「サンタさんなんて、いるわけないじゃない!」
少女の言葉が2つあるうちの石像の1つにぶつかった。
「大体、小学2年生にもなってどうしてサンタさんなんか信じてるんだろう」
怒りを孕んだその言葉はもう一つの石像に向かってぶつかる。
「ねぇ、そう思うでしょ、スケさん?」
問われた石像の一つ―――勇ましい犬を象った―――右の狛犬はしかし、石ゆえに言葉を返すどころか表情を変えることもない。
「もぅ!」
ランドセルを背負ったまま、少女は左の狛犬に背を預けて座り込んだ。
そして。
「なんでこんなことでケンカなんかしちゃったんだろう。クリスマスなんて大嫌い……」
先程の剣幕はすっかりなりを潜め、神社の境内で一人ぐずりだす。
その様子を見守る2体の狛犬の表情は変わることはないが、しかしどことなく困っているようにも見えたりしたそうで。
冬特有の乾いた冷たい風が少女の黒い髪を揺らす頃。
藍色の空には、おおいぬ座のシリウスがうっすらと輝き始めていた。
神社のサンタさん
………というわけなんですよ、大将」
すっかり日が沈んでしまった無人と思われた境内で、2体の狛犬が社の前に立つ一人の老人に相談を持ちかけていた。
「それはワシにも聞こえていたよ、カクさん」
特徴的な和服に身を包んだ老人は困った顔で2匹を見る。
その様子はとても不思議なものだった。
老人からは人とは思えない大きな存在感と、どこか希薄さを。
石だったはずの狛犬はまるで石像の前のモデルのようにふかふかとした毛を持つ巨大な犬の姿を取っていた。
その3つの存在が、明らかに悩んでいる。
「かと言って、円ちゃんはこの神社の子だ。神主がクリスマスプレゼントを用意しているはずもあるまい」
「年末年始の祭祀の準備で大忙しのようですしね」
もう一匹の狛犬が溜息とともにそう告げる。
どうやら彼らの話題は、先程まで狛犬相手に一人愚痴っていた少女のことらしい。
「そもそも円ちゃんはクリスマスプレゼントが貰えないことに怒っているのではあるまい?」
「そうですね、賢しい子ですから」
「ケンカしてしまったことに後悔しているのでしょうね」
「して、相手は誰かね?」
大将と呼ばれた老人の問いに、スケさんと呼ばれる狛犬が答える。
「理奈ちゃんだそうですよ」
「む、基督教のトコの子か」
額にしわを寄せる老人に、
「そりゃ、向こうも引けないでしょうなぁ」
さらに困った顔になるカクさん。
「未来の巫女とシスターの宗教間戦争がこんなところにもひずみを作ってしまっているのですね」
「「それは言いすぎだ」」
スケさんに思わずツッコム一人と一匹。
「しかし理奈ちゃんは円ちゃんの一番の友達じゃったな」
「はい。ましてやケンカの理由がクリスマスという外国の行事」
「普通の家庭なら特に問題なく祝ってしまうところですが神社の子である以上、そうはいきますまい」
狛犬2匹の言葉に老人は「うーむ」と腕を組んでしばらくの間、熟考するとこう言った。
「未来の巫女の為じゃ、一肌脱ごうじゃないか、のぅ?」
「「はい!」」
老人の言葉に、2匹は良い返事をする。
「やはりここは2人で遊べるおもちゃをプレゼントとしてあげるのが一番じゃと思うのだが」
彼は一息つくと続けてこう問うた。
「何を買うのが良いじゃろうか?」
今度は狛犬2匹が悩む番。
「たしか理奈ちゃんはニンテンドーDSを持っていたかと」
「いや、ワシそんなお金持ってないぞ」
「失礼ですがおいくらお持ちで?」
カクさんの言葉に、老人は懐から小銭入れを取り出した。
ジャラジャラと音がなる中身は、10円や5円といった小銭ばかり。
「ちうちうたこかいなー」
「大してなさそうですね」
「仕方なかろう、これでもお賽銭の一部をコツコツためていたんじゃ……861円じゃな」
「「………」」
「なんじゃ、その顔は」
「いえ、神ともあろう者がそれしかお金持っていないというのは…」
「そもそも金なんぞワシラは使わんじゃろうが」
「でもねぇ……仕方ありません、私のへそくりを出しましょう」
「んな、カクさん、お主いつの間に?!」
「まったく、では私も」
「スケさんも?! いつの間にどこで金なぞ??」
「「賽銭箱からちょろまかしました」」
「……それって、もともとはワシの金ではないかね?」
「細かいことは気にしない気にしない」
釈然としない顔の老人ことこの神社の神に、カクさんスケさんがふかふかした毛の下から幾枚かの硬貨を落とす。
カクさんが137円。
スケさんが、
「500円玉が4枚ですと?!」
「ワシより持ってるとは……侮れん奴」
「しかし3人まとめても3000円以下。買えるものの選択肢は狭そうですね」
うーむと唸る1人と2匹。
「お嬢は何が喜びますかねぇ?」
スケさんの言葉にカクさんが思い出したように言った。
「そういえば、前にウチの境内に遊びに来てた小学高学年達がバトミントンやってたのをうらやましそうに観ていましたな」
「そうじゃ、バトミントンの道具ならばそんなに高くもないはず。何より2人で遊べるの」
「では早く買いに行きましょう、お店が閉まってしまいます」
スケさんの言葉に老人は頷き、2匹を伴って境内から出て行った。
彼らが居なくなった境内には良く見れば異変がある。
そう。
狛犬の像が台だけを残して2体とも消えていたのだった。
深夜。
2匹の狛犬が曳くソリに乗った大将ことこの地の神は、赤いふかふかのコート姿で空を舞っていた。
「ふと思ったんじゃが」
「「なんですか?」」
老人の言葉に2匹の狛犬が問う。
「円ちゃんにクリスマスプレゼント渡すとすると、それってなんか違うような気がするんじゃが」
狛犬2体は足を止める。
まずはスケさんが、
「どういうことです?」
そしてカクさんが、
「なるほど、結局異教の行事に組することになりますね」
「いや、そういう意味ではなくな。円ちゃんと理奈ちゃんはサンタのいるいないでケンカしたのであろ?」
「「そうですね」」
「ワシラがサンタ役をしてプレゼントをあげてしまったら、サンタがいることになってしまい、理奈ちゃんとのケンカで円ちゃんが一方的に負けたことになるのではなかろうか?」
老人の言葉に、狛犬2匹は黙る。
「なので、このプレゼントは理奈ちゃんにあげようと思う」
「「え?!」」
彼の言葉に狛犬たちは驚きの声を上げた。
「それが一番の解決策であろ?」
「でも理奈ちゃんがバトミントンの道具を使ってお嬢と仲直りするとは限らないのでは?」
「いや、大将の言うことも的を外れていない」
スケさんの疑問にカクさんは否定。老人を見る。
「理奈ちゃんにとってもお嬢は一番の友達のはず。大将、それは良いアイデアです」
「そうと決まれば、理奈ちゃんのお宅へ向かうぞ」
老人の言葉に狛犬2匹が夜空で方向転換使用としたときだ。
「「おっと!!」」
トナカイが曳くソリと危うくニアミス。2つは交錯する。
「気をつけろ!」
「Sorry!」
老人の非難にそう英語で答えが返るが、次の瞬間には夜空の向こうへと消えてしまっていた。
「なんなんでしょうね、あんなに急いで」
「さぁ、年の瀬と言えどあんなに慌てることないのにねぇ」
カクさんとスケさんはそう愚痴りながら、理奈ちゃん宅へと飛んだのだった。
そこは教会だった。
質素ながらも綺麗に飾り付けされたツリーを見下ろしながら、老人は教会の中へ。
そして理奈ちゃんの眠るベットを見つけ、プレゼントを枕元に置いた。
「む?」
すやすやと眠る彼女の枕元には小さな靴下が一つ。
思わず手に取り中を見ると、手紙が一通入っていた。
『サンタさんへ』
そう書かれている。
「ふむ、今のワシはサンタじゃから読むべき、かの?」
老人は手紙を開く。そこには―――
「おかえりなさい」
「気付かれませんでした?」
窓の外で待っていた狛犬のソリに乗った老人は無言で頷くと、
「やはり円ちゃんのところへも頼む」
よく見れば、老人の手にはプレゼントの包みがある。
「「渡さなかったんですか?」」
狛犬たちの言葉がハモる。
「いや、渡したよ」
老人は言い、
「ただ、円ちゃんにも渡してこそ意味があるのじゃよ。ホラ、今のワシはサンタじゃからのぅ」
「「??」」
狛犬たちが首を傾げる中、夜空には再びトナカイのソリを引いた老人が高速飛行でこの町に近づいていた。
翌日。
境内ではバトミントンで遊ぶ2人の少女の姿があった。
2人の間には屈託ない笑いがあるだけで、そこにはいがみ合いのかけらもない。
そんな2人を見つめながら、老人と狛犬たちは微笑を浮かべて言葉を交わす。
『理奈ちゃんの手紙にはなんて書いてあったんです?』
スケさんの問いに老人は小さく笑ってこう答えた。
『円ちゃんと仲直りできますように、じゃよ』
『だからですか、バトミントンのラケットを一本づつ置いてきたんですね』
『巧く行ってよかったですな』
『しかし』
老人の視線の先には少女達が互いに一本づつ持つ卓球のラケット。
『アレは何じゃろうか?』
『『さぁ??』』
彼らは気付いていない。
同じように考えていた、本家本元がいたということを。
了