猫頭峠



 おや、こんな時間に親子連れでこんな場所に何の用かね?
 危ないですぞ、ここは。
 なになに? 猫頭峠はどこかって?
 そりゃアンタ、此処だがね。
 アンタ、猫頭峠の言い伝えを知らんのかね?
 教えてやろう、この峠にまつわる逸話をねぇ。


 戦前の話さ、麓の村にたいそう猫好きな御仁がおってなぁ。
 数十匹の猫に囲まれて暮らしておったそうじゃ。
 そんで、周りから猫屋敷と呼ばれておってのぅ。
 屋敷の主は妻に先立たれた初老の、虫も殺せぬほど優しい方じゃった。
 そんな御仁はまるで自分の子供のように猫達を愛しておったそうじゃよ。
 ある日のことじゃ。
 いつの時代もロクな奴がおらんのぅ、村で鼻つまみ者じゃったガキどもが猫屋敷の子猫をさらったのじゃよ。
 その数は13匹。
 猫屋敷の御仁は目の色を変えて子猫達を探した。そりゃ、自分の子供みたいに思っておったからの。
 ガキどもはそんな御仁をニヤニヤと遠くから見ておった。
 必死になって探す御仁は、案外早く子猫達を見つけたそうな。
 この峠でなぁ。
 ちょうどこの場所に、2〜3尺ほど(80〜120cm)の13本の木の棒が立っておったそうじゃ。
 ん? 探しておるのは子猫であって棒ではない?
 当たり前じゃ。
 子猫はここにいたのじゃよ。
 13本の棒の先っぽにそれぞれに、子猫の首が刺さってな。
 それ以来、猫屋敷の御仁は普段の優しさはすっかりなりを潜めて、まるで狂った猫のようになりおったんじゃ。
 それからじゃよ。
 子猫を殺したガキどもは子猫と同じ13人おったんじゃが、毎月一人づつ13日になると消えたのじゃ。
 次の日になると、決まってこの峠に子猫と同じに首を切り落とされ、棒に突き立っておったのじゃと。
 村のモンは誰も何も言わん。みんな鼻つまみ者じゃったからの。
 ガキどもが気の狂いそうな恐怖の中、一人、また一人とそうしえ殺されていきおった。
 こうして一年経って12人が死んだとき。
 最後の1人はとうとうこの村を抜け出して逃げさってしもうた。
 それからじゃ。
 毎月13日の夜になると、この峠で赤錆びた包丁を持った老人が猫のように目を光らせてこう叫ぶんじゃ。
 「あと1人はどこじゃ、どこにおる、1人足りぬ」とな。
 以来、この峠は猫頭峠と呼ばれておる。


 ん? 知っておるだと?
 なんじゃ、さっさと言わんかい。
 ああ、なるほど。だからお主、子連れでおるのだな。

おわり