貧>福



 自慢じゃないが、俺には先日まで福の神が憑いていた。
 福の神は文字通り、その存在だけで福を呼び、おかげ様で株に競馬、競輪に宝くじ、パチンコとたんまり儲けさせていただいたものだ。
 当時の俺の資産は、おそらく某ビルを抜いていたね。
 うん、間違いない。多分某ビル×256くらい。
 で、だ。
 その当時、俺は幸せだったかっていうとむしろ逆。
 金はあったよ。
 でも、福の神の奴がサイテーな女だった。
 例えば、自らが福を呼ぶってことを鼻にかけて、信じられない豪勢な食事を1日に5回。それもほとんど残しやがる。
 着ている服も同じデザインのくせに無理矢理アルマーニにし立てさせ、1日に3回も着替えた挙げ句、一度着たものは捨てやがる。
 まぁ、金持ちってのはそれがデフォルトなのかも知れないが、平民上がりの俺から見ると信じられない行動ばかりだった。
 そもそも貴様のウェストは160あるんだから60cmのドレスとか気まぐれでし立てさせんじゃねーよっ。当然入らないことを職人に文句言うんじゃねぇ!
 …つい、愚痴がでちまった。
 さらに奴の性格が酷い。ツンデレからデレを取ったものだ。
 こうして使用人だけでなく、俺にも怒鳴りちらす訳だ。
 そんな険悪な雰囲気が朝から晩まで続くってのは、地獄だったね。
 だから俺は願ったんだよ、そんな福の神に心の底からな。
 「貧乏でもいいから、可愛くて性格がまともな娘にチェンジ!」


 今、俺は風呂なしの3畳半のアパートに暮らしている。
 貯金なんてなくて、日々を過ごすのにやっとな生活だ。
 辛いには辛いが、幸せに満たされている。
 なぜなら、
 ばしゃ! ごす
 ぬるいお茶が頭に降りかかり、少し遅れて湯飲みが俺の頭にヒット。
 さらに遅れて、
 「ひゃ…」
 可愛らしい声とともに、柔らかいものが俺の顔に押しつけられた。
 なんとも言えない感触に、幸せな気分になる。
 それは花柄のエプロンをかけた貧乏神。
 空になったお盆片手に、俺の顔に胸を押しつける格好で倒れ込んできたのだ。
 「ああっ! ごめんねさい、ごめんなさいっ!」
 お茶で濡れた俺の頭を、慌てて自らのエプロンで拭いてくれた。
 存在だけで、憑いたものを不幸のどん底に突き落とすとされる貧乏神。
 その姿はとても可憐で、はかなく、どうしても守ってあげたくなってしまう。
 それでいて彼女自身は俺に迷惑をかけまいと、細かい心遣いをしてくれる。お茶を入れてくれることにしてもそうだ。
 もっともいつも裏目に出るのが彼女が貧乏神である所以なのだが。
 「ごめんね…私、失敗ばっかりでご迷惑しかかけられなくて…あなたをこんなにも不幸にしてしまって…ごめんね…」
 涙ぐんでうつむいてしまう貧乏神。
 俺は思わず彼女の手を取った。
 「……」
 顔を上げる彼女。
 大きな澄んだ瞳からは、大粒の涙。
 くぅぅぅ、可愛いっ!
 俺は明るくいつもの通りに、心から彼女にこう告げる。
 「大丈夫、超幸せだからっ!」
 「…うん」
 涙をぬぐう貧乏神に、ようやく小さな笑みが浮かんだ。
 言葉に偽りは、ない。

お幸せに