CONFESSION
瞼の裏が、仄かに明るい。
私の身を包むのは澱んだ暖かい,いやむしろ暑い大気。
眠りにあった私の意識が徐々に現実へと手繰り寄せられてゆく。
不等式:寝苦しい>睡魔
む〜〜〜,成立!
「あっちぃ〜」
私はベットから上体をけだるげにもたげる。頭の後ろにあった、厚手のカーテンに遮られた窓に手を伸ばした。
カーテン全体から薄い光が漏れ、私の部屋を薄暗く照らし出している。
2LDKの住み慣れた部屋。
まだ比較的新しいフローリングの床には、点々と私の上着・シャツ・下着…と落ちていた。
そういや、昨日の夜は会社のみんなと随分呑んだっけ
僅かに靄の掛かる頭を軽く振って、私は手に掛けたカーテンを
シャ!
全開。
途端、眩しい,いや個性の強すぎるプエルトリコの早い朝日が私を、部屋全体を刺した。
枕元のデジタル時計に目を逸らす。
朝5時…か,しっかし暑いなぁ
日本では見られないこんな強い朝日も、さすがに3年も受けていれば慣れてくる。
朝の挨拶は強い朝日だけではない。意外なほど爽やかな風も私の頬を撫でて行く。
ああ、涼しい…
窓から上体を乗り出し、己に涼を,朝日を喝と体に叩き込むのもいつもの日課。
ようやく光に慣れてきた瞳を、私はゆっくりと大きくしていく。
視界に広がるのは、アパルトメントが林立するちょっとした住宅街。
私が住むのはそんな街中の一角,5階建てで赤レンガが目立つアパートの4階中ほど。
そのままの体勢で視線を下に、住宅地のメインストリートに向ける。
あ、新聞配達かな?
お昼時には所々に露天商やらちょっとした市場が集うにぎやかなこの通り。
今はしかし人という血液不足で眠りから起きていないようだ。
静かなその道端で、新聞を抱えた少年がカゴ一杯に今朝の収穫であろうか,ライムを乗せた老婆に挨拶を交わしていた。
老婆は少年にライムを一つ,投げる。
ナイスキャッチ
彼は笑って礼を言い、ライムを一噛り。勢いを落とさずに新聞を次々とポストに放り込んで行く。
そこまで見届けて、私は視線を目の高さに戻した。
あ…
通りを挟んだ向かいの、同じようなアパルトメントで目が合った。
同じ4階,窓辺にもたれたブロンドの女性。
その表情は私と同じ…眠たげだ。
おはよう
お互い、目だけで挨拶を交わした。
これも、いつものコト。
さぁ、目を覚まそうかな。
私は睡魔の未だ取り付く体を引き摺って、シャワールームへと向う。
ホンの少し汗を吸ったシルクの寝間着を投げ捨て、蛇口を捻る。
ぬるい水が私の体を打った。丁度良い冷たさだ。
拡散された私の意識が、体を流れる水に追われ中心に集まってくる感覚を覚える。
ふぅ…
キュ
蛇口を絞める。
バスタオルを羽織り、多少湿った体でシャワールームを出た。
朝日を帯びた緩やかな風に、体が乾いて行くのを実感。
そういや昨晩、アイツから手紙が来てたっけ。
下着の上に薄い肌着だけ着込んで、私は玄関に無雑作に置かれた封筒を手にする。
日本に住むアイツからのエア・メールだ。
相変わらず…みたいだね。
宛名書きの文字はいつも変わらぬアイツの書体。それを見て何処かほっとする。
無論、国際電話なりEメールなりでやろうと思えば、リアルタイムでやり取りできるのだけれど、私達は、敢えてエア・メールを使う。
何故って?
シュシュシュ…
タイマーで仕掛けておいた水の入った電気ポットが、白い吐息と音を紡ぎ始めた。
私はアイツからのエア・メールを胸に抱く。
仄かにアイツの香りとぬくもりを感じたような、そんな気がした。
遠く離れたこの場所じゃ、息遣いさえも懐かしい。
慣れたとは思っていても、なかなか馴染めないね,この生活も。
インスタント・コーヒーの粉末をカップに3匙,ダイエット・シュガーのスティックを一本。
毎朝のメニューだ。
私は床に昨晩の着替えと混じって落ちている社員証を見つけ、エア・メールと共にテーブルに置いた。
5年間、慣れ親しんだ会社名がそこにはある。
そっか…
吐息。
ここに来るまでの今までの生き方で、いくつもの出会いがあった。
その中から、ほんの少しの友達ができた。
ほんの少しの中に、たったひとりのアイツがいたんだ。
相変わらず上手く生きて行けないな,私は。
不器用だな…
人知れず一人、苦笑い。
ポットの湯をカップに注ぐ。
かぐわしい香りに嗅覚が完全に目を覚ました。
でも…
カップに口付け、一口。
熱い,触覚と味覚が目を覚ました。
でも、アイツに出会えたのだから、この生き方も悪くないか。
そんなアイツとも2年前に私が里帰りしたその時以来、逢えてはいない。
海外から1年ぶりに日本へ帰った私にアイツは、12月の星座が一番素敵だと言ってドライブへと誘った。
サンルーフ越しに広がる夜空はアイツの言う通り、格別に美しかった…と記憶している。
その後、大喧嘩したっけ
たった今、私は苦い顔をしてしまった。コーヒーが苦かっただけじゃない。
あれは些細なことだった。
今となっては細かい理由は思い出せない。
カップが湯の熱をじわじわと私の手に伝えてくる。
すぐ隣に,触れられる距離にいるほど近いのに、どうして喧嘩などしたのか?
顔が見えるほど,鼓動が聞けるほど近いのに、
どうしてアイツの気持ちが分からなかったのだろう?
そしてどうしてアイツも私の気持ちが分からなかったのだろう?
カップをテーブルに戻し、私はチェストの上の写真立てを一瞥。
私とアイツが肩を組んで笑っている。
私一人ではできない笑い方がそこにはあった。
お互い近づきすぎて、大きなものしか見えなくなってしまったんじゃないかな。
だからといって…今は遠すぎるけどさ。
私達は今、場所ばかりじゃない,時間さえも違うトコロでお互い時間を過している。
今頃アイツは眠りに就いて、時計は別々の時を差しているはずだ。
季節も何もかもが正反対の、この大地の反対側で。
けれど…
私はアイツを同じ場所、同じ時間の中で過していた時よりも、ずっとすぐ傍に感じる。
アイツもきっと、そう思ってるんだろうなぁ。
離れてしまった私達は、逢えない分だけ近くなってゆく。
何故だろう?
アイツもきっと、私と同じくらい生きて行くのが下手なんだろうね。
くすり
何故だか知らないが、笑いが漏れてしまう。それは心地好い微笑み。
今度向かい合ったら、微笑むだけで分かる気がする。
うまく言えないけれど、うまく言えない分、
「うまく伝わると思うんだ,そう思うだろ?」
コツン
写真立ての中のアイツを人差し指で弾いて、倒す。
さて
「がんばるよ,お前もがんばれ!」
遠いアイツに、私は笑いかけた。
今日も一日が初まる。
私の道は君と伴に