追いかける者



 少年は風を追いかけていた。
 物心がつく頃にはすでに、彼は追いかけていた。
 周りの人々は笑う。
 「見えないものをどうやって追うのだ?」
 「追って何になる?」
 「他にやることがあるだろう?」
 と。
 しかし彼には見えていた。
 この世界を縦横無尽に駆け抜ける風の姿が。
 まるで彼をあざ笑い、からかうように傍らを駆けていくその姿を。
 だから、少年は追った。
 だが彼の足では遅くて追いつけない。
 早く。
 早く。
 もっと早く。
 彼は加速する。
 もっともっと早く。
 幾千の夜を越えて駆け続ける彼は、やがて風の背中を見つけた。
 もっとだ、もっともっと。
 あの背を追い越すんだ!
 すでに中年となった彼は、ただ早さだけを追い求める。
 早く、もっと早く……
 ついに彼は風の背に、己が手で触れた。
 そして、風を抜き去った。
 振りかえった後ろで、風は微笑んでこう告げた。
 「次からは、君が……」
 彼は風となる。
 世界を駆けぬける、縦横無尽の風となる。
 風となった彼は、やがて彼を追いかける存在を知った。
 「追いついてみるがいい、私はいつでも待っている」
 今はまだ彼の裾にも触れることのできない存在に、風となった彼はそう告げる。
 彼は確信している。
 彼に追いつき、追い越す存在が現れることを。
 故に、風はそれを楽しみに舞って(待って)いるのだ。

おわり