ある勇者様のお話



 その世界は剣と魔法で一切合財が説明のつく世界。
 ありがちといえばありがちだが、この世界に魔王が降臨し、暗黒の時代が始まった。
 この世界を統べていた王国と、魔王軍との果てしない戦い。
 ある日、魔王軍は、この世界で一番美しいとさえ言われている王国の王女をさらった。
 膠着状態となる王国軍と魔王軍。
 地獄の日々が続く中、国王の側近である預言者は天より予言を授かった。
 『右手に鷲の紋章を刻む青年がこの世界を救うであろう』
 これが「鷲の勇者」にまつわる物語の始まりであった―――


 「へぇ、おじちゃん! それでそれで?! 勇者は魔王を倒したの??」
 「ああ、倒したとも」
 「勇者様はどんな方だったの?」
 「勇者様は、なんと」
 「「なんと?」」
 「対人恐怖症の引きこもりだったんだよ」


 ―――勇者は城下に住む若い学生であった。
 幾度もの招聘に応じない彼に、国王は近衛師団を差し向けて強引に城に連れてきたという。
 「勇者よ、この剣を抜いてみるのだ」
 国王の前には、岩に突き刺さった一振りの剣がある。
 左右を屈強な騎士に固められた青年は、ただただ下を見つめてガタガタブルブル震えているだけだった。
 それを見て国王は、
 「さっさとせんか!」
 「ヒィ!」
 どん、と騎士たちに背中を押されて剣の刺さる岩へとたたらを踏む青年。
 国王は思ったという。
 ”コイツでなければ良いのだが”
 残念、彼はあっさりと剣を抜いてしまった。
 勇者以外は抜けない聖剣を。
 「……勇者よ、これを使って仲間を集め、魔王を倒してくるのだ」
 国王は大金の入った袋を勇者に手渡し、聖剣ごと強引に勇者を城から放り出したそうだ―――


 「た、頼りない勇者様ね」
 「大丈夫かよ」
 「そして一ヶ月後のことだ」


 ―――勇者は国王の前に、現れたときと同じくおっかなびっくりの態度で姿を現した。
 片手には、魔王の首がある。
 「おおお! よくぞ魔王を倒した、勇者よ!」
 キョロキョロと、国王は勇者の回りを見渡す。
 「お主の仲間は?」
 「……です」
 「聞こえん!」
 「ひ、ひとりです」
 ビクビク震えて勇者。
 「なんとひとりでこの魔王と倒したと?!」
 素直に国王は驚いた。
 「は、はい」
 「むぅ、恐るべき自信と戦闘力」
 「……だって、人と話すのが怖いんです」
 もじもじと勇者は呟いた。
 「して、王女は? ワシの娘は?」
 「……です」
 「聞こえぬ!」
 「魔王の城です!」
 「何故連れてこない!!」
 国王が怒髪天を抜いた。
 「どういうことだ」
 「もしや、コイツ、魔王に寝返ったとか」
 ざわめく近衛騎士たち。
 それに、勇者はあらん限りの勇気を絞ってこう答えたのだった。
 「だって、僕は対人恐怖症なんですよっ!」


 「これが引き篭もり勇者として名高い、鷲の勇者のお話だ」
 「「天の神様、チャレンジャーだネ」」

おわり