kokoro


 今年はエルハザードの気候が変であった。
 特にここ、ロシュタリアは年中温暖がウリ(?)でもあるのだが、今年に限ってはそうではない。
 「ほぅ、これが雪というものか…」
 わらわはあまりの寒さに目を覚まし、不思議な明るさを放つ窓の向こうを見る。
 一面の白,いや銀色の世界が広がっていた。
 空からちらほらと、白い蝶の羽のようなものが舞い下りてくる。
 ”壱千年に一度、聖大河が北から冷たい水の流れを…”
 昨日の誠とストレルバウの話が脳裏に浮かんだ。
 ロシュタリアに雪が降るなどとは前代未聞ではあるが、ま,壱千年に一度らしい,こんな年があっても良かろう。
 城下からは屋根の上に積もった雪を慣れないながらも下ろす街人,白いその感覚を楽しむ子供達の息吹がいつにも増して賑やかに聞こえてくる。
 「さて、わらわももう起きるか」大きく背伸び,ベットの横に掛けておいたベルベットのローブを薄い寝間着の上に羽織った。
 コンコン,部屋の扉がノックされる。
 「入れ」
 「おはようございますぅ!」やってきたのはアレーレ,何やら嬉しそうな顔だ。
 「何かあったのか? アレーレ?」
 その問いに、彼女はその愛らしい顔に笑顔を咲かせて、後ろ手に隠していた何かを妾に差し出す。
 「? 何じゃ?」
 小さな包みだった。赤いリボンが掛けられている。
 「今日は何の日でしょう?」逆に問い掛け。
 「日曜日じゃ」
 「…じゃなくて。今日は2/14ですよ」
 「? だから?」もどかしそうに言うアレーレにわらわは首を傾げるしかない。
 「もぅ、今日はバレンタインデーじゃないですか」
 「バン・アレン帯?」
 「ベタベタなボケですね〜」
 直後、アレーレはわらわのこめかみグリグリ攻撃,別名うめぼしに泣きを見たのは言うまでもない。



 「ほぅ,巷ではそんなことをしておるのか」
 「そうなんですよ」
 わらわはアレーレからそのバレンタインデーの概略を聞き、一人の商売人の顔が脳裏に浮かんだ。
 「…需要と供給の関係を喚起してくれるのであるから、まぁ文句は言わぬが」
 「??」
 「約一名、不幸な人間が現われそうだな」
 「? 不幸な人ですか?」
 「ああ、とびっきりのな」
 首を傾げるアレーレにわらわは微笑みながら、彼女のくれたお菓子を一つ、口の中に入れた。



 その夜。
 「また降り出してきたな」
 凍てつくような冷気が空気を揺らすわらわの肩に,腕に刺さる。
 城の中庭を歩みながら、わらわは掌に白い妖精を捕らえた。
 しかしそれは手の中にあっという間に溶け込んでいってしまう。
 ”不思議なものだな”
 思う。
 寒い中、こんなことをしている自分自身に対しても。
 ドンドン!
 わらわは中庭に建てられた頑丈な作りの小屋の扉をノック。
 「はい?」中から声が聞こえてくる。
 「入るぞ」
 遠慮なく、わらわは中へと入る。
 書物や良く分からない物体の散乱した、混沌に満ちた部屋。
 しかし人の住む暖かさが、外を歩いて来て冷え切ったわらわには嬉しい。
 奥へと進むと、ガラクタに囲まれてグッタリとした表情の男がこちらを見つめていた。
 「あ、ファトラさん。いらっしゃい」
 思った通り、弱々しい声に疲れ切った顔。
 気に入らないのは、その情けない顔はわらわにそっくりであることだ。
 「今日は大変であったな」
 「…見ていたんですか?」
 「想像じゃ」ガラクタの間に見え隠れするのはお菓子の包みや箱。
 「まぁ、誰からも貰えなかったストレルバウに比べれば、良いではないか」
 「でも皆が皆、義理でしたよ」
 ”義理で渡すのか,おまえらは”わらわは脳裏に浮かんだ危険極まりない大神官達や、この行事の火付け人に突っ込む。
 「で、誠よ。全部食った…ようじゃな。お人好しにも程があるぞ」
 「え、ま、まぁ食べないといけないような雰囲気だったんで」苦笑する異世界人。
 「ところで、僕に何か?」
 「え? あ、ああ。これを渡そうかと思ってな」
 わらわは小さな包みを懐から取り出す。
 「そ、それは?」ズササッ,誠が数歩後ろに引いたように見えた。それは今日一日で得られた条件反射であろう。
 そんな彼にわらわは苦笑して投げ渡す。包みは弧を描き、誠の手の中へ落ちた。
 「胃薬じゃ。今頃苦しくて唸っていることだと思うてな,良く効くぞ」
 「あ、ありがとうございます…」驚いたように、彼は素直に気持ちを言葉にする。
 「何じゃ,わらわがお主に『ばれんたいんちょこれーと』なるものを持ってきたとでも思うたか?」からかう様にしてわらわは笑いながら、そんな誠に尋ねた。
 「そ、そんな…それもそうですね」赤面しながら彼もまた笑う。
 「全く,愚か者めが」
 ”ホントウニオロカモノメ”
 そんなわらわの笑みが、苦笑であることを、彼は気付くことはあるまいな。


End...