見たる2丁のベレッタだった。
 それが今や、すでに稼動しない鉄くずへと姿を変えている。
 代わりに彼女の手の内には、彼女が初めて握る銃。
 彼女を支えてくれる両親の想いもなにもない、赤の他人たる銃だ。
 それを彼女は、向けた。
 『傷つけたくない』という想いと。
 『傷つきたくない』という相反する想いを抱いて。
 その矛盾した思いに、手の内の伝説の銃が。
 応えた。
 生まれる力は制圧の力。
 銃弾ではない、圧倒的な空気の圧力による力だった。
 それがデザートイーグルの必殺の銃弾を押し返して無効化し、その現象は中年男から戦意をも奪う。
 「む?!」
 壁のような空気の圧力に、一歩後退する中年男。
 同様に累を中心として人とモノが放射状に、押されるように吹き上げられていく。
 「きゃ!」
 思わず叫んで吹き飛ばされるのは沙耶可。スーツ姿の中年男の隣で思わず尻をつく。
 「むぅ」
 「っ!」
 一成と着物姿の老人は互いに距離を取り、累を見る。
 「なに、この銃??」
 「扱えると言うのか、面白い」
 僅かに唖然としている累を睨み、中年男は嬉しそうに微笑んだ。
 そして、
 「きゃ!」
 「沙耶可!」
 「その銃を持って明日の朝、海辺の倉庫街まで来るがいい。待っているぞ」
 彼は傍らの沙耶可の腰を掴んだかと思うと、片腕一本で担ぎ上げた。
 同時、いつの間にか彼の脇には縄梯子が垂れている。
 見れば上空にはヘリがホバリングしていた。
 「待て、お前は一体?!」
 「ワシの名は銃王。かの暴力王の孫なり!」
 名乗り、縄梯子を掴む。上昇していく銃王。
 その後を追って、着物姿の老人もまた縄梯子を掴んで上空へと舞う。
 「小僧、なかなか楽しかったぞ。ワシも貴様を待つとしよう。このソードマスター(剣聖)、その称号にかけて正式にお相手しよう」
 「せーんーぱーいー! たーすけてーーー!!」
 そんな沙耶可の声もやがて空の向こうへと消えていく。それを累と一成は苦い顔で見送っていた。
 やがてヘリが消えた頃、累は足元に散らばった両親の形見のなれの果てを見下ろす。
 手を伸ばしかけた時、自らの手の中には銃王の要求した古式銃があることに改めて気付く。
 残骸と手の中の古式銃をしばらく見つめた後、累は手の中の銃を強く握り直して顔を上げた。
 それに倣い、一成もまた剣を収めて立ち上がる。
 そんな2人の前に立ちふさがる人影が生まれた。
 「行くつもりか?」
 「浅生?」
 「お前は俺が殺すんだ」
 表情もなく告げる彼に、累は一瞥しただけでその脇を通り過ぎる。
 「……」
 同様に横を通り過ぎた一成は一瞬後ろを振り返るが、浅生は彼らを振り返ることなく、その場に立ち竦んでいるだけだった。


 夢を見ている。
 ベットに横になった累は、それが夢だと認識していた。
 目の前に展開されるのは、かつてあった出来事。
 教科書でしか知らない、歴史上の出来事だった。
 目の前で容易に打ち倒されていくのは暴力王の部下達。
 世界各地で彼の信頼する優秀な部下達が、なすすべもなく一人の男に倒されていくのだ。
 歴史に名を残すこともなく消え去ったその男が望むのは、人を傷つけたくないと思うことが許される世界。
 思いに一途な彼は、彼自身が作り上げた一丁の銃を用いていた。彼はその銃の力だけで、全てを打ち倒していったのだ。
 彼の強い想いを込めて作られたその銃は、遣い手が想いとは相反する行為をするたびに唸りを上げ、やがて意志を持つに至る。

  ボクは誉められたかった
  だから、強く強くなった
  カレは人を傷つける事は嫌だった
  だから、僕もそうだった
  人を傷つけない世界を作るために、ボクらは人を傷つけなきゃいけない
  その為に、僕は強く強く、強くなった
  強くなるほど、人をたくさん傷つけてしまった
  人をたくさん傷つけるほど、ボクらは苦しく、苦しくなっていった
  やがてボクがこれ以上ないくらいに強くなった時
  やっと、人を傷つけることから解放されたんだ
  カレの手で最後にこの引き金を引かれたのは、カレ自身
  悲しかったけれど、ボクも人を傷つけたくなかったから
  しかたないと、そう思った
  結局、ボクはカレに誉められることはなかった
  強くなるほど、人を傷つけてしまう
  そうすると、ボクは誉められない
  何より、苦しくなる
  だからボクはカレを撃って以来
  人を傷つける事は出来ない
  でも、そうすると―――カレの理想は果たせない

 「っは!」
 累は目を覚ます。
 枕元の時計は朝の4時を指している。
 ベットの上、体を起こす。手には例の古式銃が握られていた。
 構造を見ようとしているうちに寝入ってしまったようだ。
 「夢、か」
 銃を見つめながら、累は反芻する。
 夢の内容は良く覚えている。銃が彼女に人を傷つけたくないと訴えるために見せた夢だ。
 「私だって………」
 呟く彼女は古式銃を両手で持ち、想う。

  彼女は人を傷つけるのが嫌だった
  そんな彼女の両親も同じ考えであり、それ故に暴虐を尽くす時の施政者に決闘を申し込んだ
  人を傷つけなくて済む世界にするために
  だが2人は死んだ、彼女を遺して
  まだ無力だった彼女に2人が残したのは2人の銃、それは2人の分身
  ベレッタM92FS、それこそが彼女を今まで護ってきた存在だった
  それも、もうない
  彼女は彼女自身を護らなくてはならない
  けれど、そんな彼女は人を傷つけたくはない
  人を傷つけることなく、自らも傷つきたくない
  まだこの世界は彼女の両親が目指した、人を傷つけなくても済む世界ではない
  一体彼女はどうしたらいいのだろう?

 と。
 彼女の手の中で、古式銃が淡く輝く。
 同時、彼女の手にまるで昔からあったもののように馴染み始めた。
  ボクらの想いは合致する
 声が、響く。彼女の脳裏に。
 彼女は目を瞑り、声に応えた。

  そうね、私は人
  ボクは銃
  この世界で護りたい人がいる、それは他人とそして自分自身
  けれど、ボクは人を傷つけたくはない
  私も、人を傷つけたくない
  だから、どうしたら良いのか答えは出ない
  でももしかして
  共に歩んでいけば、答えは出るかもしれない!
 目を開く累。
 いつの間にか窓の外の空も白み始め、約束の時間も刻一刻と近づいていた。


 どすっ
 重たい音が響く
 薄闇の中、倒れる影は3つ。
 「き、貴様、一体」
 ウージーを構える男2人。
 それを冷静に見つめ返すのは、若い少女だ。
 「どうして、どうして銃もないのにっ!」
 苦しげに構えたウージーの引き金を一気に引くが、一瞬にして2人の男達の視界から少女の姿は消える。
 「また消えた?!」
 「消えたわけじゃないの、歩法っていうのよ」
 「?!」
 声は男の1人の真横から。
 その時にはすでに、男の体はくの字に折れ曲がり、宙に浮いている。
 「見えているんだけれど、認知できないだけ。それは歩法」
 「ひ、ひぃぃぃ!」
 パパパパパッ!
 連続した銃弾は虚空を穿つ。
 「はい、残念」
 少女の声は残る一人の背後から。
 「な、なんでなんだ、なんで丸腰でそんなにも強い?!」
 「あー、実はアタシはね」
 どすん!
 「ストライカー(格闘士)なのよ」
 最後の一人は背後から中心線への重なり合うほど瞬速な連撃を食らって床に崩れ折れた。
 故に、彼女の正体を聞く者はいない。
 「さて、囚われのお姫様も飽きちゃったし。どうしよっかなぁ」
 海辺の倉庫街の一角。
 沙耶可は気を失った4つの私設兵士達を見下ろし、小さく首を傾けるのだった。


 朝靄の中、海辺へと続く倉庫街への道上で累は足を止める。
 目の前には昨日の朝の風景と同じく、浅生ら一行が待っていた。
 「邪魔だ」
 告げる累の言葉を無視し、浅生は言う。
 「言ったろう、お前は俺が殺す」
 「浅生……」
 しかし言葉とは裏腹に、浅生は銃を構えることはせず、車のエンジンがかけられる。
 「次にやりあうときこそは正真正銘、一対一の勝負だ。ようやくお前も1人になったようだしな」
 彼は累の腰から下がる銃を見て、部下に指示して車を出させる。
 浅生ら一行が一足先に向かうのは倉庫街。
 「露払いをしてやる、貴様はさっさと片付けてこい」
 言い残し、朝靄の中に消えていく。
 しばらくして遠く、銃撃音が聞こえてくる。倉庫街の方だ。
 「バカ」
 車の消えていった方向へ足を向けようとする累。
 そこへ、
 「バカはお前だ」
 「一成?」
 「浅生の行為を無駄にするな、俺達は本命を目指すぞ」
 「裏から回る、か」
 銃王とはなにも表から入るという約束はしていない。
 2人はやや迂回気味に倉庫街へ接近し、やがて指定の倉庫の裏口に至る。
 表ではFN P-90とウージーとの絶えることのない銃撃戦が繰り広げられていた。
 それに巻き込まれることなく、事務員用の小さな扉を開けて中へ。
 3階建ての巨大な倉庫は、足を踏み込んだ途端に2人に殺気が突き刺さった。
 「ほほぅ、出番はあったか」
 声は老人のもの。薄暗い倉庫一階には抜き身の刀を構える昨日の老人が一人、彼を待っていたようだ。
 「それでは約束通り、ソードマスターの称号にかけて歓迎させてもらおうか!」
 それに応じる一成。2人の刀は交錯し、火花を上げた。
 「累、ここは食い止める。銃王はこの上だ」
 後方にある階段を指差して一成。
 だがそんな余裕もすぐになくなり、再度ソードマスターとの切りあいに没頭しなくてはならない。
 「分かった、行って来る、一成。よろしく」
 「まかせろ」
 「嬢ちゃん、せいぜい楽しませてくれ、わしらをのぅ。攻めるモノが強いのか、護るモノが強いのか」
 ソードマスターの声を背中に、累は階上へと走る。


 思ったよりも長い階段を上がると、潮風が累の顔に吹き付けてきた。
 「え……」
 「来たか」
 目前に広がる光景は空と海の青。
 そして1つしかない椅子に腰掛けた銃王の姿だ。
 「ここは」
 「どうだ、いい眺めだろう」
 立ち上がる銃王。
 倉庫の2階は天井がなかった。すなわちこの倉庫の屋根がすっかりなくなっていたのだ。
 また海に面したほうの壁もなくなっている。
 これはもともとこういうデザインの倉庫だった――はずもない。
 残る3方の壁の縁は、まるで暴風によって力ずくで引きちぎられたような痕があった。
 「さて、殺りあおうか」
 銃王は腰に下げた銃を抜く。
 それは昨日のデザートイーグルではない。
 累の持つ古式銃とまるで同じデザインのものだった。
 「それって…」
 「これは今の技術で作ったレプリカだ。さてさて、本物とやり合えるとは思いもしなかったよ」
 嬉しそうに銃王。
 「何故ならこの銃は意志を持ち、持ち主を選ぶからなぁ」
 「っ」
 累もまた、腰の銃を抜く。
 「お前もその銃の声に応えたのだろう。この世を力で統べろという、蹂躙の声をっ!」
 引き金を放つ銃王! 不可視の力が累に襲いかかる。
 それは圧倒的な、立ち塞がる者を完膚なきまで叩き伏せる意志を持った力。
 「蹂躙の声、だっ!?」
 累もまた、引き金を引く。
 彼女にとって力強い振動が銃から響き、力に対抗するための力が銃王に立ち向かう。
 ぎしっ
 そんな音を立てて、空間自体が軋みを上げたかと思うと、
 ぴしぃ
 破砕音が小さく響き、爽やかな潮風が2人を包む。
 「相殺…ね」
 「娘、一つ問おう」
 銃王が問う。
 「お前は違うのか? 力を以って全てを統べる、そう声を聞いて応えたのではないのか?」
 「違う」
 再度銃を構えて累。
 「私は人を傷つけない、傷つけられたくもない。そうありたいと願ったから、この銃は力を貸してくれる」
 言葉に、銃王は一瞬唖然とする。
 そして、
 「そうか、そうか、そうか、それはワシには使えないはずだなぁ」
 大声で笑い出す。
 「レプリカと何が違うかと思えば、根本的に違うわけだ。そうか、そうか」
 「何がおかしい」
 「ふん、その本物が不良品と分かったからな。ワシの作ったこのレプリカこそが、本当の性能を引き出しうる」
 「不良品……?」
 訝しげな累に、銃王は軽蔑の表情を浮かべて告げた。
 「人を傷つけない、か、お笑いだ。どんなに威力があろうと、人を傷つける事の出来ない武器などは、路傍の小石にすら劣る」
 「そんなことは」
 「この銃は何者をも打ち砕く銃、最強の銃だ」
 構える銃王。
 「この力を以ってして、私はすべてを打ち倒し、押して通す。さてさて貴様は」
 ニヤリと笑みを浮かべ、彼は彼女に問うた。
 「娘よ、貴様は小石で何をする?」


 一つ下の階下では、一成がとうとう膝をついていた。
 「強いっ」
 「お前が弱いんじゃないか?」
 残念そうに一成の呟きに応えるソードマスター。
 「おかしいのぅ、昨日はこんなものではなかったはずだが」
 と、老人は思いつく。
 「そうか、あの娘に見てもらっていないからか? 良い所を見せる相手がいないと力が出ない、そういうことか」
 「はっ、言ってろ」
 震える足で立ち上がる一成。すでに彼は満身創痍だ、右腕が力なく下がっている。
 「ワシが強いと幻想したまま、死んでいけ」
 「まだまだやれる、簡単に殺せると思うなよ」
 左手で下段に刀を構えた一成は、ソードマスターと向き合う。
 2人の間に高まる殺気、それはやがて視認し得るほどに濃密になり、
 「む?!」
 唐突に、老人が後ろへと飛ぶ。途端、濃密な殺気の空気が溶解した。
 老人が今まで構えていた場所には一人の少女の姿がある。
 彼女は老人を一瞥し、小さく舌を一つ鳴らしてから背後の青年を睨む。
 「何よ、貴方、見た目だけ? そんなんじゃ先輩の背中を護れないじゃない」
 「貴様、銃もなしにどうやって?」
 ソードマスターの殺気のこもる声に、少女はまるで刺すようなそれをかわすように軽く応える。
 「愚問じゃない? アタシには実際のところ、銃は必要ないの。ただ先輩がガンナーだから、近づきたかったから無理して持っていただけだもの」
 気付かなかったの? と言いたげに少女――沙耶可は老人に言う。
 そして、
 「おじいさん、何歳?」
 「78じゃが。おりしも今日で誕生日でなぁ」
 「じゃ、アタシと」
 背後の一成を指差し、
 「この人で足すと36だからさ。良いよね、2人がかりで」
 背後から「むぅ」という非難がましい呟きが聞こえてくるが、彼女はそれを黙殺した。
 「ふむ、それでは78までに足りぬのではないかな?」
 「そうかな? んー、じゃ差額の42については誕生日プレゼントってことでサービスしてあげる」
 「ほほぅ、それはそれは。しかしワシとしては、割引サービスよりもちゃんとしたプレゼントが欲しいところじゃが」
 笑う老人に、沙耶可はニコリと微笑み、
 「じゃ、あげるわね」
 斜め下段に構える彼女。その隣で居合いの型を取る一成。
 「何をくれるのかのぅ?」
 構えるソードマスター。そんな老人に沙耶可は、
 「敗北、よ」
 それを発端に。
 3つの力がぶつかった。


 ぶつかり合う不可視の力と力。
 大気を圧縮して放つ、無敵にも無力にもなりうる力だ。
 「銃王、貴方と私は似ている」
 「ほぅ、どこがかな?」
 2人の間で相殺された銃弾が交わされながら、会話もまた交わされる。
 「私も力で押し通すが、障害を打ち倒さずに押して参る」
 累の言葉に、銃からの問いかけ。
  けれど力は振るわれる、かつてのマスターがそうであったように
 彼女は心の中で応える。
  いえ、違う
 と。
  力は振るわれようと、人を傷つけることは、私はしない
 ぶれない想いに、銃は彼女を主と認める。
 「武器は人を傷つけてこそ武器!」
 銃王の言葉だ。一際大きな空気の暴力が銃より放たれる。
 「必ずしも、そうじゃない!」
 引き金を引き続ける累。放たれるのは多重の空気弾。銃王の暴力を迎え撃つ。
 同時、想いを言葉にして銃王に叩きつける。
 「武器とは、その猛き姿をして他者を圧倒するもの、対抗する意欲をも叩き伏せる力!」
 多重の空気弾は銃王の暴力を貫き、彼に迫る。
 銃王は彼女の想いに応えて放つ。
 「笑止! 張りぼてなぞに人は圧倒しない、力を見せつけてこその武器であろうが!」
 言葉と共に彼の想いを込めた銃弾が、迫り来る彼女の想いを相殺せんと向かうが、
 「違う! 力を振るうことなく、他者を屈服させてこそっ」
 累の放った連弾は、銃王のそれを叩き砕き、
 「最強の武器っ!!」
 銃王に届く彼女の想いの乗った銃弾。
 勢いがほとんど殺されたとはいえ、それを受けて銃王は後ろに吹き飛んだのだった。


 剣戟が鳴り響く。
 まるで歌うような、妙にノリのいいリズムだ。
 それはしかし、頭上から届いた破砕音で中断される。
 「これはこれは、なかなかどうして」
 着物姿の老人は後ろに飛んで、刀の一閃と俊速の蹴りをかわした。
 「即席にしては良い組み合わせじゃ。刀と拳、このような連帯もあるのじゃなぁ、良い物を見せてもらったわ」
 言って、彼は刀を鞘に戻す。
 「「?!」」
 怪訝な顔の一成と沙耶可。
 2人がかりながら、どちらかというと押されていたのは2人の方だったのだ。
 「もう少し続けてみたいが仕方あるまい。お嬢ちゃんからのプレゼントは残念ながら、次に合うときにするかのぅ」
 「なっ?!」
 「逃げるつもり?」
 老人は小さく右手を振ったかと思うと、倉庫の影の中に溶けるようにして消えてしまう。
 完全にその気配がなくなった途端、
 「「ふぅ」」
 2人はその場に座り込んでしまう。
 「決めたわ」
 小さく呟く沙耶可。
 「何を?」
 疲労に呆然とした感で問う一成。
 「アタシは拳聖を目指す。だってどう頑張っても先輩には憧れてもなれないし」
 顔を上げる沙耶可。
 その瞳には決意の色がある。
 「足を引っ張って傍にいるより、傍らを護れた方が良いしね」
 「それを言うなら背中じゃないのか?」
 「背中は貴方が護るんでしょ?」
 笑う彼女の言葉に、
 「そうだな、それもそうだ」
 一成もまた、小さく笑ってそう応えたのだった。


 砕けるは、銃王の銃。
 だが、彼の心を砕くまでは至っていない。
 「傑作だ、全く以って傑作だ!」
 立ち上がり、銃王は大いに笑う。
 「かなわないな、よし、ワシを屈服させて押し通るが良い。今は道を開けてやろう」
 右手を上げる銃王。それに応えるように先日と同じようにヘリの縄梯子が舞い降りる。
 それを掴むと同時、彼の巨体は空に舞う。
 「ワシはその銃よりもさらに強い力を作り出そうぞ!」
 朝の空に響く彼の声。
 「そして再び貴様の前に立ち塞がろう。それまで、決して力の研鑚を休めることなかれ」
 豪快な笑い声を残し、こうして銃王は彼方に消える。
 それを見送った累は、力が抜けたようにその場に腰を下ろしたのだった。


 「終わったか」
 残弾少ない銃を構えて浅生は呟く。
 目標への倉庫への突入は叶わなかったが、主力をひきつけることには成功した。
 道一本を挟んで延々と膠着状態が続いていたが、どうやら敵は撤退して行ったようだ。
 「ようやく、サシの勝負が出来るな」
 大きく溜息一つ。
 「よし、こちらも撤退だ!」
 「「おー」」
 負傷よりも疲労の方が大きい部下を連れ、浅生は倉庫街を後にした。


 あれから、先輩の銃は1丁になりました。
 ベレッタから他の銃に変えるのを避けていた先輩が、他の銃で、それもツーハンドからワンハンドに変えてしまったのは何の心境かは分かりません。
 でも相変わらず人を撃っても怪我をさせないというスタンスは変わっていないのが安心です。
 さらに最近では、今まで以上に先輩の銃の確度が高くなりました。
 前々から身体能力は高かったのですが、最近は人間離れしているように思えます。
 もしかして、今使っているあの銃からなにか漏れているのでしょうか??
 あと、浅生くんとは1対1で決闘したみたいです。
 というか、先輩が何連勝しているのか分かりません。
 多分、いえきっと浅生くんは何があろうと勝てないのだと思います。
 前に浅生くんとお話する機会があって色々聞いたのですが、初めて先輩とであった瞬間から彼は負けているのだと思いました。
 本人にはそんなこと言いませんけどね。
 一方、銃王と剣聖は多分、いえきっと近いうちにまた先輩とアタシ達の前に立ち塞がるのでしょう。
 それこそ勝つまで何度も何度も。
 だから、アタシは。
 「で、なんでここにいる?」
 「修行にきまってるじゃないですかー」
 山に篭もってます。
 何故か隣に一成がいます。
 「お前が勝手に付いて来ているんじゃないか、あと一成と呼び捨てにするな、累と同じ先輩なんだぞ」
 「あー、良い天気」
 「………」
 アタシは強くなります。拳聖を目指して。
 やっぱり囚われ役よりも、隣で立って戦う役のほうが良いですしね。
 「さぁて、頑張りますかぁ!」
 「背中を押すなっ!」
 空は青、雲は白。
 突き抜けるような空は、まるでこの進む先に障害などないように見えたのでした。

戦いは続く...