山彦



 「やっほー!」
 『やっほー!』
 山頂。
 少年がそう叫ぶと、少しくぐもった声で同じ声が遅れて戻ってくる。
 「いつまでやってるのよ」
 少年よりも少しばかり年上の少女が、呆れた声で彼に言った。
 「あ、姉ちゃん。だって面白いんだもん」
 「あんまり続けてると、山彦お化けに連れて行かれちゃうわよ」
 「そんなのいないよ、ばーか」
 「こらっ!」
 走って逃げる弟に、少女は溜息一つ。
 「私、お父さん達と球形所に行ってるからねっ!」
 そう弟に言葉を残し、彼女はその場を立ち去った。
 少年は一人残り、飽きることなく山彦とユニゾンを続ける。
 「やっほー」
 『やっほー』
 やがて少年は、
 「同じ事しか言えないのかー」
 『同じ事しか言えないのかー』
 「ちぇ」
 彼は舌打ち一つ。
 「ばーか」
 『ばーか』
 「……悔しかったら姿を見せろー」
 『悔しかったら姿を見せろー』
 「ボクはここにいるぞー!」
 「ボクはここにいるよ」
 「え?!」
 戻る声は少年の耳許で。


 「ほら、さっさと帰るわよ!」
 少年を呼びに、少女は再び戻ってきた。
 ゆっくりと彼女に振り返る少年。
 「ああ、そうだね、姉さん」
 静かに彼は答え、ニヤリと微笑んだのだった。

おわり