異世界行き直行



 私の近所の古本屋さんには、一冊だけだけれどすごく装丁の美しい本が飾ってある。
 厚さは10cmくらいあって、きっと角で殴られたら痛いでは済みそうもない代物だ。
 そいつには鍵がかかっていて、店主の爺さん曰く「開いた者は本の世界に飛ばされる」と言う。
 爺さんは鍵を持っていないので、中身を見たことがないらしい。
 また表紙の文字もどこの文字かさっぱり分からないとのことで、自分が言っていることすら本当がどうか分からないという。
 でも、私には分かる。
 爺さんの言っていることは真実だ。
 私には読める、なぜだか分からないけど読める。
 表紙に書かれた題名は『ようこそ、異世界へ』。
 そして私は鍵を持っている。
 死んだ祖母の形見の、さび付いた青銅の鍵。
 どうしてこれが本の鍵なのかは、説明できない。
 鍵を持っている私には直感的にそうであると分かったんだ。
 祖母が生前、私に語ってくれた物語は不思議なお話が多かった。
 きっと彼女は、扉を開いたんだと思う。
 今日も私はその本の前、懐に入れた鍵を服の上からそっと手を当てて実感する。
 いつだって違う世界に行ける。
 だけど。
 この世界だって、ちょっと目を向ければ違う世界が広がっているんだ。
 「おや、今度はSFに興味があるのかね?」
 本屋の爺さんは私の視線の先を見て、微笑む。
 「ま、そんなとこかな」
 私は笑って、古ぼけたその本を手に取った。
 きっかけは、いつもすぐ傍にある。

おわり